第55話 動き出す歯車と鋼殻の移動要塞
翌朝、冷たく静まり返っていた廃鉱山に、甲高い金属音とドワーフの荒々しい怒声が響き渡っていた。
バルガンは自らの作業場の奥に眠っていた古い溶鉱炉に火を入れ、一晩中かかって解体したロック・ワームの装甲殻の加工に早速取り掛かっていた。
かつて人間たちに才能を搾取され、孤独に死を待つだけだった隻腕の建築家は今、顔中を煤だらけにしながら、凄まじい熱量と活力を放って炉の前に立っている。
「ヴァン。そこの三番目の殻だ、もっと真っ直ぐに刃を入れろ。ミリ単位のズレが全体の強度に関わるんだ。俺が引いた白線の通りに正確に斬れ」
「分かった。こうか」
ヴァンは漆黒の斬馬刀をまるで精密な大工道具のように振るい、巨大で分厚い装甲殻をバルガンの指示通りに寸分違わず切断していく。本来であればドワーフの筋力と特殊な鉱石ノコギリで何日もかかる作業が、ヴァンの常軌を逸した膂力とブレのない剣術によって、ものの数分のうちに終わっていくのだ。
「す、すげえ。魔法反射の硬度を持つ泥虫の殻を、豆腐みたいに切り刻みやがる」
バルガンは驚愕の声を漏らしつつも、休む間もなくすぐさま次の指示を飛ばす。
「バルガン、炉の温度が下がり始めているわ。私が火力を安定させる」
セリアが炉の前に立ち、静かに両手をかざして詠唱を紡ぐ。
「南方の火山帯に棲まう、火とかまどを司る炎の妖精よ。その小さくも尽きることのない熱の記憶を、今この炉に宿したまえ」
虚空に展開された小さな赤い魔法陣から、火の粉を纏った妖精の幻影が現れ、炉の中へと飛び込んだ。瞬間、炉の炎が黄金色に輝き、ドワーフの鍛冶仕事に必要不可欠な完璧な高温を自動で維持し始める。
「召喚術を、炉の温度管理に使うだと。どこの世界に、こんな泥臭い鍛冶仕事を手伝う召喚師がいるってんだ」
バルガンは呆れ果てたように笑いながらも、残された右腕を凄まじい速度で動かしていく。
これまではたった一人きりで、失った左腕を呪いながら作業をしていた。しかし今は、自分の無茶な要求に完璧に応える規格外の助手たちがいる。
「おーい、おっさんたち。昼飯の時間だぞ」
作業の合間には、バクスが極上の野戦食を運んでくる。
今日はロック・ワームの大地の蜜腺を練り込んだ特製の肉団子と、疲労回復の薬草茶だ。これを腹に入れると、酷使した筋肉の疲労が一瞬で吹き飛び、再び炉の前に立つ活力が無限に湧いてくる。
「まったく、お前らのこの異常な飯のおかげで、休む理由が見つからねえぜ」
バルガンは憎まれ口を叩きながらも、出された食事をあっという間に平らげ、再びハンマーを握りしめた。
数日にわたる不眠不休の過酷な作業の末、ついにそれは完成した。
坑道の入り口に鎮座するのは、ロック・ワームの装甲殻を幾重にも組み合わせて作られた、六輪の巨大な移動式馬車であった。
外装は岩喰い虫の強固な殻で完全に覆われており、飛竜の爪や魔物の魔法攻撃でも傷一つつけられない絶対的な防御力を誇る。しかし、内部の骨組みにはバルガンの技術が詰まった軽量の歯車と滑車が幾重にも組み込まれており、見た目の重厚さからは想像もつかないほど軽く作られていた。
さらに驚くべきは、その展開機能である。
バルガンが車体に取り付けられたレバーを引くと、ガシャガシャという小気味よい機械音とともに、馬車の側面と屋根がスライドして広がり、たちまち十数人がくつろげるほどの広大な要塞テントへと変形したのだ。
内部には魔石ストーブとバクスのための完璧な調理スペース、そして冷気や毒虫を完全に遮断する快適な寝床が備わっている。
「これが、俺たちの新しい家か」
ヴァンが暗緑色の装甲に触れ、その滑らかで堅牢な仕上がりに静かに感嘆する。
「へへっ、どうだ。東の王都の城壁を造った俺の最高傑作だ。人間どもの造る無骨な兵器なんかより、よっぽど美しいだろうが」
バルガンが顔の煤を拭いながら、誇らしげに鼻を鳴らす。
「ええ、本当に素晴らしいわ。これなら、魔境のどんな過酷な環境でも安心して眠ることができる。ありがとう、バルガン」
セリアが微笑みかけると、隻腕のドワーフは照れくさそうに顔を背けた。
「勘違いするな。俺が快適に旅をするために造っただけだ。それに、この馬車の動力には昨日お前らが倒したワームの魔石を直列で組み込んである。俺が操縦席で歯車を操作すれば、獣が引かなくてもどんな悪路でも進む自走式の要塞だ」
「最高だぜ、おっさん。これなら調理器具や食材をいくらでも積み込める。明日はもっと美味い飯を食わせてやるからな」
バクスが嬉しそうに荷袋を馬車へと運び込む。
いよいよ出発の時が来た。
ヴァンたちはそれぞれの定位置につき、バルガンが操縦席のレバーを握る。
動き出す直前、バルガンは一度だけ振り返り、長く孤独な時間を過ごした廃鉱山の暗がりを見つめた。
才能を搾取され、人間を憎み、同胞を恨み、ただ一人で死を待つだけだった冷たい墓場。しかし、今はもう、彼の胸の中にあの暗い絶望はない。
「さらばだ、俺の工房。もう二度と戻ることはねえだろうな」
バルガンが短く呟き、レバーを押し込む。
重低音とともにワームの魔石が稼働し、鋼殻の移動要塞がゆっくりと前進を開始した。
社会から不要とされた戦士、異端の召喚師、迫害された料理人、そして隻腕の建築家。
強固な拠点という「居場所」を手に入れた四人の異端者たちは、魔境のさらに奥深く、誰も見たことのない未知なる大地へと力強く歩みを進めていくのだった。




