第75部 冬のエストニア
モンゴルの決戦で大きく負けてしまった巫女たち。課長と署長は、負傷した隊員のケアや戦後処理の為に帰国した。
残った巫女は、ピンクと紫の宝石を持つ巫女を、探しに旅に出る事になった。また、ハバロフスクからは次回の戦いをほのめかす、親書が桜子あてに届いている。「コアイ・マラルの祭祀の神具・レイピアをお渡ししたい。つきましては、12月のエストニアまで、お出で下さい」と。
1952年12月(昭和27年)エストニア・首都タリン
冬のエストニアは、寒くて暗い。気温は-10度~-2度前後で海沿いで雪も多い方か。しかし、日本ほど雪は多くない。積雪は山手で20cm位?だろう。日照時間が短過ぎるのが日本人には耐えがたいらしいのだ。
北海道の人ならば、ここの冬の寒さには耐えることができよう。-5度は素手で触ると、手の肌が瞬時に凍りつく位はあるのか。一度、九重の冬山でタイヤチェーンを素手で巻いた時には苦労した。濡れた指がチェーンから外れなかった。そんな草木も一面が白い世界に、赤の屋根の色が美しい街のタリン。
この街にピンクと紫の宝石を持つ二人が居るというのだ。この情報を得るのに2か月はかかった。
紫がアンナで、ピンクがキャス。1927年で25歳くらいだから、1952年では、52歳前後か。母よりも少し年がいっているくらい。私たちと同じくらいの娘さんが居るはずだ。
もう、クロの力は潰えたのか、呼んでも出て来なくなった。自力で探すしかないのだ。ダイヤの宝石を身体に持つ二人なら、あるいは見つける事が出来るだろうか。いずれにしても偶然に頼るしかないのか。それこそ、母が旧知の二人に会えば判るだろう。
一番早い方法は街角で騒ぎを起こせばいいのだが、昔のようには出来ない。1952年ではソ連兵が飛んで来て逮捕されるはずだ。
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エストニアは九州位の大きさで、1940年にソ連に占領されて直ぐに、第二次世界大戦末期の1944年までナチス・ドイツに占領される。戦争後はまたソ連軍に再占領され併合された。ソ連崩壊直前の1991年に独立回復を宣言し独立した。
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日本も第二次世界大戦後にソ連に併合される危険もあった。もし併合されていたら北方4島どころか北海道は日本に戻っていないだろう。ただし、朝鮮半島なみの政情不安が今でも続いている可能性も否定できない。今の北朝鮮で騒ぎを起こせば? と想像して頂きたい。
ソ連がバルト3国を欲しいのは、ヨーロッパの戦争でドイツと対峙する必要性があった。エストニアに軍事基地を建設して、さらに西へ軍事侵攻の足がかりを欲した。ポーランドは北朝鮮と同じく、ドイツ・ロシアの緩衝地帯として役割を持つ。
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全員でピンクと紫の宝石を持つ巫女を探し出したいが、二人ともエストニア生れだから、日本人を探して回るとは違うのだ。糸口すら見つからない。
「まだお昼すぎなのに街灯が点くんだ!」
「そうね、この国というか北欧は昼が短いのよね」
沙霧と澪霧は少し当ても無く歩いていた。ターニャは少し気落ちしていたから二人とは少しだけ、間を空けていた。その後から桜子、ニキータ、デルフィナ、カムイコロが。それから、ルカ、ゴルバチョーフ、クライの横並びの三人が続いた。もう、綾香と彩香の二人は遥か彼方の広場にいる。テントの売り場を覗いていたのだった。
「なんだか私たちは、お葬式の行列みたいね」
クライがポツリと言う。
ルカは、
「そんな事を考えたらダメよ。いくら淋しくてもね。気持ちの後ずさりはさ、いい事はないよ」
ラエコヤ広場に差し掛かった時に雪が本降りになった。雪はともかく風が強くて澪霧はカフェを指差して、雪宿りをしようと提案した。喜んだデルフィナは、燥いで見事にひっくり返った。それを見たカムイコロはとっさに右足を出して、デルフィナの頭を受け止めたのだ。
「あんたは危ないわね。私が足で受け止めなかったら死んでたわね」
「蹴飛ばしたの、間違いでなくて? でもありがとう。見事に転んで恥ずかしい」
「ううん、いいよいいよ。私は雪には慣れてるしね。でもね、冬眠したい!!!」
そうかヒグマは冬眠する季節だ。無理に起きているのも難儀するらしい。一同はカフェに入った。ここの広場はタリンの中心地で、クリスマスも近いから露店が雪にも風にも負けずに出店している。
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ラエコヤ広場には市庁舎がある。1322年の少し前に建てられた古い建物で、1404年に改築される。この建物には高い(六十四メートル)の塔がある。ここからは市内が一望できるのだ。一般にも開放されている観光名所。
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このカフェからは市庁舎の高い塔が見える、逆もまた言えるのだ。
「なに? ここのカフェは。テーブルが小さくて椅子が二脚ずつだわ」
「デルフィナさん、これが普通なんです。中世ヨーロッパの当時から続いているのですよ。もう六百年とかになりますので、日本では想像もできませんわね」
「六百年ですか?」
「日本みたいに四脚の椅子があることはありませんのよ」
ターニャが答えた。ターニャはウランバートル国立図書館で司書をしているから博識でもある。大よそが元館長のゴルバチョーフさんからの受けりかもしれない。みんなは温かいコーヒーや紅茶を頼んだ。窓の外にはどうしてかカムイコロさんがいる。
「ね、カムイコロさんは何で外にいるの?」
「綾香と彩香の二人を見守っているそうよ」
「あ、クライもいるのね。お姉さまらしく色々教えているようね。頼もしいわ!」
クライの母、ルカが目を細めて説明した。続けてデルフィナは、
「私も見に行こうかな! 北海道の両親にお土産を買おうかしら」
カムイコロは外のベンチに座っているが、二人の様子は見ていなかった。高い塔の展望台を見ていた。少し怪訝な表情で見上げている。そのカムイコロの視線を横切り、デルフィナが三人の所へ駆けて行き転んでしまう。カムイコロの視線はデルフィナに向けられた。
そして、呪文を唱える……。
「や!ッター!」
それって呪文かしら?
「あ、危ない!」
「もう、デルフィナはバカなんだから!」
ニキータは思わず叫んだ。みんなはつい釣られて笑ってしまう。
綾香と彩香の二人を見守っていたカムイコロが立ち上がって、三人、今や四人の元へ歩いていく。このテントには初老の女性が二人で店番をしていて、暫くしてから市庁舎の方から若い娘の二人が歩いて来た。エストニアの民俗衣装を着ているからして観光客ではない。
東西の冷戦時に観光は珍しいだろう。そんな珍しい若い娘が四人も居れば不思議に思ってもいい。歩いて来た二人は控えめな態度の、高身長で金髪の碧眼で可愛い! 顔立ちが美しい。
「お母さん、お客さんなの?」
「そのようだね、二人で相手をしてくれないかい?」
「ええ、いいわ。お母さまはあの体格のいい女性をお願いね。塔の上まで睨みを効かせる人みたいだから」
「おう、そうかい。手ごわいかな」
「あのう私はミーナ。こちらはアレクサンドラよ。よろしくね」
「わぁ~綺麗なお二人ですこと。スーパーモデルのようですわ」
「まぁ嬉しい褒めすぎですわ。うふふふ……」
アレクサンドラが返事した。アレクサンドラ本人も美人だと思っているからついついこのような返事をしてしまう。アレクサンドラは? ミーナと違っていて、日本人といってもいいような、日本人似であるから父が東洋人なのだろうか。
ミーナは四人を見渡して、
「今日は観光ですか?」
「いえいえ、ボーイフレンドへのプレゼントに決まってますよ、ミーナさん」
アレクサンドラが茶化した意見を言った。
ミーナは、
「何をお探しですか? お国のご両親へのお土産でしょうか。これなんですが……お母さまにはいいかと思います」
と言った。あくまででも探りを入れている。それに乗ったのが綾香だ。
「お母さまは向こうのカフェでお茶してますわ」
「でしたら、お父様ようにこちらはどうでしょう」
彩香はブローチやハンカチを勧めるミーナを見つめている。綾香は他のアクセサリーを見渡していた。アレクサンドラはそんな可愛い綾香の顔を見つめていた。ミーナは二人を見つめてから、初めて双子だと気付いた振りをして、
「あらまぁ~、双子さんですね。もうビックリしましたわ。余りにもよく似すぎていましたから。最初は姉妹と思ってましたので、すみません」
「いいえ、構いませんよ。双子ならカフェにも居ますから」
「ええ? もう一組もいらっしゃるんですの?」
「はい、姉も双子なんですよ」
「イングランドに双子が多いのは知ってましたが、姉妹で双子とは、また珍しいですわ。是非ともお会いしたいです」
ミーナは塔の上から見ていて双子が二組居るのを知っている。少しずつ情報を引き出したいから、少し大げさに振る舞っている。芝居がかった台詞を言うのだから文法から逸脱していた。
妹たちは姉の二人に手招きをした。カフェの中で手を振る影が見えたが、
「呼んだ? 何かいい物でも見つけたかな」
姉の二人が出て来た。直ぐ後ろには母とニキータが続いた。ウランバートルの連中はカフェに残っている。
カムイコロは二人の初老の婦人となにやら話している。桜子とニキータは遠目に見ながら、子供の方が気になるので子らの方に行った。
「な~に? あなた達。いい物があったかしら?」
「うん、お母さん。これなんかお父さんにどおかしらね?」
「そうね、でも仕事にはして行けないわね」
綾香と桜子の対話である。沙霧と澪霧はミーナと話し込んでいた。
澪霧は、
「ミーナさん、母が来ました。母にはこのブローチはどうでしょう」
「……」
「ミーナさん、ミーナさん?」
「ねぇ、アレクサンドラ。この家族はみんな巫女だわ」
「……」
アレクサンドラは返事に窮した。確かに感じるところはあったのだが、桜子を前にしたら急に双子から言い知れぬ感じが強く伝わってきた。
冬のエストニアは寒くて暗い。対照的にお店の明かりがとても華やいでみえる。とても綺麗だった。サンタの故郷みたいな幻想的に感じる杉田家の四姉妹だった。




