第200話(最終話) 祝福の鐘と、自由なる大地の永遠の誓い
カーン、カーン、カーン……。
抜けるような青空に向かって、清らかで重厚な鐘の音が響き渡っていく。
フェザーン王国の中心、全種族が集う巨大な中央広場は、これまでにないほどの極彩色と熱狂に包まれていた。
広場の至る所に花飾りが施され、エルフの魔法によって生み出された光の蝶が、陽だまりの中を優雅に舞い踊っている。人間、獣人、ドワーフ、エルフ、そして魔族。かつては決して交わることのなかったあらゆる種族が、今日という最高の日を祝うため、広場を埋め尽くすように集まっていた。
「ガハハハハッ! どうだ、俺が特別に鋳造した『祝福の鐘』の音色は! 新大陸の端から端まで響き渡る最高の出来栄えだろうが!」
祭壇の脇で、豪奢な衣装に身を包んだ建設大臣のバルガンが、誇らしげに胸を張って笑い声を上げた。
「もう、バルガンさんたら! 鐘の装飾にどれだけ予算をつぎ込んだと思ってるんですか! ……でも、今日だけは特別に許してあげます。本当に、綺麗な音色ですから」
財務大臣のルミナが、呆れたように溜息をつきながらも、目元を嬉しそうに拭っている。彼女が手配した祝祭用の装飾は、広場をこの世の物とは思えないほど美しく彩っていた。
「おうおう、飯の準備も完璧だぜ! 今日は国中の倉庫を空っぽにして、三日三晩ぶっ続けの大宴会だ! 腹を空かせた奴は俺の厨房に全員並びな!」
国営レストランの料理長バクスが、真新しい純白のコックコートを身に纏い、満面の笑みで巨大な鍋をかき混ぜながら吠える。その暴力的なまでに食欲をそそる匂いに、周囲の獣人の子供たちが歓声を上げて飛び跳ねた。
「ふん。騒がしい連中だ。……だが、悪くない」
腕を組んで広場の喧騒を見渡していた魔族の剣士ガロが、不敵な、しかし心からの穏やかな笑みを浮かべる。
「ええ。長きにわたる戦いの果てに、彼らが切り拓いたこの平和な日常。我々にとって、これ以上の喜びはありません」
宰相のローランが、竜人の誇りを示す正装のローブを翻し、深く静かに頷いた。
その時、広場の奥にそびえ立つ王城の巨大な扉が、重々しい音を立てて開かれた。
歓声で揺れていた広場が、魔法にかけられたように一瞬にして静まり返る。
数万の民衆の視線が集中する中、王城の階段の上に、二人の人影が姿を現した。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
地響きのような、割れんばかりの歓声が新大陸の空を震わせた。
そこに立っていたのは、フェザーン王国の初代国王ヴァンと、王妃となるセリアだった。
ヴァンは、いつもの傷だらけの軽鎧ではなく、深い漆黒と白銀を基調とした、威厳と気品に満ちた王の礼服を身に纏っていた。装飾は控えめだが、彼が本来持っている鍛え上げられた戦士の肉体と、揺るぎない眼差しが、どんな王冠よりも彼を本物の王たらしめている。慣れない正装に少しだけ気恥ずかしそうにしている不器用な表情が、民衆のさらなる歓声を誘っていた。
そして彼の隣を歩くセリアの美しさは、そこにいるすべての者の息を呑ませた。
最高級の絹とエルフの魔法繊維で織り上げられた、純白のウェディングドレス。淡い光を帯びたベールの下で、銀色の髪が陽光を反射してキラキラと輝いている。かつて孤独な異端の召喚師として俯いていた少女の面影はない。彼女の紫色の瞳には、愛する人と共にこの世界を歩んでいくという、絶対的な幸福と自信が満ち溢れていた。
ヴァンは優しくセリアの手を引き、赤絨毯が敷かれた階段をゆっくりと下りていく。
階段の下では、最高の仲間たちが彼らを最高の笑顔で出迎えた。
「ヴァン! セリアさん! 綺麗……本当にお綺麗です!」
ルミナが感極まって泣き出し、バクスが「王様、ガチガチに緊張してやがるな!」と茶化して笑う。
バルガンが豪快に肩を叩き、ガロが「いい面構えになったな」と短く祝福の言葉を贈る。
ヴァンは仲間たち一人一人に短く頷き返し、セリアもまた、涙を浮かべながら彼らに心からの感謝の微笑みを向けた。
二人は仲間たちに見守られながら、広場の中央に設けられた祭壇へと歩みを進めた。
祭壇の前では、ローランが静かな微笑みを湛えて二人を待ち受けていた。
「フェザーン王国の歴史において、最も美しく、最も尊き瞬間が今ここに訪れました」
ローランのよく通る声が、広場全体に響き渡る。
「すべてを失い、それでも己の信念と互いの絆だけを信じて理不尽な世界を覆した、最高の戦士と召喚師。ヴァン・アッシュクロフト、そしてセリア・ヴァンルージュ。二人の永遠の結びつきを、この自由なる大地と、すべての同胞たちの前で誓い合いましょう」
ローランの言葉を受け、ヴァンはセリアの正面に立ち、彼女の両手を己の大きな手で優しく包み込んだ。
セリアの左手の薬指には、先日彼が贈った星脈の水晶の指輪が、淡い紫色の光を放っている。
「セリア」
ヴァンは、数万の群衆の視線を一身に浴びながらも、ただ目の前にいる愛するただ一人の女性の瞳だけを見つめ、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「勇者パーティーを追放され、誰からもゴミだと蔑まれていた俺を、お前が見つけてくれた。お前が信じて背中を預けてくれたから、俺は生きる意味を知り、今日この日を迎えることができた」
ヴァンの言葉に、セリアの目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「俺は不器用で、気の利いた言葉も言えないが……。これからの俺の命は、俺の人生のすべては、お前を護り、お前を笑顔にするためにある。愛している。どうかこの先も永遠に、俺の隣で笑っていてくれ」
セリアは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、それでも、世界中のどんな花よりも美しい満面の笑みを咲かせた。
「……はいっ。私も、あなたを愛しています。あなたが私に温もりを教えてくれた。あなたが私に、生きる希望をくれた。……どんな時も、どんな困難があっても、私は永遠に、ヴァンの隣を歩き続けます!」
その偽りなき真実の誓いが交わされた瞬間、ヴァンは優しくセリアのベールを上げ、彼女の涙に濡れた唇に、そっと誓いの口づけを落とした。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
広場の熱狂は最高潮に達した。
バルガンが鳴らす祝福の鐘の音が青空に響き渡り、エルフの魔法使いたちが打ち上げた極彩色の魔法花火が、昼間の空に美しい大輪の花をいくつも咲かせる。
ドワーフも、獣人も、魔族も、人間も。誰もが涙を流し、満面の笑みで二人の王と王妃を称え、万雷の拍手を送っていた。仲間たちの温かい祝福の声が、二人の体をどこまでも優しく包み込む。
無能だと迫害され、世界から追放された戦士と召喚師。
孤独だった二つの魂は、理不尽な絶望を共に斬り裂き、最高の仲間たちと出会い、誰もが笑って暮らせる理想の国を創り上げた。
澄み渡る青空の下、歓声と祝福の鐘が鳴り響くフェザーン王国の広場で、二人は強く手を握り合う。
彼らが歩んだ長く過酷な軌跡は、今ここにある絶対的な幸福と永遠の愛の誓いをもって、完全に結実した。
戦士と召喚師の物語は、この自由と平等の大地に永遠の平和を約束し、何一つ悔いのない、最高の大団円の中で静かに幕を下ろしたのである。




