第133話 煌めく絶晶と、紫電の蛇腹剣
鋼殻の移動要塞は、大陸の地下深くを這うように続く巨大な大空洞、「光石の地下回廊」へと足を踏み入れていた。
天井や壁の至る所から、淡い光を放つ巨大な水晶の柱が突き出しており、光源がなくとも昼間のように明るい。この地下回廊の奥には、魔法の触媒となる希少な魔力結晶を採掘するための地下都市クリスタリアが存在している。
「まるで星空の中を走っているみたいですね……。どこを見てもキラキラと輝いていて、本当に綺麗です」
ルミナが窓にへばりつき、息を呑んで外の景色を眺めていた。
「だが、油断は禁物だぜ。この地下回廊の壁は硬い水晶でできてる。要塞の装甲でも、まともにぶつかればタダじゃ済まねえ。慎重な操縦が要るんだ」
操縦席でバルガンが幾つものレバーを微調整し、要塞を水晶の柱の隙間を縫うようにして走らせていく。
その時、要塞の車輪から伝わる地下の振動が、突如として不規則で激しいものへと変わった。
ギシ……ギシシシシッ!
「……おい、何か来るぞ。水晶が擦れ合うような、気味の悪い音が近づいてきやがる」
厨房で料理の仕込みをしていたバクスが、耳をそばだてて険しい顔つきになった。
次の瞬間、地下回廊の巨大な壁面が内側から爆発的に砕け散った。
降り注ぐ水晶の破片の中から姿を現したのは、全長百メートルに迫る巨大な八本足の化け物。「絶晶の鎧蜘蛛」であった。
全身をダイヤモンドよりも硬いとされる透明な絶晶の装甲で覆い、吐き出す糸は触れたものすべてを水晶へと変えてしまうという、地下世界における災害級の魔物である。
「シャァァァァァァッ!!」
絶晶の鎧蜘蛛が不気味な鳴き声を上げながら、巨大な水晶の糸を地下都市クリスタリアの防護壁へと吐き出した。
糸が壁に触れた瞬間、頑強な石造りの壁が瞬く間に浸食され、脆い水晶へと変異して砕け散る。
「化け物が出たぞ! 迎撃部隊、前へ!」
地下都市の防衛を担っていた人間の召喚師たちが、慌てて炎の魔獣や土のゴーレムを喚び出した。
「炎で焼き尽くせ! ゴーレム、奴の足を止めろ!」
しかし、絶晶の鎧蜘蛛が再び水晶の糸を放射状に吐き出すと、炎の魔獣は炎ごと水晶の彫像へと変えられ、ゴーレムは動きを止められて粉々に砕け散ってしまった。
「駄目だ、我々の召喚獣では触れることすらできない! このままでは街全体が水晶の墓標にされてしまう!」
召喚師たちが絶望の声を上げ、逃げ惑う鉱夫たちの上に、巨大な蜘蛛の足が振り下ろされようとしていた。
「バルガン、要塞を広場へ! ルミナ、バクス、避難誘導と足止めを頼む!」
「おうさ!」
ヴァンの鋭い声と共に、要塞が水晶の柱を強引に削りながら広場へと滑り込む。
バルガンは即座に金属鞄から特殊な形状の「音響杭」を射出し、広場の周囲に打ち込んだ。
「水晶の浸食にはこれだ! 特殊な振動波で、糸の結晶化を砕いてやる!」
音響杭から放たれる強烈な高周波が、街へと迫っていた水晶の浸食を粉々に砕いて進行を食い止める。
「皆さん、早くこちらの結界の内側へ! 荷物は後回しです!」
ルミナが声を張り上げ、恐怖に足がすくむ鉱夫や召喚師たちを安全地帯へと素早く誘導していく。
「虫けらの糸には、俺の特製溶解油だ!」
バクスが樽ごと放り投げたのは、魔物の強酸性の胃液をベースに調合した特殊な油だった。それが絶晶の鎧蜘蛛の足元で爆発し、蜘蛛が展開しようとしていた水晶の網をドロドロに溶かして足止めする。
「セリア!」
ヴァンはすでにタラップを蹴り、無数の水晶が乱立する広場へと跳躍していた。
「ええ! 行くわよヴァン!」
要塞の屋上からセリアが両手を突き出し、極限の集中力で詠唱を紡ぎ出す。
「気配を絶ち急所を穿つ隠密の極意。そして、すべてを炭化させる紫電の暴威。今、この器にて交わりたまえ。多重同化……伝説の暗殺者、紫電の雷獣!」
詠唱が完了した瞬間、ヴァンの肉体を闇のように深い暗黒のオーラと、空気を焼き焦がす眩い紫電のオーラが同時に包み込んだ。
シャキィィィィンッ!
ヴァンが腰から引き抜いたヴァンの剣が、二つの極大な魂と魔力に共鳴し、眩い光を放って流動する。
刀身が幾つもの細かい節に分かれ、それらが目に見えないほどの高圧電流のワイヤーで連結されていく。現れたのは、あらゆる軌道から対象の装甲の隙間を縫い、超高圧の紫電を内部へ直接流し込むための変幻自在の暗器、「白銀の蛇腹剣」であった。
「オオオオオオオオッ!!」
ヴァンが石畳を蹴る。雷獣の超音速の機動力と、暗殺者の気配を絶つ足運びが融合し、ヴァンの姿が紫色の残像となって完全に視界から消え失せた。
「シャァァァッ!?」
見失った獲物を探し、絶晶の鎧蜘蛛が八つの赤い複眼をぎょろつかせ、無数の水晶の槍を乱れ撃つ。
しかし、ヴァンの瞳はすべての水晶の軌道を完璧に見切っていた。
紫電の速度で無数の槍の隙間をすり抜け、ヴァンは巨大な蜘蛛の死角、頭上の巨大な水晶柱へと音もなく着地した。
「シィッ!」
鋭い呼気と共に、ヴァンは上空から白銀の蛇腹剣を振り下ろす。
ムチのようにしなった刃が、紫電の軌跡を描きながら絶晶の鎧蜘蛛の強靭な足の関節へと巻き付いた。
「ギチィィッ!」
装甲の隙間に入り込んだ刃から、雷獣の極大の超高圧電流が放たれる。
バチバチバチッ!! という凄まじい放電音と共に、蜘蛛の足の関節が内側から炭化し、巨大な一本の足が付け根からボトリと崩れ落ちた。
「なんだあの武器は……! 魔法すら通じない絶晶の装甲の隙間を縫って、直接焼き切っただと!?」
バルガンの音響結界の中で身を寄せていた召喚師たちが、信じられない神業に悲鳴のような声を上げた。
足を失い激怒した絶晶の鎧蜘蛛が、残るすべての足を使って跳躍し、地下回廊の天井に張り付いた。そして、腹部から都市を丸ごと覆い尽くすほどの巨大な水晶の網を一斉に吐き出した。
広場全域に降り注ぐ、逃げ場のない死の結晶網。
だが、ヴァンの表情に焦りはない。
(この剣は、俺の意志に応える。もっと速く、もっと長く!)
ヴァンは白銀の蛇腹剣の柄を両手で握り締め、暗殺者の洗練された体術のすべてを使って、自身の周囲で剣を猛烈な速度で旋回させた。
紫電を纏った無数の刃の節が、竜巻のような防御陣を形成する。降り注ぐ水晶の網は、蛇腹剣の紫電に触れた瞬間に次々と炭化し、空中で黒い灰となって散っていく。
そして、ヴァンは防御の回転力をそのまま攻撃へと転じさせた。
「喰らえ」
解放された白銀の蛇腹剣が、紫電の雷鳴と共に数十メートルの長さにまで伸び、天井に張り付いていた絶晶の鎧蜘蛛の巨大な胴体へと向かって一直線に放たれる。
刃は蜘蛛の分厚い装甲を直接狙うのではなく、その口内から続く柔らかな糸腺の奥深くへと、まるで生き物のように滑り込んだ。
「ギギャアアアアアアアアッ!?」
体内に異物を侵入された絶晶の鎧蜘蛛が、激痛に身をよじらせる。
「終わりだ」
ヴァンは蛇腹剣の柄を強く引き絞り、セリアから供給される雷獣の魔力のすべてを刃へと流し込んだ。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!
絶晶の鎧蜘蛛の巨体が、内側から爆発的に膨張し、極大の紫電が体内から突き破るようにして溢れ出した。
すさまじい落雷のような轟音と共に、化け物の巨体が粉々に吹き飛び、同時に地下回廊の天井の一部がその衝撃で大きく崩落した。
ガラガラと崩れ落ちた岩盤の先から、眩い太陽の光が地下空間へと差し込んでくる。
地形を変えるほどの爆発は、深い地下にあったはずのクリスタリアの広場に、地上へと続く巨大な光の吹き抜けを創り出してしまったのだ。
土煙と紫電の火花が収まった後。
光の差し込む広場の中央で、白銀の蛇腹剣をチャキ……と鳴らして元の長剣の姿へと戻し、鞘に収めるヴァンの姿があった。
周囲には、絶晶の鎧蜘蛛の残骸である美しい水晶の欠片が、太陽の光を反射して雪のようにキラキラと舞い散っている。
「信じられない……。あんな巨大な化け物を、たった一人で……しかも、地下回廊に地上の光を繋げてしまうなんて……」
結界の中から歩み出てきた召喚師たちや鉱夫たちが、空から降り注ぐ光と、その中心に立つ戦士の姿を、まるで神話の英雄でも見るかのような畏敬の瞳で見つめていた。
高位の召喚獣が束になっても時間を稼ぐことすらできなかった災害を、彼らが見下していた魔力を持たない戦士が、奇妙な剣一つで完全に粉砕してしまったのである。
「皆さん、怪我はありませんか? 浸食された場所がないか確認してくださいね」
ルミナが優しく声をかけ、バクスが安心させるように温かいスープの配給を始める。
その手際の良さと、命を救ってくれたという圧倒的な事実に、人間たちは言葉を失い、次々とヴァンの前へと膝をついた。
「我々の命を救っていただき、何と感謝してよいか分かりません……。戦士という存在が、これほどまでに強大で、気高いものだったとは」
地下都市の代表である召喚師が、震える声で深く頭を下げる。
その光景を見て、バクスは誇らしげに鼻をこすり、バルガンは満足そうに笑い声を上げた。
「俺は、仲間が護るべきと言ったものを斬るだけだ。お前たちが無事ならそれでいい」
ヴァンはいつも通り淡々と答え、仲間たちの元へと歩み寄った。
セリアがヴァンの額に浮かんだ僅かな汗を柔らかな布で拭い、その無事な姿に安堵の笑みを浮かべる。
地下世界を恐怖に陥れていた絶晶の鎧蜘蛛の討伐。そして、地下都市に太陽の光をもたらしてしまった圧倒的な力。
凄まじい力を持つ戦士と、彼を完璧にサポートする異種族の集団の噂は、この光石の地下回廊から地上へと抜け出し、さらに遠くの人々の耳へと熱狂を伴って広まり続けていく。
彼らの名声は、もはや一つの伝説として、確かな輪郭を持ち始めていた。




