第178話 猛将の悪態と、紅蓮を纏う神狼の刃
ガギィィィィィィィンッ!!!
絶海の岸辺に、落雷のような金属音が幾度も響き渡る。
ヴァンの振るう極炎と剛力を宿した巨大な戦斧と、魔族の副官バルザールが振るう規格外の断頭矛が真っ向から激突し、その凄まじい衝撃波が周囲の淀んだ空気を爆発的に吹き飛ばしていた。
「シィィィィッ!」
鍔迫り合いの均衡を破るべく、青白い竜のオーラを纏ったローランがバルザールの死角へと滑り込む。竜の魔力を極限まで刃に込め、巨漢の太い首筋を狙って流麗な斬撃を放った。
だが、バルザールは巨大な断頭矛を戦斧に押し当てたまま、片手でその長い柄を器用に回転させた。
ガンッ!
ローランの必殺の斬撃は、断頭矛の極太の柄によっていとも容易く弾き返される。
「チッ……!」
ローランが体勢を立て直そうと後方に跳躍した瞬間、バルザールは空いた左手を大きく振りかぶり、大気を圧縮するほどの豪腕で裏拳を放った。
「ローラン!」
ヴァンが戦斧を強引に引き抜き、ローランの盾となるように強烈な拳の軌道上へ入り込む。
ドゴォォォォォンッ!!
戦斧の分厚い刃でガードしたものの、その桁外れの膂力によって、ヴァンとローランの体は数十メートルも後方へと弾き飛ばされた。二人は砂浜に深く轍を刻みながら、なんとか踏みとどまる。
「ハッ! 連携は悪くねえが、その程度でこの俺の首が取れると思うなよ!」
バルザールが巨大な断頭矛を肩に担ぎ直し、首をゴキゴキと鳴らして不敵に笑う。
その四メートルを超える巨体から放たれるプレッシャーは、先ほど討ち倒した絶峰の剛角獣にも匹敵するほどの、純粋で暴力的な質量の塊であった。
バルザールは、ヴァンたちへすぐに追撃をかけることはせず、忌々しそうに紫に淀んだ空を見上げた。
「ああ、胸糞わりぃ。こんな辺境の泥遊びみたいな真似、なんで猛将であるこの俺がやらされなきゃならねえんだ。大将のキザ野郎め……」
巨漢の魔族は、足元に転がっていた巨大な岩を蹴り砕きながら、自身の直属の上官に対する悪態をつき始めた。
「あの野郎、魔界じゃいつもふんぞり返って、高価なワイングラスなんか回しやがってよ。戦場に血の臭いが混ざるのは美しくない、絶望とはもっと芸術的で静寂に満ちているべきだ、だぁ? 虫唾が走るぜ!」
バルザールが地面に唾を吐き捨てる。
「戦いってのはな、泥と血と汗に塗れて、力と力で相手の骨を砕き合うから楽しいんじゃねえか。それなのにあの野郎、自分の服が汚れるのが嫌だからって、俺たちみたいな前線の将に泥臭い掃除を全部押し付けやがる。……おい人間、てめえらもそう思うだろ?」
いきなり同意を求められ、ローランが怪訝な顔で眉をひそめる。
敵軍の内部不和。しかし、その愚痴から透けて見える敵軍のトップたる「大将」という存在の異常性は、ローランの背筋に冷たいものを走らせていた。これほどの圧倒的な武威を持つ巨漢をアゴで使い、凄惨な戦場をただの「掃除」と称する男。それがどれほどの化け物なのか、想像することすら恐ろしい。
「……上官の愚痴なら、あの世で一人で喚いていろ」
ヴァンは極炎の戦斧を構え直し、静かに息を吐いた。
力比べでは分が悪い。バルザールの持つ規格外の膂力と断頭矛の重量を正面から受け止め続ければ、いずれこちらの動きが鈍る。必要なのは、巨大な矛の軌道を掻い潜る絶対的な速度と、強靭な魔族の皮膚を焼き切る熱量だ。
「セリア、魂を入れ替える。俺に最速の機動力と、すべてを溶かす炎をくれ!」
ヴァンが背後で祈るように杖を握るセリアへと声を飛ばす。
「ええ! あなたの体に、最速の炎を!」
セリアが力強く頷き、銀色の髪を激しく揺らしながら新たな詠唱を紡ぎ出す。
「周囲の魔力すら燃料にして燃え上がる極炎の魔神。神速の反射神経と究極の索敵を誇る白銀の神狼。相反せし二つの絶大な魂よ、今、この器にて交わりたまえ。多重同化ッ!」
詠唱が完了した瞬間、ヴァンの肉体を包んでいた両断の巨斧の重厚なオーラが弾け飛び、代わって、透き通るような白銀の光が極炎の赤黒い炎と複雑に絡み合った。
凄まじい負荷がヴァンの肉体を襲い、黒曜の鱗鎧の隙間から霧のような血が噴き出すが、彼の双眸は微塵の揺らぎも見せずに獲物だけを見据えている。
チャキィィィィィィンッ!
手にした巨大な戦斧が、新たな魂の組み合わせに共鳴して劇的な変異を遂げる。
分厚い斧の刃がスマートな流線型へと伸びていき、身の丈ほどの長さを持つ巨大な片刃の太刀へと姿を変えた。その刀身は神狼の毛並みのように美しい銀色に輝き、同時に、周囲の空間を歪ませるほどの超高熱の紅蓮の炎を激しく吹き出している。
神速の機動力と極大の炎属性を併せ持つ、「紅蓮の神狼刀」の誕生であった。
「行くぞ、ローラン」
「ああ、私が奴の矛の軌道を逸らす!」
ヴァンが砂浜を蹴った瞬間、その姿は赤い炎の尾を引く一本の閃光と化した。
白銀の神狼がもたらす超音速の脚力。バルザールがその動きに反応して断頭矛を振り下ろすよりも早く、ヴァンは巨漢の懐へと深く潜り込んでいた。
「ハァァァァァッ!!」
ヴァンが紅蓮の神狼刀を、下から上へと凄まじい速度で斬り上げる。
「チィッ! すばしっこいネズミが!」
バルザールが咄嗟に断頭矛の太い柄を盾にして防ぐ。
ギュオオオオオオオオオッ!!!
炎の太刀と黒鋼の柄が激突し、極炎の魔神が放つ超高熱が巨大な火災旋風となってバルザールの巨体を包み込んだ。
「ぬおおおおっ!?」
いかに強靭な魔族の皮膚であっても、魔力そのものを燃料にして燃え上がる極炎の直撃は防ぎきれない。バルザールの顔が苦痛に歪み、彼の手にする断頭矛の柄が、超高熱によって赤く焼け焦げ始める。
「シィィィィッ!」
そこへ、ローランが頭上から青白い竜のオーラを纏って強襲した。
バルザールが炎を払おうとしたほんの一瞬の隙を突き、流麗な長剣が魔族の分厚い肩の装甲を深く切り裂く。緑色の血が炎の中に散った。
「グハハハハハッ! いいぞ、いいぞ人間! そうでなくちゃ面白くねえ!」
肩から血を流しながらも、バルザールは狂ったように笑い声を上げ、赤熱した断頭矛を力任せに振り回して火災旋風を強引に吹き飛ばした。
「ぬるい戦場にウンザリしてたところだ! もっと俺を楽しませろ、てめえらの骨の髄まで残さずブチ砕いてやるからよ!!」
紫に淀んだ空の下、希望の国を守るための激闘は、互いの意地と力が限界でぶつかり合う、さらに凄惨な死闘へと加速していくのであった。




