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031 リゼル②

 96時間あった猶予も残すところ38時間。

 マリナと過ごした翌日、俺はリゼルとの待ち合わせ場所に向かった。


 アークのメインストリートにある広場だ。

 人通りの激しい場所なので、多くの人に声を掛けられた。


 現地人からは「攻略おめでとうございます」

 冒険者からは「報酬は何にするの?」と「お前すげぇよ」


「時間より早く来るなんて偉いね、文人」


 リゼルは時間通りに到着した。

 馬車で。


「乗って! 移動するから!」


 客車の窓から上半身を乗り出して手招きするリゼル。

 それに導かれて、俺は彼女の待つ客車に乗り込んだ。


「出してー!」


「かしこまりました!」


 馬車が空に向かって駆けていく。


「どこへ行くつもりだ?」


「ふっふっふ」


 と笑った後、リゼルは答えた。


「決戦の地よ」


 ◇


 決戦の地と呼ばれる場所はアーク内にあった。

 てっきり高レベルのダンジョンに行くのかと思った。


「どうしてここが決戦の地なんだ?」


「だってここで決戦を行うから、私と文人がね」


 やってきたのは広大な更地の中に佇む建物。

 かつて千年騎士団がギルドホームとして使っていたものだ。


「さすがに2ヶ月足らずじゃ大して埃も積もってないわね」


 リゼルと一緒にホームに入る。

 人がいないことを除けば前に来た時と大差ない。


「ここってギルドが解散してからどうなったの?」


「元々はフリックの所有物だったの。土地の取得から何まで彼の名義で行ったからね。でも、今は私の物よ。昨日、彼に所持金の95%と引き換えに譲ってもらったの」


「95%って相当な大金だろ。リゼルは俺と同じで大した贅沢もしないでレベル上げばかりしていたんだから」


「だね。日本円に換算したらいくらになってたかな。10億? 20億?」


「もっといってると思うよ。孫の代まで豪遊できるくらいはあったはずだ」


「まぁね。でも、日本に帰る私にしたら不要なお金だから。それに、フリックは腕を失ったことで塔の攻略を諦めちゃったしね。だったらお世話になった分、少しでも彼の生活費の足しにでもなればいいかなって」


「なるほどな。フリックはどんな感じだった?」


「だいぶ元気になったよ。現地人に腕のいい技術者がいて、両腕の義手を作ってもらったから。今はリハビリを頑張ってるところ」


「そうなのか」


「そうそう、フリックから伝言があるよ」


「ん?」


「塔の攻略おめでとう。それと、千年寺院の時は取り乱してすまなかった……だって」


「別に謝る必要はないさ。同じ立場なら俺や他の連中だってわめき散らしていただろうし」


「まぁね」


「それで、決戦というのは?」


「ただの模擬戦だよ」


 リゼルは近くに置いてあった二本の木刀を拾い、片方を渡してきた。


「文人とは模擬戦をしたことないよね」


「だな」


「初めて会った日は天と地の差があったし、やるだけ無駄だった。でも、今は違う。今の私、すんごい強いよ。だからもしかしたら勝っちゃうかもしれないんだよね」


「勝っちゃうって、俺にか?」


「片手剣同士の模擬戦だったらね。もちろんアイテムとスキルの使用も禁止だから。イマジンムーブはOK!」


「ずいぶんと俺にとって不利な条件だな」


「そのくらいしないと勝てないもん」


「ふっ、妙なところで素直だな」


「えへへ」


 リゼルが木刀を構える。


「どんな条件であれ勝利は勝利だから! 勝負よ、文人!」


「いいけど手加減しないぞ」


「もちろん! 手加減したら殺すから!」


 リゼルが突っ込んでくる。

 恐れを知らない鋭い斬撃を放ってきた。

 俺はそれを受け太刀で防ぐ。


「クソッ……!」


 すかさず反対の剣でカウンターをお見舞いしようとして思い出す。

 今は一刀流なのだと。


「甘いよ、文人!」


 リゼルが空いている手で俺の髪を鷲掴みにした。

 そして剣を引いて受け太刀を解除し、すかさず俺の首へ斬りかかる。

 頭を押さえられているので避けるのは不可能だ。

 かといって改めて受け太刀するには時間が足りない。


(まずい……!)


 そう思ったと同時に体が勝手に動いた。

 一瞬で対策を想像したのだ。

 それは禁断の一手だった。


「えっ、ちょっ!?」


 ピタッと固まるリゼル。


「いや、これは、その、体が勝手に……」


 俺は視線を下に落とす。

 フリーの左手がリゼルの胸を鷲掴みにしていたのだ。

 さらに揉み揉みしてしまう。


「……文人、イマジンムーブは想像上の動きを実現する能力だよ」


「はい」


「つまり、文人は今、私の胸を掴んで揉む想像をしたってことだよね」


「攻撃を防ぐ方法が他に浮かばなかったようだ……」


「この変態!」


 パチンッと音が鳴り、頬がヒリヒリする。

 リゼルに強烈なビンタをお見舞いされてしまった。


「ご、ごめん、悪意はなかったんだ」


「分かってるよ! だからタチが悪いの! あんな防ぎ方ズルよ、ズル!」


 後ろに跳んで距離を取るリゼル。


「いやぁ、ほんと申し訳ない」


 リゼルが黙りこくる。

 怒らせてしまったのだろうか。

 いや、怒るに決まっている。

 やってしまったなぁ、と後悔。

 ――すると。


「……どうだった?」


「えっ」


「私の胸。揉んでみてどうだったのって」


「どうっていうのは……?」


「よかった? 悪かった?」


「よかったよ! よかった! 思ったより大きくていい感じだった!」


「そんな具体的なこと言わなくていいの!」


 リゼルが顔を真っ赤にして怒鳴る。

 俺は「ごめん」と頭をペコリ。


「模擬戦は今から仕切り直しね」


「ああ、そうだな」


「もし文人が私に勝ったら、もう一度、触らせてあげる」


「それって、胸を?」


「……そうよ。変態だから嬉しいでしょ?」


「変態じゃないけど……嬉しいのは嬉しい」


「やっぱり変態じゃん、キモッ」


「うるせぇ。男はそういうもんなんだよ!」


 リゼルが大きなため息をつく。


「そんなわけだから、勝ったら触っていいから! 本気出してよ! さっきの文人、思ったより弱くて普通に勝てちゃいそうだったし!」


「悪い、たしかに腑抜けもいいところの動きだったな」


 俺は笑みを浮かべ、木刀を二度その場で振る。


「今度は120%の力でいくぜ。変態パワー全開だ」


「そうこなくっちゃ!」


 それから俺達は模擬戦を再開した――が、今度は俺の圧勝だった。

 開始から1分もかからずに決着だ。


「じゃあ報酬の時間っと」


「駄目! その前にもう1回!」


「えー、圧倒的な差があったじゃないか」


「今度は私が勝つもん!」


「別にいいけど、俺が負けたら報酬はなくなるのか?」


「もちろん! でも私が負けたら報酬は2倍だよ!」


「2倍ってなんだよ。変態タイムが増えるってか?」


「そ、そうよ!」


「言ったな? 後悔するぜ」


「大丈夫! 勝つから!」


 再戦――。

 当然ながら俺が勝った。


「もう1回!」


 勝つ度にリゼルは再戦を要求した。

 俺はそれを引き受け、完膚なきまでに倒す。

 この日だけで数百に及ぶ数の模擬戦を行い、その全てで勝った。


「もう駄目! 私の負けでいい! 疲れた!」


 日が暮れて夜になると、リゼルは勝つことを諦めた。


「俺もヘトヘトだ……」


 二人して大の字に倒れる。


「文人、報酬の件だけど……」


「分かってるさ。あんなの冗談に決まってるだろ」


 俺は笑いながら答えた。

 最初からリゼルの胸を揉もうなどとは思っていない。

 たしかに俺は変態でコミュ障だが、その程度の理解力はある。


「あはは、文人ならそう言うと思った」


「リゼル、強くなったな。本当に強かった」


「あれだけ圧勝だったのによく言うよ」


「それは俺がリゼル以上に強くなったからさ」


「謙遜はしないのね」


「事実だからな」


 目を瞑る。

 この世界に来てからの戦いが脳裏によぎった。

 思い返せば色々な敵を狩ってきたものだ。


(塔の攻略も終わったことだし、これからどうしようかな)


 俺は一番になりたいと思う一方、一番で居続けたいとは思わない。

 そして、塔の攻略によって、俺は誰もが最強と認める存在になった。

 なので、強さを追求することに対してある程度の満足感を抱いている。


(他の街に行ってみるのもいいかもなぁ。家を建てるのも悪くない)


 そんなことを考える。

 するとその時、俺の体の上に何かがのしかかった。


「おい、何をしているんだ?」


 何かとはリゼルだった。

 俺の腹部に跨がっている。


「模擬戦の報酬、文人は冗談でも私は本気だから」


 リゼルが笑みを浮かべる。


「変なことを言うなって。その気になっちゃうからさ」


「その気って、どの気?」


 悪戯ぽく笑い、リゼルは体を倒す。

 俺達の体が重なり、唇も重なった。


「千年続く思い出を作ってあげる」


 リゼルがもぞもぞと動き出す。


「千年経ったら骨すら残ってねぇよ、俺」


「なら千年じゃなくて永遠だね」


 見計らったかのようにギルドホームの照明が落ちる。

 景色が暗転した途端、俺達は――。

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