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本日二話目の投稿です!お時間よろしければお読みいただけると嬉しいです!
手を取り合って震えあがるわたくしとキュルカ様に、こんな少量では魔物はやってこない、と説明をしたあと、ブロン様は金属皿の上の木片を指でつつきながら先を続けた。
「魔物は人や家畜を襲うが、それは血肉から栄養を得るためではなく、魔素が集合してできた液体と血の色が似ているからだ、という仮説を立てた古い研究がある。ただ、魔物が寄り付かない赤い色の樹液はこの世に山のようにあるから、私は色というより、魔物にしかわからない匂いがあるんじゃないかと思っているが……残念ながら、研究はそこまで進められていない。いつまで経っても許可が下りないのだ……」
仮説を話しはじめたころは、木片へ向けられるブロン様のまなざしは優しかったが、話の終わりに彼は顔をしかめて、口をつぐんでしまった。そこへキュルカ様が授業中のように手を挙げると、彼は気を取り直したように息をつき、生徒を相手にしているように答えてくれた。
「ふつう、魔素はどこにあるものなんですの?」
「……魔素は大気中にも、土にも水にもどこにでも微量に含まれている。森深くの沼や火山、海の底など人が近づけない場所に魔素溜まりが存在し、そこが魔物の発生源だと考える研究者もいる。」
自分もキュルカ様に倣って手を挙げる。
「この木は何のために魔素を蓄えるのでしょうか、成長しやすいとか?」
「いいや、魔素を与えなくても成長度合いは変わらない。それに、タストロは根からも葉からも魔素を取り込み樹液に蓄えるが、切り倒されるまでは魔物をおびき寄せる量の魔素はほとんど表に出ない。……切株へは樹液が出なくなってからも半年以上魔物が寄ってくるというのに……」
眉間に指先をあててしわを伸ばすようにしながら、ブロン様は続ける。
「自然に寿命を迎えたタストロからはほとんど魔素が出ないことを考慮すると、動物や我々人間に、健康な樹木が傷つけられないようにしているんじゃないかと考えている」
「タストロを切り倒したら魔物が現れて、人間に災厄が訪れる……言い伝えの通りなのね。聞けば聞くほど縁起悪いけど、どうしてうちの紋章に描かれているのかしら?」
石机に頬杖をついたキュルカ様が口をとがらせるのをそのままに、ブロン様はこちらに視線を投げた。
「さて。キッカー様はどうしてだと考えますかな」
「え! ええと……タストロは葉がよく茂って、近くを歩けば雨に濡れないと聞きました。あとは、……魔素を取り込んで隠すタストロの木は、切り倒されなければ魔物から一番遠いとも言えます。あらゆる知識をたくさん蓄え、人を育てていくことで平和を保つという、ヘルマンの方々の信念とお人柄を表しているのかもしれません」
ヘルマン家の二人を前にして問われたことに、わたくしがどうにかこうにか頭をひねって答えると、キュルカ様はその場で腕を組みながら首をかしげた。
「ええ、ちょっと格好つきすぎじゃありませんこと? わたしはね、自分の研究や授業の邪魔をした人間は魔物に襲わせることも厭わない、っていう一族のいっちばん性格の悪いところが出ている気がしてならないわ……で、正解はなんですの」
身を乗り出したキュルカ様に、ブロン様は肩をすくめて答えた。
「資料が先の戦争で焼失していてわからずじまいだ」
「それって! 絶対都合悪いことが書いてあったに違いないわ! ケイティ様もそう思わない?」
「ええと……」
どう相槌をしても彼女に拗ねられそうなので、わたくしが曖昧に笑んでいると、扉を叩く音がした。
「ブロン教授、そろそろ教室にお願いします」
「おっと、こんな時間か」
「いけない。わたしも次の授業に出なくちゃだったわ」
一同は急いで、教員用の建物を出た。
「……長居して申し訳ございませんでした! 本当にありがとうございました」
「お会いできてうれしかったわ! またね」
「ええ、また……!」
「――キッカー嬢」
お手本のようなきれいなお辞儀をしていったキュルカ様より先に校舎に入っていたはずのブロン様に呼ばれ、馬車に向かっていたわたくしは慌てて引き返した。
「は、はい!」
背の高いブロン様にじっと見おろされたあと、握手を求めるように手を差し出される。
「どうかお気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
ブロン様の大きい手を戸惑いつつも握り返すと、くしゃりと音がした。わたくしは思わず瞬きを返すが、こちらが疑問を顔に浮かべることを許さないようなタイミングで、ぐいとこちらの手を引きよせブロン様が耳元で囁いた。
「……我々ヘルマンが得た知識を与えるのは、それに見合う価値がある人間だけです。」
「え」
鋭い眼光に緊張して動けずにいるわたくしに、優秀な植物学者はきゅっと片頬を持ち上げ、わたくしの大事な友人がたまに浮かべるのとそっくりな、いたずらっぽい表情になった。
「キッカー嬢のお考えに合うような人間になりたいとは思いますが……あの子の言うことも一理。」
それ以上何も言わず、あっさりわたくしの手を離すと、ブロン様はお手本のようなきれいな会釈をして再び校舎へ入っていってしまった。
「手ごたえはいかがでしたか?」
馬車へ乗るのに手を貸してくれたヴァンに問われて、ひとまずうなずく。それから甘味を入れていた籠の影に隠した手の中で、受け取ったばかりのメモの皺を伸ばしたわたくしは正直に答えた。
「……ありすぎて怖いぐらい」




