第39話 決別の焚き火と次なる標的
城塞都市から西へ続く街道を丸一日歩き続け、太陽が地平線に沈む頃。
ヴァンとセリアは、街道から少し外れた開けた森の中で野営の準備を始めていた。
ヴァンは手際よく枯れ枝を集め、火打ち石で手早く焚き火を起こす。続いて、携帯食料の干し肉を細かく刻み、野草と共に小鍋で煮込み始めた。勇者パーティーで長年、理不尽な雑用を全て押し付けられてきた経験は、皮肉なことに、どんな過酷な環境でも確実な休息を確保するための完璧なサバイバル技術として彼の中に根付いていた。
パチパチとはぜる炎を挟み、セリアが温かいスープの入った木の器を受け取る。
「ありがとう、ヴァン。……地下教会の湿った冷気の中で食べていた硬いパンに比べたら、信じられないくらい美味しいわ」
セリアはスープを一口すすり、ふと懐かしむように目を細めた。
数日前、城塞都市を出発する際の光景が、彼女の脳裏に蘇る。
早朝にもかかわらず、ギルドマスターをはじめとする大勢の冒険者や市民たちが、都市の正門に集まっていた。彼らは口々にヴァンとセリアを讃え、都市の専属防衛騎士としての地位や、莫大な報奨金、さらには貴族への推挙まで申し出たのだ。
かつては路地裏の泥水をすすり、忌み嫌われていた二人が、都市の頂点として求められた瞬間。それは間違いなく、社会から不要とされた彼らが確かな居場所と名声を手に入れた、究極のカタルシスだった。
だが、二人はその全てをあっさりと断った。
「街の連中、私たちが貴族の地位まで断った時、本当に信じられないって顔をしていたわね」
セリアの言葉に、ヴァンは焚き火に薪をくべながら淡々と答えた。
「俺にとって、地位や名誉は荷物を重くするだけの不純物だ。それに、あの街の常識の中で飼い慣らされてしまえば、俺の内側にある虚無はすぐに飢え始める」
ヴァンの視線は、燃え盛る炎のさらに奥、まだ見ぬ未知の領域を見据えているようだった。
「お前の術で、俺は歴史に名を残す剣豪や、伝説の魔獣の魂を知った。あの極限の技術、物理法則をねじ伏せる圧倒的な力……。それを自分の肉体で体現する感覚を知ってしまった以上、もう後戻りはできない」
セリアはヴァンの言葉に、深く、熱を帯びた吐息を漏らした。
彼が力を渇望するように、彼女もまた、自らの同化召喚という異端の術の究極の完成形を見たいという強い欲望に突き動かされている。
「ええ、そうね。私たちはもう、普通の人間としての幸せなんて求めていない。この身を焦がすような究極の力と、誰も到達したことのない未知の領域。それだけが、私たちの生きる意味よ」
セリアは手元の鞄から、一枚の古い羊皮紙を取り出し、焚き火の明かりで広げた。
それは、西方大陸へと続く広大な世界の地図だった。
「この街道をさらに西へ進めば、大山脈を越えた先に広大な無人地帯が広がっているわ。伝承によれば、そこには神話の時代に天を駆けたとされる幻獣や、地殻を揺るがす古代の神々が眠る魔境があると言われているの」
「神話の幻獣や、神々か」
ヴァンは自らの傍らに置かれた、あの漆黒の斬馬刀を見やった。
魔物の魔法反射甲殻から打ち出された、絶対に折れることのない規格外の刃。この武器と、自らの強靭な肉体、そしてセリアの召喚術があれば、神話の存在すらも切り伏せることができるはずだ。
「次は、どんな魂を降ろしてくれるんだ?」
ヴァンの静かな問いかけに、セリアは妖艶な笑みを浮かべた。
「ええ、期待していて。これまでのように人間の英霊やただの魔獣じゃ済まされないわ。あなたの器の限界を試すような、文字通り規格外の魂を用意してあげる」
炎の揺らめきが、二人の顔を赤く照らし出していた。
勇者への復讐でもなく、社会への反逆でもない。ただ純粋に、自らの存在意義を証明し、高みへと至るためだけの旅。
夜空には、城塞都市では見えなかった満天の星が輝いていた。
世界から追放された二人の異端者は、絶対的な信頼と絆を胸に、広大な未知の世界へと静かに足を踏み入れていく。




