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本日二話目の投稿です!お時間よろしければお読みいただけると嬉しいです(^^)
外からでも話が聞こえていたのだろう、扉の前で居心地悪そうに待機していた兄の従者と使用人に軽く笑みを浮かべると、僕は気を取り直して次の目的地へ向かった。
学生の頃からほとんど足を踏み入れた覚えのないパーティホールの前を通り過ぎ、もう一つの離れに向かう。軍部の訓練場から掛け声が聞こえてくる辺りまで進むと、内政の部署ごとに分けられた執務室が続き、王宮の内装が落ち着いたものになる。長い廊下をひたすら進んで、静かでかび臭い鉄の匂いがする扉を見つけた。
僕が叩いたのは国財管理所という、王国の財布を管理する部署の扉だった。
「ここで行われている財務管理の方法を教えてくれ」
「……ええと?」
二十人足らずが整然と並ぶ机に黙々と向かう静かな室内で、入口側の席にいた男性が慌てて呼びに行ったコール副所長に目をやると、相手は浮かべた困惑を極めた表情を繕うように笑みを浮かべた。
仕切り板の奥の応接間まで迎えてくれたコール卿は、小柄でふくよかで微笑むだけで柔和な印象がぐっと強くなるが、彼の眼鏡の奥は大抵鋭く冷たいまなざしだと使用人たちが噂をしていたっけ。
「陛下からはなにも申し付かっておりませんが……」
「僕の独断なんだ。仕事の邪魔をしているのは重々承知だけど、時間がなくて。どうにか頼めないだろうか」
机に額をつける勢いで頼み込むと、室内がざわついた。
「ちょ、殿下……っ!? どうか頭をおあげください!!」
コール卿は仕切り板の隙間から、仕事に集中しなさい! と張りのある声で所員たちへ注意をしたあと、一つ咳ばらいをして僕を見た。
「……所長のシア・リーモフ卿は打ち合わせのためあいにく終日不在でして、正式なものとしての本日中の対応は誠に恐れながら出来かねますが、殿下のお願いとあっては、ただお断りするわけにもいきますまい。今日のところは私の判断にお任せいただけますか?」
「ああ、よろしく頼む!」
僕が姿勢を正して右手を差し出すと、コール殿は伸ばしかけた手を止めた。
「……その前に、理由をお尋ねしても? 第一王子殿下ならまだしも、ロビン殿下は王宮の公務に全くご興味がないとばかり」
わかりやすく攻撃的な言葉を口にしながら、眼鏡の奥ですっと細くなる相手の目を見返して、僕は一旦おろした手の内を晒すことにする。
「このまま兄が玉座に就いたら僕はこの国を追われることになる。それをようやく自覚したんだ。その前に力をつけたい、出来るだけ早く」
「……えっ?」
コール卿は目を丸くして固まった。わかりにくかったかな、と思い言葉を変えた。
「僕は兄を退けて次の玉座に就くつもりだ」
あちこちで悲鳴混じりのどよめきが聞こえた。管理所の部屋が奥まったところになかったら、人が駆けつけてしまったかもしれない。
コール卿は額の汗をハンカチでぬぐいつつ声を落としたが、僕は別段秘密にするつもりはなかった。遅かれ早かれ兄の耳に入るだろうし。
「……聞かなかったことにいたしますから――」
「正直に言った方が本気なのが伝わるかと思って」
僕が出来るだけ深刻な雰囲気にならないように返事をすると、だん、とテーブルの上に拳が叩きつけられる音が響いた。
「~冗談だと仰っていただきたかった! 何をお考えかは存じ上げませんが、ただでさえ仕事に追われている我々を巻き込まないでいただきたい! 大体なぜこの部署に!? 謀反をお企てになるのなら軍部だとか法務所だとか、もっと他に優先すべき場所があるのでは!? ここは陛下をはじめ、どんな肩書があっても、この管理所の所長ですら! 身分の高い貴族の方は基本的に近づこうとはなさらない地味極まりない場所です!」
「ふ、副所長……、殿下の御前ですから……っ」
手をさすりながらテーブルから腰を上げ、声高になっていくコール卿と、彼をなだめにやってきた所員の男性の顔色に申し訳なくなる。それでも引くわけにはいかなかった。
「ここが王宮で一番力がある場所だと思ったからだよ」
「は、」
「国王陛下だって、お金がなくちゃパンも買えない。……知っての通り、僕はこの王宮において立場はよくない。だから即戦力が欲しいんだ」
僕は祈るように両手を胸の前で組み本音を吐いた。
「…………一体、何をお望みなのです」
いくらか落ち着いたものの、顔色の悪いままのコール卿に見下ろされて、僕は瞬きを返した。
「え? だから……」
僕は国財管理所に机を与えてもらった。コール副所長からは別室を提案されたものの、「可能な限り普段の実務の様子を見たい」とごねて、従者を一人つける条件で渋られながら出入り口の扉側に席を作った。
そこに腰を落ち着けたタイミングで、管理所の所長であるシア卿が駆けつけてきたが、「これ以上こじれさせて仕事を中断したくない」とコール副所長が上手く丸め込んでくれた。実際管理所の仕事はかなり切羽詰まっているらしく、そのころの所員は所長たちのやりとりに目もくれず、黙々と机に向かって作業をしていた。
「新人のヘンリーと同じ仕事に取り組んでいただきます。何かあったらこの者にお尋ねください。そして、もう充分だ、とお思いになりましたらいつでも私にお声かけください。……今でもかまいませんよ」
「わかった。ありがとう、早く覚えるように努める」
シア卿を見送り、いよいよ管理所の仕事に取り組めることにホッとした僕の表情を眺め、コール副所長は肩をすくめて自分の席に戻った。
ヘンリーと呼ばれた若者は、先ほどコール副所長をなだめるために衝立を乗り越えてきた所員だった。接しやすい印象の困り眉の下の目は鋭く張りつめていて、どこか怯えているようにも見えたが、彼の言葉はあまり遠慮がなくて話しやすかった。
「ヘンリー・ニーバーと申します。それでは、僭越ながら早速仕事をお教えしますね」
「よろしく頼む」
「気を悪くしないでいただきたいんですが、加減乗除の計算はできますか?」
「学校で勉強した以来だが、そこまで忘れていない。と思う」
「……期待以上です」
正直に答えると、ヘンリーはニッと歯を見せた。
それから一時間しない内にばん、と荒く扉が開いた。足音をたてて現れたのは法務所の近くでよく見かける白いローブ姿の男だった。
「おい! 言われてた請求書を持ってきてやったぞ! 忙しいのに細かいことでいちいち呼びつけやがって!」
「ありがとう。それでは、この名簿に名前をサインしてくれ」
「そんなんそっちで……、!? でっ!?」
二度見三度見されながら、僕は差し出された請求書を受け取り、教えられたとおり一つずつチェックしてから一旦それを返した。
「受付日はこちらで埋めるから、目的と、立替えた当日が請求書と同じになるように書いてくれ。」
「は、はひ……」
顔色の悪い役人が足早に部屋を出ていったのを見送った後、僕は隣の机のヘンリーに名簿を見せる。
「……うん、ちゃんと必要項目埋まっています。」
「よかった」
こうして受付の補佐をしながら、様々な書式とサイズのものを破かないように整えた請求書を、部署別に分ける仕事から始まった。親切にどの部署の誰のもの、とわかるものは滅多になく、時には所属すら書かれず名前だけで提出されるものを名簿で確認しながらより分ける必要があった。僕は早速行き詰るが、すぐに助け舟を出された。
「同名がこれだけいると難しいな……どうやって仕分けているんだ?」
「目安をつけたら以前提出された請求書で確かめます。名前別で赤い棚にまとめてあります」
「ありがとう、見てみる」
ヘンリーに礼を言って席を立ち、赤い棚に収まった紙束の背に貼られた文字と、手にした請求書を入念に眺めていると声をかけられた。
「殿下、この棚は爵位問わず家名の順で並んでいますよ。」
「あ、ありがとう。……これか! んん……ブッキラ卿名義は、ミドルネームだけのものとファーストネームの請求書があるな……」
「ああ、そういう時は……」
教えてくれた所員に頭を下げたそばから次の難問にぶつかると、すぐ隣の所員がアドバイスしてくれた。フォローをしてくれる所員に余計な仕事を増やさないように、一つ一つ確かめ、慎重に作業を進める。魔物とやり合うのとは全く違う種類の緊張感に汗をかくが、僕を囲む所員はそれ以上だろう。少しでも多く仕事を覚えなければ、と気合を入れなおした。
「ヘンリー、すまない……この決算表どうしても19ボーロが合わない……」
「あー、これはですね……」
「さあさあ、本日の仕事は終わりです。殿下もペンを置いてください。居残られると他の所員が帰りにくくなります」
終業の鐘がなると、僕と所員は中途半端な仕事を机に残したまま副所長に追い立てられるように事務所を出た。兄の部屋と同じくらい厳重な鍵を二つ閉め、一つは副所長が、もう一つはヘンリーが受け取った。一人で悪さができないようにする為だ、と近くの所員が耳打ちで教えてくれる。
慣れない仕事だとはいえ予定の半分もこなせなかった。みんなが親切な分申し訳なくなって息をつく僕を、他の所員が励ましてくれた。
「時間がかかってすまない」
「初日にしては早いほうですよ」
「ロビン殿下、明日はどうされますか?」
割って入った声に、ハッとして顔を上げる。
「管理所の鍵が開くくらいに来ても構わないかな?」
コール副所長を見返すと、彼は他の所員の視線から逃れるように目を伏せた。
「……構いませんよ。」




