第31話:雇われた一級魔導士の匙投げ
領地を揺るがす未曾有の崩壊劇のなかで、ユリウス・ド・ラ・ロシュが最後に縋り付いたのは、かつて己が何よりも信奉していた「金の力」と「王都の権威」であった。
ロシュ侯爵邸の正面玄関前。
石畳の上には、王都の最高峰機関である魔導士ギルド総本部の紋章――黄金の鷲と交差する魔導杖が刻まれた、豪奢な黒塗りの魔導馬車が車輪を軋ませて停車していた。
馬車の扉が従僕の手によって開かれ、降り立ってきたのは、見るからに尊大で傲慢な空気を全身から放つ初老の男であった。
深紅の上質なビロード地に銀糸の刺繍をふんだんに施した特注の魔導ローブを纏い、胸元には王都にわずか数十人しか存在しないとされる最高位の証――「一級魔導士」の純金製メダルがこれ見よがしに揺れている。
鷲鼻の尖った顔立ちに、白髪を撫で付けた頭。手にした樫の魔導杖の頂点には、大人の握り拳ほどもある巨大な蒼魔石が嵌め込まれ、淡い魔力光を脈打たせていた。
王都魔導士ギルド屈指の重鎮にして、結界術式の権威と名高い一級魔導士、ガストン・ベルモンド。
「……ふん。ずいぶんと空気が濁っているな。王都から馬車を飛ばして三日、田舎の侯爵領の澱んだ風は肌に障るわい」
ガストンは絹のハンカチで鼻口を押さえながら、不快そうに眉根を寄せた。
その尊大な態度に、普段のユリウスであれば「無礼な平民め」と激怒していたはずだった。しかし、今のユリウスには、そんな矜持を振りかざす余裕など微塵も残されていなかった。
「お、お待ちしておりましたぞ、ガストン殿! よくぞ、よくぞお越しくださいました!」
ユリウスは擦り切れた絨毯の上を小走りで駆け寄り、揉み手をしながら頭を下げた。
目の下には墨汁を塗ったような濃い隈が張り付き、頬はこけ、着ている上着は数日間着替えていないせいで皺だらけだ。かつて社交界の貴公子と持て囃された面影は、いまや見る影もない。
このガストンを王都から招聘するために、ユリウスがどれほどの代償を支払ったか。
空っぽの金庫の底をさらい、ティファーヌが買い漁った宝石の支払いを踏み倒し、あまつさえ王都の怪しげな高利貸しから年利数十パーセントという破滅的な条件で借金を重ね、前金として支払ったのは――金貨にして実に「五百枚」。
小さな村が丸ごと一つ買えるほどの天文学的な大金を積んで、ようやくこの「一級魔導士」の腰を上げさせたのだ。
「うむ。手紙は読んだぞ、ユリウス殿」
ガストンは顎を突き出し、値踏みするようにユリウスを見下ろした。
「国境沿いの見張り砦にある、古代の防護結界石にひびが入り、結界が乱れたとか。……まったく、地方の貴族はこれだから困る。魔導具の管理もまともにできず、魔獣が少し出た程度で大騒ぎしおって。私のような一級魔導士の時間を割かせるほどのことではないはずだがね」
「は、ははっ……面目次第もございません! しかし、我が領地の街道はすでに魔獣によって封鎖され、交易が完全にストップしているのです! 商人ギルドからも損害賠償を突きつけられ、一刻の猶予もございません! どうか、ガストン殿の至高の魔導の力をもって、あの結界石を元通りに修復していただきたいのです!」
「安心するがいい」
ガストンは蒼魔石の杖をカツンと石畳に打ち鳴らし、自信満々に薄い唇を吊り上げた。
「古代の遺物といえども、所詮は過去の遺物。現代魔導の最先端を極めたこの私にかかれば、結界石の修復など赤子の手をひねるようなものだ。破損箇所に魔導補填剤を流し込み、歪んだ術式ラインを現代式に再構築してやれば、半刻もかからずに元通りよ。……まあ、追加の成功報酬として、さらに金貨五百枚を弾んでもらうがね」
「も、もちろんお支払いいたします! 結界さえ戻れば、街道の通行税でいくらでも回収できますから!」
ユリウスはすがるように頷いた。
そうだ、金の力だ。結局のところ、世の中は金の力で動いているのだ。
あの陰気で地味なエリアーナがいなくなろうとも、こうして莫大な大金を積んで王都の最高峰の専門家を雇えば、すべては解決するのだ。
エリアーナが一人でコソコソとやっていた雑用など、所詮は誰にでもできる程度の浅知恵に過ぎない。一級魔導士の手にかかれば、あいつの何倍もの速度で、より強固な結界が蘇るに決まっている――。
胸を撫で下ろしたユリウスは、私兵団の生き残り数名を護衛につけ、ガストンを伴って北東部の見張り砦へと馬車を走らせた。
◇
街道を進むにつれ、車窓の外に広がる光景は、ガストンの顔から次第に余裕の笑みを奪っていった。
「……な、何だ、これは……」
ガストンが息を呑み、窓から身を乗り出す。
かつて美しい並木道が続いていたはずの幹線街道は、完全に破壊し尽くされていた。
横転し、黒焦げになった何台もの荷馬車。散乱する積み荷の残骸。
泥の上には、大型の肉食獣の生々しい足跡が無数に刻まれ、森の奥からは昼間だというのに、グルルルというフォレストウルフの不気味な唸り声が絶え間なく響いてくる。
街道沿いにあったはずの農家や茶屋は窓ガラスを割られ、住民たちは家財道具を捨てて王都方面へと逃げ出した後だった。
「ひ、酷い有様だな……。本当に、低級魔獣の仕業なのか……? まるで、戦略級の魔導爆撃でも受けたかのような荒廃ぶりではないか」
「だ、だから申し上げたでしょう! 一刻も早く結界を張り直さねば、領地が飲み込まれてしまうのです!」
ユリウスが青ざめながら急かす。
やがて馬車は、森と平野の境界にそびえ立つ、石造りの見張り砦へと辿り着いた。
砦の周囲には、すでに兵士の姿は一人もなかった。魔獣の襲撃を恐れ、給与の未払いに絶望した警備兵たちは、とっくに持ち場を放棄して逃亡していたのだ。
生ぬるい風が吹き抜ける砦の階段を駆け上がり、一行は屋上へと足を踏み入れた。
そして――。
屋上の中央に広がっていたその「惨状」を目にした瞬間、ガストンの足がピタリと止まった。
「…………っ!?」
ガストンの手から、絹のハンカチがハラリと滑り落ちた。
屋上の中央、かつて六角柱の巨石が鎮座していた台座の上。
そこにあったのは、「ひびが入った結界石」などという生易しいものでは断じてなかった。
ドロドロに溶け崩れ、内側から爆発四散した、黒々とした岩石の無残な残骸。
かつて青く澄み渡っていた水晶の破片は、まるで汚泥に浸されたかのように鈍い灰色に変色し、半径数十メートルにわたって粉々に飛び散っていた。
台座の周辺からは、今なお紫色の澱んだ瘴気のような煙がプスプスと不気味に立ち上り、鼻を突く強烈な硝煙の臭いが大気を汚している。
「ゆ、ユリウス殿……!」
ガストンの声が、裏返るように震えた。
「き、貴様……! 手紙には『結界石にひびが入った』と書いてあったはずだぞ!? これは……これは完全に粉砕し、核が崩壊しておるではないか!!」
「そ、それは……! 手紙を出した後に、完全に砕けてしまいまして……!」
ユリウスはたじろぎながらも、必死に取り繕った。
「しかし、ガストン殿は王都最高峰の一級魔導士でしょう!? 石が砕けた程度、貴殿の魔力で破片を集めて接合し、新しく術式を流し込めば造作もないはずだ! さあ、早く修復を始めてください!」
「ば、馬鹿を言うな! 古代の遺物核が砕けたものを接合するなど――」
ガストンは苛立たしげに怒鳴りかけたが、手にした金貨五百枚の重みと、自らの「一級魔導士」としての名声を思い出し、ぐっと喉元で言葉を飲み込んだ。
ここで「直せない」と逃げ帰れば、王都のギルドで笑い者になってしまう。
「……ええい、仕方がない! 破片に残された魔術式の残滓を解析し、ギルドの人工魔導核で代用できるか調べてやる! 下がっていなさい!」
ガストンは深紅のローブを翻し、慎重な足取りで台座へと歩み寄った。
彼は蒼魔石の杖を両手で構えると、眼前の粉々に砕けた結界石の残骸へと切っ先を向けた。
「現出せよ、万象の理を暴く真眼――【構造鑑定解析陣】!!」
ガストンが呪文を高らかに詠唱すると、杖の蒼魔石が眩い青光を放ち、空中に幾重もの複雑な魔導陣が展開された。
光の粒子が、粉々に砕けた結界石の破片へと降り注ぐ。
残骸に残された術式の構造、魔力の循環経路、そしてどのような法則でこの結界が維持されていたのかを、魔導士の脳内へ直接フィードバックする高度な鑑定魔法。
ガストンは、鼻で笑いながら結果を待とうとした。
どうせ田舎の領地だ。粗雑な古代術式に、場当たり的な魔力を注ぎ込んでいただけの代物に決まっている。欠陥を見つけ出し、偉そうに説教してやればいい――。
――しかし。
解析陣の光が結界石の最深部――中心核の破片へと触れた、まさにその刹那であった。
バヂィィィィッッ――!!
「ぐわぁっ!?」
凄まじい魔力のバックドラフトが、ガストンの杖を直撃した。
空中に展開されていた青い魔導陣が一瞬にして黄金の光の奔流によって上書きされ、目も眩むような幾何学模様が、砦の屋上一面を埋め尽くしたのだ。
ドクンッ!! ドクンッ!!
まるで、巨人の心臓の鼓動のような、地鳴りを伴う凄まじい脈動。
ガストンの脳内に、結界石の内部に刻まれていた「術式の全貌」が、怒涛の濁流となって流れ込んできた。
「な…………っ!?」
ガストンの息が、完全に止まった。
目を見開き、顎が外れんばかりに下がる。
手にした樫の杖が、激しくガタガタと音を立てて震え始めた。
彼の脳裏に展開されたのは――常人の理解、いや、人類の魔導史のすべてを根底から覆すような、あまりにも美しく、あまりにも狂気じみた「神話の幾何学」であった。
(な……何だ、これは……!? 何なんだ、この術式配列はぁぁぁっ!?)
ガストンの全身から、滝のような冷や汗が噴き出した。
古代の結界術式。
それは本来、莫大な魔力のロスと摩擦抵抗を伴う、極めて非効率で扱いにくい代物のはずだった。数十人の上級魔導士が束になって魔力を注ぎ込み、ようやく維持できるかどうかの粗削りな遺物。
しかし――目の前の残骸に刻まれていた術式は、根本から「再構築」されていた。
数万、数億に及ぶ微細な魔力ラインが、一ミリの狂いもなく極限の流線型へと整えられている。
不要な抵抗値は完全にゼロ。
地脈から汲み上げられた大地のエネルギーが、一切の摩擦熱を生むことなく、まるで清らかな湧水のようにスムーズに循環し、出力を本来の千パーセント――十倍以上にまで限界突破させていた痕跡。
それだけではない。
魔導金属の分子構造の歪みすら、超微細な魔力粒子によって完璧に補正され、ただの水晶石が、神話の時代にしか存在しなかった「神聖霊石」と同等の超伝導体へと最適化されていたのだ。
摩擦ゼロ。
ロスゼロ。
限界突破率、一〇〇〇パーセント。
現代のいかなる大魔導士が、一生を賭けて計算機を叩き続けたとしても、絶対に辿り着けない領域。
魔導の法則そのものを嘲笑い、自然界のポテンシャルを強制的に極限まで解き放つ――「完全なる調和」。
「ありえない……ありえない、ありえない、ありえないッ!!」
ガストンは狂ったように叫び、自らの頭を両手で抱え込んだ。
「こんな……こんな術式が、この世に存在していいはずがない! これは古代魔法の構造を極限まで効率化した、完全なる神業だ! 人間の領域ではない! 天上の神々が指先で撫でて創り上げた奇跡そのものだぁぁぁっ!!」
ガストンの叫び声に、背後で見守っていたユリウスが眉をひそめた。
「な、何を騒いでいるのです、ガストン殿! 神業だか何だか知りませんが、構造が分かったのなら早く修復しなさい! 貴殿は一級魔導士でしょう!?」
「黙れぇぇぇッ!!」
ガストンは血走った目で振り返り、唾を撒き散らして絶叫した。
その顔は、恐怖と絶望で土気色に変色し、唇は紫紺色に引き攣っていた。
「修復だと!? 貴様、正気で言っているのか!? こんなもの、修復できるわけがないだろうがッ!!」
「な……何だと……!?」
「分からないのか、この無知蒙昧な愚か者めがッ!」
ガストンは手にした蒼魔石の杖を放り出し、床の破片を指差しながら金切り声を上げた。
「この結界はな、一人の……たった一人の規格外の存在が、自らの超濃密な純粋魔力によって、極限のバランスで奇跡的に維持していたのだ! 針の先の上に、巨大な岩を寸分の狂いもなく載せ続けていたような神業だぞ!? その供給が途絶えた瞬間、溜まりに溜まった構造の歪みが一気に爆発し、修復不可能なレベルで四散したのだ!」
ガストンはガタガタと歯の根を鳴らしながら、後ずさった。
「こんなもの、私には触ることすらできん! 私ごときが魔力を一滴でも注ぎ込もうものなら、残った地脈のエネルギーが暴走し、この砦ごと跡形もなく消し飛ぶわ! 私どころか、王宮の宮廷筆頭魔導士が全員集まろうと、賢者と呼ばれる生ける伝説が束になろうと、絶対に修復など不可能だ!!」
「そ……そんな……馬鹿な……!」
ユリウスの膝が、ガクガクと音を立てて震え始めた。
「ふ、不可能……? そんなはずはない……! 私は金貨五百枚を払ったのだぞ!? 直せ! 直すと言え! 直せないなら金貨を返せぇぇッ!!」
「金貨など知るかぁぁぁッ!!」
ガストンは懐から、先ほど受け取ったばかりの金貨の詰まった革袋を力任せに引っ張り出すと、ユリウスの胸元へと投げつけた。
ドサリ、と重い音を立てて金貨袋が足元に転がる。
「前金などくれてやる! 命の方が何千倍も惜しいわ! こんな狂気の結界に首を突っ込んで、命を落としてたまるものか! 私は王都へ帰る! 二度とこの呪われた領地に関わるものかぁぁぁッ!!」
王都最高峰の権威を誇っていた一級魔導士が、手下も放り出し、深紅のローブの裾を乱暴に捲り上げて、階段へ向かって転げるように逃げ出そうとした。
だが――。
階段の入り口へと足をかけた瞬間、ガストンはハッと我に返ったように足を止めた。
そして、信じられないものを見るような、狂気と戦慄に満ちた眼差しで、ゆっくりとユリウスの方へと振り返ったのだ。
「……ま、待て」
ガストンの掠れた声が、静まり返った砦に響いた。
「おい……ユリウス殿。……貴様、さっき何と言った……? 『手紙を出した後に完全に砕けた』と言ったな……?」
「え……? あ、ああ……そうだが……」
「ということは……」
ガストンの瞳が、見開かれた。
その双眸に宿ったのは、底知れない畏怖と、理解の追いつかない怪物に対する戦慄。
「つい数日前まで……この領地の結界は、正常に稼働していたということか……? この、神話の領域としか思えない極限最適化の術式を維持し、低級魔獣の一匹すら寄せ付けぬ絶対の平穏を……この領地は、保っていたというのか……!?」
「そ、そうだ……! 十日前までは、何の問題もなかったんだ! 魔獣など一匹も出なかった!」
「…………っ!!」
ガストンは息を呑み、胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いでユリウスへと詰め寄った。
その顔は、鬼気迫る形相に歪んでいる。
「誰だッ!!」
砦の屋上に、雷鳴のような怒声が轟いた。
「今まで、一体誰がこれを維持していたのだぁぁぁッ!?
古代の術式を極限まで最適化し、地脈の抵抗をゼロにし、この巨大な結界石を一人で手懐けていた、その『神の領域の術者』は一体誰なんだ!?
どこにいる!? その怪物は今、どこにいるのだ!? その者を連れてきなさい! その者でなければ、この結界を直せる人間など、この大陸のどこを探しても存在しないぞッ!!」
「…………」
ユリウスの喉が、ヒクヒクと痙攣した。
声が、出なかった。
誰が、維持していたのか。
その怪物は、今どこにいるのか。
ガストンの悲痛な叫びが、耳の奥で何度も、何度も、激しく反響する。
そして――ユリウスの脳裏に、鮮明に浮かび上がってきたのは。
毎朝、誰よりも早く起き、この砦へ足を運んでいた少女の姿。
すり切れた灰色の木綿ドレスを着て、
冷たい石にその華奢な素手を重ね合わせ、
誰に褒められることもなく、誰に感謝されることもなく、
ただ黙々と、自分の命と魔力を削って微笑んでいた――あの、地味で冴えない元婚約者の姿。
『今まで私がかけていた付与魔法は、すべて解除して出ていきますね。これからはお二人で頑張ってください』
あの夜会で、彼女が静かに鳴らした指の音。
パチン、という澄んだ響き。
自分が「負け惜しみの虚勢だ」と鼻で笑い、大広間の真ん中でゴミのように切り捨てた、あの少女。
(エリアーナ……? あいつが……あいつが、この『神の領域の術者』だったというのか……!?)
全身の血の気が、一滴残らず足元へと抜け落ちていった。
心臓が、凍りつくように冷たくなっていく。
自分が捨てたのは。
自分が「地味で無能な雑用係」と嘲笑い、屋敷から追い出したのは――。
王都最高峰の一級魔導士すら恐れ慄き、膝をついて絶叫するほどの、本物の「生ける奇跡」だったのだ。
「おい! 答えろ、ユリウス殿ッ!! その術者はどこにいるのだ!?」
ガストンが肩を揺さぶり、叫び続ける。
しかし――ユリウスの唇は、小刻みにガタガタと震えるばかりで、乾いた空気の音を漏らすことしかできなかった。
「あ……あ……ぅ……」
言えるはずがなかった。
その神話の術者を、自分が数日前に「愛せない」と切り捨て、妹のティファーヌを選んで追い出したなどと――誰の口が裂けても、言えるはずがなかったのだ。
粉々に砕け散った結界石の残骸の向こう。
原生林の奥から、再び飢えた魔獣たちの凄まじい咆哮が、地鳴りのように響き渡ってきた。
もう、防ぐ術は何一つない。
領地を救う唯一無二の光を、自らの手で永遠に手放してしまったのだという絶望的な現実が、鉛のような重みとなって、ユリウスの全身へと圧し掛かっていた――。




