第61部 神戸洋服商殺人事件と吹田事件。 そしてターニャの危機 !
1951年(昭和26年)1月 某ロシア地所
無事に帰国した双子らであるが、ハバロフクスはロシアに帰り次の戦いを見据えていたのだった。
「ふん! 日本人は同族意識が高いということだ。今回は人質作戦といこうか。我が親愛なるロシアの助手よ」
「はいであります。アメリカの助手は手厚く葬ってまいりました」
「放りだすだけで良かったのだがな。日本でゲリラ戦に使える人狼は居るか?」
「ええ、頭脳明晰な在日朝鮮人がおります。語学も堪能で学業優秀です」
「他にまだいるのか。ロシアの人狼兵の修理は出来たか。それと直ぐにかの秘密兵器をワシの元へ寄越せ!」
「ロシアの人狼兵は、まだ朝鮮戦争で戦っておるのか?」
「はい、でありまする。日本では関西に、2件の事件を起こさせます」
「ほほう、それは楽しみだ。期待しておるぞ。後は好きに行動してくれ。ワシは、秘密兵器の調整を行う。じゃじゃ馬だから時間がかかるだろう」
「で、ありまするか。ウランバートルの娘? はいかがいたしまするか」
「ああそうだった。秘密兵器が仕上がったら、あれにやらせよう。試運転にはちょうど良いだろうて」
「では、神戸洋服商殺人事件と吹田事件に、日本へ行ってまいります」
かくしてロシアの助手は、天才青年と多数の朝鮮の人狼兵を引き連れて日本へ渡った。京都の舞鶴港に着いたら、長田区役所襲撃事件の残党兵が迎えに来た。
「今までご苦労だった。これからはこのロシアの助手が先頭を走って日本を攪乱する。皆は黙って付いて来い」
「それから孫悟空! お前は学業優秀だ。奇跡のようなお前は牢に入り、司法と検察を攪乱せよ!」
「孫斗八でございます。これより米軍キャンプを襲い、ドロボーして来ます。その後は、神戸市生田区の洋服商の夫婦を殺害して、ムショに行きます」
「双子の巫女が相手になる。よろしく頼むぞ」
「はい、巫女殺しは出来ませぬが、口封じに参ります」
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神戸洋服商殺人事件とは
昭和26年1月17日に当時の神戸市生田区で発生した殺人事件。 孫はこの寒い冬にもかかわらずに、薄着の服とオーバーコートを着ただけだった。洋服商は憐みを感じて孫を自宅で、[ぜんざい]をご馳走して近くの居酒屋で酒を奢った。そしてやさしく言葉をかけて別れた。1時間後に孫は再度洋服商を訪れた。主人は飲み過ぎ?で早くも就寝していた。応対に出た奥さんは、「寝てるから帰りなはれ」と言って帰そうとしたが、無視して家に上がりこんで主人を起こそうとした。
ただ、枕元にたまたま金槌が在ったので、衝動的に金槌を掴み夫婦を撲殺した。
逮捕され死刑の判決を受ける。学業優秀な孫は死にたくはないので、国選弁護人に頼んで六法全書等の法律専門書を入れてもらい法律を猛勉強した。そして、刑務官を手当たり次第に公務員職権濫用罪で告訴する。検察官はその度に不起訴処分にするが、孫は付審判請求でそれに対抗する。 その後も行政訴訟を次々に起こし、裁判所には死刑執行停止命令を2回も出させたのだった。ありとあらゆる権利を主張したのだ。しかし、 1963年4月には、ついに上告も棄却されて、昭和38年7月17日に大阪拘置所で死刑が執行された。実に昭和26年から38年まで猛勉強して、生存を勝ち得たのだ。(簡単ですが)
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1951年(昭和26年)1月 東京都千代田区
「あの双子を呼んでくれないか」
「はい、アメリカから帰国したばかりですが、また直ぐに事件に当らせるのですか? それは少し惨くはありませんでしょうか」
「俺もそう思うよ。しかしだな、相手が人狼なんだ。なによりも、どうしてかが理解出来ぬが、先方からの指名なのだよ。裁判所からのお達しだ、逆らえぬ」
「はい、直ぐに呼んでまいります」
女史は言われるがまま、杉田の双子を呼びに行った。電話で済ませない所に長官の思いやりがある。アメリカでの仕事に対する報酬は、韓国扱いだった。ヒドイ長官だと言われても、告訴は無いだろうが、告訴されても払えないからしようがない。内心で詫びている中に二人がノックした。
「ノック・ノック・ノック」
「どうぞ、入りたまえ!」
「失礼いたします」
「帰国早々ですまぬが、また神戸市に行ってくれないか。人狼の絡みだ」
「はい、神戸ですね。で、事件とは何でしょうか」
「あの神戸洋服商殺人事件だよ。内容は上記の拙い説明で勘弁してくれ。どうだ行ってはくれないか。裁判所からのお達しなのだよ、逆らえない」
「そうですか、でも私たちの指名? とはどうしてでしょう」
「犯人からの指名なのだが、そればかりではないんだ。彼奴はとても頭が良くてな他の人員では対応出来そうにないのだよ。君たちは主席で卒業したのだから、同じ学業優秀者どうしで、対決してくれ」
「はい、分かりました。さっさと片付けて死刑にしてまいります」
「おいおいおい! なんてこと言うのだね。アメリカから帰ってきたら、性格が変わった? のかな。それはおっかないよ」
「いいえ、元々からですが? 問題はありません」
沙霧はきっぱりと言い切った。澪霧は、
「まだアメリカかぶれ! なんです。お嫁に行く時は穏やかになっていますから息子さんには、内緒にして下さい」
「そうだな。そう願いたいよ。では、明日から出張を頼む! これは旅費と小遣いだ。明後日に裁判所に着けばいいから。頼んだよ」
「はい、行ってきます」
「ラッキー! 小遣いもらっちゃった~」
二人は部屋を出て行った。
「生活安全局の課長補佐を呼んでくれ。・・・・。ああ、そうだ。そうしてくれ」
長官の部屋に一人の青年が尋ねてきた。
「白川課長、一つ頼みたい事があるのだが、・・」
「いいえ、課長補佐です、・・・・」
それから10年もの長い戦いが始まる。だが直ぐにロシアで事件が発生して、この案件からはすぐに抜けるから、先の事は他の者が対処した。二人は心から安堵した。かような奇人変人は人狼でなくても、ウンザリする。
おおよそ1年で交代となった。双子の自由を奪うのが目的だったが、ロシアの助手が派手に暴れてしまい、双子もロシアに行く事になった。日本とロシアでの掛け持ちの戦いが始まる。
二人の指名はGHQからであった。朝鮮戦争にロシアから人狼兵が多数派遣されるので、アメリカでは手が出せぬから、供給元のロシアを叩いてくれ! という依頼だった。
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吹田事件とは
1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発した。(朝鮮戦争は検索でお読み下さい。)
1952年6月24・25日に、大阪府吹田市・豊中市で発生した吹田騒擾事件と、その裁判で起きた事件(吹田黙祷事件)を指している。簡単に説明文を書きますが、詳しくはこれも検索をお願いします。
38度線を境に朝鮮戦争が始まりましたが、直ぐに北の劣勢ななります。在日朝鮮人はこの戦争には加担出来ませんので、日本で反戦運動を起こします。そして、アメリカ軍帰れ、朝鮮戦争の即時休戦。破防法反対、マッカーサーは出べそ?と戦争反対運動のデモを行った。暴動にも発展して多数の逮捕者が出た。事件は国会も巻き込んだから収拾がつかないので長期に渡った。1953年7月27日に朝鮮戦争が休戦しても、この事件は1968年7月までかかった。
朝鮮戦争は、初のジェット機同士の空中戦が行われた。
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かくのごとく、人狼兵の日本攪乱は続いたのだった。吹田事件は、アメリカ軍も鎮圧に加わるが、一向に収まらなかった。執拗なゲリラ戦が続いた。
こういった意味では、ロシアの助手の作戦は成功した。
大学合格した妹の二人も、猛勉強に励んでいる。いくら国の要請だからといって大学は休めても、試験は試験だ。点数が全てである。姉みたいな小賢しい手段は?取らなかった。素晴らしい巫女の力を持ちながらも、使わない立派な二人だった。
日本の警察も何とか人狼兵の事件は鎮圧していた。それもこれもアメリカでの戦いで、対人狼兵器が開発されたからだ。開発者の名前をもじって、チェリーという名前がついた。狙撃銃で、殺傷力の高い弾丸が使用された。ただし、銃弾を受けても死ぬ事がない、巫女の人造血液が主成分だ。
1952年7月(昭和26年)東京都・神田区
警視庁に一通の招待状が届いた。生活安全課へも同じ招待状が届いている。長官は、刑事課の課長と安全課の署長を呼び出した。
この招待状には、特別な物が添付されていた。
「な、木之本くん。この書状だが、ターニャとはどういう人物だい?」
「ニキータ、代わりに説明を頼むよ。お前が詳しいだろ?」
「そうですね。私たちと同じ人狼の巫女です。もう50歳くらいですので、巫女の力はありません。ですが、杉田桜子が最初に協力関係を結んだ、人狼一家の娘さんで、大変お世話になった方です」
だいぶん違う説明だが、さらわれたターニャを助けに行くには、多大に話を盛る必要があった。見殺しにする! と言われたら、それまでだ。ここは慎重に話しを進める必要がある。
「それと、1947年10月の、ロシア・シホテアリニ山脈での戦いでも、協力を頂いております」
うそだが、どうせ分からないのだから、うそのてんこ盛りでいいのだ。課長もシンも顔つきで笑っていた。
長官は、
「そうか、良き協力者なのだな。受けた恩は返さなければなるまい」
「そうですよ、恩は返さないといけません」
実際は、クライ救出等もあるので、恩なんかはありはしない。
「それとだな、吹田事件は知っているだろう。あの事件があってでも無いが、朝鮮戦争が終わらないからだろう、警察庁の二人もロシアに派遣してくれと、GHQから正式に依頼があってだな、うちも派遣する事に決めたよ」
木之本署長が、
「では、桜子ほかの巫女を再度召集せよ? と、仰せでしょうか」
「あの二人は、吹田事件にもかかわっているから、自由に動けんのだよ。だから、その妹の二人と、ヒクマだったっけ、クマと君たちの娘さんも借りたいんだよ。な? なんとかお願いしてはくれないかい?」
課長は、
「長官! 今度こそ褒章を出していただけますか? ヌカではだめですよ」
「そうだよな。今度こそ支給するよ」
「長官! うそではいけません。先払いでお願いします」
「う、うぅ。俺の退職金を全部渡すよ」
「それは白川金でしょうが。報奨金はどうするんです?」
「なんとかします」
長官は気の弱い返事をした。
「よろしくお願いします」
強く言い張って、一同は退出した。
「おい、白川金とはなんだい。課長教えろよ。なにか・・・」
「そうだな、まだ内緒だ。そのうちに分かるよ」
「課長! 安全課に来てくれ。ハバロフスクは本気だ。ターニャの髪の毛が同封されてある。こちらも本気でかかるぜ!」
「あいよ、任せな!きっちりとお返しをしてやるさ」
「二人ともその意気だ。しっかりと頼むよ」
こうして、ターニャの救出作戦か。はたまた、ロシアからのお返し戦争かが始まった。
日本・アメリカ・ロシアから全員の巫女が集まる事になった。
1952年8月(昭和25年)北海道・札幌市
8月になり、木之本は札幌へと飛んだ。札幌飛行場は1954年開港、丘珠空港と呼ばれる軍用飛行場であった。だからまだ飛行機では行けない。
木之本は手土産とともに、ロシアから届いた招待状を杉田家に見せに行ったのだ。
「ホロさん、お元気でしたか?」
「おやま~、頭が白くなりましたね。桜子はね、今は買い物に行ってるよ。なにすぐに帰るさ。上がって待ってておくれ!」
「あら、署長さん。いらっしゃい!」
奥から若い女性の声がした。
「・・・・・・・・?」
怪訝そうに廊下を歩いて行くと・・・・・。
「おう、ビール飲もうや」
冷蔵庫に手を掛ける智治の姿が見えた。その横には?




