第32部 謎の巫女
1947年10月(昭和22年) 東京都・港区
日付も変わろうかという時間にお開きになった。明日は13日になる。姉妹たちは月曜日で学校も始まるのだが、いつものように時間跳躍でどうにでもなる。両親と下の姉妹は札幌に帰さねばならない。が、大の大人たちは二次会に行きたがって帰ろうとはしなかった。
「ガッ! ドスッ! ギャッ!」
離れて居た時に鈍い音と声が響いた。
「この野郎!なんだ、お前らは! 大変だ、署長が刺された! ニキータさん、早く来てください」
先頭の方から叫び声が聞こえた。木之本署長が刺された。
「おい、シン! 大丈夫か。しっかりしろ」
刺し傷は2か所。下腹部と右の背中の心臓に近い所に刺された。署長は息も出来ないようだ。アルコールも沢山飲んでいるから、出血が止まらない。
「シン! しっかりして。お願いだから起きて! わ~ッ」
ニキータは取り乱して泣き出した。
「巫女ども! 狼兵を倒して!」
桜子は大きく叫びながら上の姉妹と下の姉妹と、デルフィナとソフィアに言って回った。安全課の署員の全員はヘベレケで使えない。
「役立たず共! 人狼をとにかく押さえつけろ!」
「デルフィナ! ホロ! 木之本夫妻と共に、大学病院に飛びなさい!」
桜子は酔っているはずだが、素面のように振る舞い的確に指示を出している。下の姉妹はまだ武器とかは出せないので、おどおどしていた。きっと、鮮血が怖かったのだろう。
「沙霧! もう討伐は済んだかい?」
「クマ巫女さんが今片づけているところよ。直ぐに済むわ」
「よし! ならば、二人で私も一緒に連れてってちょうだい。デルフィナについて行きたいわ。出来るかしら?」
「お姉ちゃん、デルフィナさんの行先に行けるかな」
「う~ん、どうだろう。明日に飛んで新聞を読もうか。きっと事件が記事になってるよ。行先が判るからさ、三人で飛んで・飛んで、で探そう!」
「うん、そうね。お母さんは黙ってついて来て!」
桜子と沙霧と澪霧は手を繋ぎ、時間跳躍で明日に飛んだ。ここは石見課長が指揮って取り繕った。何せこの60年後には生きてはいない、存在しないのだから警察の世話にはなれないのだ。全員は急いで現場を離れたのだった。明日の事は何も考えてはいなかった。
一方明日に飛んだ三人は、新聞を見ても事件の事は何も書いて無かった。それは先の事でお分りだろう。
「くそ~、あいつ等全員は逃げたんだな。これでは署長の入院先が判らぬではないか」
「そうですね、お母さま。近くの大きい病院を全部探しましょう。それしか方法はありません」
「お姉ちゃん、近くの病院の場所をお店の方に訊きましょう」
「そうね、地名は変わらない筈よね。そうしましょう」
三人は大学病院や総合病院を尋ねて回った。そして受付で訊いたが何処にも居なかった。行く当ても無くなったので、昨日の別れた所に時間跳躍で戻る事にした。そこには、何と元気になった署長が待っていたのだった。
理屈では病院に行って、完治したところで過去に飛べば時間差なんてありはしないのだ。なんとこんな事も今まで考えもしなかったのだから、お粗末だ。
「あら! シン、元気そうだわね。ニキータさん、旦那が治って良かったわね」
「ええ、ありがとう、桜子。随分と心配かけたようだね」
「そうよ、明日に飛んで新聞を読んでも記事にはなって無かったのよ。それで近くの病院を探したけれども、見つからなくて焦ったわ!」
「そうなんだ、ごめんなさい。ほら、あそこに外科の病院が在るでしょう? あそこに飛んだのよ。9時きっりの開店時間にね」
「やぶじゃなかった?」
「ううん、全然。時代が変わってるからね、大丈夫だったわ」
「じゃあぁ、署長の快気祝いに飲みに行こう!」
「桜子さん、バカを言わないで下さい。確かにもう死ぬ直前でしたが、巫女の血で生き返りました。早く自分たちの1947年に戻りましょう」
「ええそうですね。そうしましょう」
全員が揃ったところで、昨日と同じように円陣を組み時間跳躍を行った。1947年10月13日の朝に跳躍が無事に出来たのだった。特に二日酔がひどかった男は時間酔いで倒れてしまう。
60年後の11月?日の朝刊に、治療費の踏み倒し事件が大きく報じられていたのだった。見出しには、「謎のオオカミ男、入院中に失踪か!」
飲み会の残りは何処に消えたのか? 三人の入院中の食費だけにか?
北海道の住人は、杉田家の4人とクマ巫女、それにデルフィナ。デルフィナは親とはイヤだ! と言って北海道に帰るという。全員は手を繋ぎ札幌に帰っていく。到着する時間は12日の夜にした。13日では直ぐに学校に行くのでは忙し過ぎるからだ。
木之本署長は、今日からの仕事の内容と昨日の結果を聞きに、サイコパス所長の元へ行こうと思った。
「石見課長はどうした、居ないのか」
「はい、見受けられません。外を見て来ます」
若い署員が3人を連れて探しにいった。小半時して戻ったが見つからない、と報告した。署長は全員を集めて石見課長の行先を尋ねた。
「署長! 課長はもしかしたら、戻っては居ないのでしょう。今朝から見たような覚えがありません」
一同は、そうだそうだ、と言った。
「そうだな、60年後の昨日に忘れられて残っているのか」
「そうだわね、シン。でも探しには行けないよ。北の連中が居ませんのでね」
「あ、そうか。しまった! だな」
2007年10月(平成19年) 東京都・某所
石見課長は一人取り残されていた。どうも酔いが酷すぎて寝込んだらしいのだ。全員で帰る時にはもう忘れ去られていたのだった。殺傷事件の後は陣頭指揮を執っていたのだが、走って逃げたので酔いが回り気を失ったのだろう。
「くそ~、これでは帰れんじゃないか。どうしたものか。警視庁に行っても言ってもどうにもできん」
石見課長は当てもなくさまよっていた。その日の夜にお腹が空いた! と繁華街をさまよったのだが、お金は持っていない。無銭飲食は職務上出来はしない。先の方に体格の良過ぎる日本人と外人が仲良く歩いていた。人数が16人ほどか。
「あの人間どもは何か怪しいな、後を付けてみるか」
石見課長は懐の拳銃の残弾を見てみた。予備は1ケースの6発、銃に3発が残っている。少しどころか、全然足りない。見つからなければ良いだけだ! と酔っ払いの風情で後を付けた。
繁華街を過ぎてJRの寂しいガード下に差し掛かった時に、背後から突然に襲われた。別の集団が居たのだった。
「よう、兄ちゃん。金持ってないかい?」
「はい、持っていません。全部飲んでしまいましたから。切符代も無いので今から歩いて帰るところですが・・・・」
「嘘は良くないよね。俺たちに用があるんだろう?」
「良くお分りです。皆さんに少しづつでも汽車賃の寄付をお願いをしようと思いまして。でも、声を掛ける勇気が出なかったもので、その~すみませんでした~」
石見課長は脱兎の如く走り出した。息切れが激しいが、命には代えられない。走って走って人通りの多そうな方向に進んだ。だがしかし、あの男共が速いのである。ま、当然だろう。足を掛けられて転んでしまった。
「なんだい、足を掛けるとは!」
「いいじゃないかい! お兄さん。さ、金を出しな」
「だからさ、お金は持っていないと言っていますでしょう?」
「それとこれは別ものだよ。俺らが正義だ、早くしな!」
石見課長は財布を出して見せた。財布には100円札が1枚入っていた。石見課長は財布が重いのが嫌いなのだ。小銭は持たない主義で家の箪笥に貯金をしている。利息は無いが、いつ死ぬか判らぬ仕事だから、俺の葬式代にと貯めているのだ。
「はい、これだけです。お分かりでしょう、百円券は私のお守りで・・」
「ボコ!パカッ!バン!ボコボコ。ニセ札だろう?」
返事よりも手足が早かった。石見課長はその場に倒れてしまう。総員で囲むから他の人からは見えないし、見えても酔っ払いにしか見えないだろう。石見課長は、
「俺の人生はこれまでか! 嫁っこが欲しいな! 子供も3人は欲しかったな~」
ドカ!ぎゃふん!このう! キャイ~ン!
「俺はもうあの世に行ったのか? 夢を見ているようだ・・・」
ボコ! ぼん! ぎゃふん! このう! 野郎め! キャイ~ン! ブスッ! ドカ! 男共がこてんぱんにやられていたのだった。石見課長は起き上がり眼を擦ったが、見える景色の赤白に変化はない。
「あ、人狼兵? 昨日の奴らか! あれは?巫女か」
ミニスカの学生服の女の子が二人、人狼兵と戦っていた。武器らしい物は持ってはいない。素手と棍棒? ヌンチャクみたいな物で戦っていた。近くで通行人が、
「喧嘩だ! 喧嘩だ! 警察に連絡しろ・・・」
「女が男を苛めている、早く警察呼んで来て!」
警察呼んで来て? おかしな言い方だったが、ボコボコにされているのは、間違いなく男共だからそういう事になるのか。きっと官が抜けてるだけだ。
石見課長は、ひらひらした物を機嫌よく眺めていたのだった。俺も可愛い嫁を欲しいな! 元気な赤ちゃんを産んでくれる肌の白い嫁っこがいいな。
「おうおう。白もいいけど赤も捨てがたいな」
ドカ!ボコ!ぼん!ぎゃふん!このう!キャイ~ン!野郎め!ブス。
「ブスとはなによ、もういっぺん死んだれ! あほんだら!」
「赤見せないで白見せて。白見せて赤見せて・・・」
「これでは俺も成敗されても文句が言えないな」
「さ、もう逃げるよ。お巡りさんが来るからね」
石見課長は女の子から手を曳かれて走り出した。女の子はとても足が速くて途中からは二人から手を曳かれて走っていた。
「もうここまでで大丈夫。私は大丈夫でないから、休ませてくれ」
息切れが激しくて倒れ込む寸前だった。仕事柄走り続けた事もあるから倒れるまではなかった。
「なによ、まだ若いのにさ!」
「いやさ、今朝から何も食べていないから、力が出ないんだよ。普通だったら俺も速いのさ」
「へ~そうなんだ。もうお酒はやめたがいいね。反省しなさい」
「ご忠告ありがとう。でもさ、昨日は決戦の完全勝利で宴会だったんだ。タダ酒だぜ? 飲まないと損だろう?」
「そうね、でも命の代償には? どうなのよ」
「どうなのさ?」
「あ! れ? あんたら双子かい?」
「いや違うけれども、似たようなものさ」
石見課長は。北の双子を思い出したが、似ているようだけれども? いや確実に違う。巫女のように思えたが、武器は持っていなかった。格闘家? には見えないのだ。
「あ、すまん。お礼がまだだった。お二人ともお助け頂き感謝します」
「いえいえ、ただの通りすがりですわ。気にされなくて構いませんわ」
「あのう~、私は警視庁の石見と申しますが、お二人のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あら? 刑事さんなの。だったら逃げなくて良かったわね」
「そうよ、そうよ。助ける前に言いましたでしょう? 助ける必要は無いからと」
「そうだったわね。でも助けなかったら死んでいたよ」
「はい、それはもう、死んでおりました」
石見課長はハンカチで流れる汗を拭いていた。
「なんでボコボコに?」
「いわゆる、カツアゲ! でして」
「刑事にカツアゲ? ですか」
「かつ丼かいな。カツカレーですか」
「かつの天ぷら! ですな、ははは・・・」
「笑えね~、親父ギャグ!」
「お助け頂きましてありがとうございました。もう私も大丈夫ですので、これで失礼いたします」
「お気を付けてお帰りください。お迎えにはまだ早いですが・・・」
「直ぐにお迎えが来ますよ。御機嫌よう!」
石見課長は二人と別れたが、名前を教えて貰えなかった。小一時間ほどで安全課の代理として、北の巫女さん達が迎えに来たのだった。
「ひどい顔してますね」
「うん、ひどい顔だこと!」
「治療はまだですの?」
「うん、そのようね。薬を持たされてますので、此処に寝てください」
「男の勲章? かしら」
「きっと違いますわ。一方通行に決まっててよ」
石見課長は安心したのか、巫女さんの膝枕でいい顔をして寝てしまった。
「あらあら! ヒドイ顔が、いい顔しちゃって寝ちゃったわ。ここに置いて帰りましょうよ、ね?」
「でも、怒られますわ」
「・・・・・・おらの嫁っこで、ひざまくら・・いいな・・」




