第87部 今生の別離(わかれ)!
1955年8月(昭和30年)北海道・苫小牧
*)カムイコロ
心配する父・智治を、眠っているだけだからと、安心するようにと酒を勧める。
「お父様。みんなは眠っているだけですわ。今頃はきっと楽しい夢を見ています。安心して下さい」
そう言われても子や孫が、嫁さんが心配で仕方がないのだ。
カムイコロは、いつもの事だと言って酒を飲んでいる。少し飲み過ぎか、父みたいな存在の智治を呼び捨てだ。
「智治! ほら、飲めや。あんたが飲まんでどうするのよ!」
カムイコロは父・智治に絡んでいるではない。さくらの両親を顎で指して、
「ほら、ジジババが心配するじゃろ。ここは心配でもあの二人を心配せんごとあんたが落ち着かんでどうするのよ。あ? あぁん?」
カムイコロはもう飲み過ぎか、怖い顔で智治に迫っている。
「ヒー! お許しを~~」
智治はカムイコロの顔を見て、やはり怖くなった。
ジジババの相手は、ホロが心配しないでいいからと、何度も言ってはいる。桜子の両親は、当然このような事は初めてだ。まして、祖母に至っては、聞いていないと言っては、休んでいる部屋を覗こうとする。
「デルフィナ。それと・・?・・、外人さん。お酌をしておれや。夕食の準備も頼むわな」
三人はやかましいと、カムイコロを睨む。
「私たちの名前は覚えてよね! フン!!!」
*)澪霧と麻美
五人が休んでいる部屋では、澪霧が今日の事を麻美お母さんに話している。部屋の隅っこで小声で話しているが、二人とも側で見ていないと落ち着かないのだ。
「あの亜依音の力はね、たくさんの巫女の宝石を受け継いでいるようなの。亜依音の身体から七色の光が陽炎のように見えたわ」
「そうなんだ。だとしたら、亜依音は多重人格だったのかな」
「ですね、わずか二歳の娘が、泣いている母を見て何とも思わないとか、もうありえませんもの。でしょう? 麻美お母さん」
「でも、もう大丈夫なのでしょう? 呪文は綺麗に発動していたのでしょう?」
「そう思います。でも、朝にならないと判りません」
心配になるような言葉を話すからより心配になり、澪霧と麻美は黙り込んだ。亜依音が麻美をお姉さんと呼ぶとか、頭にこぶが二つ出来たとか、知りたい事は沢山ある。
わずか二歳にして自分を宙に浮かすとか、二人を浮かせてクロに乗せるとか、言葉の発達もそうだが、クロにも乗れて落ちないという身体能力も不思議だった。
明日は亜依音の父が来る。今日のような事は見られなくて良かったと思った。
「亜依音、お母さん。沙霧。綾香、彩香。今晩は寝ずに見ていてあげるね!」
「お姉ちゃん、ありがとう」
亜依音の寝言なのだが・・・・。誰を指しているのか、知りたいと思った。
「亜依音! 安き眠りを・・・・」
*)沙霧と亜依音の目覚め
翌日の朝。最初に目覚めたのは、綾香と彩香だった。一番影響が少なかったからである。次は沙霧であった。綾香と彩香は目覚めての一言が、「お腹が空いた」であって、昨日の昼食から食べていないから当然だ。
沙霧は、それはもう心配だから、自分の気を確かめて飛び起きた。
「亜依音! 亜依音。お母さん。お母さんは大丈夫? なの」
眠らずにうとうと、としかしていない二人に、沙霧はすぐさま訊ねた。
「ええ、大丈夫ですわ。見て下さい。穏やかな寝顔でしょう?」
「・・・・・・・。そうですね。可愛いわ!」
「亜依音! 亜依音。・・・あい・・ね?」
亜依音はうっすらと目を開けていたようだ。だが、昨日の事が、呪文が小さな頭に響いたのか、目覚めが悪かった。少し目玉を動かしたように見えたが、呼ばれても起きない。
沙霧は寝ている亜依音の髪をそっと撫でてみた。いつもと変わらぬ感触だった。こんな小さい娘が不憫と思ったが、思うのは亜依音ではなく、自分だと悟った。「私、バカみたい。」沙霧は愛娘を見つめて呟いた。
「おや、もう起きたかい」
いきない横から声が聞こえて驚いた沙霧。
「はい、お母様。ありがとうございます」
「そうだね、呪文が上手く出来たようだね。私も嬉しいよ」
「彩香さん、お母様が目を覚ましたわ。朝食の用意は出来たかしら」
「もう、食べています・も・・・も・」
妙な言葉使いで、モゴモゴと言う。
大きい轟音と共に、亜依音は目覚めた。
「ママ、お腹が空いた。」
*)カムイコロ、デルフィナ、ニーナの出発
カムイコロ、デルフィナ、ニーナの三人は一足先に出発しようと準備を始めていた。もともとから、旅に出る予定だから一応の準備は出来ている。
「あ、カムイコロさん。白川さんたちはお昼過ぎには到着されます。それからお出かけ下さい」
智治が今にでも出て行く素振りの三人に話した。
「いやね? 早く出た方がさ、早く着くだろうと思ってさ」
「カムイコロさん、デパートに行くととは違うんですよ。船に乗って汽車に乗ってまた、シベリアまで行くんですよ? 分かります?」
「いや、俺らはデパートに行きたいんだよ。服の買い出しにさ、ね?」
智治はしてやられたと思い、直ぐに三人をデパートまで送った。
「カムイコロさん。飛行場までヘリに乗れますので、買い物が済んだら直ぐに帰ってきてください」
そう言ったら、三人とも喜んで走って服を買い揃えに行った。ら、もうヘリは家の上まで来ていた。小学校の校庭に着陸する。
*)白川家の三人が到着
「沙霧、亜依音。大丈夫か~」
夫の穣が叫びながら走ってくる。来るのだが何処が家なのかが不明。ホロは少し隠れて見ていた。穣が落ち着いた頃を見計らって迎えに行く。だから、穣はこのような失態を演じたとは、誰も知らないと思っている。降りた所が自宅だと思っていたのだった。
ホロは含み笑いを堪えながら、
「みなさん、遠い所をありがとうございます」
「なに、大した事はないよ。大事件だから飛んで来ただけさ」
「越権行為? で・・・・?」
ホロの最後の一声は小さくて聞こえなかった。
「お父さん、涼しくていいですね~」
「すぐ近くの家です」
そう言ってはみたが、近くの尺度が異なる。東京では五百メートルまで。ここ北海道は三キロメートルだったり? する。歩ける距離には違いが無い。
ちなみに桜子に実家は農場だから、ヘリが降りる場所は何処でもよいのだが、牛や馬、羊が驚いて逃げるから、小学校へ降りたのだ。慌てている穣は考えも出来ない。
目覚めた亜依音に母の沙霧が尋ねた。
「おはよう、でも、もうお昼よ。お腹が空いたね。ママもお腹が空いたな」
「もう? お昼なの?」
「そうよ。亜依音は、どこか痛いとかはないかな~」
「・・・・ うん、どこも痛くないよ。ママ、起こして」
「もう、甘ちゃんなのだから~」
「うん、ママ」
「もう少しでお父様が来ますよ? 一緒にごはん食べようか! ママはパパと食べたいな」
「じゃぁ、亜依音も一緒に食べる」
「そうだね。そうしようね!」
戸板は開け放れているから、外から人の声が聞こえてくる。東京みたいに騒がしくないから、誰の声が・・・と、分かるのだ。
「すまないね、穣くん。驚かしたね」
「いいえ、決してそのような事はありません。二人は、二人は大丈夫でしょうか」
「もちろんだよ。もう目覚めていると思うよ。・・・ ほら、あそこに!」
亜依音は縁側に出て来ている途中だった。寝起きでもありややふらついている。
「パパ!」
「おう、亜依音。元気だったか!」
「パパ、どうしたの? ママと会いたかったの?」
「おう、そうだとも。亜依音とも会いたいから、飛行機で飛んで来たぞ!」
「わー、パパ、すご~い。亜依音も乗りたいな」
「ごめんなさい、穣さん。驚いたでしょう! 会えて嬉しいです」
「もう、なんだい。身体はもう平気かな」
「はい、ありがとうございます」
「やぁー、沙霧さん」
「沙霧さん、亜依音ちゃん。お元気でしたか?」
「はい、お父様、お母様。お見舞いをありがとうございます」
「ほら、亜依音。お土産だぞ~~! 食べたいだろう~?」
「うん、お爺ちゃん。食べたい!」
「ダメですよ、ママの了解を得てですね、その後にですね・・・」
このありふれた親子の会話に幸せを感じて、沙霧はくすっ、と笑った。沙霧は空を見上げて、
(あ~、この幸せも直ぐに終わるんだ。夢だったら? いや、夢でも耐えられない)
そう心で呟いた。そうして、穣を引き寄せて縁側に座らせて沙霧は寄りかかる。
亜依音は久しぶりに会った東京の祖父母に甘えている。この先、亜依音は心穏やかに、母のいない人生を送るのかと思ったら泣いてしまった。
穣は沙霧の手を握りしめながら、沙霧は自分と会えたので喜んでいるのだと、思っているが、沙霧の思いとは大きくかけ離れている。
「彩香~、昼食の用意が出来たら、教えてね~、いいぃ? こっそりとだよ」
「は~い、お姉さま。テレで連絡するよ」
沙霧は穣を座らせたまま穣の両親の元へ行く。そして母に声をかけた。
「お母様。暫く亜依音の面倒をお願いします」
沙霧は穣に向き直って手招きをした。穣が立ち上がって歩き出した時に沙霧は、少し離れた厩舎を指差して、
「ねぇ、穣さん。あそこまで付き合ってくださいね」
*)沙霧と穣
この後の会話は悲惨だった。二人とも泣き崩れてしまうからだ。
沙霧は夫の目を見て話せない。穣は泣き声の沙霧の後ろ姿を目を逸らさずに見つめる。が、穣にも涙があふれ出して、半分嗚咽混じりの泣き声に変わった。
(情景の描写は泣けてきますので、一行のみで)
「どうして、お前が・・。お前が背負う事ではないだろう・・・・・」
*)穣と麻美と沙霧
「穣さん、本当にごめんなさい。あなたには、また相応しいご縁が待ってますわ。この私が愚かだったんです、本当にごめんなさい」
「うん、言葉では解った。でも、なんでお前がこのような仕打ちを受けるんだい? おかしいだろう」
「穣さん沙霧を追い詰めないで下さい。この子はとても優しい心を持っています。だから、自分の運命から目を逸らす事無く、立ち向かおうとしているのですよ」
「麻美さん。麻美さんは、沙霧からお母様と呼ばれていますね。ですが、私は貴女をお母さまとは呼べないです」
「穣さん、それでいいのですよ。私は結婚と同時に巫女の力を、何も思わず考えずに放棄しました。その愚かな選択が、その・・・・せんたくが・・」
麻美は泣き出し声を詰まらせて、言葉が続かなかった。穣は麻美が回復するまで何も言わずに待つことにした。
「麻美お母様、お母様だけのせいではありませんわ」
「いいえ、これは私が招いた事です。あの日、巫女から人間に戻れると聞いて、そして喜んで自分を、自らの手で剣で刺しました。とても痛かったけれども、反対にとても喜んだのよ。あ~、これで巫女の呪いが解ける、あ~、幸せになれる~嬉しい! とね」
「麻美さんの言っている事は間違っていません。その事は私にも理解できます。ですが沙霧の事は理解出来ません。他に方法は無いのですか?」
「方法はあるわ。あるけれども・・・、そのような選択は出来ません」
「それはどのような? 方法ですか」
「いいですか、穣さん。よく聞いて下さい。沙霧の実母の霧と私は姉妹でした。 巫女の力は呪いです。血縁者に憑いて? いると言えるような呪いです。だから私の呪いは何処に向かったか、そう、卑怯とも言えるのですよ。もうお分かりでしょう。私の呪いは沙霧に移りました」
麻美は涙をこらえて、
「ならば沙霧の呪いは? どこへむ・かう・・ので・・」
麻美は口を押えて、わっと泣き出した。泣くことで説明を放棄したのだ、放棄する事で麻美自身を保とうとした、自己保身の生きる人間の術だろう。
穣は行く着く先を考えたが、感情が大きく揺れてしまった。人が背負う事が出来ない二者の選択だと気づいた。
「そうですよね」
穣は一言済ませてしまった。誰かに後の言葉を紡いで欲しいのだろう。自分を慰める言葉としてである。穣は弱かったのだ。
「穣さん、お願いがあります。どうか、あの子を麻美お母様に預けて頂けないでしょうか。私は、穣にも幸せになって欲しい。だから、だから、とても嫌な事を言います」
「私と離婚して下さい。これはお願いではありません。命令です」
「そして、新しいお嫁さんを迎えて下さい」
「うっ・・」
穣はまたしても言葉に詰まった。涙目に訴える沙霧を見たら何も言えない。
(俺は沙霧に何を望んでいるのだろうか。それはありふれた自然の幸せだと思う。しかし沙霧は己の幸せを放棄して、他人の幸せを願っているのか。)
(俺は己の幸せを望んで何が悪い、人としても当然だ。俺は間違っていないんだ。)そう考えている。
穣はまたしても黙り込んだ。先ほどと同じだ。自分では気づいていない。今度は麻美に救われた。
「穣さん、亜依音を私に預けて下さい。血の呪いはこの私が受け止めます。亜依音が結婚して娘を産めば、その娘が巫女となって呪いを受け継ぎます。この呪いの怨念を桜子さんと他の巫女さんが、一丸となって断ち切ろうとしているのです。沙霧は自分の幸せを放棄してでも、世界の巫女にならなかった人の、また、これから巫女になるであろう人々から、巫女の呪いを消し去ろうとしているのです」
「亜依音が巫女の力が無くなるなら、私はこの身を捧げます」
沙霧は穣を見て言った。
「ええ、よく判りました。亜依音は麻美さんにお願いします。両親には私から報告します。そして沙霧さんからは、何も言わせないように守ります」
「ありがとう穣さん。亜依音ちゃんは十八歳までは立派に育てあげます。ホロお婆様にも、協力をお願いしていますから安心して下さい」
「十八歳までは? ですか?」
「はい、その後は穣さん。あなたが育てるのですよ? 一生引き離す訳ではありません。亜依音は大学に通わせてもいいですし、海外は? 淋しいですね、手元に置いて育てて下さい」
「はい、ありがとうございます」
*)穣と穣の両親
「お父さん、お母さん。俺決めました。沙霧と離婚します」
「えぇ~っ、なんだって~・・・・」
「ですから離婚します」
「穣! ちょっと、待て! 沙霧さんともお話しさせてよ」
「ダメです。決定事項です。今後は離婚と亜依音に付いては、何も言わないで下さい。お願いします」
ここにはとても強い穣が存在していた。 愛する女を守るために。
「ほらぁ~、もう帰るよ。何時まででもここには居られませんよ」
穣は急き立てるようにして、両親に帰ると言う。
定員オーバーになるヘリ。白川家の三人と、カムイコロの三人と、パイロットを穣は押し込んで千歳空港へ向かった。どうしてか、穣の膝の上には亜依音が居た。
沙霧が言うには、
「穣さん、最後に亜依音を飛行機に乗せて下さい。後は亜依音が一人で帰って来ますのでお願いします」
穣は沙霧が言う事が理解出来ない。ここは、大人のカムイコロがホローした。
「さ、何も気にしなくていいですよ。私がついていますから」
亜依音は千歳空港を発った航空機の中で別れを済ませて、苫小牧までクロと一緒に帰ってきた。
「ママ、飛行機に乗せてくれてありがとう」
翌日の朝刊には、「高度三千メートルの機体から、幼女が忽然と消える!」という見出しだった。事が大きく報じられたので、長官は越権を行使しした。
新聞を読んだ杉田家は、
「はは~~ん。これは如何だろう」
「いいえ、構いませんわ。楽しいですもの」
桜子は両親に別れを告げる。
「お父さん、お世話になりました。これでお別れです」
「またいつでもお出でよね!」
「お母さん。我がままな娘ですみませんでした。お母様とは、別の世界でお逢い出来るのを楽しみにしています」
「ああ、そうさね。きっと遠い未来だろうね・・・」
「その頃にはこの星は無いかもしれません。でも、時間跳躍で過去に来ますから忘れないで下さい」
「そうだね、逆かもしれないね、逆かも・・・・」
遠い未来で二人は再会するのだ・・ろ・・う・・か。
*)桜子と智治の両親
翌日になり、残った者は札幌の智治の実家へ向かった。もちろん、これから先に起こるであろう事は何もかも秘密にして。桜子とその四人の娘はこの世から消えると思っている。だから、最後にと智治の実家を訪れたのである。
「おやおや、こげな暑い日によう来なさっただ。さ、早くあがりなされ!」
「お母様、お邪魔いたします」
「お婆ちゃん、来たよ~~~」
亜依音の可愛い声が響き渡る。
*)澪霧と麻美と亜依音
もう心で決めた事だ。未練を残してはいけない。母としての最期の頼み。
「大丈夫だよ? 亜依音は立派にしてみせるからね」
「立派な騎手に育てて見せてはダメですよ」
「おやおや、言ってくれるじゃないの。騎手の二言は外して言いなさいよね」
「アッハハハー!」
沙霧の無邪気な笑い声で母娘の対話が終わった。
「亜依音! これからは麻美お姉さまが、亜依音のママになるんだよ!」
最後の言葉に沙霧は怒り出す。
「うん、分かった。お母さん、バイバイ」
亜依音としては、ほんの少しの別れだと思うのは当然だ。母が旅行に出るのでこのような言葉が出たのだが、沙霧には、頭とこころが揃わなかっただけである。
「キーーーーー、悔しい!!!もう、私は母じゃないのか~~!」
「まぁまぁ、落ち着いて、お・か・あ・さ・ま!?」
今生の別れだと思う母。そんなの関係ないかのように、新しいママを迎え入れる亜依音。
亜依音は強者だった。後者が正解だった。
*)旅立ち
智治と桜子。そして、沙霧、澪霧、綾香、彩香の七人は、埼玉県秩父市に在る三峯神社へと向かった。
「あのう~~、この私をお忘れではないでしょ~うか」
日本からエストニアへと長い時間を過ごして、尻を腫らして・・・・向かう。




