第167話 狂乱の衝撃波と、紫電を纏う機巧の刃
絶峰の剛角獣の咆哮が轟くたび、絶海の岸辺は大自然の怒りをそのまま形にしたような阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。
天を突く二本の巨大な角がめちゃくちゃに振り回されることで生み出される不可視の衝撃波は、まるで透明な巨大な刃となって全方位を容赦なく蹂躙していく。
ズガァァァァァァァンッ!!
衝撃波の一つが砂浜を深く抉り取り、数千トンの砂と岩の塊を空高く巻き上げる。さらに別の衝撃波が方舟の展開する防御結界に直撃し、青白い光の壁がバチバチと激しい火花を散らして軋み声を上げた。
「くそったれが! 星脈の核の出力をさらに上げろ! 結界を何としても維持するんだ!」
方舟の操舵室から、バルガンの血を吐くような叫びが響く。方舟の内部では、ルミナやバクスが身を寄せ合う民衆たちを必死に庇い、揺れる船体の中で祈るように前線を見つめていた。
「このまま撃たせ続ければ、いずれ結界が破られる……!」
ローランが吹き荒れる暴風の中、地に突き立てた長剣を支えにして何とか踏みとどまっていた。彼の流麗な軽鎧は、すでに無数の衝撃波の余波を受けてひび割れ、竜のオーラすらも削り取られようとしている。
だが、彼は決して膝をつかなかった。
「私が囮になり、奴の視線を上空へ誘導する! ヴァン、その隙に懐へ飛び込め!」
ローランが砂浜を爆発的に蹴り上げ、強烈な衝撃波の隙間を縫うようにして空高く舞い上がった。
「シィィィィッ!」
竜の魔力を限界まで込めた青白い斬撃の雨が、剛角獣の巨大な顔面へと降り注ぐ。岩盤に弾かれようとも構わず、ローランは空中で姿勢を制御しながら執拗に攻撃を繰り返し、剛角獣の苛立ちを完全に自身へと向けさせた。
「グルオオオオオオオオオッ!!」
剛角獣がローランを叩き落とそうと、巨大な首を上空へと振り上げる。
その瞬間、地上に致命的な死角が生まれた。
「セリア! 沼王を解除し、機神の駆動に雷獣の速度を乗せる!」
ヴァンが、全身の毛穴から血の汗を滲ませながらも、微塵の揺らぎもない声で叫んだ。
二つの強大な魂を同時に宿す多重同化。それは、維持しているだけでもヴァンの肉体を内側から削り殺そうとする猛毒のような負荷をもたらしている。だが、彼の双眸はただ冷徹に、生態系の頂点の隙だけを見据えていた。
「ええ! あなたの剣に、最速の破壊を!」
セリアが両手を突き出し、銀髪を激しく揺らしながら新たな詠唱を紡ぎ出す。
「万物を腐食させる猛毒よ、退け! 代わりて来れ、雷雲を統べ万物を炭化させる破壊の権化! 鋼の機神の無限の駆動と、紫電の雷獣よ、今、交わりたまえ!」
ヴァンの肉体を覆っていた不吉な紫色の瘴気が一瞬で弾け飛び、代わってバチバチと大気を焦がす超高圧の紫電が、無機質な銀色のオーラと複雑に絡み合った。
メキッ、ゴキッ……!
ヴァンの体内で、筋肉と骨が常軌を逸した負荷に悲鳴を上げる。全身の血管が異様に隆起し、黒曜の鱗鎧の隙間から赤黒い血が霧のように噴き出す。だが、ヴァンは表情の筋肉すら動かすことなく、その想像を絶する反動を精神力のみで完全にねじ伏せた。
チャキィィィィィィンッ!
白銀の機巧毒槍が、新たな魂の組み合わせに共鳴して激しく形態を変化させる。
巨大なドリルが縦に割れ、無数の鋭い刃がチェーンのように連なる巨大な鋸の刃へと変異した。柄に組み込まれた歯車が高速回転を始め、鋸の刃が紫色の超高圧電流を纏いながら、空気を切り裂くような凄まじい駆動音を響かせる。
極限の駆動と超音速の破壊力を併せ持つ、「白銀の機巧雷鋸」の誕生であった。
「行くぞ」
ヴァンが地を蹴った瞬間、その姿は紫電を伴う一条の閃光と化した。
紫電の雷獣がもたらす超音速の機動力が、ヴァンの体を剛角獣の左側面へと一瞬で運ぶ。吹き荒れる衝撃波の余波がヴァンの体を打ち据えるが、鋼の機神の魂が持つ衝撃無効化の力がそれを相殺し、突進の速度をいささかも落とさせない。
「ハァァァァァッ!!」
ヴァンは超音速の勢いを完全に刃に乗せ、紫電を纏って高速回転する機巧雷鋸を、剛角獣の左前足を覆う分厚い鋼の岩盤へと真っ向から押し当てた。
ギュイィィィィィィィィィンッ!!!
紫色の雷光とオレンジ色の火花が、爆発的な勢いで周囲に撒き散らされる。
猛毒の腐食に代わり、今度は紫電の雷獣の超高熱が岩盤を瞬時に炭化させ、もろくする。そこへ鋼の機神の無限の駆動力が合わさった鋸刃が、岩盤の層をゴリゴリと凄まじい速度で削り飛ばしていく。
「もっとだ……! もっと削れッ!!」
ヴァンが腕の筋肉を限界まで膨張させ、さらに鋸刃を深く押し込む。
バキィィィンッ! という甲高い音と共に、左前足の岩盤装甲が巨大な塊となって次々と剥がれ落ちていく。さらにヴァンは止まらない。機巧雷鋸を押し当てたまま、超音速の脚力で剛角獣の巨大な胴体の側面に沿って一気に走り抜けた。
ズガガガガガガガガガガッ!!!
ヴァンの走った軌跡に従って、剛角獣の左半身を覆っていた無敵の岩盤装甲が、数十メートルにわたって完全に切り裂かれ、生々しい緑色の肉が広範囲に露出する。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
絶対の自信を持っていた防御を丸裸にされ、剛角獣がかつてないほどの苦痛と恐怖の入り混じった叫びを上げた。
二百メートルに迫る巨体が大きく傾き、先ほど削られた右前足と合わせて、もはやまともに巨体を支えることすら困難になりつつある。
「やったわ! 奴の側面の岩盤を完全に剥がした!」
セリアが拳を握りしめ、歓喜の声を上げる。
空中でその光景を見ていたローランも、ヴァンの見せた常軌を逸した剣技と執念に、戦慄にも似た敬意を抱いた。
ヴァンが機巧雷鋸を振り抜き、剛角獣の後方でザザーッと砂浜を滑りながら停止する。
彼の息は荒く、足元には自身の体から流れた血が水溜まりを作っていた。だが、紫電と銀光を纏ったその姿は、いかなる巨大魔物よりも恐ろしい戦士の凄みを放っている。
「これで、図体ばかりデカい剥き出しの的だ」
ヴァンは血の混じった唾を吐き捨て、機巧雷鋸を再び上段に構え直した。
だが、生態系の頂点は、ただ剥がされるがままに倒れるほど脆弱な存在ではなかった。
「……ッ! ヴァン、気をつけろ! 奴の様子がおかしい!」
着地したローランが、顔色を変えて叫んだ。
装甲を剥がされ、緑色の血を流しながら膝をつきかけていた剛角獣。その動きがピタリと止まり、巨大な頭部をゆっくりとヴァンたちの方へ向けたのだ。
そして、天を突く二本の巨大な角の間に、これまでの衝撃波とは比べ物にならない、異常なまでに高密度な「赤い魔力の光」が収束し始めていた。
ジリジリジリ……と、周囲の空間そのものが高熱で歪み始める。
それは、剛角獣が自らの生命力を削ってでも、目の前の外敵を拠点ごと完全に消し去るための、広範囲殲滅用の極大魔力砲の予兆だった。
「防壁の基礎ごと、何もかも吹き飛ばす気か……!」
ヴァンが鋭く目を細める。
剛角獣の角の間に集まる魔力は、すでに太陽のように赤く輝き、絶海の岸辺全体を不気味な赤色に染め上げていた。
剥き出しになった絶望と、最後の一撃を放たんとする頂点捕食者。
新大陸の命運を懸けた多重同化による大怪獣討伐戦は、いよいよ一瞬の隙も許されない、死線と死線の交差する極限の領域へと突入しようとしていた。




