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人狼 Zwei (ツバイ)  作者: 冬忍 金銀花


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第86部 母娘(おやこ)の絆! 

この章も長くなりそうです。悲しい情景の予定はしていませんでしたが・・・。


 1955年8月(昭和30年)北海道・苫小牧


*)麻美


「はやくおうちへ、はいろう!」

「岩倉さんの家も、久しぶりだね~。何年ぶりかな」

「私はそうでもないかしら」


「こんにちは。こんにちは~ お邪魔しま~す」


 玄関で女性の声が響き渡る。透き通った綺麗な声と小さな声。


「ママ~~~!」


「は~~~~い!」


 桜子は、聞き覚えのある声だと直ぐに分って返事をした。麻美の声だ。


「あ~さ み~、久しぶりだね。元気にしてたかしら?」

「なによ。桜子が帰省しないのが悪いのよ。私はちょくちょく来ていたわよ。で? 今日は何の要件かしら。私も久しぶりにクロに会えたので嬉しいわ」


「お迎えを頼んだわね、亜依音ちゃんありがとうね!」

「うん。でもこの二人はお馬から落ちなかったよ。どうして?」

「そうね、きっとお馬さんから生まれたからよ!」

「お姉ちゃんは、お馬さんなの??」

「桜子! 小さい子にデタラメを吹き込まないで頂戴な!」



 この後、麻美はとても大きな声で叫んだ。


「お皿ちゃ~~ん、お凸ちゃ~ん。来たわよ~~~!!!」


 直ぐに大きな足音が聞こえてきて、これまた大きい声で返事が木霊する。


「お母~~様~。お久しぶりです~~」


 声の主は姉の双子である。母の桜子以前の母。二人が生まれれ直ぐに母となった麻美だから、呼称がお母様なのだ。この二人は麻美と遭遇すれば、毎回が大変な騒ぎとなる。(麻美はこの双子を、胸の大きさで区別してる?)


 桜子はこの三人の様子を見て、何度か麻美が二人の母だったら? と以前に思った事があった。でも、渡さなくて正解だと今は思っている。


 桜子と麻美は同級であり、共にシベリアでもエストニアでも死ぬ思いを何度も潜って来た。そう、霧の姉でもある。桜子だって麻美には会いたくても、今まで避けてきたのだ。人狼兵との戦いで、その都度に麻美の顔を思い浮かべては弱音を言いたくて会いたいと思ってきた。そんな母の気持ちを毎度、よくもまぁ無視してくれる娘の二人だった。桜子の心の声が聞こえる。

(私だって麻美に甘えたいのに・・・・、上等だ! こらぁ! あ?)



 今回の桜子たちの里帰りはこれが最後となる。特に母は最期になると覚悟を決めていて、桜子の両親は滞在の引き伸ばし作戦を行っている。父には全くにもってそのような事は知る由もないが。


「麻美さん、よく来ただね。おらも会いたかっただよ」

「そうですよ~、私も会いたかったのです~」

「なにを言うかね。会いたかったのは外に居るんじゃろ? もう三日前からあんさんが来るのを待っていただよ」

「でへへ!」


 少しではあるがクロには乗れたから、麻美は嬉しそうに返事をした。


 麻美はクロとも久しぶりであった。麻美夫妻が立派な騎手になるまで、共に競馬場で走ってきたのだから。第二のクロが育ってからは、実家の瀬戸家で引退の余生を送っていたが、突然姿を消してしまった。それぞれの巫女は、実用第一とばかりに呼んではみたが、姿は見せなかった。この事の理由は現世で力を使い過ぎによる疲弊だった。異世界に戻り英気を養っていたが、亜依音の誕生でまた姿を現したのだ。新しい巫女の力が絶大だから、または、巫女へ協力するために出てきたというのが正しいか。


「クロ! 久しぶりだったね。元気で良かった。亜依音ちゃんだね? 私も協力したがいいかな。クロはどう思うのかしら?」

「・・・・・・・・・」

「そう、そうなのね。分かったわ!!」


「亜依音ちゃ~~ん。お馬に乗ろうか?」

「うん。お姉ちゃん、いっぱい教えてね!」


 麻美は亜依音の言った言葉が理解出来なかった。

(もしや・・・・この子は・・そんな、まさかね! そうよ、ありえないわ。)


 二人で乗馬を楽しんだ。霧と二人でシベリアを駆けた事を昨日のように思い出した麻美である。

(この子は、凄い力を持っている。どうしてだろうか・・・)麻美の予感が(私の娘になるのだわ。)そう呟いた。


「お姉ちゃん、おでこが痛いの。どうして?」

「クロから落ちたのかな~。痛いの痛いの、飛んでいけ~~ぇ!」

「キャっ!」


 亜依音の頭を撫でた瞬間に、麻美は見事に落馬したのだ。


「このこぶはどうしたの??? あっ! あ?? キリ なの?」


 亜依音には、霧と同じく、同じ場所にこぶが出ていた。


「亜依音ちゃん、家に帰ろう!! お尻がとても痛いわ!}

「うん、お姉ちゃん。亜依音の痛みを取ってくれたの。もう痛くないの・・!」


 あまりにも人数が多くて夕食の会場は屋外だった。クロも近くに居るし、第一に亜依音がクロの傍を離れないのだ。クロとテーブルの間を何度も往復している。


 麻美の横には双子の姉がいつもながらに陣取っている。


 麻美の夫は桜子が面倒を見ながらも、桜子の両親と一つのテーブルで楽しく飲んでいる。智治とホロ、それにカムイコロはやや放置された? ようだった。


 綾香たちやデルフィナ、それに異国の二人は仲よくお肉を焼いて、大人たちの世話おも焼いている。


「ほら、彩香! お肉を持って行きなさいね。今まで私が持って行ってたからね」

「はい! お姉さま、仰せのままに」


 少し離れたクロの所では、


「ママ~、来て~~」

「はいはい、何かな~」


 沙霧は亜依音のに呼ばれて席を立った。亜依音は母に何かを話した。


「なに言ってるの! お母さんは怒るわよ」


 突然に沙霧の大きな声が響き渡った。これは大変と思った麻美が直ぐに亜依音の傍に行く。そして、亜依音に抱きつき沙霧に一言二言を口走った。


「そうね、お願いするわ。」


 沙霧はそう言って一人で家に入って行った。麻美は亜依音の頭を抱きながら、悲しそうに沙霧の後ろ姿を見送る。それ以上の事は他の者は知らない。様子を見に来た澪霧と、亜依音と麻美の三人でかたまってしまった。



「お母様! もうこんな事はイヤよ。残酷だわ・・・・」


 沙霧は独りで泣いている。桜子は沙霧の後ろ姿を見て涙する。


「沙霧・・・・・・・・」

(沙霧が言ったお母様とは、霧の事だろうか。)そう思えたから声は掛けない。



 このアクシデントが起きたばかりに、家族会議は明日に延期になる。事情を知らない若い娘は、きゃっきゃ言いながら会話を楽しんでいた。



 桜子は麻美の夫と自分の夫を両脇に引き寄せて荒れる。


「こら~、もっと注げ! もっと飲め! なんだい、もう飲めないのかい・・」

「さくらさん、もう勘弁して下さいよ」「さくら! 付き合うぜ!」

「あらあら! 後の面倒は見てあげますね?」


 ホロお婆さんが誰とはなしに語りかける。答えたのは智治であった。


「お母さん、よろしくお願いします」



 翌朝。桜子の両親がいつものように起床した。が、亜依音はもうクロに跨っていた。夏の北海道の夜明けは東京よりもとても早い。日の出の前に亜依音は起きていた。


「クロ! 今度はあの柵を越えるのよ。いいわね」


 ガールズトークと桜子と男の二人。おおよその起床時間は10時過ぎだった。


「あんたたち、朝は無いよ!」


 そう言いながら桜子の母は昼食の準備をしている。


 ガールズトークの二回戦が始まる。「ヤカマシイわい。頭が痛いだろう!」速攻で桜子から怒られる。「そんな~、ご無体な~~~!」


 沙霧は、昨晩の沙霧と打って変わって明るくなっていた。だが、麻美を見てはプイ! と顔を背ける。複雑な心境はむしろ麻美だが、沙霧は気づかない。




*)家族会議が始まる


 ホロのお母さんが声を掛けて回った。皆は集まった。顔ぶれは、桜子の母、ホロ、智治、桜子、四姉妹、ミーナとアレクサンドラ。デルフィナとカムイコロ。麻美と麻美の夫。麻美の夫は麻美からひとこと言われて、亜依音に乗馬を教えに行った。


 二日酔いの所為もあってか、誰もかれも口が重たそうだ。


「桜子! 貴女は私には何も話さなかったわね? どうしてかしら」

「そうね、話さなかったのではなくて、話せなかったのよ。麻美、分かって!」

「そうか、そうよね。巫女にもまだ沢山の謎があるもの、理解も出来ないね」


 麻美は桜子に詰め寄りたいが、自分だけ人間に戻っているから、なにもかも強くは言えない。そんな事は桜子も分っているから、余計に麻美には言えない。


「麻美お母様。私からお願いがあります」

「そうね、亜依音ちゃんの事だね。いいよ、沙霧が帰ってくるまで預かるよ。でも、旦那にはなんて言うのかしら?」

「とても苦しいわ。せっかく一緒になって、可愛い娘を産んだというのにさ。離婚のお願いをしに行こうと思ってる」

「えぇ~~!」


 この場にいる全員が驚いて大きな声をあげた。麻美は落ち着いてはいるが、内心では沙霧が可哀想で仕方がないのである。


 桜子が沙霧に尋ねる。


「沙霧! あんたは、母の・・・」 


 麻美は直ぐに桜子の言葉を遮って、大きい声で話し出した。


「ちょっと待って! 桜子。沙霧は苦しんでいるのよ。娘として沙霧を尊重して下さいな。私からもお願いするよ」

「それに、・ ・ それに、亜依音ちゃんの言動がおかしいの。私の事をお姉ちゃんと言うし、頭にはこぶが二つ出ているのよ」


 麻美は一拍おいて話し出した。


「もっと酷い事を、事をね? 亜依音ちゃんの口から聞いたのよ。沙霧はとても大きい衝撃を受けたはずよ。それは、亜依音はママの子供じゃない! と、そうはっきりと言い退けたわ」


 この場にいる者はまたしても、驚いて口を大きく、目を大きくした。


「沙霧はとても驚いたわ。だから、桜子、それにみなさんも、沙霧と亜依音ちゃんの事は任せて欲しいの」


 桜子は涙目で沙霧を見た。少し頷いたようにも見えたが、母娘の意思疎通は出来たようだった。


「最初、私はあなたたちに同行しようと思って来たのよ。でもね、そうはいかないみたい。亜依音ちゃんを引き取って育てるから」

「麻美お母様、お願いします。亜依音が高校を卒業するまででいいの。その後は亜依音が希望するなら、穣(みのる)の近くの大学へ行かせて下さい。穣と同居でもいいですから・・」


 沙霧はもう母娘で居られない事を覚悟していた。もうここには居た堪れなくて、隣室へ駆けて行き大声で泣き出してしまう。



「こんなの、家族会議ではないわ。あんまりだわ! それにな・・」


 アレクサンドラが憮然として言いかけると、ミーナはアレクサンドラをぶってすぐさま発言を止めさせた。


「だめよ、それ以上言ったらダメ!」


 アレクサンドラは、はっとして周りを見渡しして口を塞いだ。アレクサンドラは間違った事は言ってはいないのだと思っているから、謝らないで黙り込む。


 ミーナとアレクサンドラは、桜子へ大きい感謝の念を抱くのだった。(私たちを巫女から人間へ、戻して頂いた事に感謝いたします。)


 沙霧は、ホロお婆様に向かって、


「ホロのお婆様! 亜依音が十歳になるまで同居をお願いします。麻美お母様は夫婦の仕事柄全国へ出かけますので、是非ともお願いです」

「おうおう、いいよ。亜依音から追い出されるまで付いているからね」

「ありがとうございます」


 沙霧は隣室で泣いていたが、泣くのを止めて障子戸の脇に座っていた。



 場の空気が重くなり、修羅場になってしまった。この後に続いて誰もが発言しようとはしなかった。




*)母からの遺言。祖母からの遺言。



 少しして桜子の母が話し出すのだった。母は目に涙を浮かべているようにも見えるが、皺だらけの顔だ、普通に見ても気づかない。


 背筋を伸ばしてやや大きい声で話し出した。


「あんたたち。埼玉県秩父市に在る三峯神社(みつみねじんじゃ)は知っているかい?」

「はい、日本で唯一のオオカミを祀る神社ですよね」


 智治だけが知っていた。母は続けて、


「ここにはオオカミを大神と言って、神性と知性の象徴として畏敬している。モンゴルにも同じ考えで祀るのだが、日本では数少ない狼祖伝説があってな」


「ええ、そのようですね。私には東北地方にこそ狼祖伝説が多いと思い調べました。ですが、なにも無かったんです」


 智治は人狼に関わってきたから、自分なりにオオカミの伝承を調べたと言った。母は智治の言葉には注意は払わずに、三峯神社(みつみねじんじゃ)の続きを始めた。


「ここの三峰山の上に「龍洞」というとても深い井戸がある。竜神が住むといい伝えられ、水分神(みくまりのかみ)が祀られているというがのう。この水を飲んでまた全員は旅に出てくれないかい。もちろん、先の大陸で会うであろう巫女の分も沢山汲んで行くんじゃぞ。特に桜子。お前が一番重要じゃからな。心して行けよ。」


 桜子は母の険しい顔を初めて見た。冗談でもなく、単なるアドバイスでも無いとても重要な事だと、母の意味するところを汲んだ。


「これは、おらからの遺言だ。ががからの遺言でもあるのだぞ」

「はい」

 桜子は唇を引き締めて、小さく返事をする。




*)家族会議


 だんだんと暗くなる場の雰囲気。智治が正義感を出したのだろうか? 沈痛な桜子に代わって話し出した。


「はい、分かりました。たくさんの水を汲んで持って行きます。すみませんがニーナさん。来日の用件をもう一度お話しをお願いします」


 智治には分っているが、ここの全員の気を直したいからニーナに話しを振った。


「はい、母が色々調べていた、本当に苦心して調べたんですよ?」

「ええ、存じております」


「母は、ポル=バジンの伝承を必死で探して回りました。そして分かった事が、ここで全部の宝石の正当な巫女が揃って儀式を行えば、宝石の力で巫女の呪いが消えてしまうのだそうです」


「わ~お、それはいいじゃないの」


 カムイコロが先走って少し喜んでいる。ニーナは続けて、


「全部の宝石は十個ですが、その中心にダイヤが一個必要です。それと、大変重要な事があるのです。もう二つのダイヤを見つけて儀式に臨まなければと、言っていました。この二個のダイヤが見つかるかが、大変重要なカギだそうです」


「ありがとう、二ーナ。その心配はいらないようだよ。ニーナ。このレイピアの二個のダイヤだろう?」

「わっ! そうかもしれません。ですが、私には、その、見分けは出来ません」


 桜子がレイピアを見せる。それに対してミーナは見ても分からないという。当然だろう。アンナはそこまで詳しくは教えていないし、ミーナも言われた以上には思考が出来ない。


 


*)亜依音



「お母さん、お腹が空いた。まだご飯は出来ないの?」


 麻美の夫と一緒にクロと乗馬の練習から帰ってきた。


「あれ~? お父さんが居ないね~、どうしたかな?」


 麻美は夫の姿が見えないので、亜依音に尋ねたら、もう他人みたいな返事が返ってきた。


「うん、お外でクロから落ちて伸びているよ。可笑しいね!」

「まぁ、そうなの。うちの旦那が、ら・く・ば・ね~~!? えぇ?」

「だって目が回るから帰りたい、と、言ってたよ」


 麻美が忙しそうに旦那さんを介抱している。かなりの重傷だ! と騒ぐが、本人は


「いや~、この子には参ったよ。この俺では敵わなかった。騎士失格だ!」


と、照れ笑いをしているが、目の焦点が合ってはいない。そういう意味ではやはり重傷だろう。


 沙霧は涙の跡を化粧で隠した。そして努めて明るく亜依音に声をかける。


「そうね、クロと遊んだらお腹が空いちゃうね。待っててね、直ぐに用意する。お婆ちゃん、台所をお借りしま~す」


 祖母に聞こえるように、やや大声で声を掛ける。


「もう、亜依音の分は、用意は出来てるだ。お前も一緒に食べたらいい」


 そう言って二人分の昼食を、盆に載せて持って来た。


「お婆ちゃん、ありがとうございます」

「お母さん、早く食べようよ、ね~ぇ!」


 桜子はお盆に被せてある手ぬぐいを取って、つとめて大きい声を出すのだった。


「はいはい、わ~、これおいしそうね。ねぇ、亜依音!」


 この母娘の会話を聞いても、昨日の事を知る三人は何も言わなかった。いや言えないのだろう。この後にも事件が起きた。


「なぁ~に、このお洋服。随分と小さいわね~」


と言いつつ着くずれを直す沙霧だが、ズボンに手を掛けて手が止まった。すぐさま振り向いて母の桜子に声を大にして叫ぶ。


「お母様! お願いです。亜依音を、亜依音を何とか人間に戻してください」


 沙霧は大粒の涙を溜めて桜子に縋り付いた。


「どうしたんだい? 沙霧。なにがあったの?」

「もう、私ではこの子は育てきれない。お母さん。ねぇ、どうしたらいいの? お母さん、おか・・」


 沙霧は大声で泣き出してその場に崩れてうつ伏すのだった。


 亜依音はそんな母には気にもかけずにごはんを食べているのだ。普通ではありえない。親が大声で泣いているのに、娘は気にもかけないとは。


「沙霧。そうだね。これは異常だよね。私が封印を試してみるよ」


 ミーナとアレクサンドラは、この異様な光景を見て抱き合って見ている。声も出ないようである。自分らが巫女として宝石を持っていたとしたら。もしも、自分の身に置き換えたらと、考えたら背筋が伸びきってしまい、両腕には鳥肌が立っていた。



 桜子は沙霧を宥めて亜依音の所に行った。そして、とても驚いた。亜依音の身長が昨日今日で10cmは伸びている。亜依音を触ろうとした手が止まった。


 暫くして桜子は、改めて亜依音を力強く抱きしめる。


「亜依音ちゃん、とてもお腹が空くのね。もう少し持ってくるからね?」


そう言って桜子は、沙霧を連れて台所に歩いて行った。沙霧は桜子の左方に縋(すが)って泣いている。桜子は後ろ手に沙霧の右手を握り締めていた。亜依音からは見えないようにして。


 麻美と澪霧は、そんな悲しい母娘を見送った。麻美は亜依音に声を掛ける。


「亜依音ちゃん、クロに乗ろうか・・・・」 「うん!」



*)智治

 

 これらの様子を見て智治は早めに行動に移すべきだと判断した。最初の行動は亜依音の父、穣(みのる)を呼び寄せる事だった。白川家に電話をかけて、両親共々三人に来てもらう。明日に千歳飛行場経由で来るという。



 娘の家族は呼んだ。次は、次は?・・・・。考えあぐねていると、カムイコロが声を掛けてきた。


「なぁ、あんた。俺は先に巫女を探しに行くよ。一番頼りがいのある、シビルを探してくる。見つけたらさ、その後はどうしたらいい? 連絡の付け方はどうするかね」

「もう、家族会議は出来ないね」

「そうさね。今後はあんたが責任を持って、指示しなさいよ」


 そうだねと言いながら智治は考えた。そして、ニーナとアレクサンドラを呼んだ。カムイコロとの話をかいつまんで話して尋ねた。


「なぁ、お二人さん。ポル=バジンは何処に在るんだい。そして一番近い都市は何処かな」


 智治は、ポル=バジンについた尋ねた。


「ポル=バジンは、ロシアのトゥヴァ共和国になります。そして一番近い都市は・・・・?・ねぇ、アレクサンドラ何処だったっけ」

「え~と、スリュジャンカ? かもしれない。イルクーツクの南の街だよ」

「そうか、イルクーツクの近くか。それならばシベリア鉄道の駅があるね」

「そ~?~だよね。待ち合わせはそこがいいかもしれない」


 そういう訳でスリュジャンカに決まった。


「だったらさ、クライにも行って報告してくれないかい。もしかしたらさ、クライかターニャがシビルの居場所を知ってるかも」

「そうだね。とりあえずにさ、最初の連絡先は、クライの家だね」

「ああ、決定だ!」


 桜子、沙霧、澪霧、彩香、綾香、ソフィア、クライ、シビル、カムイコロ、デルフィナの十人を集める。


 智治は紙に名前を書いてみた。そうか、婿探しでシビルだけが行方不明なんだと気が付いた。一人を探すだけでいい。後は、あとは・・・。


「ねぇ、おじ様。ご家族と私たちは一緒にタリンへ行きましょうよ。そして母から詳しい情報を得てですね、それからスリュジャンカとかイルクーツクで合流したらいいでしょう?」


「それはいい。では、ニーナさん。ニーナさんは、カムイコロとデルフィナと一緒に、シベリアに行って下さい」

「ハァ? イイイィィ・・・・・?」


 ニーナは驚いて奇声を発した。


「ど・ど・どうして、私がああああ・・、私がシベリアに、行かねばなりませんのかしら?」

「それはもちろん、そういう意味ですよ」

「そうよ、ミーナ。行ってあげなさい?」

「ヤーぁダー! 行きたくない。ったら、行きたくない」




*)沙霧と桜子と亜依音


 もう振って湧いた大きな事件。巫女の数奇な運命を感じる。二人して台所で泣いていたら、祖母が声を掛けた。


「あんたらでも、その、手の負えない事かね?」

「はい、お母さん。もうどうしていいかが判りません。亜依音は、亜依音はどうしてああも大きな変化が起きたのでしょう」

「おらにも判らないよ。でもね、やはり封印をしてみるのが、いいだろうね」

「直ぐにやってみます」


 二人は祖母に昼食の用意を代わってもらい、妹の二人を呼んだ。


「綾香~、彩香~、手伝っておくれ~」


 桜子は亜依音の封印の準備を始めた。母の沙霧には、急ぎ食事を摂らせた。澪霧には亜依音を連れて来るように頼んだ。ついでに、他の者は来ないように足止めを、智治にするように頼んだ。


「はい、父に頼みます。亜依音は直ぐがいいのでしょうか?」

「そうさね、10分後がいいね。それまで亜依音の様子を見てておくれ」


 澪霧はクロと一緒にいる亜依音の傍らに行く。


 桜子は悩んだ。考えた。亜依音は何者なのかを。そして、巫女の守護神の宝石は赤のサファイヤなのだろうか。ニューヨークで沙霧に何か影響があったのだろうか。もしそうならば、何が影響したのだろうか・・・・。


「お婆ちゃん。来たよ~。ね、ね、何をするの?」

「そうでね~、亜依音にお昼寝をしてもらおうかとね。朝早くからクロと遊んだから、疲れて眠たいだろう?」

「うん、お腹もいっぱいだし、お昼寝する」


 そう言って亜依音を床に就かせた。桜子は添い寝をして亜依音の寝顔を見ながらも考えた。呪文の言葉は・・・。それとこぶも触ってみる。


 ようやく眠った頃に桜子は小声で呪文を唱えた。


「我は汝の記憶を司る。我は汝の真名を唱える、ファティーマ 亜依音!」


「イヤー! ダメー! 止めて~~」


 亜依音は大声で叫んだ。当然のごとくみんなは驚く。亜依音を起こさないように誰もが口を押えた。

 亜依音の叫びは、亜依音に憑りついた巫女の霊が叫んだのか。


 暫くすると、亜依音から陽炎のような光が見えだした。色は・・・、そう色は沙霧の赤だけではなかった。ピンクや紫、青や緑。黄色と白? が見てとれた。


「なに、この色の多さは。全部の宝石を? ほんとかしら、全部の宝石の力を受け継いだの?」

「沙霧。この前の戦いで大きな影響を受けたのかもしれないね。亜依音には普通でない、とても強い力があるようだもの」


 沙霧の問いに桜子が答えた。


 綾香と彩香はどうしたらいいのかが判らないから、母の顔を見る。そこには優しい母の顔があった。そして微笑んで二人への返事とした。


「沙霧。沙霧には亜依音の持つ力を全部受け取って貰うわ。そうでもしないと封印は出来そうもないわね」

「ええ、大丈夫です。亜依音の力を全部吸収してみせます」


「では、呪文を唱えるよ」

「はい!」


「我は亜依音の記憶を司る。我は亜依音の記憶を、我に力を預けよ。ファティーマ 亜依音!」


 沙霧と亜依音はピクピクと痙攣を起こして気を失った。


「綾香、彩香。ここに来て母の身体を支えておくれ。今にも倒れそうだよ。この子はなんて力を持っているんだい、こんな小さな身体に収まる巫女の力では無いよ。綾香、彩香! お前にも亜依音の力を送るよ。いいかい」

「はい、お母様」


 三人の顔は段々と引きつっていく。苦しむ様子が本当に顔に出ている。桜子は最後の力を振り絞り、最後となる呪文を唱えた。 


「我は汝・澪霧に亜依音の巫女の力を授ける。ピンイン、ネクズ・キヤン。アクス・ファティーマ! 沙霧! 亜依音の力を受けたまえ~!」


 沙霧は大きくのけぞり、痙攣を起こした。亜依音は青い顔からほのかに赤みがが出てきた。


「さ、綾香、彩香。お前も亜依音の力を受けてくれ・・・・・」


 桜子は最後まで意識が続かなかった。その場に崩れるに倒れてしまった。


 綾香と彩香は上手に受け止めて、母を休ませた。二人も気を抜いた瞬間に折り重なるようにして、眠ってしまう。


 澪霧ただ一人が残された。澪霧は優しい笑顔で家族の顔を覗き込んだ。


「みんな、お疲れさま。後は任せてください」


 眠った家族の身体に薄い毛布を掛けて部屋を出て行った。


 全員は夜になっても起きてはこなかった。


「お父様。みんなは眠っているだけですわ。今頃はきっと楽しい夢を見ています。安心して下さい」


「亜依音、お母さん。沙霧。綾香、彩香。今晩は寝ずに見ていてあげるね!」

「お姉ちゃん、ありがとう」

 亜依音の寝言なのだが・・・・誰だろうか。


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