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3.六月は湯煙桃源郷で!(前編)

これがハムの初ファンタジー作品になります。

色々大目に見て戴ければ嬉しいです。


雨が降り続くのは、この世界でも変わらないようだった。




この掌のクレヨンはすこぅし、色を変えた。

今月に入って何故か、それは綺麗な水色になっていた。

ヤン先生の居心地の良い家の中から外を見ていたら、




しててん、とた、とてん。


ぴったん、ぽて、ぽぽたん。




雨粒が不思議な音を立てている。




「ユキ、抹茶入り玄米茶が入りましたよ。

‥おや?甘ガエルですね」



先生の声にあたしは首を傾げて軒下を見た。

すると、緑色の小さなカエルが庭の紫陽花の花に座っていた。



その数、9匹。




「せんせ、アマガエル、じゃないの?」


あたしがそう言うと、いつもの褪めた蒼いジャケットを着た先生は、傍でみたらし団子を取り分けていた助手のトール少年を振り返った。



「いいえ、『甘ガエル』なんですよ。

トール、杏仁豆腐はまだありましたっけ?」



スミレ色の瞳が思い出す様に宙を彷徨い、頷いた。



「まだ少し、氷室に在りましたよ」

と、持ってきた白いシロップの掛かったお豆腐を差し出した。


ヤン先生の緑の瞳が、面白そうに瞬いた。




「───────さて、ユキ。見ててご覧なさい」




先生は指揮者のタクトの様に、

杏仁豆腐を銀のスプーンで掬い、


カエルさん達に向かって、ぽんぽんと投げたではないか。





ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、

‥‥ぱく。




最後がちと怪しかったものの、

9匹はそれを上手く舌でキャッチした。




♪~♪らららららららら~

♪♪~♪あずきィ~に、ミカン、あま~い赤いゼリー♪

♪~♪練乳のかき氷、それは…

『南国し●くま』~




「それは確かに甘そうだッ!!」



9匹のカエルが歌うその歌に、

あたしは思わず突っ込んだ。


ぷは~っと、その場の三人が吹き出して笑う。

憂鬱な気分が思わず吹き飛んだ。




「さて、それではそろそろ出掛けますか」



え? と、『あたし』こと春日美雪が顔を上げると、

黒髪から覗く、笑うと糸の様になる目が、ちょっと見開いた。


 

「言ってませんでしたか?────温泉に行くんですよ。

ああ、大丈夫。タオルも無料で借りれますし、

丁度人数分チケットを戴いたんです」

「ええっ、温泉あるの?

凄いねー。‥でも、あたしも、いいの?」



もじもじと言うあたしにヤン先生は、肩をぽん、と叩いた。



「何を言ってるんですか、今日の主役が。

ユキが言ったんですよ?

雨ばかりで何処にも行けずにつまらない、って。これは貴女の為の企画なんですから。

置いて行くなら、トールをすっぱり置いて行きますよ」

「僕がお弁当を作らなければ、本当にやりかねませんよね‥先生」



緑の瞳とスミレ色の瞳が、お互い微妙な微笑みの中に瞬いていた。

あたしは慌てて割って入り、トールの腕を両手で掴んだ。




「わあ、トールのお弁当!

楽しみィ~何を入れたの?唐揚げ入ってる?」


すると、銀髪の美少年は少しキツめのその美貌に僅かに朱を差して、照れていた。

「はい。ツナの入った甘い玉子焼きもありますよ。

後、酢豚もお好きでしたよね?」


あたしは上機嫌で5cmくらい背の高い彼の肩に、頭をコン、と預けて、

右下から見上げて微笑った。



「ほんと、トールはいいお婿さんになるよね~」



あたしがそう言うと、頬の赤みが僅かに増した。

ヤン先生は驚いた様に後退り、


『なんと、末恐ろしい‥天然男ゴロシ‥』


とか言ってたけど、どういう意味かなァ?


「あ、先生~。温泉まで、どうやって行くの?」

くるり、と振り返り、先生の傍まで行くと、

袖を引っ張って聞いてみた。


「そう、ですねぇ…プッ‥」


口許を押さえて笑う青年の視線を追って、

振り返ると、何も無い空間を抱き締める形のトールが固まっていた。




「…‥あれ?」




あたしが駆け寄ろうとすると、フワリと身体が浮いて、方向を変えさせられた。

見上げると、先生が悪戯っぽく微笑っている。


「複雑な男心は放っておいてあげましょうね。

何、少々踏んで固めて均して何かを建ててあげても一向に構いませんが、長く放心されると後々面倒ですんで」

「ふぅん?」


よく理屈は分らなかったけど、

先生がそう言うんならそうなんだろう、と頷いた。


「そんな事より、何を使って行くかでしたよね?

実はね、トラックのオーケストラを頼んでいるんですよ」


「『トラックのオーケストラ』?」


風鈴の様なチャイムが♪、と鳴った。

珍しく裏口の方だ。


「丁度良かった。来てくれたみたいですね、行きましょう」


そそくさと先生は暖かな左手をあたしに差し出し、

トールのお弁当を右手に抱えると、颯爽と裏口に向かう。


「…先生、‥お弁当はこのカギが無いと開けられませんよ」


地獄の底から這い戻って来た様な弟子の声に、小さく先生は舌打ちをした。



かくして、いつもは隠された裏口を開けると、

そこに一頭の虎が直立していた。

立派な燕尾服を着ていて、とても堂々としている。



「ヤン先生、お呼び戴きありがとうございます。

支度はお済みでしょうか?」

低く、朗々とした声は耳に心地好く、

いつまでも聞いていたい気持ちにさせる。



「やあビリー、久しぶりだね。こちらはいつでも行けるよ」

「では、こちらへ。─────おや、可愛らしいお嬢さんだ」

黄金の瞳が柔らかくあたしに向けられた。



「今日の主賓だよ、丁重に頼むね。但し、口説いては駄目だよ」

「ほう…それは残念。

失礼、お嬢さん、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

面白がる様な顔をして、男前の虎さんは右手で胸を抱く様にして少し屈むと、実にスマートなお辞儀をして尋ねてきた。


「春日美雪です。ユキ、と呼ばれています」


「『ユキ』。とても綺麗な響きの音ですね。私はビリー・ストライプと申します」


そう言うと彼はぷにぷに肉球を上にして、手を差し出した。



思わず誘われるまま手を重ねると、するりと自然に引き寄せられ、優しい顔が間近で微笑んでいた。



「────────ビリー?」

「はい。分かっておりますよ、ヤン先生」


咎める様な響きの声に苦笑した虎さんは、あたしを起こして恭しくドアを開けてくれた。



「さあ行きましょうか。急がないと、…そろそろ来ますからね」


先生が背中を押すのと同時に。




びーびーびーびーッ!!!!!!!!!




『あちちちちちィ~、ヤン先生助けてぇ!?』

表で叫ぶ、聞き慣れた声がした。



…ああ、アレか。



またアーチ(今月は早咲きの薔薇)を潜らずに飛び込んで来たチャーリーをよそに、あたし達は裏口から優雅にお出かけをした。







      ★






ホオズキの花が咲く中に鎮座したのは、分厚いビニール(?)製のどでかいボールだった。


中は二重の球になっており、外側の球に新たな二頭の虎がスタンバイしている。

ボールのストッパーがそのまま階段になっており、あたし達は6・7mはあろうかという、その頂上部分から内側の球に入った。



ゆっくりと蓋が閉まる。



中は意外に快適で、微かに花の香りすらしている。

パールホワイトの柔らかなクッションの敷き詰められた内部はどういった仕組みか、常に新しい空気で満たされている。




「さて、それではお願いしますよ」


先生の要請にビリーが胸からタクトを取り出し、優雅に振り上げた。


二頭の虎が高い声と低い声をそれぞれに出して、

ハミングを始める。




───────それと同時に、ボールが動き出した。




「うわっ、回り出したよ?先生!」


どういった仕組みか、内側の球はまったく動かないのに、外の球がハムスター運動用の回し車の様に、二頭の虎の駆けるそれでボールを動かしている。



しかも、歌いながら。



「オーケス『トラ』…」


───────なるほど。




朗々と歌い上げる彼等に指揮者のビリーも加わり、

あたし達は目的地まで快適に過ごす事が出来たのであった。






 《ようこそ、湯煙桃源郷へ》





そんな幟の立った道を虎さんと別れたあたし達は進んでいった。

見上げる程、大きな建物が雰囲気良く建っている。


綺麗に均された道の側を乙女桔梗がそよいでいた。

川沿いの花菖蒲もまだ盛りである。



「うわあ、大きな温泉旅館だねぇ~先生!!」



小雨の降りしきる中、少々興奮気味のあたしがそう言うと、ヤン先生は宿の案内人が貸してくれた大きな番傘をそっと差し掛けてくれた。


「ええ。清流のほとりに建つこの場所では、水神を奉じる土地柄もあり、色々なお祭りもあって、結構遠方からの客で賑わうのですよ」


朱塗りの大きな門構えを潜ると、そこには大勢のお客さんがたむろっていた。


金髪の美青年は魔法使いローブを纏い、

燃える様な赤毛の人が胸鎧を付けて、大きな剣を担いでいる。

極楽鳥みたいに派手な服を来た人は、男か女かも分からない。


人と人外がナチュラルに混ざっている、その美麗な様を見たあたしは思わず、


 


  「今から、女王試験を始めますッ!!」




「何故、《アン●ェリーク》!?」

叫んだあたしに、トール少年がすかさず突っ込む。



「どれ、私は地の守護聖様ならやってもいいですよー」

ヤン先生がのほほん、と言う。



「いや!何、何気に《乙女ゲーム》に詳しい、アンタは!?」

「ラブ×2エンディングを迎えた人に色々言われたか無いですよ」


振り向き様に突っ込んだトールが、先生に反撃を食らっていた。


幅広いゲーマーだなぁ、トール。

とか、思っていると、

くすくす笑いながらこちらを見ている人が居た。




「───────相変わらずの師弟だね、ヤン」




その人は着物を粋に着こなした、

二十代っぽい落ち着いた青年だった。



「清風‥おや、こちらへいらしていたんですか」



先生が少しビックリした声がした。





     

~4に続く~



 

読んで下さってありがとうございます。

中編もお楽しみに!

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