第33部 母の墓参りに
1947年10月(昭和22年) 北海道・札幌市
私たちは無事に家に戻ってきた。母の桜子さんは、感慨深かったことだろう。元気に跳ね回る姉の二人にも会えたし、それはそれで楽しかった。
「そうだね、私たちにも大きな力があるのが判ったわ」
「でも姉たちには負けるわね!」
「二人とも~、下りてらっしゃ~い」
「は~い、今下りていきま~す」
何だろうと思いながら二人は下りていった。明日の15日は実母の霧の命日になる。
「あら! 麻美小母さま、こんばんわ」
「は~い、こんばんは」
「あらいやだ、今の若い子は、は、と、わ、の使い方が違うのかしら?」
「そうですね、小母さま。わ、の方が柔らかい感じがするので、使う女の人が多いそうよ」
「私らの時代はね、わ、だったわ。昭和61年に現代仮名遣いで、は、に正式に決まったのですもの。何だか変な感じだわ」
「小母さまはもう、ご先祖さまでお墓の中ですわね」
「もうこの子たちは。怒るわよ!」
「はいはい、お元気でお達者な小母さま!」
「いやいや、56年前の小学校では、「は、と書きなさい」と教わりました」
「おや、そうかい。その頃は旧仮名遣いもまだ見られましたね」
「はい、今はまだ無いテレビ放送が、戦争ものだったりしましたから」
「戦争は終わったばかりだよ? なに寝ぼけた事を言ってるのかしら」
二人は「・・・・・・?」
「え、そうだった。ご先祖さまになられた、霧の墓参りのお誘いですわ」
「ねえお母さま。東京の姉二人も帰って来るの?」
「そうね、昨日今日の事ですから、あの二人は嫌がるかしら」
「ううん、喜んで来ると思うよ。お母さん、今から呼ぼうか?」
「そうしてくれる? 智治さんもいいかしら」
「俺は歓迎するよ。昨日まで死ぬ思いはしたが、大事な娘だ、会いたいよ」
「麻美が居るから来るわよね」
玄関を開ける音がした。元気に沙霧と澪霧が、
「只今!」「只今帰りました」
「あらほんとだ、お帰り~二人とも。あれから何も無かったかい?」
「わ~麻美お母さま、お久しぶり~」
桜子母への返事はそっちのけで、麻美にべったりとなった。ま、いつものことだけれども、少し淋しい気もする。
「はい、お母さま。平和そのものでした。ただ、石見課長さんを忘れたから引き取りに行ってくれと、依頼がありましたので大変でした」
「おやま~、そうかい。で、お給料は貰っただろうね」
「いいえ、何も頂いておりませんわ」
「ホロお母さんに物申す、で言っておくよ。どうにかしてくれるさ」
「なんだい、二人とも。東京で随分と活躍してるらしいじゃないか。でもさ、巫女はお金にならないよね」
「あら麻美お母さま、巫女はお金にならないの?」
「なるのですか?」
「だろう? 幾らか貰った事は? 有ったかい」
「そうね、無かったわ。全部タダ働きね。東京に戻ったら請求書を書いて持って行きます」
「それがいいわ。桜も喜ぶよ、金100万円なり! も、貰えたらね」
「100万円?」
二人はこの金額を聞いたことで、無給で働いたことが損に思えてきた。そうか、絶対に100万を請求しようと思った。
暫くして、また玄関を開ける音がした。疲れた声がしたのだった。
「今帰ったよ、あんた達、お婆ちゃんを一緒に連れて帰っておくれよ。夜通し汽車に乗るのはもうこりごりだよ」
「あら、お母さま。今お母さまの悪口を言っていた所でした」
「そうだろう、はっきりと聞こえたよ」
「で、何と聞こえましたか? お母さん」
「智治! 酒買ってきたよ、台所に行こうか!」
「はい、そうですね、おつまみは用意しておりますよ」
「お母さんは、何とぼけてらっしゃるのかしら?」
「チョット! 智治さん。何処に用意していたの?」
「それはもう、桜の目が届かない所さ! 気にしないでくれ。お母さん、ビールでよろしいでしょう?」
東京の双子を差し置いて、下の双子がべったりと張り付いた。ホロお祖母さまは目を細めてニコニコとしていた。
「ホロお祖母さま、どうぞ!」
「お父さんも、どうぞ!」
微笑ましい光景だけれども、母を忘れるんじゃないよ! 四人とも!
霧お母さまの命日は、1916年10月15日。明日で31年になる。
時間跳躍で実際には11年を差し引くので、
霧お母さまの命日は、1927年10月15日。明日で20年になる。
二人は成人になる日でもある。
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世間では、20歳が成人として、成人式に出席するのだが、その成人式の根拠は第二次世界大戦後の、1946年(昭和21年)11月22日に、埼玉県北足立郡蕨町で「青年祭」が実施された。青年祭が「成年式」で、全国に広がっていく。これが現在の成人式になったものである。(らしい)
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二十歳のお祝いと、母の命日が同じというのも何とも言い難い。桜子が心配していたが、二人の気の持ちようでどうにでもなるものだ。それはそれ、これはこれだ。案ずる事はないのだから。
お昼はお墓参りで、夜は成人祭、これでいいのだ。
翌日、智治さんには仕事を休んで頂いき、全員揃って霧のお墓参りにいった。ちなみに、双子の4姉妹は15日の学校には19日の日曜日に時間跳躍で授業に出席している。母のキツイ一言で履行されていた。
当日は夜遅くまで宴会が続いた。もう平均寿命を生き抜いたお二人の教授も招待している。教授のご家族の皆様も来て頂いたのだった。
沙霧と澪霧、成人おめでとう!
15日には、札幌で都市伝説が生まれてしまった。姉の幽霊も真しなやかに語り継がれているのだ。現場がお寺だから誤魔化せようて?
同級生の母が見ていたのだろう。そして夕飯時に、杉田さんちの双子が学校を休んでお墓参りをしてましたわ。娘は、違うよ! 学校に来てたからね! この話に尾ひれが大きく付いてしまったのだった。杉田夫妻は、訊かれたら誰にでも、「はい」と答えていたから。
当の姉妹は怖いところがあるので、誰も尋ねなかった。本人たちは知らない。




