第62部 ロシアからの招待状
1952年8月(昭和27年)北海道・札幌市
「よろしいのでしょうか? こんな早くか飲んで」
「なに、構わないさ! お婆ちゃんを呼んできてくれないか」
「は~い」
誰かが廊下を歩く音がした。台所でも、なにやらまな板を叩く音がする。
「な、杉田さん。誰が居るんだい?」
「おや? ご存じないのですか、昨年に養子に迎えた娘が二人いますよ」
「ええ? 女が二人? 養子で? あんた、破産しますよ。6人も嫁にやったらええ、そうです。破産しますよ」
「それが大丈夫なのです、養育費は毎月振り込まれていますから」
「いったい、どこから?」
「内緒です」
一人の若い女と、ホロのお婆ちゃんが居間に入ってきた。
「お久しぶりです、署長さん」
「・・・・・?・・・あ、あんたか。そうだったか、忘れていたよ」
「そうですよ、アナスタシアです。クリナは台所にいます」
「アナスタシア。ちょっと手伝って~」
「は~い」
二人が少し豪華なおつまみを運んで来た。
「署長さん、お元気でしたか? 少しお痩せになったような・・・」
「おうおう、クリナさんかい。綺麗になったね」
「はい、おビール、どうぞ!」
「ありがとう。ところでさ、娘が二人も増えてよ、驚いたでしょう」
「そうだよ、お婆ちゃんと二人で声も出なかったよ」
「いやですよ、お父様。お会いしてすぐに優しいお声を頂きました」
「そうかい? 忘れたよ」
クリナとアナスタシアはすぐに台所へ戻った。智治と署長はどんどんと空瓶を作る。
「こらぁ、署長だろ? なにしに来たのさ!」
桜子は玄関に入るなり、大声で怒鳴った。廊下を歩く間も、
「とっとと、帰りな! あんたが来る所ではないだろう?」
「お久しぶりです、桜子さん。お元気そうでなによりです」
「てやんでー。空元気さ~ね。アナスタシア! 持ってきな」
「はい、お母様」
「署長さん。これはお母様が署長さんが来るからと、とっておきのお酒をご用意されたのですよ」
「バカ言うんじゃないよ。そんなんじゃない!」
アナスタシアはニコニコしながら、口の悪い母と署長の会話を楽しんでお酌をしている。クリナは台所と居間を往復する。ホロは無口でみんなの笑顔を見て、とても喜んでいるようだ。
桜子の顔はにこやかになってはいるが、心ではきっと角が生えてるだろう。しばらくは懐かしさも手伝って、バカ騒ぎになった。
桜子の語気がトーンダウンしていく。
「で、今日はなんだい?」
「はい、これを見て下さい」
署長はロシアかの手紙を渡した。
桜子はみるみると形相が変わっていく。しかし、返した言葉は穏やかで、
「分かったわ。協力する」
「お母さん、この二人はどうだい」
「うん、もう強い力を持ってるよ。でもね、行かせるのは止めてくれないかい」
桜子は、クリナとアナスタシアの二人を抱きしめて、涙を滲ませる。
「お母様?」
「うん、大丈夫だよ」
本当に桜子は力が衰えたようだった。けっして性格が丸くなったのではない。それは、会話の節々で感じとれた。
「お前たちの事はちゃんと考えるからね。気にしなくていいよ」
「はい、お母様」
「ところで、ニキータはどうしてるの?」
「別行動で、デルフィナを呼びに行っています」
「だろうな。クリナとアナスタシア。テレパシーで、デルフィナに連絡つくかなやってみてよ」
「はい、お母様」
二人は別室へ行って試してみる。距離が遠いからできるかは未定。しばらくして二人は戻った。そして、
「はい、連絡が出来ました。デルフィナさんはお母様と合流したら、此処へ来るそうです」
「明日の昼になるかな。ニキータはまだ途中だろう?」
「まだ着く時間じゃないですね。仰る通りです」
「ならば、クリナ。デカい包丁を持ってきてくれ」
「?・・・・・」
桜子は玄関に置いていた牛肉の燻製の塊を持ってきた。
「さ、食べるぞ」
ひときわ大きい桜子の声がした。
「なぁ、署長。また全部の巫女を集めるのかい?」
「はい、アメリカのシビルさんには、沙霧さんと白川が向かっております」
「あの二人が? そうかい、いい旅になるだろう」
「そうですね、あの二人には楽しんで行ってもらいたいです」
「ロシアには、誰が行くんだい」
「はい、こちらからは連絡だけです。ターニャのお父さんに全てをお願いしております。こちらには来なくてもよいから! と返事を頂きました」
「きっと、クライが居るんだろう。任せていいようだな」
「そうだと思います」
「クリナとアナスタシア。あの老教授一家を呼んできてくれないか。要件はドンチャンをするからと、ね」
「はい、教授も喜ばれますね。直ぐに行ってきます」
桜子は、気弱になる自分をごまかすために、ドンチャン騒ぎをするのだろう。智治には桜子の痛い気持ちが伝わった。
「教授か、懐かしいな~。これは楽しみだ」
宴会を始める前に桜子は、教授にクリナとアナスタシアの出生を調べてくれるように頼んだ。もちろん二人も同行させるし、ホロお婆様も同行させる。夏休みだし、費用が出れば教授も喜んで頂ける予定だ。
「ああ、いいよ」 二つ返事で返ってきた。
後は心ゆくまで酔っ払えるか・・・・・。桜子は心でつぶやく。
夜は長かった。しかし、20時くらいになると、3つのグループに分かれた。若い女が四人と、残りは当然、ジー・バーになる。中間が教授の奥様とご両親とホロになった。教授の娘の二人は泊まり込む。え~と、教授と智治は? 居間でつぶれてしまった。
ニキータとデルフィナが着いたのは、昼前だった。
「おや、早かったね。さ、上がってちょうだい!」
桜子が直々に出迎える。手土産だと言ってニキータは庭先を指差した。
「もー、そんな気遣いはいらないよ」
「でもさ、桜子の実家の牛は食い尽くしたんだろう?」
「よく知ってるね。実はそうなんだよ。昨日の塊が最後だったさ。アハハハー」
「こんにちは~」
クリナとアナスタシアが二階から降りてきて、挨拶をした。またすぐに二階から教授の娘の二人が降りてきた。
「こんにちは、ご無沙汰しております」
教授の娘と、ニキータとデルフィナには接点はないが、極まれに杉田家で顔を合わせるくらいだった。
「桜子さん、お邪魔しました。これでお暇いたします」
「家の二人のためにも、また来てよね。ありがとうね」
「いいえ。はい、失礼します」
教授の娘を見送りに、クリナとアナスタシアの二人も出ていく。
居間に通されたニキータとデルフィナ。デルフィナに桜子はあの手紙を渡した。
「そうなんですね、許せません」
「なに、私たちが行くまではお客様扱いだろうて、心配はいらないよ」
「そうなんでしょうが、しかし・・・」
ガシャーン。 二階で大きな物音がして、
「キャッ!」 「いたー」 「グエ!」「なんなの~これ!」
「おう、すまないね!」
朝ぶろから上がった新之助が、今着いた二人に声をかける。
「シン、いい身分だね? デルフィナ、これがお父さんだよ。判るかい?」
「ブッ!」そして、
「何を言うのよ。ニキータさん。シンおじさんは知ってます」
「いやいや、図太いオヤジの事を言ってるんだが?」
桜子が、
「なんだい、まだ親子の絆は繋がってはいなのかい。もう、不憫だね」
「そんなことはありません。両親は他人ですから、繋がりません」
「随分と矛盾した事を言うのね。もう少しだね。あんたら頑張りな!」
「そうします・・・・・」
しゅんとしてニキータが返事をした。
「娘の二人が帰るまで、作戦会議をしようか。揃・・っているよね?」
「上の四人が降りてくれば揃います」
デルフィナは二階に駆け上がる。
「お待たせ~」
「お母さん、ただいま~」
四人の娘が降りてきた。沙霧はアメリカのはず?
「おや? ま~。あんた、久しぶりだね。いつ日本に来たんだい?」
「昨日着いたばかりです」
懐かしいソフィアの顔があった。
「二人から連絡があったので、急いで来ました。お手伝いします」
作戦会議といっても、いつも行き当たりばったりになる。会議とは、もっぱら行動日程の打ち合わせくらいだ。
「またお願いしてすみません。GHQの依頼もありますし、ターニャさんも人質になっております。ぜひともお力をお貸し下さい」
木之本署長がここの全員に頼み込む。
「ただいま~」
「お邪魔します」
新しい家族の二人が教授を連れて戻ってきた。教授は着替えに一度自宅へ戻っていたのだ。
「おや?」
「はい、タクシーで来ました。汗を掻きますからね」
ホロお婆さんもいつの間にか居間にいた。この後は桜子が話し出す。
「すまないね、みんな!」
「で、桜子の意見は?」
「一気に話すから、よ~く聞いておくれ」
「明日から、教授とクリナとアナスタシア、それからホロお母様が、ひとグループとしてウランバートルに行ってもらう。教授には二人の出生の秘密を探して頂きたいのです」
「それから、シンとニキータと私がターニャの家に行く。教授らと一緒にね」
ここで桜子は夫を見つめて黙り込んだ。そして、
「智治さん、お願いがあるの。今回は私たちに同行して下さいな」
桜子は半分泣きそうな顔で夫の智治にお願いした。
「もちろんだよ。一緒に行くさ」
優しい笑顔で智治は了承した。
「うん。それから課長と沙霧・澪霧・シビルの三人と機動隊の20人が揃い次第にロシアに向かいます。ソフィアはこのグループと一緒ね」
「ええ、分かりました」
「二つのグループに別れて、北と南から攻め込む予定です。襲撃地点がまだ分かりません。ターニャのお父さんの調査・報告を待つしかありませんが、待っていては初動が遅れます。だから、先に行動を起こします」
一同は理解できないだろうが、
「は~い!」
と返事をした。
桜子は、シンとニキータに向かって、
「あんたらはすでに用意して来たんだろうね」
「ええ、もちのろんです。足りない物があれば、機動隊に頼みますので、明日の出発でいいですよ」
「智治さんには申し訳ありませんが、お願いね」
「いや、ホロお母さんがすでに用意していますよ。俺は酒樽の用意だけだ」
一同は大笑いした。
クリナとアナスタシアには昨日、教授と一緒に話しておいた。だから二人は昼食の準備ですでに台所に立っていた。
しばらくして二人は大きなタライで、氷がいっぱい入った素麺を持ってきた。全員は食べだす。夕食はオールの肉料理だ。焼肉がメインだが、例の如くホロが解体して、娘たちがテレポートしていつものお肉屋さんに届けた。肉・200Kの自宅の冷蔵庫の代わりだ。いつもの風景でもあった。
このころになると、冷蔵庫・白黒テレビ・洗濯機が、三種の神器と呼ばれて爆発的に普及していきます。
翌朝になり、各自がグループごとに分かれて出発した。いつの間にか? 予定外の一人の男が混じっていた。
各自色々な思いを抱いてロシア・モンゴルに旅立った。




