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脳筋王子視点です。





『選んでいただけませんか』

 ヘマをして間に合わなかった夜会のあと、見舞いに来てくれたケイティ嬢が涙をこらえて口にしたことに、僕は頭が真っ白になった。

 いい加減愛想をつかされたのか、と冷静に納得しようとする頭に反して身体が思うように動かず、握っていた手を引いて言葉の真意を聞き出そうとすると、挑むような表情だった彼女は『今すぐでなくて構いませんので……』と静かに目を伏せそのまま部屋を後にしてしまった。


 当日は混乱しつつも疲れに負けて気絶するように寝入ったが、それから三日もすれば、ベッドに寝ているだけの鈍い僕ですら察せるほど、ケイティ嬢を巡る状況が大きく変わったことが王宮中に知れ渡っていた。

(ケイティ嬢はどういうつもりであんなことを尋ねたんだろう? 兄上の勝手な物言いに腹を立ててヤケになったのか、僕に気を遣っただけで本心は側妃を望んでいるのか、王家から離れる口実を作りたかったのか……)

 夜会の騒ぎのあと、ケイティ嬢は公の場に姿を見せなくなったという。これまで通り、手紙に返事はくれるものの、兄上の提案を飲む、と言われるのが怖くて僕は手紙で当たり障りのないことしか綴れないでいる。ただ、夜会の場でケイティ嬢が僕の婚約者であることを理由に兄上の申し出を固辞した、という一つの噂を心の頼りに、身動きが取れるまで悶々としていた。




「殿下、どちらへ」

「少し外の空気を吸いたいだけだ。すぐ戻るからついてこなくていい」

 今日の分のケイティ嬢への手紙を書き終えて、僕は引き留める従者のウーロを部屋に残した。


 引きつる右足を叱咤しながら渡り通路をゆっくり進む。怪我は痛むがこの調子なら今日は目的地まで向かえそうだ、とほっとする。伸び放題の芝を踏みしめながら使用人たちの部屋の前を通りがかると、バケツを抱えて扉を開けた使用人たちがぎょっとした表情になった。

「おはよう、カーサー、ガル」

「ロ、ロビン殿下! おはようございます……っ! お、おい、殿下がいらっしゃったぞ!!」

「おはようございますっ、今、他の者も挨拶に……っ」

 部屋の奥にまで人を呼びに行こうとする彼らを引き留めて、僕は首の後ろをかいて頭をさげた。

「あ、すまない。気にしないで過ごしてくれ……」

 討伐隊でほとんど身分を気にせず応酬するのに慣れていて、普段接しない使用人との距離感が難しい。礼儀は必要なことだけど、顔を合わせるたびに相手を怯えさせたいわけではないのだ。

 成人して4年魔物討伐に明け暮れていたせいで、王宮で働く若い者はほとんど名前と顔が一致しないし、その前から王宮にいる者もどことなくよそよそしい。そのことを寂しさ半分、魔物被害を抑えられている証明としての誇らしさ半分で受け入れつつ、王宮に戻ってから会えていなかった兄上を訪ねることにした。

 これまで魔物を追う代わりに公務を丸投げしてきた僕と違って、兄上は国王である父上と同じくらい仕事に追われている。もしかしたら父上以上かもしれない。そんな兄上にわざわざ時間を取らせるのは気が引けて、いつもは滞在期間ぎりぎりまで話しかけるタイミングを図ったりしていたが、今回は何を差し置いても直接確かめなければならなかった。




「もう動いて大丈夫なのか」

「はい。ご心配をおかけしました」

 きらきらしい装飾が多くて落ち着かない兄上の部屋を訪ねると、彼は忙しそうな手を止めて入手したばかりだという希少なお茶でもてなしてくれた。香りが甘すぎて僕はあまり飲み進められなかったが、兄上はそのお茶を何杯も飲み干しながら、入手するまでの苦労話を始めた。

 茶葉の苗の取り寄せ、最適な土地の確保、職人の育成……とその話が終盤にさしかかったところでどうにか隙を見てねじ込んだ僕の問いに、相手は簡単に答えた。

「あの、ケイティ嬢を兄上の側妃に迎えるつもりだ、という話を耳にしました」

「ああ、そのことか。」

「一体……」

「お前も知っての通り、私は王位継承者として日々仕事に追われている。国を富ませるために身を粉にしている……」

 部屋中に立ち込める甘い香りを顔で追うような仕草をしたあと、兄上は顎に手をやり、片目をつむった。仕草の意図はわからないけれど、絵描きがいたら喜んで姿を映しそうなポーズだ。

「……そんな私を長年近くで見てきたケイティ嬢と、パトリシア嬢の働きぶりを比較するとどうしても差が目に付く、という声が増えてきた。交渉の場に連れていくと、パトリシア嬢の落ち着きのなさが場を乱すことも多い。まとまった話を蒸し返すのはどちらもそう変わらないが、ケイティ嬢に比べて一貫しない意見が交渉相手の気分を害してしまうこともある。」

 テーブルをとん、と指先で叩いた兄上は申し訳なさそうに息をつく。まるで罪悪感を感じているように見える。

「無論……、彼女たちの違いは人としての個性であり、魅力であり、優劣をつけるものではない。私の手に余るものでもないからこれまで聞き流してきたが、次期国王として、臣下の声を無碍にすることはできない、と思い始めた。ケイティ嬢の気持ちを振り回すことになったが、キッカー家としても、娘を嫁がせるなら国のためになる方を選ぶだろう」

 つらつら続く兄の言葉はいつも通り耳ざわりよく通り過ぎる。それでいて内容はいつも以上に理解できなかったし、納得いかなかった。

「……分かっていて手放したのではないのですか」

 混乱と絶望感と反発心がこみあげる中やっとのことで絞り出した僕の言葉を、兄は鼻で笑った。

「身の程を知れ、ロビン。魔物に食われるのを待つだけのお前に彼女はもったいない。」


 追い出されるように部屋の扉を閉められたとき、ようやく自覚した。今のままでは確実に僕は彼女を失うことになると。






本日もう一話投稿します。

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