030 マリナ②
結局、その日はシャーロットと夜通し盛り上がった。
朝になると、流石の彼女も疲れ果てて眠りについた。
――が、俺はそうもいかない。
今日はマリナと過ごすことになっているからだ。
シャーロットに「またな」と置き手紙をしてから、駆け足で宿を出た。
「このままだと遅れてしまう!」
俺は疲労回復ポーションをダブルで飲み、更に高級店の特製栄養ドリンクも飲み、倍プッシュで「眠気を感じたら即返金!」と謳っている眠気覚ましも飲んだ。
そして、午前10時にマリナとの待ち合わせ場所に到着。
その場所とは――ヒデヨシキャッスルだ。
「なんでわざわざこんな場所で待ち合わせるんだ!?」
「今日はここで過ごすのデース……って、文人、その目はどうしたのデスカ!?」
マリナが俺の顔を見て驚く。
「目? 何かおかしいか?」
「おかしいなんてものじゃないのデース!」
マリナはマジックボックスから手鏡を出し、こちらに渡してきた。
鏡に映った己の顔を見て、俺は「なんじゃこりゃ」と声を上げる。
「真っ赤っかじゃないか!」
「そうなのデース!」
目が真っ赤になっていた。
充血というレベルを超えている。
白目という概念が完全に失われていた。
ゾンビ物の映画なら感染者扱いで即銃殺されているだろう。
「大丈夫デスカ!?」
「大丈夫、ただの寝不足さ」
「あらぁ!」
マリナがニタァと笑う。
「シャーロットは見かけによらないのデスネー!」
「ノーコメントだ」と苦笑い。
「安心してくださいネ、文人。今日はゆっくり過ごせマスヨ!」
「そうなのか?」
「お城の中でゆっくりするのデース!」
マリナと二人でヒデヨシキャッスルに入る。
「ウキッ? キキーッ!」
敵の足軽モンキーは、俺達を見るなり逃げていく。
レベル差補正が適用されている格上にはビビるらしい。
おかげで無駄な戦闘を避けることができた。
「そういや此処ってダンジョンの中でも人気がないんだってな」
「そうなのデスカ?」
「酒場でそういう話を聞いたよ。ボスのヒデヨシがこのレベル帯の中だと飛び抜けて強いし、足軽モンキーも鬱陶しいタイプの敵だからだって」
「知らなかったデース!」
「ま、俺達からしたら他のダンジョンと大差ないしな」
「デスネー!」
まるで街にいるかのように、手ぶらで会話を楽しみながら歩く。
あっという間に最上階――ヒデヨシのいるフロアに到着した。
流石にヒデヨシは戦闘意欲に満ちていて、俺達とやる気だ。
だが、俺達と戦うにはあまりにも弱すぎた。
「私が始末しマスネー」
「ほい」
1分も経たぬ間にヒデヨシは死亡した。
マリナに素手でボコボコにされたあげく、城から投げ捨てられた。
で、地面に強打して死亡。
「ボスが雑魚でも宝箱は当たりの可能性があるから侮れないな」
目の前に現れた宝箱を見ながら言う。
「私からのプレゼントデース! 文人、開けてくださいデース!」
「おうよ――って、あれ?」
宝箱が開かない。
鍵がかかっているようだ。
「どうしてだ?」
と言った次の瞬間に気づいた。
「PTを組み忘れていたようだ」
宝箱を開けられるのはボスを倒したPTのメンバーのみ。
よって今回はマリナ以外に開けられる者はいない。
「あああああ! やってしまいましたデース!」
そう言ってマリナは宝箱を開けた。
中は空っぽ――つまり、装備以外の何かが報酬だ。
「当たりだったか? ……って、何が出てもマリナにはハズレか」
「デスネー。経験値も、お金も、スキルもいらないデース!」
マリナはスマホを懐にしまう。
「で、ここに来てどうするんだ? 何もないが」
最上階は何もない広大なフロアだ。
床材である畳のいい香りだけが漂っている。
「ぼんやり過ごすのデース!」
目を瞑るマリナ。
俺は何をしたらいいか分からず立ち尽くす。
「…………」
1分近く無言の時間が続いた。
(これ、何か声をかけたほうがいいのか?)
と思ったその時、部屋の中に家具が現れた。
小さなちゃぶ台やら木のタンスやら、「ザ・昭和」という感じの家具が配置されていく。
マリナがマジックボックスで取り出したのだ。
無言だったのは、イマジンムーブを発動しようとしていたからだった。
「和風デース!」
「再放送の古いドラマに出てくる日本の家庭って感じになったな、この場所だけ」
俺はチラリと後ろを見る。
何もない畳の空間が依然として広がっていた。
この場所の広さは100畳を余裕で上回る。
所狭しと家具で埋め尽くすことは到底不可能だった。
「日本の生活を体験するのデース!」
そう言ってマリナが取り出したのは、抹茶を作るためのセット。
茶筅や茶杓といった物のことだ。
しかし、彼女が「抹茶」と称して出したのは、ウーロン茶のティーパックだった。
「これじゃ茶をたてられないだろ!」
「ワオ、悲しいデース! でも後に引けないのデース!」
「いや、引けるから。街に戻って買い直せばいいだろ」
「面倒くさいのデース!」
ティーパックで強引に茶をたてようとするマリナ。
ま、彼女が満足しているならなんだっていいか。
「昨日のシャーロットもそうだったが、マリナのプランも意味不明だな。ヒデヨシキャッスルの最上階で茶をたてるとかさ」
「お茶はオマケなのデース! 文人の国の過ごし方を堪能したかったのデス」
「日本のか」
「そうしたら文人と一つになれるような気がしたのデス」
「いや、そうはならないだろ」
「なるのデース!」
それから俺達は、外の景色を観ながら雑談に耽った。
この世界のことだったり、前の世界のことだったり。
中でも俺が驚いたのは――。
「このことは誰にも言っちゃ駄目ですよ、文人」
「わざわざ言わないが、マリナも隠す必要ないだろうに」
「いやぁ、自動翻訳にはやられましたねー!」
そう、マリナは普通に話すことが出来るのだ。
特徴的な「デース!」や「マース!」は意図したものだった。
なぜそんな話し方をしていたのか。
その理由は、自動翻訳を過信していたからだ。
変な話し方をしてもノーマルに修正されると思い込んでいた。
「文人、本当にありがとうございました」
夜になるとマリナは布団を召喚して、俺の傍に敷いた。
「文人が酒場で私をかばってくれたから今の私があります。文人のおかげで私は強くなることができました。戦闘技術だけでなく、内面も立派な女になれたと思っています。そして、塔を攻略することもできました。おかげさまでギリシャに帰ることができます。心から感謝していますよ」
「いや、感謝するのは俺の……んっ……」
俺の言葉を遮るようにマリナがキスしてきた。
そのまま布団の上に押し倒される。
「私のことを忘れられないようにするのデース!」
「そのセリフは、まさか!」
「そのまさかですよー! うりゃー!」
「おほ……! おぉ……! あっ、そこ……! たまりません……!」
忘れられない一日になった。
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