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追放された戦士は『同化』で覚醒する〜不要とされた俺が伝説の剣豪を身に宿し、やがて多民族国家を創り上げるまで〜  作者: 八咫 日本


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第13話 氷雨の街と空っぽの両手

最高級宿屋の分厚いオーク材の扉が、背後で重々しい音を立てて閉ざされた。内側から幾重にも鍵が掛けられる冷たい金属音が、静まり返った廊下に響き渡る。

外へ出ると、城塞都市は完全に灰色に塗り潰されていた。厚く垂れ込めた雨雲から降り注ぐ氷雨が、無数の針のようになって石畳を容赦なく打ち据えている。

ヴァンは軒下から、吹き荒れる雨の中へと足を踏み出した。

防具も外套も奪われ、身にまとっているのは辛うじて肌を隠す程度の薄汚れた麻の内着が一枚だけ。昨夜の激戦で引き裂かれ、強酸の瘴気でところどころ焼け焦げた布地は、一瞬にして冷たい雨水を吸い込み、ヴァンの皮膚に重く、そして冷たく張り付いた。

雨粒が、左腕と背中に広がる生々しい化膿した火傷の跡を容赦なく叩く。そのたびに、焼け火箸を押し当てられたかのような鋭い痛みが脳の芯を突き抜けた。さらに、限界を超えて圧迫された肋骨が胸郭を内側から抉り、浅い呼吸を繰り返すだけでも肺が引き裂かれるように痛む。

しかし、ヴァンは顔をしかめることも、立ち止まることもなく、ただ無表情のまま、泥と血にまみれたブーツを引きずって歩き始めた。

目的などない。どこへ向かうべきか、何をすべきかという思考そのものが、今の彼にはすっぽりと欠落していた。

大通りに出ると、雨を避けて建物の軒下や酒場の張り出し屋根に避難している街の人々の姿があった。彼らは、ふらふらと歩いてくる半裸同然の男の姿に気づくと、一様に眉をひそめ、汚物でも見るかのような視線を向けてヒソヒソと囁き合った。

「おい、あいつ。勇者様のパーティーにいた戦士じゃないか」

「ああ、聞いたぞ。昨日の討伐で、恐怖のあまり精霊召喚師様を盾にして逃げ出したらしい。勇者様が直々にギルドに報告したそうだ」

「なんて卑劣な野郎だ。魔力を持たない戦士なんて底辺の職に就く奴は、心根まで腐ってるんだな」

人々の嘲笑と非難の言葉が、冷たい雨音に混じってヴァンの鼓膜を打つ。レオンの放った虚言は、すでにこの街の絶対的な真実として完全に定着していた。数時間前まで、リーゼの命を救うために自らの血と肉を削り、一睡もせずに暗闇の中で彼女を温め続けていたという事実を知る者は、この世界にただの一人もいない。

ヴァンは誰に弁明することもなく、反論の声を上げることもなく、ただうつむき加減で歩みを続けた。

寒さが骨の髄まで浸透していく。ヴァンの屈強な肉体も、度重なる物理的なダメージと極度の疲労、そして栄養失調によって、自ら熱を生み出す機能を失いつつあった。指先から感覚が消え去り、足の裏が石畳の硬さを感じなくなっていく。

雨足がさらに激しさを増した。ヴァンは歩みを遅め、大通りの喧騒から外れた、細く入り組んだ路地裏へと足を踏み入れた。

そこは、華やかな表通りからは完全に切り離された、都市の吹き溜まりのような場所だった。両側から迫る古びた煉瓦造りの建物が空を隠し、昼間であってもひどく薄暗い。足元の石畳はあちこちが陥没し、腐った野菜の屑や生活排水が泥水と混ざり合って、酷い悪臭を放っている。

路地の奥深く、迷路のように曲がりくねった先。周囲から完全に人の気配が消えたどん詰まりの場所で、ヴァンはついに足を止めた。

建物の壁と壁の隙間、屋根の張り出しによって辛うじて雨が直接当たらないわずかな空間。ヴァンは糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、苔むした冷たい煉瓦の壁に背中を預け、泥水の中へ力なく座り込んだ。

両膝を立て、その上に腕を乗せて荒い息を吐き出す。

視界が白く霞み、耳の奥で自分の弱々しい鼓動だけが異常に大きく響いている。

ヴァンは、ゆっくりと自分の両手を顔の前にかざした。

長年、重い大剣の柄を握り続けたことで分厚く硬くなった掌。野営のテントを張り、魔物の硬い鱗を剥ぎ取る作業で刻まれた無数の小さな傷跡。それは、彼がこれまで戦士として、勇者パーティーの裏方を支える雑用係として、己の役割を誰よりも完璧に全うしてきたことの物理的な証明だった。

しかし今、この血にまみれた手の中には何もない。

長年命を預け、毎夜手入れを欠かさなかった両手剣もない。

護るべき仲間もいない。

果たすべき役割もない。

ヴァンという存在をこの世界に繋ぎ止めていた「歯車」としての機能が、完全に失われてしまったのだ。

怒りは湧かなかった。裏切られたという悲しみすらも感じない。

ただ、圧倒的な虚無感だけが、空っぽになった胸の奥底に真っ黒な穴を広げていた。道具として使われ、不要になれば惨めに捨てられる。それが魔力を持たない戦士の当然の末路であると、頭では理解している。これまでの人生で、ヴァンはその絶対的な事実を何度も受け入れ、その上で自分にできることを限界までやり抜いてきたのだ。

だが、いざ全てを物理的に剥奪され、たった一人で冷たい泥水の中に座り込んだ時、彼を襲ったのは「これからどうやって生き延びるか」という生存への執着ではなく、「自分は何のために存在していたのか」という根本的な問いと、深い孤独だった。

剣を奪われた戦士に、存在価値はない。

雨音が世界の全ての音を覆い隠す路地裏の片隅で、ヴァンは重く冷たい瞼をゆっくりと閉じた。

誰も自分を必要としていない。誰も自分を待っていない。

痛みすらも麻痺し始めた肉体の奥底で、ヴァンの意識は、光の届かない深い泥の底へと沈み込むように、静かに、そしてゆっくりと暗闇の中へ溶けていった。

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