第81話 驕慢なる勇者たちと這い寄る影
轟音が大地を揺るがし、白亜の閃光が辺り一帯を真昼のように照らし出した。
「はっははは! 見ろよ、あの無様な姿を! 俺の召喚した聖なる力の前では、オークの群れなど紙屑と同然だな!」
勇者レオンの傲慢な笑い声が、焦げ臭い風に乗って荒野に響き渡る。
彼の背後には、純白の重装甲に身を包み、背中に黄金の光の翼を広げた身の丈三メートルを超える高位の召喚獣、聖騎士がそびえ立っていた。聖騎士が手にした巨大な光の槍を一振りするだけで、数十頭のオークの肉体が瞬時に蒸発し、周囲の岩山ごと跡形もなく消し飛んでいく。
「ちょっとレオン、私の獲物まで取らないでよ! 出なさい、紅蓮の炎霊!」
精霊召喚師であるリーゼが不満げに声を上げ、真紅の杖を天に掲げる。
空気が極度に乾燥し、虚空から渦巻く炎とともに現れたのは、灼熱のマグマで構成された巨大な魔神だった。イフリートが両腕を振り下ろすと、大地が割れ、そこから噴き出した火柱が生き残っていたオークたちを瞬く間に灰へと変えていく。
「お二人とも、あまり魔力を無駄遣いしないでくださいよ。私の絶対防壁結界がある限り、奴らの薄汚い武器など我々には届かないのですから」
戦術召喚師のキースが、安全な結界の内側から冷笑を浮かべて眼鏡を押し上げる。
彼ら三人の周囲には、外部からの物理攻撃を完全に遮断する透明な障壁が張られていた。彼らは安全な場所から、ただ圧倒的な火力を誇る召喚獣たちに命令を下すだけで、自らは剣を振るうことも、汗を流すこともない。
ほどなくして、辺りには黒焦げになった魔物の死骸と、巨大なクレーターだけが残された。
「あっけないものね。それにしても、あんな埃っぽくて剣を振り回すだけの雑用係がいなくなって、本当にせいせいしたわ。私たちの完璧なパーティーには、最初から戦士なんていらなかったのよ」
リーゼが、泥一つ跳ねていない高級なシルクのローブの裾を払いながら吐き捨てるように言った。
「当然だ。召喚獣の力こそが人間の価値のすべて。俺たちのような選ばれた天才に、あんな底辺のゴミがついて回ること自体が間違いだったんだ」
レオンが聖騎士を帰還させ、腰に帯びた豪華な装飾の剣(一度も抜かれたことのない飾りの剣)を撫でながら鼻で笑う。
ヴァンを追放した後、彼ら勇者パーティーは周辺の魔物を次々と討伐し、圧倒的な力で功績を挙げていた。
しかし、彼らの心を満たしていたのは、人々を守るという使命感などではない。ただ己の虚栄心と、莫大な報酬への底なしの執着だけであった。
数日後、国境に近い人間の都市。
最も高級な酒場のVIPルームで、レオンたちはテーブルいっぱいに並べられた金貨の山を前にして、ひどく退屈そうな表情を浮かべていた。
「これだけか? 先日のオーク集落の殲滅報酬が、たったのこれっぽっちだと?」
レオンが不機嫌そうに金貨を蹴散らす。
「仕方ありませんよ。所詮はオーク程度の魔物です。最近は、我々の力を持て余すような依頼ばかりで……。リーゼが欲しがっていた王都の最新ドレスや、私の魔法研究の機材を買うには、少々心許ないですね」
キースが肩をすくめた。彼らの浪費癖はすさまじく、どれだけ報酬を得てもすぐに散財してしまうのだ。
「もっと手っ取り早く、一生遊んで暮らせるだけの大金と、歴史に永遠に刻まれるような名声が欲しいわ。どこかにいい標的はいないの?」
リーゼが極上のワインを傾けながら不満を漏らす。
その言葉に、キースの目が狡猾に光った。
「……一つだけ、桁違いの利益を生む標的がありますよ。ここから南に位置する、未開拓のダークエルフの領土です」
「ダークエルフだと?」レオンが身を乗り出す。
「ええ。彼らの住む黒き森の奥深くには、古代の魔法資源や、純度の高い魔石が山のように眠っているという噂です。おまけに、国境を脅かす彼らを討伐すれば、国から莫大な特別報奨金と領地が与えられます」
キースは地図を広げ、黒く塗りつぶされた領域を指差した。
「連中は森の影に隠れてコソコソと動く陰湿な種族で、大規模な魔法攻撃の力は持っていないとされています。我々の強力な召喚獣で森ごと焼き払ってしまえば、赤子の手をひねるようなものです」
「最高じゃない! あの小賢しいエルフどもを丸焼きにして、お宝を根こそぎ奪ってやりましょうよ!」
リーゼが歓喜の声を上げる。
「決まりだな。歴史に名を残す大英雄レオン様の伝説に、また一つ新たな一ページを刻んでやる」
レオンもまた、己の絶対的な力に一切の疑いを抱くことなく、傲慢な笑みを浮かべた。
翌朝、勇者パーティーの三人は、意気揚々とダークエルフの領土である「沈黙の黒森」へと足を踏み入れた。
本来であれば、未知の敵地へ侵攻するには、念入りな事前の索敵、物資の確保、そして野営の準備が不可欠である。かつてはヴァンがそれらすべての雑用と危機管理を完璧にこなしていたからこそ、彼らは安全に戦うことができていた。
しかし、自らを万能だと信じて疑わない彼らには、索敵の必要性すら理解できていなかった。足元を警戒することもなく、ただ正面だけを見て森の奥へと進んでいく。
森の中は、異様なほどに静まり返っていた。
鬱蒼と生い茂る木々の葉が日光を完全に遮り、昼間であるにもかかわらず、足元には奇妙なほど濃く、黒々とした影が落ちている。
鳥の鳴き声はおろか、虫の羽音一つ聞こえない。ただ、彼らが落ち葉を踏む足音だけが、不気味に反響していた。
「……なんだか、薄気味悪い場所ね。空気が重くて、肌がピリピリするわ」
リーゼが自身の腕を擦りながら、周囲を見回す。
「気にするな。キースの探知魔法には何も引っかかっていないんだろう?」
レオンが前を歩きながら振り返る。
「ええ。周囲一キロ以内に、我々を脅かすような巨大な魔力反応は一切ありません。問題ありませんよ」
キースが手元の魔法陣を確認して断言する。
しかし、彼らは気づいていなかった。
自分たちの足元に伸びる影が、太陽の向きとは全く関係のない方向へと、まるで意思を持った生き物のように蠢き始めていることに。
木々の隙間、茂みの奥、そして彼ら自身の影の中。
無数の冷酷な視線が、無知で傲慢な獲物が完全に罠の中心へと足を踏み入れるのを、息を潜めて待ち構えていることなど、彼らの知る由もなかったのである。




