032 第1部エピローグ
塔のクリア報酬を選ぶ猶予が24時間を切った。
残り15時間、午前9時――。
「こうして皆で朝食を食べるのは何気に初めてだよね」
「デスネー!」
「この世界では一人で過ごしてばかりでしたので、なんだか新鮮ですわ」
この世界で1店しかないイタリア料理のリストランテで朝食を堪能する。
リストランテとは、イタリア語で高級レストランのこと。
経営しているのは現地人ではなくイタリア人冒険者だ。
最近、商売を始める冒険者が増えていた。
動機は一様に「地球にいた頃にしたかったから」だ。
金持ちになろうと企んでいる者はいない。
楽に稼ぎたいなら冒険者稼業のほうがいいから。
「不思議な気分ですわ」
「何がだ?」とシャーロットを見る。
「皆様からするとこれらはイタリア料理ですよね?」
「そうだけど。このピザとか最高にイタリアンだぜ」
マルゲリータを頬張る。
本場の料理人が窯で焼いているだけあって最高に美味い。
「ピザじゃなくてピッツァなのデース!」
「細かいことは気にしたら負けだ」
「職人気質のイタリア人が聞いたら怒りマスヨー!」
「ははは、僕は気にしないから大丈夫だよ!」
店主が笑顔で答えた。
彼は少し離れたカウンターで何やら作業をしている。
なんだか退屈そうなのは、俺達の為にわざわざ店を開いたからだろう。
頭が上がらない。
「で、何が不思議なんだ?」
「私の世界にも同様の料理が存在します。もちろん、イタリアという国は存在しないわけですから、イタリア料理とは呼びません」
「ふむ」
「世界は違えど食べている物は同じ……これって不思議なことですわ」
「たしかに。この世界の人も地球と同じようなメシを食ってるもんなー」
「でも、何もかも一緒ってわけじゃないよ! たこ焼きは存在しないし!」
「お寿司もないデース!」
のんびりと会話を楽しむ。
(嗚呼……最高だなぁ)
皆の笑う顔を見ていて思う。
俺は今、人生で最も素敵な時間を過ごしている。
この時間がずっと続いてほしい。
明日も、明後日も、その先も、ずっと、ずっと。
だが、そうはいかない。
この時間はもうすぐ終わりを迎える。
そのことがとても寂しかった。
◇
昼は狩りに出かけた。
レベル50のPT用ダンジョンで暴れまくる。
「そういえば、知ってる?」
戦いの最中にリゼルが言う。
「塔ってさ、一度でもクリアしたら再入場できないんだよ」
「そうなんデスカ!?」
「知りませんでしたわ!」
「俺は知っていたよ。ヘルプに書いているからね」
「えっ、ヘルプに書いているの!?」と驚くリゼル。
「書いてるよ。天使の塔に関する項目の下から3行目くらいだったかな」
「行数まで覚えているの!? 何その記憶力! 天才じゃん!」
「覚えるのは得意でね。というか、ヘルプに書いていることを知らないのに、なんで再入場できないことは知っているんだ?」
「実は一昨日、試そうとしたの。暇だけどダンジョンまで行くのは気が乗らなくてさ。それに今の状態だと油断して怪我しそうな気がしたから」
「だから塔の雑魚と戯れようと思ったわけか」
「そういうこと!」
「で、ポータルに拒否されたわけか」
「そうなのよ! 扉を開いてポータルに入るじゃん? すると入ったポータルから出てくるの! すっごい気持ち悪い感覚だよ。初めてイマジンムーブを発動した時みたいな違和感があった!」
「何度も繰り返していると頭が変になりそうですわね……」
「危険デース!」
「そういえば、私も実は面白い発見をしたのですわ」
「なになにー?」
「実は――ペラペラ、ペラペラ」
戦闘中も会話が尽きることはない。
大半の冒険者が小便をチビって逃げ出すような場所でも、塔を攻略した俺達からすれば楽勝だ。
ボス戦も含めて、終始、笑い声に満ちていた。
◇
狩りが終わり、街に戻り、ディナーも済んだ。
いよいよ、別れの時がやってきた。
23時30分――。
俺達は塔の前にいた。
周囲には数え切れないほどの冒険者が集まっていた。
「さて、そろそろ行かないとね」
リゼルがスマホを取り出す。
それだけの動作で、周囲がドッと沸く。
「大袈裟だなぁ、もう少しかかるから」
リゼルが苦笑いで周りに向けて言った。
「でも、時間切れになる前に選んでおかないとね」
そう言ってリゼルはスマホをタップする。
彼女の後ろに金色のポータルが現れた。
「あれが帰還用ポータル!」
「塔を攻略した者だけの特権!」
「すげぇ! すげぇよ!」
場がざわつく。
はち切れんばかりの声が響いた。
「それでは私も――」
シャーロットも帰還用ポータルを出現させる。
マリナも続いた。
「文人はどうするの? 気持ち、変わった?」
リゼルが俺の目を見る。
その顔は真剣だった。
他の二人も同じだ。
「俺は……」
俺は、揺らいでいた。
この世界に残るか、それとも帰還するか。
シャーロットとはここでお別れになってしまう。
それはどの選択肢を選んだとしても変わらない。
だが、リゼルとマリナは違う。
帰還した場合、二人とはその気になれば会える。
この世界に残ったら、また一人になってしまう。
仲間のいない、黙々と最強を目指していた頃の俺に。
それは別に悪いことではない。
この世界での活動は毎日が充実していた。
不満を抱いたことは一度もない。
なのに、この気持ちはなんだ。
心臓が締め付けられるような、息が詰まる苦しさは。
「この世界に残るのは間違いなのかもしれない」
思っていた言葉が口からこぼれる。
だが、しかし。
「そんなことはありません」
シャーロットが強く否定した。
「文人様が悩むお気持ちは分かります。そして、この世界に残る選択をした場合、必ず後悔するでしょう」
「だったら戻るのが正解ってことか」
「そうではありません。地球に戻ったら、それはそれで後悔するに違いありません。おそらく残る以上に後悔されますよ。だって文人様、日本での生活を心から嫌がっていたではありませんか」
シャーロットに言われてハッとする。
「たしかにそうだ」
この世界へ来る時、俺は自殺しようとしていた。
高層ビルの屋上から飛び降りている真っ最中だったのだ。
「私が言いたいのは、どちらの選択肢にも代償がつきまとうということなのです。ですから、総合的に判断して、自分が最もいいと思う道を選んでください。今の文人様は、私達との別れを惜しむあまり、そのことだけしか見えていません」
「シャーロットの言う通りだね」
今度はリゼルが話し始める。
「最終的に決めるのは文人だけど、私としてはこの世界に残ったほうがいいと思うよ」
「そうなのか?」
「個人的には日本に帰ってほしいけどね。私と文人の家はそれほど離れていないことが分かったし、日本に帰ってくれたらたくさん会えるから。でも、日本に戻ったら、文人はきっと壊れると思う」
「俺が壊れる……?」
「だって文人は1番じゃないと駄目な人だから」
「日本は先天的な要因に依るところが多すぎる! デース!」
マリナのセリフは、先日、俺が彼女に言ったものだ。
「だから文人のことを考えたら、私は残るべきだと思う」
「私も同意見デース!」
「あとさ、一緒に過ごした思い出は永遠に残るから。どれだけ離れても、どれだけ時間が経っても、たとえ住む世界が違っても、私達の絆は繋がったままだから」
「リゼル……」
気持ちがスッと晴れていく。
「頭が悪いくせに感動的なことを言うじゃないか」
「頭が悪いは余計だよ! これでも中学時代は偏差値45だったし!」
「45ってなかなか酷いからな?」
「うるせー!」
俺は声を上げて笑った。
マリナとシャーロットは理解しきれていない様子。
「答えは決まった、という顔ですわね」
シャーロットが微笑む。
「だな」
俺は強く頷いた。
もう迷いはない。
「俺はこの世界に残るよ」
それが俺の答えだった。
総合的に考えて、それが最善だと判断した。
「そうと決まれば――」
俺は塔のクリア報酬を選ぶ。
激レア装備〈大天使の翼〉をゲットした。
「「「「「うおおおおおおおおおお! すげぇええええええ!」」」」」
場が沸いた。
俺の背中から光の翼が生えたからだ。
「文人が天使になっちゃったデース!」
「カッコイイ! カッコイイですわ! 文人様!」
「私もその翼ほしいー!」
皆が羨望の眼差しを向ける。
俺も「我ながらかっちょええ翼だなぁ」と思った。
「その翼ってただの飾り? 何かできるの?」とリゼル。
「試してみよう」
俺はイマジンムーブを発動した。
翼をバタバタさせて空を飛ぶ姿を想像する。
すると――。
「「「「「文人が飛んだぞー!」」」」」
――俺の体はふわりと浮いた。
この翼はただの飾りではなく、本物なのだ。
俺は人間でありながら翼を手に入れてしまった。
「空を飛べるのは面白いけど、翼があったら眠りづらそうだなぁ」
「大丈夫ですわ!」
シャーロットが言う。
気がつくと彼女は俺のすぐ後ろにいた。
「この翼、触れることができません!」
シャーロットの手が翼をすり抜ける。
「飛行を可能にする実体のない翼か……気に入った」
今、この世界で大天使の翼を装備している冒険者は俺だけだ。
それはとても誇らしいことであり、強烈な優越感を得られた。
「無事に文人も報酬を選んだことだし――」
リゼルがスマホを見ながら言う。
「――残り5分だからもう帰らないとね」
これ以上は引き延ばせない。
正真正銘、本当に本当の別れの時だ。
「最初は私からデース!」
マリナがギュッとハグしてくる。
それから公衆の面前で堂々とキスしてきた。
「文人、短い間だったけどありがとうございましたデース」
「こちらこそ、ありがとう。ギリシャに戻っても達者でな」
「もちろんデース!」
マリナはハグを終え、振り返り、リゼルとシャーロットを見る。
「リゼルとシャーロットもありがとうございました。一緒に戦えたこと、私は誇りに思います。お二人の人生にも幸があらんことを心より願います。それでは、お元気で!」
リゼルとシャーロットが口をポカンとする。
そんなことは知らぬとばかりに、マリナがポータルの中に消えた。
彼女が消えてから数秒経って、固まっていたリゼルが動く。
「普通に喋れるんかい!」
「私も驚きのあまり言葉を失いましたわ」
シャーロットがお淑やかに笑う。
「次は私ねー!」
リゼルが俺の前に立つ。
そして、ハグではなく握手をしてきた。
「文人、日本にいる人に伝えたいこととかある? 私が代わりに伝えてあげるよ」
「伝言か……特にないな」
「お母さんやお父さんに何か言わなくていいの? 心配してるよ、きっと」
「言うのは逆効果だと思う。異世界にいるとか言っても信じないだろ」
「そっか、それもそうだね」
「だから何も言わなくていいさ。ごめんな」
「ううん、気にしないで」
リゼルは握手を終えるとハグしてきて、更にキスも。
「私達三人を超える素敵な女を見つけるんだよ、文人! そうじゃないと、他のカップルを見て『リア充爆発しろ』なんて嫉妬する人生を送ることになるんだからね!」
「余計なお世話だ」
「あはは! じゃ、シャーロットの時間が必要だから私も行くね」
リゼルは金色のポータルに向かう。
そして入る直前に振り返り「ばいばい!」と元気に手を振ってから消えた。
「あとは私だけですわね」
シャーロットは凜とした瞳を俺に向ける。
「マリナ様とリゼル様が話されている時から、ずっと何を言おうか考えていました」
「ほう」
「ですが、いざ話す時が来たら、それらの言葉は不要だと思いました」
「どういうことだ?」
「先に帰られたお二方と違い、私は短くまとめるのが苦手です。想いを話すには時間が足りず、帰ることができなくなってしまうのです」
「なるほど」
「だから、こうすることにしました」
シャーロットが俺の背後に回り込み、「えいっ」と背中を押す。
バランスを崩した俺は、シャーロットのポータルに突っ込んだ。
――が、ポータルをすり抜けてしまう。
「やはり私以外は通れませんか……。テンベロッサに連れて帰れれば、と企んだのですが残念です」
「本当は無理だと分かっていただろ」
「さぁ、それはどうでしょう」
シャーロットが悪戯ぽく笑う。
その目には涙が浮かんでいた。
「すみません、ずっと我慢していましたが、もう限界です」
次の瞬間、彼女はポロポロと泣き始めた。
「本当は私、寂しくて寂しくてたまりません。文人様と離れたくありません。ずっと一緒にいたいです。ずっと、ずっとずっと、いつまでも一緒にいたいのです」
「シャーロット……」
「でも、私には国があります。私のわがままで国を危機にさらすわけにはいきません。ですから、私は、私は……」
「ありがとうな。その気持ちだけで十分だよ」
俺はシャーロットを抱きしめ、スマホを確認する。
1分の猶予も残されていなかった。
「時間だ、シャーロット」
「ぐすっ……ぐすんっ……はい……」
「顔を上げろ、シャーロット」
シャーロットが静かに顔を上げ、俺を見る。
「これは俺からの餞別だ。受け取ってくれ」
そう言って、俺は彼女の唇にキスをした。
「文人様……!」
「俺からキスをするのはこれが初めてのことだ」
シャーロットの顔が真っ赤に火照る。
「ありがとうございます、文人様。すごく、すごく嬉しいです」
「こちらこそ、ありがとうな。あと、ボスゴブリンの件は本当にすまなかった。ドロップがランダムだとは知らなくてさ」
「あはは、本当ですよ。それから、先日の私を宿屋に放置した件もです。あれだけ叱ったのに酷いです」
「悪い悪い」
金色のポータルが透けていく。
消える直前だ。
「じゃあな、シャーロット」
「文人様も、お元気で!」
シャーロットは慌て気味にポータルの中へ駆け込んだ。
次の瞬間、ポータルが消えた。
◇
その後――――……。
今日も俺はPT用ダンジョンに来ていた。
今回は懐かしの千年寺院だ。
もちろん、こんな所に一人で来ることはない。
数百に及ぶ冒険者が同行していた。
最近はずっとこうだ。
皆に懇願されて、俺は冒険者の指導を行っていた。
この場にいる冒険者は皆、塔の攻略を目指している。
塔を攻略した俺達を見て認識が変わったのだ。
本気になれば塔を攻略することができる、と。
「で、俺はどうすればいいんだ? 後ろからアドバイスか? なぜか一人だけ先頭にいるんだけど……」
振り返って尋ねる。
「いえ! まずは戦ってみせてください! 手本を見せてほしいです!」
冒険者の一人が答え、他の連中が頷く。
「ふむ、手本か……」
話しているとディアナイトの群れが突っ込んできた。
レベル差補正があっても気にしない奴らだ。
鬱陶しいので軽く瞬殺しておく。
そしてもう一度振り返り、ニヤリと笑った。
「ごめん、そのままだと無双するけど、どうする?」
異世界無双の最強剣士、これにて完結です。
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絢乃




