第199話 星脈の指輪と、永遠の誓い
澄み切ったクリスタルブルーの湖面が、二人の足元で静かに、そして優しく波打っていた。
世界からあらゆる喧騒が消え去ったかのような完璧な静寂の中、ヴァンはゆっくりと右手をポケットから引き抜いた。そして、手のひらに固く握りしめていた小さな木箱を、セリアの目の前へと真っ直ぐに差し出す。
「ヴァン……? これは……」
セリアが紫色の瞳を丸くして、ヴァンと木箱を交互に見つめる。微風に揺れる銀色の髪が、木漏れ日を受けてキラキラと輝いていた。
ヴァンは微かに震える指先で、慎重にその蓋を開いた。
中には、王国の筆頭鍛冶師ガルドが精魂込めて打ち上げた星脈の水晶の指輪が、静かに鎮座していた。セリアの魔力波長に完全に呼応するように、指輪の奥底から淡く、そして限りなく優しい紫色の光が脈打つように溢れ出し、陽光を反射して幻想的に瞬いている。
そのあまりの美しさと、そこに込められたヴァンの想いの重さに気づき、セリアは弾かれたように両手で口元を覆った。
「俺は、不器用な男だ」
ヴァンは、心の底から絞り出すように、しかし誤魔化しようのない真っ直ぐな声で語り始めた。
「気の利いた甘い言葉も言えないし、ただ剣を振るうことしかできない、底辺の戦士だった。痛覚すらない欠陥品で、生きる目的もなく、ただ死に場所を探しているような空っぽの男だったんだ。……でも、お前が俺を見つけてくれた」
ヴァンの脳裏に、これまでの軌跡が鮮やかに蘇る。
勇者パーティーから追放された雨の日。すべてを諦めかけていた自分に、泥だらけになりながら手を差し伸べてくれた彼女の姿。どんな強大な敵を前にしても、決して自分を独りにせず、命を削って背中を支え続けてくれた温かさ。
「お前が俺を信じて背中を預けてくれたから、俺は今日まで生きて、この美しい景色をお前と一緒に見ることができている」
ヴァンは一歩踏み出し、口元を覆ったまま震えているセリアの華奢な手を、己のごつごつとした大きな両手で優しく包み込んだ。
「俺は国王という立場になったが、歴史に名を残すことや、権力になんて少しの興味もない。俺の願いは、ただ一つだけだ」
セリアの目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ落ちる。それは激戦の中で流した痛ましい血の涙ではなく、宝石のように透き通った、純粋な歓喜と幸福の雫だった。
「これからもずっと、俺の隣で笑っていてほしい。お前のすべてを、俺の一生を懸けて護らせてくれ。……俺と、共に生きてほしい」
それは、どんな英雄の叙事詩よりも不器用で、どんな魔法よりも温かい、ただ一人の男としての偽りなき求婚であった。
「……っ、う、あぁ……っ」
セリアはもう、言葉にならなかった。
無能な同化召喚師だと蔑まれ、誰からも必要とされなかった彼女の孤独を、彼がすべて斬り裂いてくれた。痛みに鈍感で、自分の命すら無頓着だった彼に温もりを教え、共に生きる喜びを見出したのは彼女自身だった。
理不尽な世界に抗い続けた二人の魂は、今ここで、完全に一つに結ばれようとしている。
「……はいっ。私で、いいなら……っ。ずっと、ヴァンの側で、共に生きていきたい……!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、セリアは満面の笑みで何度も何度も頷いた。
ヴァンは安堵に大きく息を吐き出すと、木箱から淡く発光する指輪を取り出し、セリアの左手の薬指へとゆっくりとはめた。
紫色の光が彼女の白い肌に完璧に馴染み、二人の永遠の結びつきを祝福するように、さらに優しく、温かく瞬く。
ヴァンはそのまま、泣きじゃくるセリアの体を強く、しかし壊れ物を扱うようにそっと抱き寄せた。
セリアもまた、背伸びをしてヴァンの広い背中に腕を回し、その確かな命の温もりを全身で受け止める。
重なり合う二つの鼓動が、静かな湖畔に心地よく響いていた。
「愛している、セリア」
ヴァンの耳元での低い囁きに、セリアは彼の胸の中でさらに幸せそうに微笑む。
「私もよ、ヴァン……。心の底から、愛しているわ」
浄化されたクリスタルブルーの湖を撫でる心地よい風が、永遠の誓いを交わした二人の姿を、どこまでも優しく、いつまでも祝福するように包み込んでいた。




