第7話 雪の一滴…
布団から顔を覗かせると、カーテンの隙間から光の筋が延びていた。まだ覚めきれてない頭を起こし時計を見ると、昼の時間はもう過ぎていた。ちょうどお昼のニュース番組の時間だ。腕を精一杯伸ばして机にあるリモコンを取る。
ちょうど各地のクリスマスのイルミネーションを紹介していた。別に自分には関係ないのだから見る必要はないが、話題がないのも辛いので一応見ておく。今年のクリスマスも一人…。世の中はクリスマスムード一色なのに、俺は寂しい独り者。
「冬はやっぱりコタツでミカンっしょ!」
開き直りの一言をテレビにぶつけ、布団から勢いよく飛び出す。冷え切った空気が身体を刺すが、真冬になれば部屋の中でも白い息がでるほどだ。まだまだ我慢できる範囲である。コタツにもぐり込むと、携帯から着メロが流れた。画面には真弓の文字が出ている。
「もしも〜し、健二? メール読んだ? 私これからバイトなんだけどさ、健二も来るでしょ?」
「行かない。休みなんだからゆっくりさせろよ」
「健二〜、メール読んでないでしょ? ったく、夕方にハナビシソウに来て」
「はぁ〜??? タダ働きさせるつもりか!? そんなの却下。それじゃ」
そこまで俺はお人好しではない。仕事場で休みを過ごすなんて、嫌なこった。
「ちょ、ちょっと待った! そんなつもりないって。月奈たちが今日来るのよ」
「…あいつは来るのか?」
それが一番気がかりだった。また月奈に迷惑をかけるわけにはいかない。
「あいつって? 一応、皆呼んで来るように言ってあるけど。そうそう、浩行君は来ないみたいだよ。稽古があるみたいだから」
「…仕方ないな。だ〜け〜ど、月奈たちのケーキ代の肩代わりはお断りだぞ。じゃあな」
「うぅ…、じゃあね…」
真弓の約束は守るとして、これからどうしようか。まずは腹ごしらえからか。
腹から聞こえてくる轟音を抑えるために、台所に向かったのだった。
空が赤く染まる頃、ハナビシソウに到着した俺を待ち受けていたのは…
「先輩〜、待ってました〜!!!」
溢れんばかりの笑顔を振りまく真弓のペットだった。潤んだ瞳をこちらに向けて走ってくる。
「ささ、こっちの席にどうぞ」
「おいおい、あんまり強く引っ張るな!」
テーブルには後輩たちの姿があった。その中にはフリフリを着た真弓の姿もある。
「おい、仕事中じゃないのか?」
「オーナーが少しなら休憩していいって。私だって月奈たちと話したいし」
相変わらずオーナーは優しすぎる。もう少し厳しくできないのだろうか。いつも穴を埋めるのは俺なのに…。
「さっきの話の続きですけど、真弓先輩はあの大会に出場するんですよね?」
「うん、うちの大学は最後まで残ったからね」
「じゃあ、真弓先輩の演技がまた見れるんですね。やった〜〜〜!!!」
この時期に大会ということはクリスマス杯か。県が主催する大会で、かなりレベルの高い大会のはずだ。どうやら真弓の大学はかなり力の入ったところのようだ。
「月奈、私たち先に帰るね。先輩方、お先に失礼します」
「えぇ〜、もう帰っちゃうの? もう少しいればいいのに」
「受験前だしね。少しでも時間が欲しいし」
そう言うと、月奈以外は帰ってしまった。
「さてと、そろそろ休憩終了。健二、月奈の相手をお願いね」
俺と月奈、二人だけになってしまった。文化祭の時のことがあるから、正直何を話せばいいか出てこない。ひとまず間を持たせるために受験生らしいことを聞いてみる。
「月奈は勉強しなくていいのか?」
「私はもう専門学校に行くことが決まってるので、勉強しなくていいんです…」
いつものように笑顔を振りまく月奈。表情からは何も感じ取れない。
時の流れが止まる。周りの空気に取り残され、息をすることさえ忘れてしまう。何気ないこともたった一つの過去の道程のせいで、できなくなってしまうなんて…。
「学校生活はまだまだできるんだから楽しめよ。俺は高校までだったけどさ」
微かな声で返事をしてくる。
「先輩…、先輩のせいですよ。先輩が早く本当のことを言わないから…」
月奈の唇は震えている。
「私だって辛いんですよ…。2年経っても癒されないんですよ…」
俯いた顔から一滴の涙がこぼれるのを見た。それは2年前とおなじものだった。
「だから…、早く真弓先輩にも伝えてあげて下さい。待ってるんですよ…。私は健二先輩に何が起きたかは知っています。だけど理由は知らない。真弓先輩は何も知らない…。だけど、だけど………、健二先輩のことが好きだから、何も聞かずに待ってるんだと思います! だから私を呼んで少しでもあなたが心を開いてくれるように願って!!! ………。お願いですから、これ以上苦しみを広げないでください…」
月奈が去った後も、俺はハナビシソウにいた。立ち去る理由はなかった。その場にいる理由もなかったが、どうしようもないのはわかっていた。
視界にエプロン姿の女性が入ってきた。彼女は正面の席に座る。
「まっ、これでも飲んで。若いうちは色々あるものかしらね」
見透かされていそうで嫌だった。しかし、この暴力にも似た怒りの感情をオーナーにぶつけるわけにはいかない。
「今度ね、ヒロミちゃんの提案でクリスマスパーティーをすることになったのよ。クリスマスにはまだ早いけど、当日にやるわけにはいかないしね」
微笑みながらオーナーが言った。
「大人なんですね…」
表情をつくらないままオーナーに投げかける。
「あらあなただって大人よ、健二君」
溢れ出しそうな様々な感情の渦を抑えつつ、俺はこの場を去った。
家に帰り一休みしていると、メールが入ってきた。
「健二先輩ごめんなさい」
ただそれだけだった…。
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