021 千年寺院
千年寺院はとても平面的な構造をしていた。
奈良の東大寺を思い出す。
誰が舗装したのか綺麗な石の道が広がっていた。
建築物も綺麗で、魔物ではなく人が住んでいてもおかしくない。
こういうダンジョンは珍しい。
多くのダンジョンは入り組んでいるものだ。
そして陰鬱としており、道はデコボコである。
(これなら戦いやすそうだな)
視界が開けているのは冒険者にとってありがたい。
死角から不意打ちを受けるリスクが大きく減るからだ。
だが、都合がいいのは俺達だけではなかった。
「来るぞ! 構えろ!」
フリックの言葉によって皆の顔つきが真剣になる。
そこら中から大量の魔物が押し寄せてきたのだ。
障害物のないだだっ広い場所だと数の力が大きく作用する。
純粋な力比べになりがちだ。
今回の敵は鎧を纏った鹿に騎乗する甲冑の騎士〈ディアナイト〉。
攻撃力よりも機動力と防御力が厄介なタイプに違いない。
甲冑の隙間を縫うように攻撃するのは骨が折れるだろうな。
「第1グループは向かって右側を対処、第2は左側だ! いいな!」
「「「おう!」」」
千年騎士団が大きく二つに分かれる。
これは彼らの基本的な戦い方〈グループ戦術〉というものだ。
5人PTを6つ作り、3PTを1グループとして、グループ単位で戦う。
「私たちは第2グループの第3PTだからまだ戦ったら駄目だよ」
戦う気満々の俺に対して、リゼルが釘を刺す。
「慣れないものだな、敵を前にして戦わないってのは」
継続的に戦闘を行うべく、両グループとも戦うPTは1つだけだ。
最初は第1PTが担当する。
第2PTは第1PTのすぐ後ろでカバーし、俺達第3PTは休憩・立て直しだ。
今は始まったばかりで疲労も負傷もしていない為、ただの見物である。
「PT交代!」
フリックの指示で第1PTが後方に下がり、第2PTが前に出る。
先ほどまで第2PTが担当していたカバーを、今度は第3PTが行う。
(ふむ、これがグループ戦術か)
ギルドならではの悪くない戦い方だ。
安定した戦闘を無理なく持続させることができる。
――が、俺には合わなかった。
(嗚呼、経験値が惜しい)
別のPTが敵を倒しても経験値は得られない。
加えてPTなので、得られる経験値がソロの時より4割少ない。
ものすごく時間が勿体なく感じた。
「敵を乱獲できなくて不満って顔だね」
リゼルが覗き込むように俺の顔を見てニヤける。
「まぁそうだな。否定はしない」
「やっぱりギルドで活動するのは無理そう?」
「そんな気がする。俺は協調性が欠けているからPTですらきついし」
リゼルは「そっか」と笑う。
そして、第2PTの背後を突こうとする騎士を仕留めた。
「文人はさ、塔を攻略した後もこの世界に残りそうだよね」
「その言い方だと、リゼルは戻る気なのか?」
「私はっていうか、ウチのメンバーは大半が戻りたがっているよ」
「そうなんだ」
「たぶんだけど、それはウチに限った話じゃないと思う。今でもレベル上げに頑張っている人間の大半が地球に帰りたがっているはず」
「そうなのか?」
「だって、この世界で過ごすだけならレベル10以下の雑魚を狩っていればいいじゃん。それだけでも日本で言うところの中流階級くらいの生活はできる。もう少しいい暮らしをしたいならレベル15くらいの敵で十分」
「たしかに」
「なのに、私らはそれ以上を目指しているわけでしょ? それって、強くなりたい理由があるからに他ならないんだよね。そんな理由って、普通は地球へ戻りたいって気持ちだと思う」
「それもそうか」
「だから文人みたいな純粋に強くなろうとしている人はすごいと思うよ、私」
「俺には地球へ戻っても何もないからな」
「そうなの?」
「だってこの世界に転移した時、俺は自殺の最中だったんだぜ」
「自殺って……マジ?」
「マジだよ。高層ビルから飛び降りている最中だった」
「そうなんだ……。じゃあ、なんでこの世界では頑張っているの?」
「日本では負け組だったからね。俺は特徴のないモブキャラだった。それが嫌なんだよ。ガキくさいことなんだけど、何かでトップになって誰かに誇れるような男になりたかった。けれど、日本では自分の力だけじゃそうはなれないだろ? 家柄とか容姿とか、頂点を取るには別の要素が必要になる。そういうのを持ち合わせていない奴がどれだけ頑張っても1位にはなれない」
「まぁね」
「どこかの議員は『2位じゃ駄目なんですか?』って言っていたし、大体の人は2位で十分なんだと思う。でも、俺は2位じゃ嫌なんだ。1位がいい。なのに、何をやっても1位はおろか2位にすらなれなかった。だから自殺しようとしたんだ。自分は他とは違う非凡な人間だと思っていたのに、実は自分もただのモブキャラに過ぎないって感じたから。俺にとっての負け組ってのはそういうこと」
「この世界では負け組じゃない?」
「今のところはな。努力したらした分だけ結果になって返ってきている。昨日より今日、今日より明日、俺は日を追うごとに強くなっている。だからやる気が湧いてくるんだ」
「なるほどね。仮に自分がこの世界で1位に……最強になれないと確信したら、文人はどうするの?」
俺は鼻で笑い、敵を捌きながら即答した。
「その時は改めて自殺するだけさ」
「1位になれなければ死ぬ、か。そりゃ私らとは強さの次元が違うわけね」
「ま、俺はそんな感じだ。今度はリゼルの話を聞かせてくれ」
「私?」
「そうだ。どうして戻りたいんだ? 日本に」
「どうしてって、どういうこと?」
「リゼルは日本のこと好きじゃなさそうじゃん」
「そうかな? そんな風に見える?」
「だって髪の色をピンクに染めてるからな。日本でその髪の色だと浮きまくっていただろ。清く正しい日本人でいたいなら絶対にしない色だぞ」
「あはは、たしかに。社会に反抗していますって感じの色だもんね」
リゼルが「でも」と続ける。
「ジャスパーと同じで私も家族に会いたいから。私の場合はお母さんなんだけど、医者に余命を宣告されてもう長くないんだ」
「それは……」
思わぬ発言にイマジンムーブが止まる。
その一瞬を突いてディアナイトが俺の首を刎ねようと剣を振るう。
「うおっ、あぶね」
ナイトメアソードで攻撃を防ぎ、カウンターで仕留めた。
無意識にイマジンムーブを再発動させたのだ。
その境地に達していなければ死んでいただろう。
「ちょ!? 大丈夫!?」
驚くリゼル。
他のメンバーもびっくりしている。
「すまん、イマジンムーブが止まっただけだ」
「らしくないね。会話に夢中だった?」
「いや、そうじゃない。話を遮って悪かったな、続けてくれ」
リゼルは「大丈夫ならいいけど……」と続きを話す。
「私の家はずっと前に親が離婚してさ、それからはお母さんが育ててくれたの。なのに私は反抗期をこじらせてさ、こんな髪の色にして好き勝手してたわけ。それに対する罰なのかな、先月、お母さんが入院することになってあと1年も生きられないって宣告された。それで目が覚めたの。お母さんの最期は絶対に傍で看取りたい。だから帰らないといけないの。この世界は気に入っているけどね」
「俺より遙かに真っ当な人間だな、リゼルは」
「そうでもないよ、髪の色こんなだし」
笑うリゼル。
そこへフリックの怒声が飛んできた。
「お前らいつまで話しているんだ! 戦いに集中しろ!」
「「ごめん!」」
俺達は第2PTと交代して前に出る。
たくさん話したからか、俺とリゼルの連携は完璧だった。
第3PTには他にも4人いるが、彼らの出番はなかった。
そうして順調にダンジョンの奥へ進んでいき、いよいよ最奥部――本堂に到着した。
「休憩は必要か?」
フリックが皆に尋ねる。
俺を含めて全員が首を横に振った。
「では終わらせに行こうか」
フリックが本堂に足を踏み入れる。
俺達もその後ろに続いた。
本堂の中はそれなりに広い。
千年騎士団のギルドホームと同じくらいだ。
敵は見当たらない……と思いきや、周囲にポータルが現れた。
左右から計20体のディアナイトが登場し、前方からはボスが出てくる。
「あいつは……」
「文人、あのボスを知っているの?」
「まぁ、ちょっとした因縁の相手だ」
千年寺院のボスは、塔の30階で世話になった阿修羅観音だった。
左右の上段と下段の手に剣を持っていて、中段は何も持っていない。
塔の頃より手数が少ないので倒しやすそうだが、それでも……。
「フリック、あの敵は強いぞ。俺が倒そうか?」
「それには及ばない。よし、いつもと同じ作戦でいくぞ! 両グループの第1PT、突撃だ! 第2、第3PTは雑魚掃除を担当しろ!」
フリックが左手に持っているクロスボウの矢を阿修羅に放つ。
それが攻撃に合図となり、各第1PTが突っ込んでいく。
「SiriN、リロードだ!」
次の瞬間、フリックのクロスボウに矢が自動で装填される。
SiriNスキルの〈オートリロード〉だ。
クロスボウと剣の変則二刀流が彼の持ち味である。
だが、今回はそれが仇となった。
「ヌルイ!」
阿修羅は飛んできた矢を掴み、それを投げ返してきたのだ。
そしてその矢がフリックのPTメンバーの脳天を貫いた。
即死だ。
「なっ……! 俺の矢で……!?」
斃れた仲間を見て動揺するフリック。
それを見逃すほど阿修羅は甘くない。
「フリック、前だ! 前!」
叫んで知らせるが間に合わない。
「えっ」
次の瞬間、フリックの両腕が宙を舞った。
阿修羅が一直線に距離を詰め、左右の剣を振るったのだ。
「があああああああああああああああああああああ!」
フリックの悲鳴が響き、千年騎士団が固まった。
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