第168話 狂乱の衝撃波と、紫電を纏う機巧の刃
新大陸の空が、不気味な赤紫色に染まっていた。
絶峰の剛角獣の巨大な二本の角の間に収束していく赤い魔力の光は、まるで絶海の岸辺に二つ目の狂った太陽が落ちてきたかのような錯覚を抱かせる。
ジリジリと空気が焼け焦げ、足元の砂浜が超高熱によってガラス状に融解し始めていた。
「ヴァン、よけろとは言えないな……」
ローランが長剣を構えたまま、顔を流れ落ちる汗を拭いもせずに言った。
彼の視線の先には、赤い光の射線上にすっぽりと収まってしまった巨大な方舟と、その内部で息を潜める数千の民衆たちの姿がある。もしヴァンたちがこの魔力砲を回避すれば、強固な防御結界ごと方舟は消し飛び、新しい国を創るという夢はここで完全に潰える。
「当たり前だ。俺たちの後ろには、俺たちの国がある」
ヴァンは機巧雷鋸の駆動を停止させ、深く息を吸い込んだ。
「セリア! 機神と雷獣を解除しろ! あの光を真正面から叩き割る! 全てを両断する剛力と、極限の火力をくれ!」
「ええ! 私たちの国に、傷一つ付けさせない!」
セリアが両手を突き出し、周囲の熱風に銀髪を煽られながらも、かつてないほど力強い声で詠唱を紡ぎ出す。
「無限の魔力すら燃料として燃え上がる極炎の魔神。空を穿ち大地を両断する無双の巨斧。相反せし二つの絶大な魂よ、今、この器にて交わりたまえ。多重同化ッ!」
銀と紫のオーラが弾け飛び、直後、ヴァンの肉体を赤黒い爆発的な炎の渦が包み込んだ。
メキメキメキッ……!
これまでの多重同化で蓄積されていた負荷に加え、全く異なる特性の魂を上書きしたことで、ヴァンの体内で無数の筋肉繊維が断裂する凄まじい音が響く。黒曜の鱗鎧の隙間から赤黒い血が滝のように溢れ出し、砂浜を赤く染め上げていく。
常人であればショック死して余りある肉体の損壊。しかし、ヴァンの双眸は微塵の揺らぎも見せず、口元からはただ静かに白い息が吐き出されるだけだった。
チャキィィィィィィンッ!
手にした白銀の剣が、極炎の魔神と両断の巨斧の魂に共鳴し、身の丈を遥かに超える巨大な戦斧へと変異した。
極炎の戦斧。その巨大な刃は、周囲の酸素のみならず、空気に漂う濃密な魔力すらも燃料にして燃え上がり、超高熱の炎を絶え間なく噴き出している。
「ヴィィィィィィィィィッ!!」
剛角獣の角の間に極限まで圧縮された赤い魔力が、ついに臨界点を突破した。
音すらも置き去りにするような極大の魔力砲が、一筋の巨大な赤い奔流となって、ヴァンとローラン、そしてその後ろの方舟へと向かって放たれる。
光の軌道上にある空間そのものが削り取られ、周囲の海面が瞬時に蒸発して巨大な水柱を上げた。
「私にできるのは、ほんの僅かな相殺だけだ!」
ローランが全身の竜のオーラを刃に集め、迫り来る光の奔流に向けて全力の斬撃波を放つ。青白い竜の魔力が赤い光と衝突し、ほんの一瞬だけ、魔力砲の先端の勢いを削ぐ。
「それで十分だ」
ヴァンが爆発的な踏み込みで砂浜を蹴り、極炎の戦斧を大きく上段に振り被った。
両断の巨斧がもたらす絶大な膂力。極炎の魔神が放つ、魔力を焼き尽くす炎。
ヴァンは迫り来る赤い死の光の壁に向かって、その戦斧を真っ向から振り下ろした。
「叩き斬るッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
極炎の戦斧の刃が、剛角獣の放った極大魔力砲の真正面に激突した。
圧倒的な物理質量と、魔力を燃料にして燃え上がる極炎が、赤い光の奔流に強引に割り込んでいく。
「おおおおおおおっ!!」
ヴァンが腕の筋肉を限界以上に膨張させ、戦斧をさらに下へと押し込む。血の混じった咆哮が絶海の岸辺に響き渡った。
凄まじい光と熱の衝突。
だが、ヴァンの放った一撃は、剛角獣の魔力砲を完全に力でねじ伏せた。
巨大な赤い光の奔流は、極炎の戦斧の刃を基点として、まるで巨大な滝が岩に当たって裂けるように、見事に左右真っ二つに分断されたのだ。
ズバァァァァァァァァァァァァンッ!!!
分断された赤い魔力の光は、ヴァンとローランの左右を通り抜け、方舟には一切触れることなく、後方の遥か彼方の海面と無人の樹海を爆発させた。
天地を揺るがす轟音とともに、巨大なキノコ雲が左右に立ち上る。
「……嘘だろ。あんな規格外の魔法を、武器の物理的なスイングだけで両断しやがった……!」
方舟の甲板からその光景を目の当たりにしたバルガンが、義手を震わせてへたり込んだ。
ルミナもバクスも、そして数千の民衆たちも、奇跡を見るような目で防衛線の中心に立つ一人の戦士の後ろ姿を見つめていた。
光が収まり、もうもうと立ち込める水蒸気が晴れていく。
そこには、ガラス状に融解した砂浜の上に、大股で踏みとどまり、巨大な戦斧を地に突き立てたヴァンの姿があった。
鎧は焼け焦げ、両腕の皮膚は裂け、全身から血が滴り落ちている。傍目にはいつ倒れてもおかしくないほどの重傷であったが、彼は顔を上げ、ゆっくりと戦斧を担ぎ直した。
「ガ、ァ……?」
剛角獣が信じられないものを見るように、巨大な瞳を見開いて後ずさりした。
自身の命を削って放った最大の一撃が、ちっぽけな存在によって完全に無効化されたという事実。生態系の頂点として君臨してきた本能が、初めて明確な恐怖を理解した瞬間だった。
「ローラン」
ヴァンが、血まみれの顔で静かに口を開く。
「奴は今の一撃で魔力を使い果たし、隙だらけだ。……あの邪魔な角を折るぞ」
「ああ。あなたのその狂気じみた背中を見て、剣を止めるわけにはいかないからな!」
ローランが長剣を構え直し、竜の瞳孔を鋭く細めて笑う。
無敵の岩盤装甲を剥がされ、最大の魔力砲すらも破られた絶峰の剛角獣。ヴァンたちの決して折れない刃が、ついに新大陸の頂点捕食者の命へと届こうとしていた。




