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2.五月は出会いの季節(後編)

なんか見覚えのある作家が出てきますが、気のせいです。…あんなに乱暴者じゃありません。

  ~1より~





小さいが(やや)恰幅の良い彼女がやると、迫力満点である。



「ヤン、明日何があるのか忘れたのか?」



そう言うと、彼女は傍でお座りしていたマロ君に縋って立ち上がった。



「明日…というと、ああッ!!────セシルの結婚式ですかッ!?」



ポン、と先生は手を打った。



「そうだ。そこで泣いているチャーリーの姉さんのだ。知ってるとは思うが、結婚式の後は町中をパレードで練り歩くな?

その時、町の壁が落書きだらけだったら、どうする?」



あたしは最後まで聞かずに、ゆうかさんからマロ君の手綱を受け取った。



「ゆうかさん、お借りします。先生、行くよッ!!」


先生は一つ頷くと、気絶しているトールをそのままに素早くあたしを抱き上げ、大猫に跨がった。



ゆうかさんはひらひらと、手を振っている。


その逆の手に、まだ握っていたらしい牛乳をパックから直接飲んでいた。




あたし達を乗せて駆け出す、マロ君の後ろでの会話が耳に届く。


『キャティよー、コレ分別して出せって言われてんだけどよぅ…』




ゴオオオオオッ!




あれは火花草の音。


『‥…そうか、燃やすかよ。お前も大概地球に優しくないよな。

まあ、助かったけど』







      ★






町の大通りに漸く辿り着くと、黒山の人だかりがしていた。



「おめぇが自分だけの手柄みたいな顔をして、自慢してんのが悪ィんだろう!?」

「俺がいつ、そんな事を言ったよ!?」




向い合ったパン屋と飯宿は結構デカかった。

そして、悪口の落書きも洒落にならない規模だった。


暖かい煉瓦で覆われた真白い壁は、無惨にも塗り潰されんばかりになっている。



向かって右に、

《ニコのばか。バカって言う奴が更にばか。頂点バカなんてほざく沸点ばか。


ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか》



そして左に、

《ピエトロのもっとバカ。バカって言い返す奴が頂点バカ。沸点だと?じゃお前は氷点下バカ。


バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ》



大猫からあたしを降ろし、ヤン先生は眉を顰めた。

あたしは。胸が痛くなった。



先生は褪めた蒼いジャケットを翻し、颯爽と人垣を分けていく。

やじ馬達も先生の気迫に負けて、自然に道を譲っていた。




「何の騒ぎですか、これは」




静かな、だが、万人が耳を傾けざるを得ない強い声で二人に尋ねる。



とうとう掴み合って喧嘩をしていた二つの店の主人は、顔を見合わせるとバツの悪い顔をして、ポツポツと事情を説明しだした。




要約すると、こうだ。


食通で有名な旅人が、昨日ニコの店に来て、

料理を手放しで褒めてくれた。


雑誌のコラムにも載せてあげるよ、と請け負いまでしてくれた。


しかし、何もかも手作りに拘るニコだったが、唯一、パンだけは隣りのピエトロには適わず、彼の店から仕入れているものだった。



『この料理の全てを君だけで賄っているとは、大した腕だね』



そう言われて嬉しくなったニコは、それを言い出せずに沈黙を守る事で、すっかり自分の手柄にしてしまった。



「俺はまったくもって面白くねぇよ!分かんだろぉ、センセー」

ピエトロは鼻息も荒く、ニコを睨み付けた。




「それで、悪口の落書きですか」




先生の指摘にパン屋の主人は『うっ』と、詰まった。


「俺だって、一言も言っちゃいねえのに、この仕打ちだぜ!?」



ニコは口の端を吊り上げて、ピエトロを罵った。




「そもそもの元凶は貴方でしょう」




先生の弾劾に飯宿の主人は『ぐっ』と詰まった。



先生は一枚の美しいレースを取り出す。

それは人一人、すっぽり包める大きさだった。




「ユキ…?泣いているのですか?」




あたしは何も言えずに、打ち合わせ通りに二人の間に立つ。

その様子にヤン先生も黙って、あたしにレースを纏わせた。


まるでドレスの様になったそれに素早く何かを振り掛けて。



その“何か”はあたしを大人に見せる様に反射し始めた。




「明日、あの姿のセシルが好きな人と結ばれて幸せになります。


そうして彼女は愛するこの町を出る前に最後の挨拶をして回ります」



 


「それが見納めになるそうです」



美しいセシル。

泣き虫のセシル。


きっと明日はこんな風に泣くかもしれない。




「貴方達に、彼女の笑顔が守れますか?」




大人二人は消え入りたそうな赤い顔をして、小さくなっていた。


あたしは店主達の手を取った。



「ニコさんが嫌いじゃないよね?

ピエトロさんのパン、あたし大好きだよ?

きっと、セシルさんもそうだと思う。

あのね、名前ってただの文字じゃ無いんだよ。

その人を表すものなんだよ?

あんな事しちゃ、───────駄目だよ」



両手にそれぞれ彼等の手をぎゅっ、と握った。



「ピエトロさんの事、言えなかっただけだよね?

美味しいと思ってるから、『手作りの店』って看板出しているのに仕入れてるんだもん。

ニコさん、凄く頑張っているのを知ってるよ?

でも、今は苦しそうだよ。

…本当は謝りたかったんだよね?」




ボロボロと涙が零れた。ぽろぽろと頬を伝った。

 


 

「セシルさんの為だけじゃ無く、お互いを深く傷付けた事に、謝って。

何とも思って無い人が相手なら、平気で何でも言える人がいる。

ちょっと勘に障るから、意地悪してやれ、ってそう思う人がいる。

でも、痛いんだよ?

とっても痛いんだよ。

なのに、何で?本当は仲良しなのに、何でそんな事が出来るのかなぁ…」



大人二人は何とも言えない顔をした。



そして、どちらともなく、






     「「すまん」」





と、あれほど言えなかった言葉を呟いた。


同時にあたしの頭を、ぽんぽんと優しく撫ぜた。




「さ、お二人は反省をした処で、落書きをすっかり消して戴きますよ?」




先生が指を鳴らすと、やじ馬の人達が白のペンキ缶を手にして、現れた。



「結婚式に間に合わせる為に、御協力願えるそうです。でも、徹夜になるでしょうね。(笑)」



パン屋と飯宿の主人はニヤリ、と笑うと腕捲りをした。


きっと家人も隣人もやじ馬も巻き込んで、明日のパレードに間に合わせるだろう。


花嫁花婿に餞の拍手を贈る、たくさんの手はちょっぴり白っぽく見えるのかもしれないが。











ヤン先生の家に戻ると、キャティが送って行ったのだろう、ゆうかさんの姿は消えていた。


トールが気が付いてから、薬は飲ませておいたから、

と請け負ってくれて安心する。




「じゃ、あたし‥そろそろ帰るね?」




マロ君に跨がろうとした時、自分の背中が暖かくなったのに気付いた。



「それじゃマロ、お願いしますよ」



先生は翼の生える薬を大猫に振り掛けると同時に乗り込んでいた。




「先生?」

「送って行きます」




日が暮れようとしているその穏やかな時間に、あたし達は空にいた。


トールが怒った様に何か言ってたのに、

先生は無視をした様だった。





「ユキ」




「何?」





 「何かありましたね?」






ヤン先生にはバレバレの様だった。




あたしは暫く黙っていたのだが、やがて重い口を開いた。

ぽつぽつと、



 


「あのねぇ…本が好きなのね。凄く、好きなのね。


だから、休み時間も読んでたの。

誰と話すより、本の続きが気になったの。


図書室が好きなの。

だから、いつもいっぱい本を借りて、読んでたの」



先生は何も言わない。



黄昏と薄闇がまじわり、鮮やかなオレンジがラベンダーに食べられていく。



「したらね、これだけ本を読んでいる人がいるよ、ってベストテンが貼り出されててさ。あたし、2位だったんだよ?凄いっしょ、全校で2位」



「はい」



柔らかな返事。



「結構、嬉しかったんだよね。なんだか、さ」



熱い。


目が炎の様に、熱を生み出して。





「ピンクのチョークで、あたしのとこだけ消されてた」




喉に熱い塊がつかえて、上手く息が出来ない。


お腹が腹筋した後の様に強張っている。頭がガンガンと痛んだ。



多分、いじめなんかじゃない。

そんな意識すら、やった人間には無いだろう。

だけど、あたしは目茶苦茶になった。



こんな夕暮れの中、一人図書室の前で涙を堪えて立ち尽くしてた。



視界がなんでこんなに赤いのか、夕陽の所為で赤いのか、あたしの所為なのか。

何で、こんなあたしの細やかな幸せが面白くないのか。


悪意が茨の様に忍び寄り、

悪意は真綿で首を絞めるかの様に、

あたしを苦しめる。





あたしはヤン先生の胸の中で泣いた。





先生は一度もあたしの顔を見ないでくれた。





誰も知らない、この場所でやっとあたしは泣けたのだ。










空に浮かぶ、黄緑色の扉。

それに手を掛けようと、伸ばした手を先生が捕まえた。

何かをそっと握らせて。




見ればそれは薬袋。


処方箋、とか書かれてて‥一日、二回とヤン先生の字で。




中を見れば、それは。




「コンペイトウじゃんよ、先生」


あたしはびっくりして、先生を振り返った。

先生は暖かい微笑みを浮かべて、頷いた。




「ただの金平糖じゃありませんよ。私が作りましたから」



見事に悪戯っぽいウインクを決めて、




「きっと、元気が出ますよ」




と、涙の跡を指で拭ってくれた。






そうして、ポケットからもう一つ、ラメラメの液体で満ちた瓶を差し出す。




「これは、何さ?」




聞いた途端、先生の笑みが邪悪なモノに変化する。





「馬鹿には現世で制裁を。

うちのユキに手を出すとどうなるか、思い知らせてあげましょう。いやなに、親切ですよ。…人を呪わば穴二つってね」











よいしょ、と軽い扉を開けて、

先生に手を振って『こちら』に戻ると、

クレヨンの扉は色を消して、跡形も無くなった。





 『また、いらっしゃい』





先生は笑ってそれだけを言った。


それがどんなに嬉しい事か、

きっとあの人は知らないだろう。






そうして、あたしはまた行くのだ。

あのクレヨンの扉の向こうへ。




暖かい‥あたしがあたしでいていい、優しい世界に。












余談なんだけど、あのラメ瓶の方ね。



先生が『ランキング表の方に振り掛けなさい』って言ってたから、そうしたんだけど。




『うわっ、何だよッ!?コレ!』



って、同じクラスの男の子が叫んでさ。

よく見たら、ヘンなの。

右手を動かそうとすると左足が動くらしいのね。



とにかく、動かそうとする場所と違うトコが動くらしくて。


とうとう救急車で運ばれて行っちゃった。




一ヶ月くらい治らなかったらしく、まあ、学校には来たんだけど。

自力で来れなくてね。

ずっとタクシーで通ってたの。


でさ、付いたあだ名が、







      『VIP』







 ~6月のお話に続く~

 






 

 


 




 

ヤン先生は男にはとても厳しいです。

毎月、こんな感じです。よろしくお付き合い下さい。

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