第131話 灼砂の渦と、双炎の軌跡
西の都市群を繋ぐ街道の中でも、最も過酷とされる「熱砂の海」と呼ばれる広大な砂漠地帯。
見渡す限りの赤茶けた砂丘が続くこの難所を、鋼殻の移動要塞は強靭な特注の車輪で砂を掻き分けながら、力強い駆動音を響かせて進んでいた。
「ふう……要塞の中は冷房結界のおかげで快適ですけど、窓の外を見ているだけで喉が渇いてきそうです」
ルミナが冷たい果実水を飲みながら、広大な砂の海に目を細めた。
「まったくだ。だが、この砂漠にはここでしか採れない希少な香辛料や、サボテンの蜜があるはずなんだ。市場に出回る前の新鮮なやつを、何としても手に入れておきてえな」
厨房で刃物の手入れをしていたバクスが、料理人としての探求心を燃やして窓の外を物色している。
その時、要塞の操縦桿を握っていたバルガンが、チッと舌打ちをしてブレーキを踏み込んだ。
「おしゃべりはそこまでだ。前方の砂丘の裏で、嫌な砂煙が上がってやがる」
バルガンの言葉に、ヴァンは無言で立ち上がり、屋上デッキへと続くハッチに手をかけた。
砂丘を越えた先の盆地状の地形で、巨大な隊商が絶望的な危機に陥っていた。
ズゴゴゴゴォォォォォンッ!!
砂漠の中央に、直径数百メートルにも及ぶ巨大なアリジゴクのような流砂の渦が発生していたのだ。
そして、その渦の中心から姿を現したのは、無数の鋭い牙が並んだ巨大な円状の顎と、分厚い装甲に覆われた長大な胴体を持つ災害級の魔物、「砂海の大怪蟲」であった。
「助けてくれ! 荷馬車が渦に飲み込まれる!」
商人たちの悲鳴が熱風に混じって響き渡る。護衛として雇われていた人間の召喚師たちが、砂に足を取られながらも必死に魔力を練り上げていた。
「土の魔獣よ、足場を固めろ! 水の精霊、流砂を止めろ!」
しかし、砂海の大怪蟲が巨大な顎を打ち鳴らすと、周囲の砂が意思を持ったように波打ち、召喚師たちの魔法をことごとく飲み込んで無効化してしまった。魔力を吸い取られた魔獣たちは悲鳴を上げて消滅し、隊商の荷馬車が次々と絶望の渦の中心へと引きずり込まれていく。
「あの馬鹿デカいミミズ、砂漠全体の魔力を支配してやがる! 嬢ちゃん、バクス! いつも通り救助のサポートを頼む!」
バルガンが要塞を流砂の縁ギリギリに停車させ、後部のハッチを展開した。
「任せてください! バルガンさん、ワイヤー射出!」
ルミナの合図と共に、バルガンの巨大な金属鞄から無数の鋼鉄ワイヤーが射出され、飲み込まれかけていた商人たちの荷馬車に深く突き刺さって強引に引き止める。
「おらよっ! 砂の中の化け物には、強烈な振動と悪臭のプレゼントだ!」
バクスが腕を振りかぶって投げたのは、魔物の強烈な体液を凝縮した特製の悪臭音響弾だった。それが大怪蟲の頭部付近で爆発すると、鋭敏な感覚器官を狂わされた怪蟲が苦痛に身をよじらせ、流砂の勢いが僅かに緩んだ。
「セリア!」
ヴァンはすでに屋上デッキから流砂の斜面へと飛び出していた。
「ええ! 行くわよヴァン!」
要塞の屋上に立ったセリアが、ヴァンの背中へ向けて両手を突き出し、極限の集中力で詠唱を紡ぐ。
「あらゆる気配を感知し風を置き去りにする白銀の神速。そして、岩盤を蒸発させる極大熱量の赤き暴威。今、この器にて交わりたまえ。多重同化……白銀の神狼、紅蓮の爆炎竜!」
詠唱が完了した瞬間、ヴァンの肉体を透き通るような白銀のオーラと、周囲の砂を瞬時にガラス化させるほどの凄まじい紅蓮のオーラが同時に包み込んだ。
シャキィィィィンッ!
ヴァンが鞘から引き抜いたヴァンの剣が、二つの極大な魂と魔力に共鳴し、眩い光を放って流動する。
刀身が二つに分かれ、それぞれが大きく反り返った刃へと変貌を遂げた。現れたのは、神速の連撃を放ち、かつ爆炎の魔力を刃に留めるための最適解。二振りの「紅蓮の双曲剣」であった。
「オオオオオオオオッ!!」
ヴァンが流砂を蹴る。白銀の神狼の圧倒的な脚力は、足場のない流砂の上ですら平地のように駆け抜けることを可能にしていた。
「ギィェェェェェェェッ!」
接近するヴァンに気づいた大怪蟲が、巨大な円状の顎を広げ、無数の岩のつぶてを散弾のように吐き出した。
だが、ヴァンの瞳には一切の焦りがない。神狼の究極の索敵能力が、すべての岩の軌道を先読みしていた。
ヴァンは赤黒い残像を残しながら、岩の雨を紙一重の動きで完全に回避し、大怪蟲の巨大な胴体へと肉薄する。
「シィッ!」
鋭い呼気と共に、右手の紅蓮の曲剣が怪蟲の分厚い装甲を薙ぎ払う。
ズガァァァァァァンッ!!
ただの斬撃ではない。刃が対象に触れた瞬間、紅蓮の爆炎竜の極大熱量が爆発し、分厚い装甲を溶かしながら吹き飛ばした。
「ギギャアアアアアッ!」
怪蟲が苦痛に暴れ狂い、長大な尾を鞭のようにしならせてヴァンを叩き潰そうとする。
砂漠の地形を変えるほどの恐ろしい質量攻撃。
しかしヴァンは跳躍し、空中で身を捻ってその一撃を回避すると、今度は左手の曲剣を怪蟲の尾に突き立て、そのまま加速して胴体を駆け上がり始めた。
ズバァァァン! ズガァァァン!!
ヴァンが双曲剣を振るうたびに凄まじい爆炎が巻き起こり、大怪蟲の巨体が次々とえぐり取られていく。戦闘の余波で放たれた超高温の熱線が周囲の流砂を焼き尽くし、巨大なすり鉢状の砂地が、ドロドロに溶けたガラスの海へと地形を変えていく。
「何なんだ、あの戦士は……。災害級の化け物を相手に、砂漠をガラスに変えながら圧倒している……!」
バルガンのワイヤーに救出された人間の召喚師たちが、結界の中からその神業のような光景を呆然と見つめていた。彼らの召喚獣では全く歯が立たなかった魔物を、たった一人の男が二振りの剣だけで蹂躙しているのだ。
だが、災害級の怪蟲もただでは死ななかった。
全身から煙を上げながら、怪蟲は自らの胴体をガラスの海へと深く潜らせ、ヴァンの足元から巨大な顎を突き上げて丸呑みにしようと強襲を仕掛けた。
逃げ場のない、真下からの極大の奇襲。
しかし、それこそがヴァンの狙いだった。
「待っていたぞ」
ヴァンは回避行動をとらず、自ら怪蟲の巨大な顎の中へと身を投じた。
「大将!?」
バクスが血相を変えて叫ぶが、セリアの表情には絶対の信頼があった。
怪蟲の口内に飛び込んだヴァンは、無数の牙が肉に食い込む寸前で、両手の紅蓮の双曲剣を柄尻で繋ぎ合わせ、一本の巨大な「双刃の円月輪」へと変形させた。
そして、神狼の敏捷性をすべて回転力へと変換し、爆炎竜の全魔力を刃に込めて、怪蟲の体内から極大の回転斬りを放った。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!
怪蟲の巨体が内側から真っ二つに裂け、同時に体内に圧縮されていた爆炎竜の熱量が大爆発を起こした。
巨大な炎の柱が砂漠の空を焦がし、数キロにわたる流砂の盆地が、巨大な一つのガラスのクレーターへと完全に書き換えられた。
炎と砂煙が晴れた後。
太陽の光を反射して美しく輝くガラスのクレーターの中心に、紅蓮の双曲剣から元の白銀の長剣へと姿を戻した剣を静かに鞘に収めるヴァンの姿があった。
「す、凄まじい……」
救出された商人たちが、震える膝を押さえながらその場にへたり込んだ。
召喚師の隊長が、ふらつく足取りでヴァンと仲間たちの元へ歩み寄り、そのまま砂の上に深く平伏した。
「命を救っていただき、言葉もありません。我々の驕りでした……。戦士という存在が、これほどまでに気高く、絶対的な力を持つものだとは」
その言葉を聞いて、ルミナは誇らしげに胸を張り、バクスは豪快に笑い飛ばした。バルガンも満足そうに髭を撫で、要塞の点検に戻っていく。
ヴァンは振り返り、屋上デッキから駆け下りてきたセリアを見つめた。
「熱波は大丈夫だったか、セリア」
「ええ。あなたの力に比べれば、少し温かい風が吹いただけよ」
セリアはヴァンの煤けた頬にそっと触れ、優しく微笑んだ。
熱砂の海を恐怖に陥れていた大怪蟲の討伐。そして、砂漠を巨大なガラスの花に変えてしまった圧倒的な力。
凄まじい力を持つ戦士と、彼を支える異種族の集団の噂は、助けられた商人たちを通じて、人間の国々の中心部へさらに深く、強く刻み込まれていく。
彼らの実力はもはや誰も無視できない段階へと突入し、次なる運命の交差点へと一行を導いていくのであった。




