↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/32

12





 朝早くに家を出て、リンとヴァンを伴って王都発の乗合馬車に乗ると、昼前にはボウ国の中で王都の次に栄えたローツ領にある大きな街に着いた。個性豊かなお店が立ち並ぶ賑やかな大通りを歩く人々は活気にあふれていて、歩いているだけでワクワクする。


「チェリカ、あそこの飴細工屋さん見ました?」

「ええ、かわいい動物が飾ってあったわね! 今の花屋さんも珍しい花束があったわ」

「二人とも、寄り道する時間はないよ……あ、あそこじゃないか?」

 辺りをきょろきょろしながら平民風の装いをしたわたくしとリンを連れて、人の往来激しい道を器用に進んでいたヴァンが足を止めたのは、街の中でもとりわけ立派なお屋敷の頑丈そうな門の前だった。

 高く堅牢そうな黒い門扉の外には誰もいなかったので、中を窺うように会釈をして奥から人がやって来るのを待っていると、門番よりも先に灰色の大きな塊が土煙を上げながら押し寄せてきた。

「ワ゛ォン!」

「!? こら、トト! どうした……!」

 門番よりも先に迎えに来てくれた番犬は、前に遊んだことのあるわたくしを覚えていてくれたらしい。

「よしよし、ずいぶん大きくなったわね。……どうも、ご無沙汰しております……」

 堅牢な門の隙間に手を入れてローツ家の番犬の筋肉質な首を撫でながら、重たくセットされた前髪をそっと上げると、顔見知りの門番は目を丸くした。



 案内してくれる門番の後について、門から玄関までの広々とした芝生をトトと一緒に歩いていると、背後からリンとヴァンが弱々しい声でこちらに声をかけてきた。

「お嬢様……」

「私が前に遊んだトトちゃんと体積が全然違うんですけど……立ったらヴァンより大きそうなんですけど……」

「大きくなる種類だと聞いていたけれど、わたくしもここまでとは思っていなかったわ」

 歓迎してくれた気持ちがうれしくてつい撫でてしまったけれど、門越しでなく、いきなり飛びつかれていたら腰を抜かしていたかもしれない、と思いながらわたくしが到着した大きなお屋敷の壁は、王宮に使われているのと同じかそれ以上に目の細かい大理石でできていた。

 確か陛下が使っていらっしゃる仕事机と同じ材質の木でできた両開きの玄関扉は左右とも同じ高さに木目が揃い、ハンドルの装飾の細工も精巧で隅々美しい。手をかけるところに嫌味がなく好ましいのは、ローツ家がドレスやお化粧、劇の演目から料理法、造園や建築様式にいたるまで、あらゆる商品の流通に関われるだけのセンスがあるからだろう。


「こんにちはケイティ様」

「こんにちはケイティ様」

「こんにちは、テオさん、レオさん」

「あなたたち邪魔ぁ~!!」

 玄関の大きな扉が開いてすぐに並んで現れたミルクティー色の髪を持つ双子の弟さんたちを、両脇に押しのけるようにしてマクレガー様が飛び出してきた。

「ケイティ様ぁ!!」

「マクレガー様、どうもご心配おかけしました……」

「本当に~! 第一王子殿下のせいで! あの夜会でちゃんとご挨拶もできないままだったし! 本当に本当ぉ~に心配してましたのよ~!!」

 抱き着かれたままマクレガー様のやわらかい髪を撫でていると、弟さんたちが彼女の両脇で跳ねながら笑った。

「ケイティ様からのお手紙がとどいたのが、もう少しあとだったら」

「姉さま今ごろ、第一王子殿下にとくそく状を送っていましたよ」

「督促状!?」

「んもうっ! あなたたちは部屋に戻ってて~!!」

 手を振って弟さんたちを追い払うようにしてから、マクレガー様はわたくしを客間へ招いてくれた。


 置かれている家具も調度も王宮の一室とたがわない豪勢な印象の部屋の中、飾られている見事な花を眺めていたわたくしに彼女はくっつくように座ると、弁解するように口を尖らせた。

「ケイティ様、本当に体調を悪くされたんだと思って本当に腹が立ってぇ。……形式上、出世払い扱いにしていた、ここ数年のショーン殿下の請求書を集めて支払期日をちょちょっといじって、絶対言い逃れできないように名指しで王宮宛に送って破産させてやろうって~……」

 可愛らしく口をとがらせている少女の姿に、その気になれば簡単に国を傾けてしまえる財力を持つローツ家の人間であるのだと忘れそうになる。

「ご面倒おかけして本当にごめんなさい、……マクレガー様のお立場が悪くならなくてよかったです」

「大丈夫! 足が着くようなヘマは……声が笑っていましてよ~」

「ふふふ、ごめんなさい。頼もしくって……ありがとうございます」

 ばつが悪そうにしつつも、離れようとしないマクレガー様が頼もしくも可愛らしくて、わたくしは頬を緩めて彼女を抱きしめた。






「おかわりっ」

「かしこまりました」

「おかわりっ」

「かしこまりました」

「おかわりっ! ケイティ様はいかが?」

「あ、ありがとうございます。ではお茶のおかわりを……」

 侍女と給仕の方の見事な手際で、目の前で美味しいミルクティーと、マルクさんお手製のお茶菓子が立派な器に載せられたものがテーブルに次々セットされては入れ替わる。

 隣のマクレガー様はもぐもぐと口を動かしつつ、わたくしににこやかに笑いかけた。

「弟たちだけでなく父も母も、祖母も祖父も、上のお兄様も、下のお兄様も、ケイティ様がいらっしゃるのを本っ当に楽しみにしていたんですけれど、急な仕事で出ていますの」

「ありがとうございます、お見舞いもたくさんいただいておりますのに……是非また改めてご挨拶に伺わせてくださいませ」

「みんな喜びますわあ~! もうほんっとに! 第一王子殿下が最近ますます思い付きであれこれ注文なさるから、ローツ中が振り回されてますの!!」

「あら、ますます……」

 わたくしはマクレガー様に相槌をうちながら、三年前、ショーン殿下が王宮から町を見下ろしていて、突然「ボウ国にシンボルが必要だ」と言い出し、王都の大通りのど真ん中に巨大な噴水を建設させようとしたことを思い出していた。

 人通りも荷馬車も一番多く行き来する道に噴水を建設することで生じうる問題を、わたくしと王都の管理長とで半年かけて訴えたことが効いたらしく、噴水を造る代わりにレンガを敷いて画家に絵を描かせることで折れさせることができた。ちなみにそれから一年過ぎたころ、ショーン殿下は王都を見下ろしながら「大通りの中心だけ、なぜレンガが敷いてあるんだったか……見栄えが悪いとおもわないか? ケイティ」と言った。そういったことが一度や二度ではなかったのに、ますます?

 首をかしげるわたくしに追い打ちをかけるように、紅茶で喉を潤したマクレガー様は先を続けた。

「……それに、ランズマン伯爵家も浪費に命をかけていらっしゃるしぃ。本家だけでなく、領民から税を下げるよう陳情書が届いているご親戚のお屋敷までも建て替えていらっしゃってよ。もしパトリシア様がショーン殿下の扱い方を覚えたら、国費がすぐ潰えそうなほどですって!」

「それはそれは……恐ろしいですわね」

 国財管理の方の苦労が目に浮かぶようだな、と考えつつ、わたくしはお茶菓子を一つつまむ。美味しさに息をついたところで、マクレガー様は至極不機嫌そうな顔で口を開いた。

「……例の“ふざけた提案”を王家側が否定しないのは、ショーン殿下の手綱を握っていらしたケイティ様がいらっしゃらなくなって困っているから、と耳にしましてよぉ。」

「……それが本当なら勝手すぎますわね」

「本当に! 勝手すぎますわ!!」

 マクレガー様と揃ってティーカップを持ち上げ、煽るように飲み干すと、侍女がすぐに新しいカップを用意してくれた。


 話題の標的が変わらない内に、わたくしは本題に入った。

「……ショーン殿下が、ご自身の事業で得た副産物で家具を作らせているらしいのですが、ご存じですか?」

「ええ、うちお抱えの職人に発注していらっしゃいますからぁ。」

 マクレガー様の口から殿下の自慢話が長くて打ち合わせが進まない上提案されるデザインが突飛すぎて、まだ製作に取りかかれていないらしい、とまで聞いて少し安心する。

 恐らく確実に、ショーン殿下がご自身の成果を披露する場に自分は立ち会うことになるだろう。その日を迎えるまでに、こちらとしては出来るだけ時間を稼ぎたいけれど、それまでに何事も起こらないでいてくれるに越したことは無い。


「……職人の方に、この手紙をお渡しいただくことは可能でしょうか。」

 わたくしがおもむろに上着の隠しポケットから取り出した封筒を差し出すと、マクレガー様は興味深げに瞬いた。中身はブロン様から得たばかりの情報、タストロについての取り扱い注意事項だ。

「私が目を通しても構いませんかぁ?」

「内容がショーン殿下のお耳に入らなければ」

「入れてやるもんですか! どれどれ~、なにが書いてあるのかしらぁ……」

 手紙を開いて、間を置かずにパッと閉じたマクレガー様は、少しも表情を変えることなく軽くこちらへ会釈したあと、一言も声を出さないまま一旦席を外し、水色の小箱と紐を持って部屋へ戻ってきた。そして箱に畳みなおした手紙を入れて蓋をして、水色の紐を手際よく十字に巻いてリボン結びをすると、その場でパン、と手を叩いた。

「!?」

 マクレガー様の合図で、物音もたてずにメイド服を着た女性が二人天井から降ってきた。わたくしが驚いて声も出せない状態で天井と突然現れた侍女に視線を行ったり来たりさせている間に、マクレガー様は水色の小箱を侍女の一人に手渡すと、いつものようにおっとりとした笑みを浮かべてこちらへ振り向いた。

「専用のナイフでないと切れないし、普通にほどこうとすると擦れたところから匂いのひど~い煙が出る紐ですの~。うちの優秀な侍女に、急いで家具職人のところに届けさせますわねぇ」

 彼女らに言葉をかける代わりにマクレガー様がパン、と再び手を叩くと、侍女二人は音もたてずに部屋から姿を消した。わたくしはキョロキョロ辺りを見回したものの、天井にもどこにも侍女たちの姿は見えなかった。


「……本当にありがとうございます。ええと、……色々な侍女がいるのですね……」

「ふふ、うちでもめったに人前には出さないんですのよ~! ケイティ様は特別です!」

 放心状態からなんとか持ち直し、改めて礼を申し上げたわたくしに、マクレガー様は両手を合わせて小首をかしげ、おっとりとした笑みを浮かべる。彼女を良く知らない方がこの仕草を見たら、可憐な印象の少女がその手に王家を揺るがす手札をいくつも握っているなどと思いもしないだろう。

「……さあケイティ様、せっかく久しぶりにお越しいただいたんですもの。今日はゆっくり“おしゃべり”いたしましょう? もしショーン殿下に関わる人が家に近づいたら、番犬のトトがちゃ~んと知らせますから大丈夫ですよぉ!」

 楽し気にローツ家の番犬の鳴き声について解説を始めた、一見無邪気なマクレガー様の優しさに胸が熱くなり、わたくしは口を滑らせた。

「はい……わたくし、絶対ロビン殿下を玉座に座らせてみせますわ」

「あら? いきなり初耳のお話ですわね~」

 わたくしは頼りになる友人を前にして、改めて気を引き締めるのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。