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追放された戦士は『同化』で覚醒する〜不要とされた俺が伝説の剣豪を身に宿し、やがて多民族国家を創り上げるまで〜  作者: 八咫 日本


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143/201

第143話 腐臭の関所と、檻を砕く刃

西の未開領域へと続く荒野の道なき道を、鋼殻の移動要塞と大型の木造荷馬車が土煙を上げて進んでいた。

要塞の後ろに連なる荷馬車の中では、王都から逃げ延びた数十人の亜人たちが、少しずつではあるが落ち着きを取り戻し始めていた。

「さあ、今日は特別に甘い果実を煮込んだジャムをパンに塗ってやるぞ。人間の街じゃ、お前たちにはこんな美味いものは回ってこなかっただろうからな」

バクスが荷馬車の荷台に腰掛け、獣人の子供たちにジャムを塗ったパンを配る。子供たちは最初は怯えながら受け取っていたが、その甘さに目を丸くし、やがて小さな笑顔を見せるようになっていた。

「俺の組み上げた馬車の乗り心地はどうだ? 人間の貴族が乗るようなフカフカのクッションはねえが、雨風は凌げるし、車輪には衝撃を吸収するバネを仕込んである」

バルガンがパイプを咥えながら、荷台の端でドワーフの男たちに話しかける。ドワーフの男たちは、その精巧な技術に目を輝かせ、尊敬の眼差しでバルガンの義手を見つめ返していた。

種族の壁を超え、対等に言葉を交わし、共に食事をとる。

それは、召喚術が支配する人間の社会では決して許されない光景だった。彼らにとって、この無骨な鉄の馬車とその周りだけが、世界で唯一の息ができる場所になりつつあったのだ。

しかし、要塞の居住区画で地図を広げていたルミナの表情は、どこまでも険しかった。

「……近隣の都市群から集めた情報ですが、状況は最悪です。グランゼル王都が災害級魔物によって完全に消滅したというのに、周辺の国々や貴族たちは、魔物の脅威に対抗するための同盟を組むどころか、王都の遺産を巡る醜い争奪戦を激化させています」

ルミナは羽ペンで地図上の人間の領地を指し示し、吐き捨てるように言った。

「特に深刻なのが、労働力の確保です。王都の富を支えていた亜人の奴隷たちが解放されたことで、周辺諸国は自国のインフラや経済を回すための奴隷が極端に不足する事態に陥っています。だからこそ、彼らは魔物討伐よりも、逃げ出した奴隷たちを再捕獲するための『奴隷狩り』に多額の予算と兵力をつぎ込んでいるのです」

「……馬鹿な連中だ。自分たちの足元が崩れかけているってのに、まだ他人の首に鎖を繋ぐことしか考えていねえのか」

バルガンが居住区画に入ってきて、忌々しそうに吐き捨てた。

「ええ。人間たちは、召喚術という圧倒的な力を持っていることに驕りきっています。自分たちは特別な存在であり、異種族を酷使して富を築くのが当然の権利だと、骨の髄まで思い込んでいるんです」

ルミナが悔しそうに帳簿を閉じる。

ヴァンは壁にもたれかかり、腕を組んで黙って外の荒野を見つめていた。

漆黒の黒曜の鱗鎧が、要塞の僅かな振動に合わせてかすかに音を立てている。

やがて、要塞が深い谷あいの道へと差し掛かった時。

前方を塞ぐように、急造の関所のような巨大なバリケードが築かれているのが見えた。

そこには、百人規模の武装した私兵と、けばけばしい服装の貴族たち、そして革の鞭を腰に提げた奴隷商人たちが待ち構えていた。

さらにバリケードの奥には、亜人たちを詰め込むための、太い鉄格子で作られた巨大な檻が何台も連なっている。

要塞が停車し、タラップが下りる。

ヴァンが静かに降り立ち、その背後にセリア、ルミナ、バクス、バルガンが続いた。

荷馬車の中の亜人たちは、奴隷商人たちの姿と鉄の檻を見た瞬間、恐怖で悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら身を寄せ合った。

「お待ちしておりましたぞ、英雄ヴァン殿!」

バリケードの中から進み出てきたのは、隣国の商業都市を牛耳るという大貴族の男と、そのお抱えである太った奴隷商人だった。

大貴族の男は、香水で不快な匂いを放ちながら、これ見よがしに恭しい態度でヴァンに頭を下げた。

「ルクセン領の愚か者が、あなたを怒らせて追い返されたと聞きましてな。我々はあのような無礼な真似はいたしません。ヴァン殿、我が国はあなたを、最高の敬意を持ってお迎えしたい」

大貴族はニタニタと笑いながら、背後の私兵たちに合図を送る。

すると、私兵たちが重そうな金の延べ棒が詰まった箱を幾つも運び出し、ヴァンの足元に置いた。

「王都が消滅した今、大陸の覇権は我が国が握ります。ヴァン殿には、特例として永世貴族の地位と、広大な領地の統治権をお約束しよう。……その代わり、あなたの後ろにいる『所有物』どもを、すべて我々に引き渡していただきたい。労働力がどうしても必要なのです」

大貴族の言葉に、バクスが怒りで毛を逆立て、バルガンがギリッと歯を食いしばる。

「ふざけんな……! こいつらは物じゃねえ! 心を持った、生きた人間と同じだ!」

バクスが前に出ようとした瞬間、太った奴隷商人が持っていた革の鞭を地面にピシィッ!と強く打ち鳴らした。

「口を挟むな、この薄汚い獣が! 人間同士の高貴な交渉の場に、家畜が声を出していいと誰が教えた!」

奴隷商人はバクスとバルガンを、ゴミを見るような汚蔑の視線で睨みつけた。

「お前たちのような頭の悪い亜人は、我々人間に管理されて初めて生きる価値が生まれるのだ。英雄殿の後ろに隠れていれば助かるとでも思ったか? 逃げ出した罰として、そこにいる全員の爪を剥がし、二度と逆らえないように再教育してやる。あの檻の中で、たっぷりと可愛がってやるから覚悟しておくんだな!」

奴隷商人の残酷な言葉に、荷馬車の亜人たちが絶望の鳴き声を上げる。

貴族の男も、当然のようにそれに同調し、ヴァンに向かって肩をすくめた。

「お見苦しいところをお見せしました、ヴァン殿。ですが、これが世界の秩序というものです。召喚術を持たない彼らは、神から見放された存在。我々が使役してやらねば、生きていくことすらできない哀れな生き物なのです。さあ、賢明なヴァン殿なら、そのようなゴミ屑よりも、我々との輝かしい未来を選ぶはずだ」

バクスは拳から血が滲むほど強く握りしめ、バルガンは怒りで全身を震わせていた。

彼らがこれまでの人生で嫌というほど味わってきた、人間の傲慢さと理不尽な差別の縮図が、そこにあった。

「……世界の秩序だと」

沈黙を破ったのは、ヴァンの低く、氷のように冷たい声だった。

ヴァンはゆっくりと前へ歩み出た。

その足取りには、一切の迷いがない。黒曜の鱗鎧が放つ威圧感と、死線を潜り抜けてきた戦士としての絶対的な気迫が、周囲の空気を急激に重く、冷たくしていく。

大貴族と奴隷商人の顔から、余裕の笑みがスッと消え去った。

「ひっ……な、なんだ、その目は……。我々は友好的な交渉を……」

貴族が後ずさろうとしたその時、ヴァンは無言のまま、腰の白銀の長剣を引き抜いた。

そして、彼らを通り越し、バリケードの奥に並べられていた巨大な鉄の檻へと向かって歩みを進めた。

私兵たちが慌てて武器を構えようとするが、ヴァンの放つ異常な死の気配に当てられ、誰一人として一歩を踏み出すことができない。

ヴァンは、最も巨大な鉄の檻の前に立つと、上段に構えた白銀の長剣を、一切の躊躇なく振り下ろした。

ズガァァァァァァァンッ!!

刃が鉄を断つという次元を超えた、純粋な質量と破壊の連鎖。

ヴァンの人外の膂力によって振り下ろされた剣は、凄まじい風圧と衝撃波を生み出し、分厚い鉄格子で作られた檻を、まるで枯れ枝のように粉々に叩き潰した。

吹き飛んだ鉄の破片が散弾のように周囲の地面に突き刺さり、残りの檻もその余波で次々とひしゃげ、ひっくり返っていく。

「あ、あ、ああ……」

奴隷商人が、自分の商売道具が一瞬にして鉄屑へと変えられた光景を見て、腰を抜かしてへたり込んだ。

大貴族も恐怖で顔を真っ青にし、震える指でヴァンを指差す。

「き、貴様……! 我々の好意を無下にし、国を敵に回す気か! ただの戦士の分際で……!」

ヴァンは白銀の剣を静かに鞘に収め、振り向きざまに、冷徹な視線で貴族と奴隷商人を見下ろした。

「俺の道は、貴様らの腐り落ちた国には繋がっていない」

ヴァンの声は、激昂しているわけではない。だが、だからこそ、その絶対的な拒絶の意思は、彼らの心に拭い去れない恐怖を刻み込んだ。

「二度と、俺の仲間に、そして俺が護ると決めた者たちに近づくな。この言葉の意味が理解できないのなら、次は貴様らの国そのものを、その檻と同じように叩き潰す」

それは、大国をも凌駕する力を持った戦士の、静かで、もっとも重い最後通告だった。

貴族と奴隷商人は声にならない悲鳴を上げ、私兵たちを置き去りにして、這いつくばりながら逃げ去っていった。私兵たちもまた、ヴァンの前では戦う意志すら持てず、武器を投げ捨てて散り散りに逃げ出していく。

粉々に砕け散った鉄の檻の残骸を前に、ヴァンは静かに振り返った。

バクスとバルガンは、自分たちを侮蔑した者たちの言葉を完全に否定し、檻という象徴を物理的に破壊してくれたヴァンの背中に、深い敬意と熱い涙を浮かべていた。

荷馬車の中の亜人たちも、恐怖の象徴であった檻が鉄屑となったのを見て、ヴァンの存在がどれほど絶対的な自分たちの守護者であるかを、魂の底から理解していた。

「……ヴァン」

セリアが歩み寄り、誇らしげに微笑みながらヴァンの腕に触れた。

ルミナも清々しい笑顔で、大きく頷く。

「行くぞ。人間の理屈が届かない場所へ」

ヴァンが短く告げ、タラップを上る。

黄金で飾られた腐敗の国々を後にし、一行はついに人間の支配領域を抜け、名もなき未開の荒野へと、その重く確かな轍を刻み始めたのであった。

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