第109話 新たな地平への旅立ちと、湧き上がるざわめき
城塞都市グリオンの巨大な石造りの門をくぐり抜け、ヴァンたち一行の外へと続く街道には、眩い朝陽が降り注いでいた。
ダークエルフの脅威から都市を救い、新たな英雄として讃えられた彼らにとって、この街に留まり続けることは容易かった。領主からは広大な屋敷と手厚い爵位の打診があり、市民たちは彼らの姿を見かけるたびに深々と頭を下げ、惜しみない感謝の言葉を投げかけていた。
だが、ヴァンたちの足取りが迷うことはなかった。
彼らの目的は一つの街の英雄として祭り上げられることではない。異種族も人間も関係なく、誰もが平穏に暮らせる新しい国を創り上げるという、壮大な夢の実現に向けて歩み出すことだ。
「おーい! ヴァンさん! セリアさん! 本当に行っちまうのかい!?」
門の近くまで見送りに駆けつけたのは、防衛隊の兵士たちや、数日前まで彼らを恐る恐る見つめていた一般の市民たちだった。
「もう少し、この街でゆっくりしていけばいいじゃないか! あんたたちがいてくれたら、この街はいつだって安全なのに……!」
若い女性が名残惜しそうに声を震わせ、子供たちがヴァンの足元に駆け寄って別れを惜しむ。
ヴァンは立ち止まり、心配そうに見上げる人々の顔を一人ひとり見渡した。
「俺たちがここに留まり続ければ、この街の人々は俺たちの力に依存するようになる。それでは本当の意味での平穏とは言えない。それに、俺たちには果たすべき目的がある」
低く、しかし確かな響きを持つヴァンの言葉に、群衆は静まり返った。
かつて無能な荷物持ちだと石を投げ、街から追い出そうとした人間たちが、今は尊敬と切なさが入り混じった眼差しで彼を見送っている。その歴史の皮肉を感じつつも、ヴァンは感傷に浸ることなく、しっかりと前を見据えた。
「大将の言う通りだ! ここにいたら、俺が作る極上の料理を食べる人間がこの街だけに偏ちまう。世界中の美味いもんを求める奴らに、俺の味を届けてやらねえと損だからな!」
バクスが豪快に笑いながら肩に担いだ荷物を揺らし、バルガンが隻腕で移動要塞の操縦桿を力強く叩いた。
「都市の建築や防衛の基礎は教えてやった。あとはお前さんたちの力でこの街を守り抜くんだな。じゃあな!」
バルガンが吐き捨てるように言うと、鋼殻の移動要塞が重低音を響かせて動き出す。
「ルミナ、物資の積み込みは完璧ね?」
「もちろんですセリアさん! 旅の資金も交易路のデータも、この完璧な頭脳と帳簿に全て入ってますからお任せください!」
ルミナが胸を張り、セリアは窓から外の景色を眺めながら優しく微笑んだ。
「さあ、出発よ、ヴァン」
セリアの呼びかけに、ヴァンは大きく頷いた。
街の人々の見送りの歓声と拍手が背中から温かく押し寄せる中、鋼殻の移動要塞はグリオンの門を完全に背負い、未知の荒野へと続く街道を進み始めた。
都市の喧騒が遠ざかり、周囲の景色が徐々に手つかずの大自然へと変わっていく。
街道を進むにつれて、魔物の気配が濃くなり、空気がピリリと引き締まっていくのが肌で感じられた。
「大将、そろそろ周辺の魔力濃度が変わってきたぜ。この先は、交易が途絶えて久しい『黒鉄の荒野』だ。いつ強力な魔物が飛び出してきてもおかしくねえ。気を引き締めていこう」
移動要塞の運転席からバクスが声を張り上げる。
ヴァンは要塞の屋根の上へと身軽に飛び乗り、風を切るように立ち上がった。
背中には、スラムの鍛冶屋に打たせた刃渡り二メートル近い特製の斬馬刀。その重みと冷たい金属の手触りが、戦士としての感覚を研ぎ澄ませていく。
地平線の彼方から、砂埃を巻き上げながら不気味なうねりを持つ黒い影がいくつも近づいてきていた。
新たな旅の幕開けにふさわしい、牙を剥いた試練の群れが、今まさに彼らの進路を塞ごうと待ち構えていたのだった。




