第150話 鋼の竜骨と、背中を預ける者
新大陸という途方もない希望が提示された翌日から、隠れ里はかつてないほどの熱気と活気に包まれていた。
「そこのドワーフの若ぇの! その鉄板は要塞の底部の補強に使う。寸分の狂いもなく溶接しろ!」
「おうよ、バルガンの旦那! 俺たちの腕を見くびるなよ!」
広場の中央に鎮座する鋼殻の移動要塞を中心に、巨大な造船所さながらの足場が組まれていく。バルガンの指揮の下、王都から逃げ延びた亜人たちと、隠れ里のドワーフや獣人たちが一丸となって、要塞を水陸両用の「超大型要塞船」へと改造する前代未聞の作業に取り掛かっていた。
「バクスさん、航海用の保存食として、この谷で採れる岩塩をもっと確保した方が良さそうです」
「わかった、ルミナの嬢ちゃん! 燻製の設備も倍に増やそう。千人の胃袋を満たしたまま海を渡るんだ、食料の妥協はできねえからな!」
種族の壁も、これまでの生い立ちも関係ない。誰もが「新世界」という一つの目標に向かって、自らの足で立ち、汗を流している。
その眩しい光景を、ローランは自ら木材を運びながら、感慨深げに見つめていた。
「良い顔をしているだろう、私の同胞たちは」
隣で同じように巨大な資材を肩に担いでいたヴァンに向かって、ローランが静かに言った。
「かつては人間の顔色を窺い、絶望の中でうつむくことしかできなかった者たちだ。だが今は、誰一人として下を向いていない。……ヴァン、あなたが彼らに前を向くための誇りを与えてくれたのだ」
「俺は道を指し示しただけだ。歩いているのはあいつら自身の足だ」
ヴァンは淡々と答え、数十人がかりで運ぶような巨大な鉄柱を、軽々と足場の上へと放り投げた。
「だが、問題もある」
ローランは表情を引き締め、足場から飛び降りて図面を広げた。
「絶海と呼ばれる海峡は、常に大嵐が吹き荒れ、巨大な渦潮が渦巻く魔の海だ。この要塞の装甲をいくら増築しようと、船の背骨となる『竜骨』が並の木材や鉄であれば、波の衝撃で真っ二つにへし折られてしまう」
「当てはあるのか」
ヴァンの問いに、ローランは頷いて谷のさらに奥、雲に覆われた霊峰を指差した。
「霊峰の頂付近に自生する『金剛樹』。ミスリル以上の硬度と、絶大な柔軟性を併せ持つ伝説の神木だ。だが……そこは、霊峰を縄張りとする凶悪な守護獣の巣でもある。これまでは里に被害を出さないため、不可侵を貫いてきた場所だ」
「なら、話は早い。取りに行くぞ」
ヴァンが腰の白銀の長剣を鳴らす。
「私も行こう。方舟の竜骨は、私がこの手で切り出したい」
ローランもまた、竜の魔力を帯びた長剣を腰に帯びた。
数時間後。ヴァン、ローラン、そしてセリアの三人は、霊峰の険しい崖を登り切り、頂付近の開けた岩場へと足を踏み入れていた。
そこには、周囲の岩石を突き破るようにして、銀色に輝く巨大な大樹がそびえ立っていた。金剛樹だ。
だが、大樹に近づこうとしたその時。
空から凄まじい風圧が降り注ぎ、岩場に巨大な影が舞い降りた。
四つの鋭いかぎ爪と、鋼鉄の羽を持つ巨大な怪鳥。暴風の魔力を操る霊峰の守護獣、「裂空の四翼鷲」である。
「キシャアアアアアアアアッ!」
怪鳥が鼓膜を裂くような咆哮を上げると同時に、その巨大な四つの翼が羽ばたき、岩石をも切り刻む無数の真空の刃が三人に襲いかかった。
「シィッ!」
ローランが瞬時に前に飛び出し、青白い竜のオーラを刃に纏わせ、流麗な剣舞で真空の刃を次々と弾き落としていく。
「ヴァン! こいつはただの魔物ではない。大気に魔力を溶け込ませて、自身の周囲に目に見えない風の鎧を展開している! 半端な攻撃は届かないぞ!」
「なら、風ごと斬る」
ヴァンは冷静に怪鳥の動きを見極め、セリアの名を呼んだ。
「セリア。空を灼き尽くし、風を殺す魂を」
「ええ! 行くわよヴァン!」
セリアが両手を突き出し、詠唱を紡ぐ。
「万物を灰燼に帰す極炎の魔神。そして、空を穿ち大地を両断する剛力の戦斧。今、この器にて交わりたまえ。多重同化……極炎の魔神、両断の巨斧!」
チャキィィィィンッ!
ヴァンの白銀の長剣が流動し、身の丈ほどの巨大な戦斧へと変異する。その刃からは、周囲の酸素を奪い尽くすほどの超高熱の炎が噴き出していた。
「オオオオオオオオッ!!」
ヴァンが岩を蹴り、戦斧を上段に構えて跳躍する。
怪鳥がヴァンを迎撃しようと極大の竜巻を発生させるが、ヴァンの放つ極炎は、風に乗るどころか、風そのものを燃料にしてさらに激しく燃え上がり、竜巻を炎の渦へと変えて打ち消してしまった。
「そこだ!」
ヴァンが空中で隙を作った瞬間、ローランが竜の脚力で崖を蹴り、空中の怪鳥の死角へと回り込んだ。
「はああああっ!」
ローランの長剣が、怪鳥の風の鎧の薄い部分を正確に切り裂き、その強靭な翼の付け根に深い痛手を負わせる。
「ギギャアアアアッ!?」
バランスを崩し、墜落していく怪鳥。
ヴァンは落下しながら、極炎の戦斧を怪鳥の脳天へと全力で振り下ろした。
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!
巨斧の圧倒的な質量と、極炎の爆発が怪鳥の頭部を完全に粉砕し、岩場に巨大なクレーターを穿った。
圧倒的な連携。先の広場での模擬戦で、互いの剣の軌道と呼吸を完璧に把握していた二人だからこそ成し得る、一切の無駄がない阿吽の呼吸だった。
土煙が晴れ、白銀の剣を鞘に収めるヴァン。
ローランは軽やかに着地し、驚きと歓喜の入り交じった笑顔でヴァンを見た。
「素晴らしい。あなたの戦斧の炎の軌道を信じて飛び込んだが……寸分の狂いもなく、私の剣筋の邪魔にならないよう炎が制御されていた」
「お前の踏み込みが早かったからだ。見事だった」
ヴァンもまた、静かにローランの武技を称賛した。
二人の戦士は、共に銀色に輝く金剛樹を見上げた。
「これで、絶海を渡るための最強の竜骨が手に入った」
ローランが大樹の幹に優しく触れる。
「人間たちから忌み嫌われ、隠れ住むしかなかった私たちが、自分たちの国を創るための船を造る。……ヴァン、私は今、生まれて初めて、自分の命の使い道に心の底から誇りを感じている」
竜人の青年は、深く澄んだ瞳で黒鎧の戦士を見つめた。
「私の背中は、これからもあなたに預ける。新しき暁の地まで、共にこの道を切り拓こう」
「ああ。誰も置いてはいかない」
最強の竜骨を手に入れた三人は、待つ者たちの元へ帰るため、霊峰の崖を力強く下り始めた。
互いの命と理想を預け合った二人の戦士の歩みは、新世界という途方もない未来へ向かって、揺るぎない確かなものとなっていた。




