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追放された戦士は『同化』で覚醒する〜不要とされた俺が伝説の剣豪を身に宿し、やがて多民族国家を創り上げるまで〜  作者: 八咫 日本


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第97話 崩壊する肉体と暗闇の底の決断

光も音も存在しない、絶対的な虚無の空間。

そこは、ダークエルフの王シュヴァルツが支配する死の領域だった。

ヴァンの強靭な肉体は、彼自身の影から生え出した漆黒の茨によって、石畳の上に完全に縫い付けられていた。

視覚と聴覚を奪われているため、ヴァンには今、自分の身体がどういう状態にあるのかを正確に把握することすらできない。ただ、筋肉が限界を超えて引き伸ばされ、骨が異様な方向に捻じ曲げられているという「物理的な事実」だけが、冷徹な情報として脳に伝わってくる。

メキィッ、ゴキリッ。

音のない世界で、ヴァンの体内から不吉な振動が連続して響いた。

右肩の関節が外れ、太ももの筋繊維がブチブチと断裂していく。肺を覆う肋骨が数本へし折れ、内臓に突き刺さった。口の端から大量の鮮血が溢れ出し、真っ暗な虚無の中へと吸い込まれていく。

痛覚を持たないヴァンにとって、それは「痛み」ではなく、単なる「機体の破損報告」に等しかった。

しかし、痛みが無いからといって、肉体が破壊されないわけではない。むしろ、激痛による無意識のリミッターが働かない分、彼の身体は致命的な損壊をそのまま受け入れ、急速に死へと向かっていた。

『ほう。これほど肉体を破壊されてなお、悲鳴一つ上げず、精神の崩壊も起こさないとは。貴様、人間でありながら痛覚が欠落しているのか』

頭蓋骨を直接揺らすシュヴァルツの冷酷な声が、愉悦に歪む。

『だが、それゆえに愚かだな。痛みが無いということは、己が死の淵にあることすら実感できないということだ。貴様の強靭な器も、関節を砕かれ、内臓を潰されれば、ただの動かぬ肉塊に成り下がる』

シュヴァルツの言葉を証明するかのように、ヴァンの背中や腹部を、見えざる影の杭が次々と貫いた。

ブシャァッ、と熱い血飛沫が舞う。

常人ならばとうの昔にショック死しているほどの致命傷の連続。ヴァンの意識は急速に薄れ、暗闇の中で明滅を始めていた。

(……くそ。物理的な筋力では、どうにもならない……)

己の血の海に沈みながら、ヴァンは極限の冷静さで状況を分析していた。

先遣隊の影とは次元が違う。シュヴァルツの影は、ヴァンの体内に存在する「魔力回路の隙間」に直接入り込み、内側から肉体を支配しているのだ。

どれほど強大な召喚獣を単体で憑依させようとも、発動した瞬間に内側から魔力を喰われ、肉体ごと破裂させられるのは明白だった。炎の竜でも、氷の竜でも、この絶対的な王の影を打ち破ることはできない。

一方、虚無の領域の外、広場の端に縫い留められていたセリアたちもまた、シュヴァルツの放つ圧倒的な重力波によって地面に這いつくばらされていた。

「ヴァン……! ヴァンッ!」

セリアは血を吐くような思いで、結ばれた魂のパス(経路)を通じてヴァンの状態を探っていた。

彼女の顔は蒼白だった。パス越しに伝わってくるヴァンの生命力は、すでに風前の灯火。肉体はボロボロに引き裂かれ、いつ心臓が止まってもおかしくない状態だった。

(駄目よ、ヴァン……これ以上は、死んでしまう……!)

セリアが絶望に顔を歪めた、その時だった。

『……セリア』

途切れそうなほど細く、しかし、決して折れることのない鋼のようなヴァンの意思が、魂のパスを通じてセリアの脳内に直接響いた。

『俺の器に……二つの魂を、同時に降ろせ』

その要求に、セリアは息を呑み、全身の血の気が引くのを感じた。

「な、何を言っているの!? 二重同化なんて、絶対に駄目! ただでさえあなたの肉体は今、限界を超えて壊れかけているのよ! 相反する二つの巨大な魂を同時に封じ込めれば、あなたの器は中から完全に爆発して、跡形もなく消し飛んでしまうわ!」

召喚術における絶対の禁忌。

それが「多重同化」である。

一つの肉体という閉鎖空間に、神話級の魂を二つ同時に宿す。それは、狭い樽の中に二つの巨大な台風を無理やり押し込めるようなものだ。互いの魔力が反発し合い、術者の肉体はおろか、魂そのものまでが細切れに引き裂かれて消滅する。歴史上、それを試みて生き残った召喚師はただの一人も存在しない。

しかし、ヴァンの声には微塵の揺らぎもなかった。

『……このままでは、全滅する。俺が死ねば、お前たちも、この都市の連中も、すべてあの影に喰われる』

ヴァンの両足の骨が、影の圧力によって完全に砕かれた。

それでも彼は、拘束された右手の指先に僅かに残った力で、愛用の斬馬刀の柄を握りしめようとしていた。

『俺は、戦士だ。……俺が前衛に立って、護ると決めたんだ。肉体が弾け飛ぼうが、魂が削れようが関係ない。俺の意思が、この器を繋ぎ止めてみせる』

『だから、俺を信じろ。セリア』

絶対の死地にありながら、あまりにも静かで、熱いヴァンの覚悟。

その言葉が、セリアの魂を激しく揺さぶった。

彼がどれほどの痛みを背負い、どれほどの理不尽に耐え、それでも誰かを護るために剣を振るい続けてきたか。それを世界で一番理解しているのは、他の誰でもない彼女自身だ。

「……っ、バカ。本当に、どうしようもないバカな戦士ね」

セリアの目から、一筋の涙が零れ落ちた。

しかし、彼女はその涙を拭うことなく、地面に這いつくばったまま、ギリッと奥歯を噛み締めて顔を上げた。

彼女の深い紫色の瞳の奥に、かつてないほどの狂気的で、強烈な魔力の炎が灯る。

「分かったわ。あなたがそこまで言うなら……私生活も命も、全部私に預けなさい!」

セリアは己の命を削る覚悟で、全身の魔力回路を全開にして暴走させた。

広場を覆うシュヴァルツの重力波を強引に跳ね除け、彼女の周囲から紫と黄金の二色の魔力が、竜巻のように激しく吹き上がる。

「な……!? あの小娘、この私の重圧の中で、どれほどの魔力を練り上げているというのだ!?」

虚無の中心にいたシュヴァルツが、初めて驚愕の色を見せた。

セリアは両手を天へと掲げ、喉から血を吐きながら、世界そのものに反逆する絶対の禁忌の詠唱を紡ぎ出した。

『天を裂く神速の紫電よ!』

『地を斬る天下無双の剣鬼よ!』

『相反する二つの理を、我らが戦士の鋼の器にて強制結合オーバーライドする!』

セリアの絶叫と共に、世界を覆っていた漆黒の闇に、二つの巨大な亀裂が走った。

一つは、鼓膜を破壊するほどの轟音を伴う紫色の落雷。

もう一つは、空間そのものを一刀両断にする、研ぎ澄まされた透明な剣気。

『魂の限界突破――禁忌・多重同化ッ!!!』

暗闇の底で死にかけていたヴァンの肉体に、神獣と英霊という二つの絶大な魂が、裁きの雷のごとく同時に突き刺さった。

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