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「殿下、この請求書の件で問い合わせがあったんですが……」

「そうだった。この書類に数字だけ入れてまとめておいたんだが、確認してもらえるかな?」

 与えられていた机の一角から該当の書類を取り出し手渡すと、所員はうなずいてその場でめくる。彼の答えを待っていると、別の所員に声をかけられる。

「ロビン殿下、お手が空きましたら、倉庫に届いた魔物の素材が申告通りか見ていただけますか?」

「わかった。あんまり判別が難しいようだったら、この前みたいに知り合いに見てもらうよ」

「助かります」

 国財管理所に押し掛けるようになって、もうじきひと月が経つ。

 従者によると、僕がここに居座っていることでやりにくいことが増えたらしい役人や貴族からの文句が国王陛下の方にまで上がっていたらしい。ただ、元々城の外を放浪していた僕に王宮での仕事はあってないようなものだし、怪我が治りきらない内に魔物討伐に出かけることもかなわないし、ようやく仕事を覚えてきた人間を手放すのは惜しい位には人手不足の管理所の人がかばってくれたのか、僕は部署を追い出されることにはならなかった。



 昼休憩の時間になり所員がぞろぞろ事務所を出ていく間、僕は残って侍女特製のサンドイッチを一緒に頬張りながらヘンリーに教えを乞うていた。同じく事務所に残っていたコール副所長も誘ったが、応接間代わりの衝立の向こうで昼寝をするのが好きだからと断られてしまった。


「……そうか。ここで支出有高と支出額が2千581ボーロ少ないのは、前の表の支出実績有り高が影響してるのか」

「ロビン殿下……やっぱり実は算術が得意であらせられるんですか」

「ん? いや、学生の時も褒められたことは無かった。君は?」

「私はまあ、これ以外向いていない、と言われるくらいには……」

「すごいな。ヘンリーの説明はわかりやすいものな。あ、この時変動差異高ってどういう数字なんだ? 感覚的に、魔物の素材を計算していると出てくる頻度が多い気がする。あとは小麦とかか?」

 ゆで卵とサラダが詰まったサンドイッチを咀嚼しつつ、数字が詰まった国家予算の表を指でたどりながら問うと、ヘンリーは納得いかないような表情を浮かべながらも答えてくれる。

「ざっくり言うと、保存が難しくて腐りやすいものに適用されますね。宝石なんかより魔物の素材とか」

「マッヅの血とか薬草とか?」

「そうです。日持ちするような加工品には必要ないんですけど……殿下、リクラドラゴンの鱗石をお持ちだったって伺ったんですけど」

「ッ!?」

 脈絡なく問われ、僕はサンドイッチを塊で飲み込みむせた。


「私の妹がキッカー嬢とお知り合いになったとかで」

「ああ、なるほど。……彼女がそれと気づいていないといいんだが」

「え?」

 差し出されたお茶でつかえた喉を潤したあと、こちらが言い訳をするように先を続けると、ヘンリーは首をかしげた。

「魔物由来だって言うと、ご令嬢にあんまり気分のいいものじゃないかもしれないし」

「好意を持ったお相手からの手のかかる贈り物って嬉しいと思いますけど」

「……他の婚約者がいながらひそかに彼女を想っていたのだと知れてしまったら、まずいだろう」

「今はちゃんとご婚約者でいらっしゃるじゃないですか」

 “今は”という部分を強調してくれるヘンリーの優しさに、僕は思わず笑みを返す。

「僕はケイティ嬢を諦めたくないけど、彼女の負担になりたいわけじゃないんだ。鱗石のことを知ったら、ただでさえ評判が悪い僕にきっと彼女は気を遣うだろう。彼女を守れるなら……切り捨て易い男でいる方がいいんじゃないかという気持ちもある。」

 まあでも鱗石を渡さずにいられなかったし、兄には絶対譲りたくないけれど。声には出さずにおいた言葉は、玉座を奪う宣言をした場では隠しても意味がなさそうだ。

「……複雑ですね」

「はは」

 ヘンリーはサンドイッチを咀嚼しながら、たまにコール副所長が見せるものと似た、どことなく品定めをしているような視線を投げてきた。

「本当に……この部署で地味な仕事を続けることが継承権を手にする力になるとお思いなんですか?」

「そこは自信があるよ。国の発展のために財の流れを見るのは大事だと実感できるし、自分の無駄遣いもよくわかったし、みんな親切に教えてくれるし、……この調子なら僕が国を追われる立場になってもどこかで雇ってもらえるかもしれない」

「――必要とあらば知り合いの領地に推薦いたしますよ」

 正直なところを話していると、不意に衝立のむこうから声がかかったので、僕は今度衝立に向けて話しかけた。

「コール卿に推薦してもらえたらどこでも行けそうだな」

「まあ……先にもっとふさわしい役職が見つかるでしょうけどね。」

「そうかなぁ?」

 コール副所長のやけに確信を持ったような口ぶりに首をかしげた僕は、意見を求めるつもりでヘンリーを見やるが、彼は素の困り眉のままただ微笑むだけだった。





「ヘンリー、しばらくここを頼む。……ロビン殿下、ご一緒いただけますか?」

 昼休憩が終わり、他の所員が揃ったのを見計らい衝立の向こうから現れた副所長が、僕の隣に声をかけてからこちらを見やった。



 言われるまま従者を管理所に残した僕は、押し開いた事務所の扉の影になった壁の何もなさそうな場所へコール副所長が鍵を突き刺す場面に瞬きをした。

ガコッ

「うわ!?」

「ふむ、さすがに身のこなしが軽くていらっしゃる」

 音を立てて僕の足元に突然現れた段差のふちには、ボウ国の紋章が彫られた石が隠れていた。副所長は今度押し込むようにそれに触れると、鍵が刺さったままだった壁が音もなく倒れ、地下へ続く通路があらわれた。

「……これは……?」

「さ、急いでください」

 あっけにとられたままの僕を置いて、先を行く副所長を慌てて追いかけた。




「あとどれくらいで目的地に到着するんだろうか」

「もう間もなくです」

「何があるんだろう」

「もう間もなくわかります」

「……わかった」

 大人が横に二人は並べないほどの狭い階段に響く足音で、今自分たちが歩いている場所がずいぶん地下深いことが察せられた。先を歩く副所長の手には小さなランプがあり、通路が狭いおかげで範囲を明るく照らしていたが、ふと思い立って振り向くと真っ暗で、通路の入口が見えないことに内心慌てる。時折地下から風が吹きあがるため、圧迫感の割には実際の息苦しさはないものの、いくら声をかけても副所長は一向に足を止める気配はないし、置いていかれても困るので、僕は後を続くのに徹した。


「……お身体に障るのであれば一旦休まれますか?」

「そんなに傷は痛まないから気にしないでくれ。……それより、この先は……?」

 ようやく相手から話しかけられたのにホッとして尋ねる僕に、足を止めた副所長は言葉を選ぶようにして口を開いた。

「……ヘンリー・ニーバーは本来は副所長です。お尋ねになったことはほとんど答えられたでしょう」

「ん? そうだったのか」

「わざとああいった形を装いました。……申し訳ございませんでした」

「いや、特に困ったこともないし、なにか必要なことだったんだろう。……それで、ええと?」

 目前に開けたスペースには僕の身長の倍以上の高さはある大きな扉があった。扉の両脇の燭台へ手持ちランプから火を移して振り向いたコール副所長に頭を下げられて、僕は戸惑ったまま相槌を打つ。そして顔をあげた彼の眼鏡の奥の目を見返すと、先の問いへの答えがあった。

「ボウ国の秘密がしまわれた金庫があります。……この先を進んだことがあるのは歴代の国王陛下と、歴代の国財管理所所長だけです」






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