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追放された戦士は『同化』で覚醒する〜不要とされた俺が伝説の剣豪を身に宿し、やがて多民族国家を創り上げるまで〜  作者: 八咫 日本


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第118話 帰還の路と、燃え上がる職人の魂

霊峰の頂を吹き抜ける風は、先ほどまでの荒々しさを嘘のように潜め、静かな冷気となって結晶化した火口跡を撫でていた。

砕け散った巨大な氷と白銀の破片の中央で、ひときわ強い輝きを放つ塊がある。

ヴァンはゆっくりと歩み寄り、その表面に直接触れた。魔物の王の中枢で途方もない年月と魔力によって圧縮された、純度百パーセントの超高硬度ミスリル鉱石。大人が両手で抱えるほどの大きさだが、その質量は岩の塊などとは比較にならないほど重く、底知れぬ魔力の波動を脈々と放っていた。

「こいつが、新しい相棒の……」

呟くヴァンの口元から、再び赤黒い血がツツーッと流れ落ちた。

その直後、ヴァンの視界が僅かに揺らぎ、膝から崩れ落ちそうになる。痛覚がないとはいえ、二つの相反する極大な魂を宿した多重同化の負荷は、彼の肉体の限界をとうに超えさせていた。全身の筋繊維は断裂し、皮膚は至る所で内出血を起こしている。

倒れかけたヴァンの身体を、柔らかく、しかし力強い腕が下から支えた。

セリアだった。

彼女は何も言わず、ただ静かにヴァンの隣に膝をついた。空間収納の鞄から清潔な布と水を取り出し、ヴァンの顔や腕にこびりついた血と汚れを丁寧に拭い去っていく。彼女の指先は微かに震えており、拭うたびに新しく滲み出す血を見る彼女の紫色の瞳には、言葉にできない焦燥と切実な祈りが滲んでいた。

「嬢ちゃん、これを塗ってやってくれ」

バクスが小走りで近づき、すり鉢で丁寧にすり潰した緑色のペーストを差し出した。

「霊峰の麓で採集した月光草と、魔物の脂を練り合わせた特製の傷薬だ。治るわけじゃねえが、止血と疲労の緩和には抜群に効くはずだ。俺が仕込んだから間違いないぜ」

セリアは小さく頷き、バクスから受け取った薬をヴァンの傷口一つ一つに丁寧に、そして優しく擦り込んでいく。さらに上から清潔な包帯をきつく巻きつけ、彼の身体を少しでも繋ぎ止めようと必死に処置を続けた。

ルミナもまた、携帯用の魔石ストーブをヴァンのすぐ傍に設置し、凍てつく山頂の空気から彼の体温を護るための結界を展開している。

誰一人として言葉を発することなく、しかし完璧な連携で傷ついた戦士を支えていた。ヴァンはその温かな手当を受けながら、ただ静かに息を整えていた。

「さて、と」

バルガンが、周囲に散らばるミスリルの鱗の破片と、防壁に使っていた鋼鉄板をかき集め始めた。

「この極上の素材を、麓の偏屈親父のところまで持ち帰らなきゃならねえ。大将にこれ以上重いもんを持たせるわけにはいかねえからな。俺の腕で、こいつを運ぶための特製のソリを組んでやる」

ドワーフの建築家は、残された資材とワイヤーを器用に編み込み、巨大な鉱石の重量にも耐えうる頑丈な運搬用のソリをあっという間に組み上げた。バクスが太い引き綱を肩にかけ、バルガンと共にソリを引く態勢を整える。

「帰ろう、ヴァン。私たちの待つ場所へ」

セリアがヴァンの腕を肩に回し、ゆっくりと立ち上がらせる。

「ああ。帰ろう」

ヴァンは仲間たちと共に、白銀の戦場を後にした。

山を降りる道のりは、登り以上に慎重さを要求されたが、誰の顔にも不思議と疲労の色はなかった。最強の竜を打ち倒し、目的のものを手に入れたという確かな達成感が、彼らの足を前へと進ませていた。

数日後。

深い山里にある岩肌をくり抜いた工房の前で、ガルドは一人、冷えたパイプを咥えながら空を見上げていた。

炉の火は落ち、重厚な鉄を打つ音はとうの昔に止んでいる。

(あの馬鹿どもが霊峰に向かってから、もう随分と経つ。……所詮は人間のガキだ。あの絶望的な硬さと魔力の前に、何もできずに氷の彫像にでも成り果てただろう)

ガルドは自嘲気味に鼻を鳴らした。

わずかに期待してしまった己の職人魂が、酷く滑稽に思えた。今の時代に、命を懸けて本物の武器を求める戦士などいるはずがない。失敗作とはいえ、自分が打った大太刀をあの吹雪の山に無駄に捨ててしまったことを、少しだけ後悔し始めていた。

その時である。

ザクッ、ザクッ、という重い足音が、工房へ続く山道から響いてきた。

ガルドが怪訝な顔で視線を向けると、木々の隙間から、ボロボロになりながらも確かな足取りで歩いてくる一行の姿が見えた。

先頭を歩くのは、傷だらけで全身に痛々しい包帯を巻かれたヴァンである。その後ろでは、獣人とドワーフが太い綱を引き、巨大なソリを力強く牽引している。

「なっ……」

ガルドは咥えていたパイプをポロリと落とし、岩の椅子から弾かれたように立ち上がった。

ヴァンは工房の前に辿り着くと、無言のまま腰の袋から一つの金属片を取り出し、ガルドの足元へと放り投げた。

鈍い音を立てて転がったのは、限界を超えて完全に粉砕された失敗作の刀の、辛うじて残った柄の残骸であった。

「借りていた太刀だが……最後の一撃で砕け散ってしまった。すまない」

ヴァンの静かな言葉に、ガルドは柄の残骸を拾い上げ、震える太い指でその断面を撫でた。

内側から魔力で食い破られたような前回の壊れ方とは違う。極限の環境下で、途方もない硬度の対象に全霊で叩きつけられ、己の役目を完全に果たし切って粉砕された、名誉ある武器の最期であった。

「……てめえ、まさか」

ガルドの金色の眼光が見開かれる。

「おらよっ! お前さんの注文通り、最高の素材を持ち帰ってやったぜ!」

バクスとバルガンが力強くソリの綱を引き、掛けられていた分厚い毛布を勢いよく剥ぎ取った。

太陽の光を浴びて、その物体が眩いばかりの白銀の輝きを放つ。

純度百パーセント。極上のミスリル鉱石。

伝説の竜の中枢でのみ生成される、魔法と物理を拒絶する究極の質量が、確かにそこに鎮座していた。

「あ、ありえねえ……。魔法も通じねえ、物理も通じねえ、あの生きた天災を……本当に、叩き斬ってきたっていうのか……!」

ガルドはフラフラと引き寄せられるようにソリに近づき、ミスリル鉱石の表面に両手で触れた。

冷たく、しかし内側から脈打つような強大な魔力の波動。職人である彼には痛いほど理解できた。これほどの純度と質量を持つ素材は、魔界の奥底を探し回っても絶対に見つからない。まさに、神が鍛冶師のために用意した究極のキャンバスであった。

「約束通り、極上の素材は持ち帰った」

ヴァンは真っ直ぐにガルドを見据え、言葉を紡いだ。

「俺には、仲間を護るための刃が必要だ。あんたの魂を込めた、最強の剣を打ってくれ」

その言葉を聞いた瞬間、ガルドの胸の奥底で長年くすぶっていた灰が吹き飛び、灼熱の業火が燃え上がった。

武器が飾られるだけの時代に絶望し、戦士の不在を嘆いていた日々は完全に終わった。眼前にいるのは、自らの命を削り、仲間と共に伝説の竜をねじ伏せ、極上の素材をもぎ取ってきた本物の戦士である。

「ハッ……ハハハハハハッ!!」

ガルドは天を仰ぎ、大気を震わせるような豪快な笑い声を上げた。

「よくぞ持ち帰った! 面白い! 腕が鳴るなんてもんじゃねえ、俺の魂のすべてを注ぎ込んでやる!」

ガルドはすぐさま工房の奥へと振り返り、巨大な鞴を力任せに引き始めた。

「全員、火から離れてな! これから数日、俺は寝ねえし食わねえ! この世界で最も硬く、最も重く、そして持ち主の意志に応える、世界にたった一振りの器を打ち上げてやる!!」

ゴォォォォォォッ!!

工房の巨大な炉に、凄まじい勢いで火が入り、灼熱の炎が吹き上がる。

絶望と喪失から始まった深山の試練は、最高の相棒を手に入れるための希望の炎へと変わった。次なる戦いへ向けた職人の力強い槌音が、静かな山里に高らかに鳴り響き始めていた。

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