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4.六月は湯煙桃源郷で!(中編)

~3より~




清風、と呼ばれた青年は流れる様な美しく長い水色の髪をしていて、真白い紐で軽くそれを括っている。

顔立ちは優しく穏やかで、やはり瞳は湖面の様に澄んだ水色だった。


大層な美貌だが、それが少々浮世離れしている。


「ああ。二年振りの《慈雨祭》なのでね。

供を二人程連れて、逗留しているのだよ」

「もうそんな時期でしたか。

それでよく、チケットが手に入ったものだな‥」


ヤン先生の考え込んだ呟きに、聞き慣れた女の人の声が重なった。


「清風がわざわざ都合してくれたんだよ。

お礼、言っとけば?ヤン」


奥から出て来たその女性はゆうかさんだった。

旅館の浴衣を着て、くつろいでいる様だ。


「そうだったんですか‥清風、お手数を掛けました。

何も言わないから驚きましたよ。」



「その方が楽しめただろ?─────ユキもさ」


天パの髪の毛をアップにしたゆうかさんがウインクを寄越した。

あたしは嬉しくなって駆け出すと、熟女に抱きついた。

 


「それはそうと、…ゆうか」

「何だよ?」

あたしをわしゃわしゃ撫でながら、ゆうかさんはヤン先生に応える。




  「すっぴんですね」




カッ!!と、稲光がして、辺りが突然暗くなり、館内が白と黒とに明滅した。



「─────────ヤン」

「はい」



下から見上げる勇気も無くて、

あたしはゆうかさんの腰にしがみついていると、


「お前とは一遍、話し合わにゃならん、と思ってはいたがな」



異様な迫力の渦の中、ヤン先生は平常そのものだ。



「命が惜しかったら‥それ以上、「わあ、化粧して無いとシワが目立ち」脳天唐竹割ィイイィ────っ!!!!!」



無邪気な少年の発言が、

繊細な熟女魂の琴線に触れたらしい。


髪の毛の分け目に添って、

強烈なチョップを食らったトールは一撃で床に沈んだ。



「お前は弟子の教育がなっとらん!!」

ゆうかさんはプンプンだ。


「申し訳ありませんね、ゆうか。

まあ、そう怒らず、ユキを宜しくお願いしますよ」


彼女を宥める先生に、あたしは首を傾げた。


「女湯まで私は付いて行ってあげられませんからね。貴女の案内を頼んだんですよ。

チケットを都合してくれたのもゆうかです」


「清風が沢山くれたからな、お裾分けだよ。

こっちも昼飯にタダでありつけたし、願ったりさ」


道理でバスケットが大きかった筈だ。


あたし達は清風さんも誘って、川に張り出した露台に出ると、丸太を二つに割った様なテーブルにお弁当を広げた。


川縁には水色の雫の様な蕾を持った花が、所狭しとそよいでいる。



「あの花は何て言うの?先生」



「あれは《涙誘草》。《滋雨祭》の象徴の花だよ」


あたしの問い掛けに清風さんが、

水色の髪を揺らして答えてくれた。


「この祭りは豊饒の祭りであると共に、人々の苦労を労う祭りでもあるんだ。

一生懸命皆が働き、地上に命の営みが在り、喜びや哀しみもまた肥やしになって、人の心も、大地も豊かになっていく。

そういうお祭りなんだよ」


「《涙誘草》は涙を受けて、花を咲かせる。

だから、二年に一度、

この時だけはどれだけ意地っ張りの者でも、花の為に泣いていいのさ」



そうなんだ。



呟いたあたしは、ちょっとだけ胸が詰まった。

川縁を涼しい風が通って行く。


ゆうかさんはさり気なく川の方を見ていた。

トールは皆にお茶を注いでいて気付かない。

清風さんは静かにお茶を楽しんでいる。




ヤン先生は、─────黙って、あたしを見ていた。




「‥さて、ユキ。宿自慢の露天風呂に行かないか?

気持ちがいいよー」


強引に後ろからあたしを抱き抱えたゆうかさんは、そのままキャーキャー叫んで笑うあたしを運んで、その場から連れ出してしまった。






       ★






タオルを借りて、お風呂に行くと、そこは見事な眺めだった。


内風呂も桧で、内側の硝子戸を全開にすれば、そこも立派な露天風呂だった。

大きな竹の中に、綺麗な青々とした枝が挿してあり、風情も満点である。


ぬるい風呂の方はポコポコとお湯の下から気泡が上がり、湯気をほわりと立てていた。


桶も小さな洗い場の椅子も真新しい木で出来ており、露天も大きく、やはり桧風呂である。



「気持ちいいねぇ」



あたしがそう言うと、ゆうかさんも肩にお湯を浸したタオルを掛け、半身浴を楽しんでいた。



「ああ。俗世を忘れる眺めだろう?」



遥かに見える見事な山々の稜線や、緑艶かな木々の連なり、そして傍を流れる清流のせせらぎに耳を傾けながら、しとしとと降る雨の湿った風は、お湯で暖まった身体には本当に気持ちが良かった。



東屋造りになっている露天風呂は屋根が付いている為、長時間居ても問題は無さそうだ。



そうやって辺りを眺めていたあたしは、

不意に男湯と女湯の境にある衝立が途中で途切れている事に気付いた。



「ああ、あれから先は混浴だからな。行ったら、裸のヤンとかトールに出くわすぞ?」


視線の先を追ったのだろう。

にやり、と微笑ってゆうかさんがそう言った。


ええーっ、とぼやくと、

何、あっちに行かなきゃ大丈夫さ。と肩を叩かれた。


「でも、女湯を覗きに来る人がいたらどうするの?」

そう聞くと、壁に描かれた鳳凰の絵を指差した。

「あれがこちら側には護りとして置いてあるからな。

不謹慎な者には尻に火が付くさ。

…でも、な。ここだけの話、それは女湯だけでなー。

ユキがやりたきゃ、男湯の方は覗き放題なんだぞ?」



ヤダー!!と、叫んだあたしは笑いながら、ゆうかさんにお湯を掛けた。




「ねぇ、ゆうかさん」

「何だ?」


「ゆうかさんはさぁ…

子供って何にも考えて無いと思うー?」



肩までお湯に浸かって顎を桧の縁に乗せ、

ぷかぷか浮きながら、あたしは尋ねた。



「は?─────また、面白い事を言うもんだな。

誰が言ったんだ?そんな馬鹿」

呆れた口調の声がお風呂に僅かに反響していた。



「馬鹿なの?」

「馬鹿だな。私は子供ほど考えてばかりの生き物を他に知らんよ。

つか、真面目過ぎるくらい考えてるだろ?ユキ達はさ」

 

編み込みみたいに結った髪をバレッタで留めて、彼女の後れ毛が風に揺れている。



「大人には時間が無い。いや、あったとしても、見て見ぬフリをする事がある。

そうしなければ、前に進めないからだ。

腹の立つ事やら、思い出すと叫び出したくなる様な事なんかをずっと思い出していたら、一秒だって生きてなんかいられないぞ、実際」


あたしはお湯から上がって身を乗り出した。


「大人だって、そんな事があるの?」

「そりゃ、あるさ。…なんだ、おかしいなと思っていたら、また何かあったんだな?」



へへ、と笑ったけど、

上手く笑えたか自信が無かった。



ゆうかさんは突き詰めては理由を聞かなかった。

あたしには今はそれが有難かった。



「よし、んじゃ、いっちょ雄叫びを上げて、すっきりしようや、ユキ」


あたしは目を丸くする。雄叫びを上げる?どういう事?





「今日だけ、な。2時になると、その鳳凰が4時からの祭りの準備の時を報せる為に、雄叫びを上げるんだよ。

ふふふ、つまりその時間がこの風呂で公然と大声を張り上げられる、一度っきりのチャンスなのさー」


あたしの事が無くてもやる気満々だったらしく。




カウントが始まる。



      3,



      2,



      1,



     ‥‥‥


「せぇ、のッ―――《キュアア『ぎゃーああああああァアアッ!!』アアー!!》




あたし達は顔を見合わせた。今のは、男湯から、だ。



ゆうかさんは傍に置いてあったバスタオル、ムームー仕様を素早く着ると、衝立の向こうに走った。

あたしも慌てて彼女に続く!



「どうした、トールッ!?」



男湯に回り込んだあたし達を見たヤン先生は、素早く腰にキツくバスタオルを巻いてピンチを凌ぎ、間に合わなかったトール少年は慌てて、湯の中に沈んだ。




「───────曲者!」



先生は寝殿造の屋根に向かって、キリキリと桶を投げた。

真一文字に不審者を狙う、スピードの乗った塊を一本の錫杖が砕く。



 

そして破片をパ、パ、パン!と鉄扇が全て弾き返す。




「──────流石ですわね、ヤン先生!主が褒めちぎるだけの事はありますわ」




甲高い少女特有の声が、その場に響き渡る。




「何者です、ここを男湯と知っての狼藉ですか!?」




ヤン先生の誰何に声の主が、いや、主達が姿を現した!

鮮やかな桃色のチャイナ服を着た二人が屋根の上に躍り出る。



 「そう、私の名はK姫けいき!!」


艶やかな黒髪をツインテールにし、桶を砕いた女の子が錫杖を鳴らす。


 「そして、私の名はL瑠えるる!!」


艶やかな黒髪を熊耳おダンゴにし、破片を弾いた女の子が鉄扇を開く。




 「人呼んで、BLビーエル大好きツインズですわー!!」




「………‥」

「……‥」


ボーイズ・ラブだいすき双子のけいきとえるる?




「‥なんだ、清風んトコの双子のお供か」


「そこッ!!淡々と突っ込まない!」



ぽりぽりとこめかみを掻くゆうかさんを、L瑠がピシリと扇で差した。



「で、何で男湯覗いてんだよ、双子っコ」


「よくぞ、聞いてくれましたワ!」




ゆうかさんの問いに、嬉々として答えたのはK姫だ。



「私達姉妹は、事ある毎によくこのご師弟のお話を伺っておりました。

知的なヤン先生に、女の子と見紛う程の美貌を誇る、トール少年お二人の!!!」


L瑠は胸の前で両手を組んで、恍惚と目を瞑った。


「そのお話を伺う度に、私達の胸には熱いものが段々蓄積されていったのです。

聞けば、お宅には二人っきりでお住まいとの事!!

そんな二人の内にいつしか芽生えぬ筈は無い、禁断の師弟愛ッ!!」


二人の髪のリボンが揺れる。

燃える双子を止められる者など、何処にも存在しはしない。



「美しい教え子の、不意に見せる少年特有の色香!

煌めく銀の髪に謎めくスミレ色の瞳、ああっ男で無くともノックダウンですわッ!!」

「逞しくしなやかな黒髪の先生ッ!!

穏やかな緑の瞳を親とも慕う内に、いつしかそれが切ない恋に変わるのです!!」


双子は錫杖と鉄扇をぴしり、とBL師弟(希望)に向けた。

 



  「そんな二人が湯煙露天に二人きり!!」

(いや、他に客居るし)

  「これを覗かずに何としましょう!!」

(いや、犯罪だし)




ヤン先生はこの出し物を黙って笑顔で見ていたが、

くるりとトールを振り返った。




    「破門です」




「な、何故ッ!?僕にその不機嫌の余波がっ!?」


「お前が居るからばかりに私の貞操が疑われるとあらば、切り捨てるのに何の躊躇が有りましょう」

「いや、そこは躊躇する処でしょうッ、人として!!」




「え…と、よく分かんないんだけど‥BLって何?ゆうかさん」

あたしが尋ねると、彼女は端的表現は各方面に波紋を及ぼすんだけどなぁ、とか言いながら、



「ま、何だ。美少年、美青年の間になら恋愛感情が生まれてもおかしくないだろ?って考えて方なんだけどさ。

同性ってのは、ホラ何となく通じるもんがあるよな?

それが突出したと考えて貰えば─────」


「難しくて、よく分かんないよ。ゆうかさん…」



あたしが途方に暮れてそう言うと、

熟女はう~ん、と唸り、悩み込んでしまった。


ヤン先生はきりり、と表情を改め、

屋根の上に陣取る双子に真剣に語り掛けた。



「そこなお嬢さん方、男同士の恋愛など美しいものではありませんよ!!」



黒髪の青年はBL双子に真っ向勝負を挑んだ。



「何を仰るヤン先生!?」

「世の中で最も美しいモノ、それは禁断の愛ですわ!」


いちいちポーズを決めながら、

声を張り上げる様はいっそ見事だった。



「お二人の夢を壊すようで忍びないが、私を始め、ここにいらっしゃるお若い方々の各パーツをご覧なさい!」


半裸の青年はざばざばと湯の中に入り、無造作に弟子の足を掴みあげる。



トールは師の暴挙に慌てて局所を隠した為、ぶくぶくと湯の中に頭から沈んで溺れていた。


「こんな年端もゆかぬ子供とて、この脛にそれなりに(ピー)が生えているのですよ。

美化してノベライズされているからこそ、夢を見る余地がありますが、これが現実としっかと受け止めなさい!!」



「…おいおい、ヤブ医者よう。

乙女の夢にそこまで水を差すか、フツー」



「何を言います、ゆうか」

先生はこれ以上無いくらい真摯な顔をしていた。



「これが人事ならば、この私とて至って傍観を決め込み、『そういう現象もアリかもしれませんねぇ』と、お茶を濁すくらいの分別はありますとも」



ばしゃん、──────死ヌ一歩手前くらいで先生は弟子の足を放した。



「ですが、事は至って重大。この私の貞操が問題にされているのですよ?しかも、女性との噂ならばともかく。この、弟子と!!」



ざぶん、と他の客の手によって助け出されたトールを一顧だにせず、ヤン先生はBL姉妹に決意の一瞥を向けた。


 

「覚悟なさい、娘さん達。

─────たとえ何処かの誰かが、一部の方々に苦情の嵐で悩まされたとしても!私の志は決して折れはしないのです!!」



ゆうかさんはあたしの肩をそっと抱いて方向を変えさせた。

「‥ここは風呂上がりの苺牛乳がウマいんだ。奢ってやるよ」



あたしの背中方面でBL双子も再び息を吹き返した様だ。



「フ、私達腐女子のBL魂とて、生半可な事では挫けはしませんわ!」

「ヤン先生のお手並み拝見と参りましょう、いざッ!!」



ヤンヤの喧騒を後にして、何だかちょっぴり疲れたゆうかさんとあたしは、撫子の花が咲くお風呂を後にしたのだった。




そういえば、あの二人。


小雨とはいえ、ずっと雨に打たれっ放しだったけど、

風邪引かないのかな、とか思いながら…。








   ~5に続く~



 

 

 

一部BL好きやら否定やら出てきますが、作中キャラ達の主張ですので、作者の思想には関係いたしません。悪しからず。

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