第136話 黄金の王都と、華を支える鎖
大地の百足を筆頭に、数々の災害級魔物を単独で討ち取ったという圧倒的な実績。
それは商人たちの口伝てだけにとどまらず、ついに人間の国々の中心である大国、グランゼル王国の王族の耳にまで届いていた。
鋼殻の移動要塞は今、そのグランゼル王国の王都へと続く、綺麗に舗装された白亜の街道を進んでいた。
「しかし、まさか大国の王家から直接の招待状が届くなんてね。これも大将の活躍のおかげだぜ」
操縦席でバルガンが立派な羊皮紙に押された王家の封蝋を見ながら、感心したように息を吐いた。
居住区画のテーブルでは、ルミナが分厚い帳簿と地図を広げ、真剣な顔つきで計算をしていた。
「王家の使いの話では、莫大な報奨金と王都での特別な滞在許可を出してくれるそうです。それに、ここ最近倒した災害級魔物の素材が山のように要塞の倉庫に積まれていますからね。王都には『最高の鎧鍛冶』と呼ばれるアーガイルという職人がいると聞いています。あのガルドさんが認めた数少ない人間の職人だとか。ヴァンさんの新しい鎧を造ってもらうには、これ以上ない機会です」
厨房から顔を出したバクスが、腕を組んで鼻を鳴らす。
「最高の鎧鍛冶か。そいつは楽しみだが、人間の大国の王都ってのはどうも気が進まねえな。連中は俺たちみたいな獣人やドワーフを見ると、汚い虫でも見るような目をしやがるからな」
「……嫌な思いをさせるようなら、すぐに街を出る。俺たちの足ならいつでも離れられる」
壁にもたれかかって外の景色を眺めていたヴァンが、静かに、しかし断固とした口調で言った。
その言葉に、バクスとバルガンの顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「へっ、大将がそう言ってくれるなら安心だ。美味い食材でも探して、さっさと用事を済ませようぜ」
やがて、移動要塞の前方に、山のように巨大で豪奢な城壁が見えてきた。
グランゼル王都。召喚術の粋を集めて作られたというその城壁は、太陽の光を浴びて黄金のように輝いており、他の都市とは比べ物にならないほどの圧倒的な権力と富を象徴していた。
城門の前には、王家の紋章を掲げた豪華な馬車と、煌びやかな鎧を着込んだ近衛兵たちがずらりと整列していた。
要塞が静かに停車し、ハッチが開く。
ヴァンを先頭に、セリア、ルミナ、バルガン、バクスがタラップを下りると、馬車の前に立っていた豪奢な絹の服を着た貴族の男が、大げさな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「おお! あなたが噂の英雄、ヴァン殿ですね! お待ちしておりましたぞ。私は王族の代理としてお迎えに上がった、侯爵のダリウスと申します。ささ、不格好な鉄の馬車など捨て置いて、こちらの王家の馬車へ。すぐに王城へとご案内いたしましょう」
ダリウス侯爵はヴァンに対して愛想よく手を差し出したが、その視線が後ろに続くバクスやバルガン、そしてハーフエルフであるルミナに向けられた瞬間、露骨に顔をしかめ、持っていた香水染みのハンカチで鼻と口を覆った。
「……ヴァン殿。あなたは素晴らしい力をお持ちのようですが、従者の躾がなっておられないようだ。このようなむさ苦しい亜人どもを、高貴な王都の正門に連れてくるとは。王都の空気が穢れてしまう」
ダリウス侯爵の言葉に、近衛兵たちも同意するように冷たい侮蔑の視線をバクスたちに向ける。
「おい、ふざけんな! 俺たちは大将の仲間だぞ!」
バクスが牙を剥いて前に出ようとしたが、ヴァンが黙って片手を上げ、それを制止した。
ヴァンは差し出された侯爵の手を握ることはなく、氷のように冷たい目で貴族の男を見下ろした。
「彼らは俺の仲間であり、この要塞は俺たちの居場所だ。馬車を捨てる気も、仲間を置いていく気もない。それが不満なら、招待はなかったことにして今すぐ引き返す」
ヴァンの静かだが絶対的な威圧感を伴う言葉に、ダリウス侯爵は一瞬ビクッと肩を震わせた。
災害級の化け物を単独でねじ伏せる男の放つ、純粋な暴力の気配。侯爵は引きつった笑みを浮かべ、慌ててハンカチを下ろした。
「あ、いや、冗談ですぞヴァン殿! もちろん、あなたのご一行を歓迎いたします! その鉄の馬車ごと、王都の特別な区画へご案内しましょう。さあ、門を開けい!」
ギゴゴゴゴ……と重々しい音を立てて巨大な城門が開かれ、移動要塞はダリウス侯爵の馬車に先導されながら、王都の内部へと足を踏み入れた。
城壁の内側に広がっていたのは、まさに地上の楽園のような光景だった。
透き通るような水路が街中に張り巡らされ、白亜の建物が立ち並び、美しい衣服を着た人間の貴族や裕福な市民たちが優雅に談笑している。
しかし、その華やかな表通りの影には、ひどく歪んだ現実が隠されていた。
要塞の窓から外を眺めていたルミナが、ハッと息を呑んで両手で口を覆った。
「そんな……酷い……」
美しい水路を清掃しているのは、首に重い鉄の首輪をはめられ、泥だらけになった獣人たちだった。
立派な白亜の建物の裏側で、巨大な石材を鞭で打たれながら運ばされているのは、痩せこけたドワーフたち。
そして、貴族の荷物持ちとして、うつむきながら鎖で引かれているエルフの少女の姿もあった。
召喚術という魔法の力が絶対視され、魔力を持たない者や異種族が徹底的に見下される社会システム。
グランゼル王都の圧倒的な富と華やかさは、彼ら亜人たちを奴隷のように使役し、搾取することで成り立っていたのだ。
「……これが、人間の大国のやり方か。吐き気がしてきやがる」
バルガンが操縦桿を握る手にギリギリと力を込め、歯を食いしばる。
バクスもまた、同胞たちが鞭で打たれる姿を見て、悲痛な怒りに顔を歪めていた。
セリアはそっとヴァンの隣に立ち、彼の横顔を見つめた。
ヴァンの表情は、いつもと変わらない無表情だった。しかし、長年彼と魂を共鳴させてきたセリアにははっきりと分かっていた。
ヴァンの静かな瞳の奥で、決して許すことのない、冷たく重い怒りの炎が静かに燃え上がり始めていることを。
「ダリウス侯爵と言ったな」
先導する馬車と並走しながら、ヴァンが窓越しに声をかけた。
「はいはい! 何か御用ですかな、ヴァン殿!」
「アーガイルという鎧鍛冶の工房へ案内しろ。王族への挨拶はその後だ」
「ははは、武具への執着、まさに戦士らしい! 結構ですとも。ですがヴァン殿、王族や我々大貴族の元で働けば、あのような亜人どもの奴隷など、何十匹でもあなたの自由になりますぞ。今後の待遇について、ゆっくりとお話しさせていただきましょう」
侯爵の下劣な笑い声が、華やかな王都の風に乗って響く。
理不尽な魔物を討ち倒し、人々を救ってきた。しかし、人間社会そのものの根底に巣食う醜悪な腐敗は、剣で切り裂けるほど単純なものではない。
黄金の王都に足を踏み入れた一行を待っていたのは、魔物よりも遥かに残酷で、救いがたい人間の業であった。




