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伯爵家のシア・リーモフ卿は元々、家柄を盾にして財源を不当に請求する者が現れたとき、助っ人として駆り出される肩書だけの役職で、ひと月前僕が管理所へ押し掛けたときに彼が駆けつけたのも、そういう理由からだったらしい。
僕の混乱した頭に更に説明を重ねながら、実は所長だったコール卿は次々現れる鍵のかかった扉を開いていき、大きな金庫が壁の中心に一つ埋まっているらしい、突き当りの部屋まで歩みを進める。僕はひたすら後をついていくだけだ。
「――それから、青い丁番のついた鍵穴は赤い鍵、赤い丁番のついた鍵穴は青い鍵。この印がある扉は鍵を使うと開きません。この繰り返しです。鍵の場所は都度変わるので注意が必要です。失敗するとその時点で鍵が使えなくなります。特殊な鋼材製のため、新しい鍵を作り直すのに半年かかります……」
「うん……、うん……?」
「……手順は代々財務管理所の所長が引き継いでいますので、殿下はおおよその流れを覚えていていただければ大丈夫です。」
「あ、ああ。そうか、よかった」
自分が覚えなければいけないことは少ないらしいことにあからさまにホッとした僕の様子に、コール卿は何も言わず息をついた。それから壁に埋まる金庫を一瞥し、すぐこちらに向き直った。
「……さて。この先の金庫の番号は、開ける時点での中身の数です。今は1、1、2、4」
「……ずいぶん多いな」
「国の存続がかかっておりますから、厳重にせざるをえません」
「え?」
僕は未だわからない金庫の中身の数について口にしたが、コール卿は手順の種類についての感想だと思ったらしい。そうと思い至ったところで僕は先に耳に入った内容の不穏さに思わず声をあげたが、コール卿はそれきり口をつぐんでしまった。
目的の金庫が置かれた部屋は壁全体が特殊な鉱石で囲われており、灯りがなくとも地下深くの部屋全体が赤みのある光でほの明るかった。ギイ、と重く響いた音に顔を向けると、金庫の中からコール卿が書類の束を取り出していた。
離れたところから王家の紋章が見えた気がして思わず身を乗り出した僕に、コール卿はすぐに答えをくれた。
「それは?」
「王家が代々踏み倒したり、言いがかりをつけて貴族や平民から財を奪った証文がここに。公になると国が転覆するほどの数があります。」
言葉を返すこともできずにいる僕の胸元に、彼はその書類の束を押し付けるようにして笑みをうかべた。ただ見つめ返すしかできない僕に、書類の束を押し付ける力を強くしたコール卿は淡々と先を続けた。
「……すり替えられても見方すらわからない、都合の悪い書類を誰かに任せて処分をするより、ここに存在しているのが分かっている方が安心できたのでしょう。慣習になって久しく、かれこれ200年以上はそのままです」
「……」
「ちなみに、現時点で、現国王陛下のものよりもショーン第一王子殿下名義のものの方が遙かに多いです。」
「……ひどいな」
コール卿に手渡されたのは兄の命により、かなり無理のある条件をつけて買いたたかれた土地の権利書と請求書だった。王都から遠く離れた子爵領地の一角を、兄は気に入った茶葉を育てさせるために手に入れたらしい。茶葉の苗を買い付けた金額が書かれた請求書と紐づけされるように元の住人を引っ越しさせる費用、農場や牧場を引き払う費用が記された内容がたった一枚の書類に収められていた。
国財管理所ですっかり見慣れた書式が、違和感のある数字の並びで埋まっているのを僕は呆然とした気持ちで眺めた。毎日無駄がないよう、間違いが起きないように手を尽くして管理をしている所員たちは、どういう気持ちでこの帳尻が合わない書類を作ったのだろう。この書類一枚でどれだけの人が路頭に迷うのか、僕ですら想像がつく。
「……我々は正直、どこかのお口が達者なお方のように、あなた様が訪ねてきたのはただの気まぐれで、適当にあちこち引っ掻き回して、二日も経てば満足してすぐ出ていかれるのだと考えておりました。」
コール卿は書類を見て顔をしかめていた僕に気づくと、眼鏡の奥の目を細めた。
「しかし、最初に仰ったお言葉のとおり、ロビン殿下は我々を尊重して下さった。我々と同じ時間を過ごし、時間をかけて仕事の内容だけでなく、我々の考えを理解をしようとして下さった。」
「――まだひと月じゃないか。全然わかってないよ」
「いいえ、国財管理所が貴方様にお教えできることは、もうこれ以上ございません」
所長殿に間近で見上げられたまま言い切られて、僕はやっと理解する。
「……これからも管理所に通ったら迷惑だということか」
「殿下は充分財務管理の方法を理解されておりますから、もう必要はないでしょう」
国財管理所は今この時を以て、僕を受け入れるのをやめる気なのだろう。そう察することができたものの、引き下がらずにはいられなかった。
「……今教えてくれたことが、一番取り扱いが難しいじゃないか」
「即戦力にはなると思いますが」
「確かに……そうだけど……」
つれない返事にへこたれそうになるが、コール卿の言う通りではある。兄を引きずり降ろして玉座に就くためと勢いで飛び込んだ場所で、僕は思いもよらずにこれ以上ない力を得てしまったらしい。ただ、仮にも王族として生きてきた僕にとって、背負うつもりの王家の悪事を衆目にさらすのは、果たして利があることなのだろうか?
金庫と扉の鍵を厳重にかけたコール卿の後を、僕は思うように働かない頭を抱えながらとぼとぼ続く。地上に戻るために暗くて狭くて細い階段を上っている間、背後から時折吹き上げる強い風に、前につんのめりそうになる。
「いてて……、……」
何度か壁に手をつきバランスを取っているうち、右腕に忘れていた痛みが走った。そしてこの痛みがもっとひどいころ、もっと暗いところで涙をこらえていたケイティ嬢を思いだした。冷えて震えていた小さな手に触れたことを。
(……得たからには、最大限利用させてもらおう。彼女を失わずに済むなら)
自分が玉座を望む理由を思い出し、無理やり胸を張って姿勢を正せば、細い通路を吹くのが追い風になったのがわかった。
「……我々の力では殿下のお役には立てませんか」
前を歩くコール卿の声がどこか落ち込んだような調子に響いたのにハッとし、僕は慌てて首を振る。
「いや! あまりにも強力すぎていい振るい方がまだ思いつかないだけだ! ……ありがとう。皆には本当に感謝してる、僕みたいな厄介者を追い返さないでくれて、ありがとう!!」
忘れていた言葉を思い出し、コール卿の背中に向けて口にすると、彼はその場で足を止めた。
「……あなたは決して人に馬鹿にされるようなお方ではございません。このままあの魔物に食わせるには惜しい。」
「コ、」
「見立てが正しかったと思わせてください。いつでも我々を頼ってください。あの金庫の中にはキッカー家のものも、ロビン殿下名義のものもございませんから。……まだ今のところは」
「……ありがとう」
少しだけこちらを振り向いた彼の表情は、持つランプの逆光となっているせいでわからなかったが、コール卿はきっといつものような底知れない笑みを浮かべているだろうと思った。僕はうまく笑い返せた自信はない。




