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追放された戦士は『同化』で覚醒する〜不要とされた俺が伝説の剣豪を身に宿し、やがて多民族国家を創り上げるまで〜  作者: 八咫 日本


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第11話 虚飾の裁きと重力悪魔の抑圧

城塞都市の中心にそびえ立つ、貴族や高位の召喚師のみが利用を許される最高級の宿屋。その最上階にある特別室へと続く分厚い絨毯の上を、泥と血にまみれた革靴が重々しい足音を立てて進んでいた。

ヴァンの身体は、すでに活動限界をとうに超えていた。

迷いの深森での死闘、そして一晩中自らの体温を分け与え続けた看病による極度の疲労。折れた肋骨は呼吸のたびに肺の表面を鋭く摩擦し、口の中には常に赤黒い鉄の味が滞留している。強酸の瘴気に焼かれた左腕と背中の皮膚は化膿し始め、衣服が擦れるだけで脳の奥が痺れるような激痛が走った。しかし、ヴァンは壁に手をつくこともなく、ただ規則正しい呼吸だけを意識して歩みを続けていた。

重厚なオーク材の扉の前に立ち、ノックをしようと血に染まった手を上げた瞬間、内側から魔法による自動開錠の音が鳴り、扉がゆっくりと開いた。

部屋の中に足を踏み入れると、むせ返るような香の匂いと、暖炉で燃える高級な薪の温かな空気がヴァンの顔を打った。床には毛足の長い真紅の絨毯が敷き詰められ、壁には美しい細工が施された燭台が柔らかな光を放っている。死の危険が常に隣り合わせの泥濘の森とは、完全に切り離された別世界だ。

部屋の中央、ビロードの張られた最高級の長椅子に、勇者レオンが深く腰掛けていた。彼はすでに新しい純白のローブに着替え、片手には琥珀色の酒が注がれたクリスタルグラスを持っている。窓際には、腕を組んだ戦術召喚師のキースが冷ややかな視線でこちらを見下ろしていた。精霊召喚師のリーゼの姿はない。別の部屋で治療を受けているのだろう。

「随分と遅かったじゃないか、薄汚い逃亡者。這いつくばってでもすぐに僕の前に来るのが、無能な戦士の唯一の仕事だろ」

レオンはグラスの酒をゆっくりと揺らしながら、氷のように冷たい声で言い放った。

ヴァンは扉の前に立ったまま、静かにレオンの目を見返した。弁明する気も、怒りを露わにする気もない。ただ、彼らがどのような論理で自分を断罪しようとしているのかを、冷静に観察していた。

「僕たちが命懸けで変異種の足止めをしている最中、お前はあろうことか混乱に乗じてリーゼを誘拐し、戦線から逃亡した。さらには僕たちの野営の装備一式を森に投げ捨て、街の群衆の前で僕たちの名誉を傷つけるような真似までしでかした。……この大罪、どう償うつもりだ」

レオンの紡ぎ出す言葉は、見事なまでに事実が反転した虚構だった。自分たちが召喚獣を破壊され、リーゼを見捨てて真っ先に逃げ出したという事実を完全に隠蔽し、全ての責任をヴァンという都合の良いスケープゴートに押し付けようとしているのだ。

ヴァンは短く息を吐き、静かに事実だけを口にした。

「結界が縮小され、リーゼが瘴気の中に締め出された。あのままでは確実に死んでいた。だから俺は彼女を背負い、変異種の注意を引いて森の奥へ逃げた。それだけだ」

「口を慎め、ゴミ屑が」

窓際に立っていたキースが、苛立たしげに杖を床に強く突き立てた。

その瞬間、部屋の空気が急激に歪んだ。

キースの足元から、黒紫色の幾何学的な魔法陣が五重六重と重なり合うように展開され、周囲の空間がギシギシと悲鳴を上げる。魔法陣の中心が底なしの沼のように沈み込み、そこからぬちゃりとした漆黒の液体が湧き上がった。液体は空中で急速に凝固し、鋼鉄のような質感を持つ巨大な異形へと姿を変えていく。

召喚されたのは、重力悪魔・鉛のガーゴイル。

全身が超高密度の黒い鉱石で構成されたその悪魔が現れた瞬間、部屋中の空気が水のように重くのしかかった。ガーゴイルの背中から生えた石の翼が羽ばたくたびに、空間の重力が強制的に捻じ曲げられ、テーブルの上の果実や酒瓶が目に見えない力で床に押し潰されて割れた。

「戦術召喚師である僕の結界は完璧だ。リーゼが締め出されただと? 僕の計算に狂いがあるはずがない。お前が恐怖に駆られて暴走し、勝手に彼女を連れ去ったんだ」

キースが杖の先をヴァンに向けると、鉛のガーゴイルが低い唸り声を上げ、その重力操作の眼光を真っ直ぐにヴァンへと向けた。

ドスン、という目に見えない巨大な鉄塊が上から落ちてきたような衝撃がヴァンの全身を襲った。

通常の人間の何倍もの重力が、ヴァンの肩、背中、そして痛めつけられた肋骨に容赦なくのしかかる。床の分厚い絨毯がヴァンの足の形に深く沈み込み、ミシミシと床板が割れる音が響いた。

「ぐっ……」

ヴァンの口から、押し殺したような低い呻き声が漏れた。折れた肋骨がさらに内側へと曲がり、肺を突き破りそうになる。膝の関節が悲鳴を上げ、本能が地面に這いつくばって楽になることを要求していた。

だが、ヴァンは倒れなかった。

彼は血の滲む唇を強く噛み締め、両足を肩幅に開いて強靭な下半身の筋肉を総動員し、悪魔の重力に真っ向から逆らって立ち続けた。骨が軋む不気味な音が部屋に響き渡るが、ヴァンの瞳に宿る静かな闘志と実直な光は、いささかも揺らいではいない。

「ほう。無能な戦士にしては、少しばかり骨が太いようだな」

レオンがグラスをテーブルに置き、楽しげに口角を上げた。

「だが、お前がどれほど強がろうと無駄だ。ギルドにはすでに、お前が卑劣な逃亡者であるという報告が正式に受理されている。誰も魔法を使えない戦士の言葉など信じはしない。この世界の真実は、高貴な力を持つ僕たちが決めるのだ」

圧倒的な力と、社会的地位による暴力。

ヴァンは全身の筋肉を限界まで収縮させ、ガーゴイルの重圧に耐えながらも、脳内では極めて冷静に状況を分析していた。

怒りはない。彼らが己の虚栄心と保身のために、ここまで醜悪な手段に出る生き物だということは、数年間の雑用係としての経験からとうに理解していた。彼らにとって自分は、荷物を運ぶためのロバであり、都合が悪くなった時に切り捨てるためのトカゲの尻尾に過ぎないのだ。

「お前はもう用済みだ、ヴァン。勇者パーティーからの永久追放を言い渡してやる。だが、その前に一つだけ仕事が残っているな」

レオンは立ち上がり、ゆっくりとした足取りで重力に耐えるヴァンの目の前まで近づいてきた。そして、見下すような視線でヴァンの瞳を覗き込み、冷酷な宣告を口にした。

「リーゼがもうすぐ目を覚ます。彼女はまだ混乱しているようだが、お前が自らの口で『自分は恐怖で逃げ出し、リーゼを盾にして誘拐した』と彼女の前で告白しろ。そうすれば、ギルドの地下牢に送ることだけは免除してやる。感謝することだな」

自らの罪を被せられた上に、死線を共に越えた仲間に対して、自らの口でその献身を否定せよという理不尽極まりない要求。

重力悪魔の抑圧によって全身から脂汗を流しながらも、ヴァンはただ黙して、傲慢に歪んだ勇者の顔を静かに見つめ返していた。

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