第197話 自由と平等の旗、フェザーン王国の建国宣言
新大陸に、これまでにないほど眩く澄み切った朝の光が降り注いでいた。
都市の中央に建造された巨大な白亜の広場には、夜明けと共に数え切れないほどの人々が押し寄せていた。その光景は、かつての旧世界では絶対にあり得ない、文字通りの奇跡であった。
ドワーフの石工が人間の大工と肩を組み、昨晩の酒の抜けきらない赤い顔で笑い合っている。ダークエルフの女性が獣人の子供たちに木彫りの玩具を配り、子供たちは歓声を上げて彼女の長い耳にじゃれついた。かつては恐怖の象徴として忌み嫌われていた魔族の青年が、エルフの老人に丁寧に道を譲り、ハーフエルフの商人たちが広場の熱気にあてられて即席の屋台を開き、焼き串を振る舞っている。
誰もが互いの違いを認め、種族という壁を越えて手を取り合っていた。迫害も、搾取も、見下すような視線もここにはない。あるのはただ、共に絶望を乗り越え、新しい明日を生きるという純粋な喜びと活気だけだった。
「すごい熱気ね……。これだけの種族が一つになっているなんて」
広場を見下ろす大防壁のバルコニーで、眼下の光景を見つめていたセリアが、感嘆の吐息を漏らした。
「ああ。本当に、信じられない光景だ」
ヴァンもまた、静かに頷く。彼の出で立ちは、豪華な王衣や煌びやかな装飾品ではなく、美しく磨き上げられた実用的な軽鎧と、腰に帯びた白銀の剣だけという、いつもの戦士の姿であった。
ブォォォォォォォォォッ!!
不意に、バルガンが精魂込めて作り上げた巨大な角笛の音が、都市全体に低く重厚に響き渡った。
それを合図に、広場を埋め尽くしていた数万の群衆が、水を打ったように静まり返り、一斉にバルコニーへと視線を向ける。
静寂の中、バルコニーの中央へ、流麗な礼服に身を包んだ竜人の青年ローランが進み出た。彼は広場を見渡し、深く息を吸い込むと、魔力によって増幅されたよく通る声で語り始めた。
「新大陸に集いし、多様なる同胞たちよ! 我々は今日、長きにわたる苦難の旅と、絶望の魔王との死闘を乗り越え、ついにこの日を迎えることができた!」
ローランの言葉に、広場の群衆が熱を帯びた視線を送る。
「我々は旧世界に見切りをつけ、迫害と差別の歴史を捨て去った。そしてこの新天地に、誰もが平等に笑い、手を取り合って生きていける国を創り上げたのだ。今日、この瞬間をもって、我々の新しい国家の設立をここに宣言する!」
ワアアアアアアアアアアアアッ!!!
地鳴りのような大歓声が巻き起こった。
「我らが新国家の名は、古いエルフの言葉で『自由』と『平等』を意味する言葉……フェザーン王国とする!」
ローランが力強く両手を広げると、さらなる歓声と拍手が広場を包み込んだ。
フェザーン王国。その響きは、この場にいるすべての者の心に、誇り高く刻み込まれていく。
「国家の設立に伴い、この国を支え、導くための役職を任命する!」
ローランは歓声が落ち着くのを待ち、背後に並ぶ仲間たちを順に振り返った。
「この巨大な都市を設計し、無敵の大防壁を築き上げた伝説の職人、バルガン! 貴殿をフェザーン王国の『建設大臣』に任命する。この国の未来の礎を、その確かな腕で造り続けてほしい」
「おう! 任せとけ! 百年、いや千年先まで絶対に崩れねえ最高の街にしてやるぜ!」
バルガンが一歩前に出て、豪快に笑いながら拳を突き上げた。ドワーフの職人たちから、割れんばかりの歓声が上がる。
「次に、我々の財務と流通を完璧に管理し、この街の経済を支え続ける商会の長、ルミナ! 貴女をフェザーン王国の『財務大臣』に任命する。我々の血税と物資のすべてを、貴女の清廉なる采配に託す」
「はいっ……! 私、絶対に皆様の暮らしを豊かにしてみせます! 一銭の無駄遣いも許しませんからね!」
ルミナが目を潤ませながら、しかし商人としての鋭い笑顔を見せて深くお辞儀をした。
「そして、いかなる時も我々の胃袋と魂を満たし、生きる活力を与え続けてくれた最高の料理人、バクス! 貴殿をフェザーン王国の『国営レストランの料理長』に任命する。王国の食のすべてを任せたぞ」
「ガハハハハッ! 食い物のことならこの俺に任せな! 国王だろうが子供だろうが、腹を空かせた奴にはとびきり美味い飯を食わせてやる!」
バクスが腕組みをして白い歯を剥き出しにして笑うと、広場にいたすべての種族から、今日一番の陽気な笑い声と拍手が沸き起こった。
「そして私、竜人ローランは、『宰相』として、この国の政治と法を束ね、全種族の調和のために命を懸けることをここに誓おう」
ローランが胸に手を当てて深く一礼すると、群衆は彼に対する絶対の信頼を込めて、温かい拍手を送った。
「最後に」
ローランが顔を上げ、表情を厳粛なものへと引き締める。
「我々を導き、誰よりも前で剣を振るい、理不尽な絶望からこの世界を護り抜いた、我らが最高の戦士であり、象徴。……フェザーン王国、初代国王、ヴァン・アッシュクロフト!」
バルコニーの最前列へと、ヴァンが静かに歩み出た。
その瞬間、広場を埋め尽くしていた数万の群衆が、示し合わせたかのように一斉にその場に片膝をつき、深い敬愛と忠誠の礼をとった。
ドワーフも、エルフも、獣人も、魔族も、人間も。誰もが彼という一人の戦士の背中を信じ、心からの感謝を捧げている。
「……面を上げてくれ。俺は、そんな大層な人間じゃない」
ヴァンはバルコニーから身を乗り出し、静かに、しかし広場の隅々にまで届く声で語りかけた。
「俺は、かつて勇者パーティーで無能と呼ばれ、ゴミのように捨てられたただの戦士だ。魔法も使えないし、政治の難しいこともわからない。お前たちに偉そうな命令を下すつもりもない」
群衆は顔を上げ、静かに初代国王の言葉に耳を傾ける。
「だが、一つだけ約束する。俺は、この国を、ここにある当たり前の平和な日常を脅かす理不尽を絶対に許さない。どんな巨大な敵が現れようとも、どんな理不尽な絶望が降りかかろうとも、俺が必ずこの剣でお前たちを護り抜く。お前たちはただ、このフェザーンの地で、腹一杯飯を食って、仲間と笑い合い、自由に生きてくれ」
それは、飾られた言葉でも、王としての威厳に満ちた演説でもなかった。
ただの一人の不器用な戦士の、純粋で絶対的な誓いの言葉。
しかし、その言葉こそが、彼らが何よりも求めていた真実の光であった。
隣で見守っていたセリアが、感極まってそっと涙を拭う。ヴァンは彼女に向かって小さく頷き、再び群衆へと向き直った。
「フェザーン王国の歴史は、今日、ここから始まる。さあ、宴の続きだ! 今日は朝まで飲み明かせ!」
ヴァンの言葉を合図に、新大陸の空を揺るがすような、かつてないほどの大歓声と拍手が爆発した。
広場の至る所で祝砲の魔法が打ち上がり、色鮮やかな光の花が青空に咲き乱れる。バクスが巨大な鍋を叩いてリズムを取り、ダークエルフの音楽隊が軽快な祝祭の曲を奏で始め、再び種族の壁を越えた巨大な輪舞が始まった。
理不尽な世界から追放された戦士と、孤独な同化召喚師。
彼らが歩み続けた長く過酷な旅は、多様な命が共に笑い合う「フェザーン王国」の誕生という最高の形で、ひとつの大きな結実を迎えたのであった。
温かい陽だまりに包まれた王都には、どこまでも明るく、平和な日常の喧騒が響き続けていた。




