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第21話:女たちの同盟(ミレイユとコンスタンス)

大公城の午後のサロンには、晩秋の柔らかな陽光が斜めに差し込み、磨き上げられた寄木細工の床を飴色に照らしていた。


銀の三段スタンドには、焼き立てのスコーンや色鮮やかなマカロン、きゅうりとスモークサーモンの繊細なフィンガーサンドイッチが美しく並べられ、銀のポットからはアールグレイの華やかな香気が立ち上っている。

普段であれば、穏やかで甘美なティータイムとなるはずの空間。

しかし――その優雅な空気の底には、針の筵のような張り詰めた緊張感が漂っていた。


サロンの豪奢な長椅子に、定規を当てたように背筋を伸ばして腰掛けていたのは、一人の目も眩むような美女であった。


年齢は二十歳。

豊かに波打つ艶やかな白金(プラチナ)ブロンドの髪を高く結い上げ、切れ長の菫色の瞳には、何者をも気圧すような高邁な自負が宿っている。

身に纏うのは、帝都の最高峰メゾンが手がけた、深紅の最高級ベルベットと黒レースを重ね合わせた豪奢なアフタヌーンドレス。胸元には大粒のアメジストが燦然と輝き、扇を優雅に揺らす指先の所作一つひとつに至るまで、宮廷の厳しい洗練が隅々まで行き届いていた。


コンスタンス・フォン・ヴァルハイト公爵令嬢。


帝国筆頭公爵家の令嬢にして、帝都社交界の誰もが認める「頂点(クイーン)」。

美貌、血統、知性、財力――そのすべてを兼ね備え、皇族の夜会ですら彼女が扇を閉じるだけで場が静まり返ると言われる、社交界の生ける伝説である。

本来であれば、誰に頭を下げることもなく、自らのサロンに貴族たちを傅かせているはずの彼女が、なぜ今日、自ら大公城へと乗り込んできたのか。


コンスタンスの菫色の双眸が、氷のように冷徹な光を放つ。


(……他国から転がり込んできた、素性の知れぬ地味な令嬢。それが、あの潔癖で冷酷無比な大公閣下の心を惑わし、主寝室に囲われている……? 冗談ではありませんわ)


帝都貴族たちの間で、ここ数日爆発的に広まっていたセンセーショナルな噂。

他国で「氷の死神」と恐れられる孤高の青年クロードが、単身竜を駆って国境へ向かい、一人の小娘を抱きかかえて帰還したこと。

城のドレス部屋をまるごと買い占め、帝都の職人たちに白紙の小切手を切ったこと。

そして――何十年も枯れていた大公城の古代樹を蘇らせ、城下に奇跡をもたらした「謎の聖女」がいるということ。


幼少期よりクロードの峻烈な人となりを知るコンスタンスにとって、それは到底信じがたい怪奇譚であった。

もしその女が、他国の悪辣な貴族が送り込んできた狐女であるならば。あるいは、美辞麗句と浅薄な色香で英雄を籠絡しようとする下賎な輩であるならば――。


(大公妃の座がどれほど重く、帝国の国母たる伴侶にどれほどの品格が求められるか……このコンスタンス・フォン・ヴァルハイトが、直々にその身の程を思い知らせて差し上げますわ)


コンスタンスは冷ややかに唇を吊り上げ、膝の上のレースの手巾を指先で弄んだ。


その対面。

給仕台の脇に直立し、銀のトレイを脇に抱えて控えていたメイド長のミレイユは、そんな公爵令嬢の険悪な気配を、涼しい顔で受け流していた。


「……ミレイユ。お前は昔から閣下の影として仕えていたはずね」

コンスタンスが冷たい声音で口火を切った。

「そのお前が、素性も定かでない他国の娘に傅いていると聞いて驚いたわ。あの方の狂気の沙汰を諫めるどころか、一緒になっておままごとに興じているのかしら?」


痛烈な皮肉。

並の侍女であれば顔を青ざめさせて震え上がるところである。

しかし、ミレイユは琥珀色の瞳に微かな嘲笑すら浮かべ、恭しく頭を下げてみせた。


「滅相もございません、コンスタンス様。狂気の沙汰などではございません。……ただ、我が主君の選ばれたお方が、この世界において唯一無二の至宝であられたという、それだけの至極単純な事実にございます」


「至宝ですって? 笑わせないで。噂では、実家の伯爵家からも婚約者の侯爵家からも『地味で何の能もない雑用係』と見捨てられた娘なのでしょう? そんな出涸らしのどこが至宝だというの」


「ふふ……」

ミレイユは小さく笑った。

その笑みには、底知れない狂信的な自信が満ち満ちていた。

「百聞は一見に如かず、と申しますわ。……間もなく、エリアーナ様がお見えになります。どうぞ、その審美眼で、とくとご覧あそばせ」


ミレイユの言葉が終わると同時だった。


コトン、と控えめなノックの音が響き、サロンの重厚な扉が静かに開いた。


「失礼いたします……」


鈴を転がすような、清らかで透明な声。

現れた人影を目にした瞬間、コンスタンスの扇を揺らす手が、ピタリと止まった。


「…………っ」


息を呑む微かな音が、公爵令嬢の喉から漏れ出た。


入室してきたのは、ペールグリーンの上質なウールドレスを纏った、華奢な少女――エリアーナであった。

首元を縁取る白狐の毛皮が、彼女の白磁のように透き通る柔らかな顎のラインを優しく際立たせている。艶やかな栗色の髪は、歩くたびに朝露を宿した柳のようにしっとりと波打ち、陽光を反射して淡い黄金の光を散らしていた。

そして何より、コンスタンスを驚かせたのは、彼女の「佇まい」だった。


派手な装飾品など、ほとんど身につけていない。

耳元に揺れる小さなトパーズと、胸元の母の形見の蒼い星彩石だけ。

それなのに、彼女がサロンの絨毯を一歩踏みしめるごとに、部屋の澱んでいた空気がふわりと浄化され、春の高原のような清々しい風が吹き抜けていくかのような錯覚を覚える。


媚びるような視線も、傲慢な見栄も、そこには欠片も存在しなかった。

ただ、訪れた客人を迎え入れることに対する、純粋で慎ましい敬意。


「はじめまして、コンスタンス様。エリアーナ・ヴァン・ベルクと申します。……突然の不躾な滞在で、帝国の皆様にご心配をおかけしておりますこと、心よりお詫び申し上げます」


エリアーナはドレスの裾をそっと持ち上げると、息を呑むほど完璧なカーテシーを披露した。

膝を折る深さ、首筋の傾き、背筋の優美な反り――。

帝都のいかなる名門貴族の令嬢ですら、これほど淀みなく、一切の衒い(てらい)のない「本物の宮廷式作法」を体現できる者は数えるほどしかいない。


(な……に、この娘……?)


コンスタンスの心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

出涸らし? 地味な雑用係?

とんでもない。

目の前にいるのは、飾らぬ木綿の平服を着せられていたとしても、一目で「至高の貴種」であると知れるほどの、圧倒的な品格を内包した少女ではないか。


「……お初にお目にかかりますわ、エリアーナ様」

コンスタンスは動揺を押し殺し、冷然たる微笑みを浮かべて顎を引いた。

「ヴァルハイト公爵家の長女、コンスタンスです。大公閣下が他国から大切な客人を迎えられたと聞き、帝国の社交界を代表してご挨拶に伺いましたの」


「まあ……ご丁寧に、ありがとうございます」


エリアーナはほっとしたように微笑み、ミレイユが引いた対面の肘掛け椅子へと腰を下ろした。

その穏やかな表情に、コンスタンスは再び胸の奥をチクリと刺されるような感覚を覚えた。

自分値踏みし、敵意を隠そうともしていないというのに、この娘は一体なぜ、これほどまでに無防備で優しい目を向けてくるのか。


ミレイユが手際よく二人の前に紅茶を注ぎ、スコーンの皿を差し出す。

コンスタンスは銀のティーカップを優雅に持ち上げ、口をつけた。


「……ふむ。茶葉は素晴らしい選定ですわね。ですがエリアーナ様、率直に申し上げますけれど」

コンスタンスはカップをソーサーに戻すと、試すような眼差しで切り出した。


「貴女が我が国の古代樹を蘇らせ、結界を張り直したという奇跡。社交界では早くも『神話の聖女』などと騒がれておりますけれど……私には、いささか出来過ぎた御伽噺に聞こえますの。大公閣下のお力添えか、あるいは他国の特殊な魔導具をお使いになったのではありませんこと?」


あからさまな疑念と挑発。

普通の令嬢であれば、侮辱されたと憤慨するか、あるいは取り繕って言い訳を並べ立てるところだ。

だが――エリアーナの反応は、コンスタンスの予想の斜め上を遥かに突き抜けていた。


「ええ、本当にその通りですわ!」


「……は?」

コンスタンスの眉が跳ね上がった。


「コンスタンス様、本当によく分かってくださって嬉しいです!」

エリアーナは身を乗り出し、心底救われたような表情で両手を胸の前で合わせたのだ。


「私、ただ木の下の土が凍りついていたのをお掃除して、解して差し上げただけなんです! それなのに、騎士団長様も魔導士様も、なんだか大層なことのように仰って……私、恐れ多くてずっと縮こまっておりましたの。聖女だなんて、とんでもない誤解ですわ。私がしたのは、誰にでもできる庭木のお手入れに過ぎませんもの」


「だ、誰にでもできる庭木のお手入れ……!?」


コンスタンスの喉から、淑女らしからぬ裏返った声が漏れかけた。

本気だ。

この娘、謙遜で言っているのではない。

国家の命運を分ける奇跡を起こしておきながら、本気で「ただのお掃除」だと思い込んでいるのだ。


(な……なんなの、この底知れなさは……!? 傲慢さの欠片もない……それどころか、自分の規格外の価値に、一片の自覚すら抱いていないというの……!?)


コンスタンスの完璧な防壁が、内側からガラガラと崩れ始めていた。

毒気を抜かれるとは、まさにこのことだった。

相手を叩きのめすために用意してきた鋭利な言葉の刃が、まるで暖かな春の陽だまりに吸い込まれるように、すべて霧散してしまう。


苛立ちと焦燥感から、コンスタンスは無意識のうちに姿勢を正そうと、キュッと背筋を強く反らせた。


――その時だった。


ピシリ……。


誰の耳にも届かないほど微かな、しかしコンスタンスの身体には決定的な「悲鳴」が走った。


「っ……!」


コンスタンスの美貌が、一瞬だけ、苦悶に強張った。

手にした扇を握る指先が白く強張り、唇から小さく息が漏れる。


実のところ、コンスタンスには今日、誰にも言えない重大な「秘密の苦痛」があった。

大公城へ乗り込むにあたり、帝国の頂点としての威厳を完璧に示すため、彼女は今朝、帝都で最も流行している「新作コルセット」と、複雑な銀の留め具(ボーンクリップ)を多用した最新鋭の夜会ドレスを無理やり身に纏ってきたのだ。


極限までウエストを細く見せるための過剰な締め付け。

その無理な構造のせいで、背中の留め具が先ほどから肋骨の奥へと異常な角度で食い込み、布地が歪んで背筋を圧迫していた。

息を吸うたびに、胸元に鋭い痛みが走り、肺に酸素が半分も入ってこない。

立ち居振る舞いは完璧を装っているものの、彼女の身体はすでに酸欠と激痛で限界を迎えつつあったのだ。


(くっ……よりによって、こんな時に留め具が歪むなんて……! ですが、ここで着崩れるわけにはいきませんわ。ヴァルハイト家の誇りにかけて、最後まで完璧な淑女で通さなければ……!)


冷や汗を滲ませながら、必死に微笑みを貼り付け直すコンスタンス。


だが――その、他人の目には決して映らないはずの「微細な歪み」を、見逃すエリアーナではなかった。


「……コンスタンス様?」


エリアーナの琥珀色の瞳が、スッと細められた。

彼女の視線は、コンスタンスの強張った肩、わずかに浅くなっている呼吸、そして――深紅のベルベットの背面に生じている、目に見えない布地の突っ張りと、留め具の金属疲労を、正確無比に捉えていた。


長年、ロシュ侯爵領で妹ティファーヌの無茶なドレスの着付けをさせられ、夜会用の古着を自分の手で何百回も解いては縫い直してきたエリアーナの、卓越した「衣服の構造眼」。

そして何より、苦しんでいる人間を放っておけない彼女の天性の優しさが、即座に反応した。


「コンスタンス様。……お背中、とてもお苦しいのではないですか?」


「……え?」

コンスタンスは息を呑んだ。


「な、何を仰っているのかしら。私がお苦しいだなんて、そんな無礼な妄想を――」


「失礼を重々承知の上で申し上げます」

エリアーナは椅子から静かに立ち上がると、迷いのない足取りでコンスタンスの元へと歩み寄った。


「そのドレス、とても素晴らしい仕立てですが……左の背骨の脇にある第二留め具が、内側にわずか数ミリほど歪んでしまっていますわ。そのせいで、布地の張力が右の脇腹へ偏り、肋骨を無理に圧迫してしまっているのです。……呼吸が、とてもお辛いでしょう?」


「な…………っ!?」


コンスタンスの菫色の瞳が、驚愕で見開かれた。

なぜ、分かるのか。

分厚いベルベットの生地の下、肌着のさらに内側にある金具の微細な歪みなど、外から見ただけで見抜ける人間が、この世にいるはずがないのに。


「……少しだけ、お背中に触れてもよろしいでしょうか?」

エリアーナはおずおずと、しかし真剣な眼差しで許可を求めた。

「ほんの少し、留め具の重心を整えて差し上げるだけで、ずっと楽になりますから」


「そ、そんな……他家の令嬢に、ドレスの裏を触らせるなど……」


拒絶しようとしたコンスタンスだったが、目の前の少女の瞳にあったのは、嘲笑でも優越感でもなかった。

ただ純粋に、自分の痛みを案じる、澄み渡った慈愛の光。


「……す、少しだけなら……構いませんけれど」

観念して、掠れた声で呟くコンスタンス。


「ありがとうございます。失礼いたしますね」


エリアーナはふわりと微笑むと、コンスタンスの背後へと回った。

そして――深紅のベルベットの上から、歪んでいる第二留め具の真上へと、白く滑らかな素手を、そっと添えた。


――その瞬間。


カサリ、と。

エリアーナの指先から、目に見えない淡い燐光が零れ落ちた。


――【万物最適化】。

触れたもののポテンシャルを極限まで引き出し、物理的・構造的な調和を完璧な状態へと書き換える奇跡。


(痛かったでしょう……。無理に締め付けなくても、この方の身体はこんなに美しいのに。……一番自然で、一番楽な形に収まってね)


ピキィィィン……ッ。


コンスタンスの背骨の奥で、澄んだ金属の共鳴音が鳴り響いた。


「っ……!?」


コンスタンスの全身が、ビクンと大きく跳ねた。


信じられない現象が起きていた。

肋骨をギリギリと締め付けていた硬い金属の圧迫感が、まるで朝露が蒸発するように、一瞬にして綺麗さっぱりと消失したのだ。

歪んでいた銀の留め具が、エリアーナの魔力によって自らの分子構造を滑らかに変形させ、コンスタンスの骨格と筋肉のカーブに「一ミリの狂いもなく完璧に密着する形状」へと最適化された。


それだけではない。

張り詰めていた深紅のベルベットの繊維の一本一本が、解き放たれたようにしなやかな弾力を取り戻した。

締め付けによる苦痛は完全にゼロになり、まるで羽毛のローブを一枚羽織っているだけかのような、圧倒的な軽やかさが全身を包み込む。


「はっ……ぁ……っ!」


コンスタンスの肺に、怒涛の勢いで新鮮な空気が流れ込んできた。

深い、深い呼吸。

頭を締め付けていた酸欠の鈍痛が霧散し、全身の血流がカッと温かくなる。


だが――真の奇跡は、その「外見」に現れていた。


「……まあ」


背後で見守っていたミレイユが、思わず感嘆のため息を漏らした。

長椅子から立ち上がったコンスタンスの姿。

サロンの壁に嵌め込まれた巨大な姿見に映る自分の姿を目にした瞬間、コンスタンスは言葉を失い、その場に凍りついた。


「こ……これ、は……!?」


鏡の中にいたのは、先ほどまでの自分とは、次元の違う「完璧な造形」だった。


無理な締め付けをなくしたはずなのに、ウエストのくびれは驚くほど細く、滑らかに引き締まっている。

留め具の重心が骨格と調和したことで、バストラインとヒップラインが最も美しく立体的に持ち上がり、デコルテから首筋にかけてのラインが、まるで古代の彫刻のように気高く伸びていた。

深紅のベルベットのドレープは、歩くたびに流れる水のように優美な陰影を描き、コンスタンスが生まれ持ったプロポーションの美しさを、十倍――いや、百倍にも際立たせていたのだ。


「う……そ……でしょ……?」


コンスタンスは震える手で、自らの細く引き締まったウエストに触れた。

苦しくない。

一ミリも苦しくないのに、ドレスのシルエットが、帝都最高のデザイナーが何百時間かけても到達できない「神の領域」へと補正されている。


「ふふ、よかった。留め具の引っ掛かりが取れて、布地が本来の綺麗なラインに戻ってくれましたね」

エリアーナは満足そうに微笑み、パチパチと小さく手を叩いた。

「コンスタンス様は、立ち姿がとても凛として美しいですから……無理に締め付けなくても、少し整えて差し上げるだけで、こんなにドレスが輝くのですわ」


「…………っ」


コンスタンスの喉が、激しく上下した。

菫色の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれ、そして――みるみるうちに熱い涙の膜で覆われていく。


誰にでもできる庭木のお手入れ?

留め具の引っ掛かりを取っただけ?


理解してしまった。

社交界の頂点として、誰よりも美を追求し、誰よりも過酷なドレスの苦痛に耐え続けてきたコンスタンスだからこそ、目の前の少女が施したことの「底知れない偉大さ」が、魂の芯まで理解できてしまったのだ。


この少女は、本物だ。

美の概念そのものを、触れるだけで奇跡へと昇華させてしまう、天上の至宝。

そして何より――自分の苦痛に誰よりも早く気づき、何の見返りも求めず、ただ純粋な優しさだけで救ってくれた、世界でただ一人の天使。


「あ……あぁ……っ!」


カラン、と。

コンスタンスの手から、家宝の象牙の扇が滑り落ちた。

社交界の女王のプライドなど、もはや塵芥に等しかった。


コンスタンスは弾かれたように身を翻すと、エリアーナの両手を自らの両手でガシッと力いっぱいに握りしめたのだ。


「ひゃっ……!? コ、コンスタンス様!?」

突然の猛烈な接触に、エリアーナが目を白黒させる。


至近距離に迫る、白金ブロンドの絶世の美女。

その菫色の瞳は、先ほどまでの冷徹な光など跡形もなく吹き飛び、まるで夜空の星々をすべて詰め込んだかのような、ギラギラとした狂熱の光で燃え上がっていた。


「――エリアーナ様!!」


サロンの天井を突き破らんばかりの、情熱的な絶叫。


「な、なんという御業……! なんという慈愛、なんという神の御手……!! 私、生まれてこの方、これほど呼吸が楽で、これほど自分のドレス姿が美しいと感じたことなど、一度たりともございませんでしたわ!!」


「えっ、あ、あの……喜んでいただけて何よりですが……」


「喜ぶなどという生易しい言葉で片付けられてたまるものですか!!」

コンスタンスはエリアーナの手を胸元に引き寄せ、熱狂的に叫び続けた。


「貴女は、我が人生の救世主です! 美の神が遣わした奇跡の権化ですわ! あの大公閣下が狂ったように執着される理由が、今、骨の髄まで理解できました! むしろ閣下ごとき男一人の狭い独占欲で、貴女のような至宝を独り占めするなど、世界に対する冒涜ですわ!!」


「だ、大公閣下ごときって……公爵令嬢様がそんなこと仰ってはいけません……!」

青ざめるエリアーナ。


だが、コンスタンスの暴走機関車のようなパッションは、もはや誰にも止められなかった。

彼女はエリアーナの顔を至近距離で見つめ、頬を薔薇色に染め上げながら、決定的な宣告を下したのだ。


「エリアーナ様! いいえ、エリアーナ! 貴女、私の専属ファッションアドバイザーになりなさい! ……いいえ、違うわ! 私と、生涯の『親友』になりなさい!!」


「し、親友……!? 私が、公爵令嬢様と……!?」


「ええ、そうです! 誰が何と言おうと、今日から貴女は私の唯一無二の無二の親友です! 帝都中の最高級の茶葉も、宝石も、ドレスも、私の全財産を使って貴女に捧げて差し上げますわ! もし貴女を侮辱する下賎な輩がいれば、我がヴァルハイト公爵家の権力のすべてを使って、社交界から永遠に抹殺して差し上げますことよ!!」


敵対するどころか、一瞬にして「限界化オタク」へと完全変貌を遂げた社交界の女王。

その猛烈すぎる愛の告白に、エリアーナは「ふぇぇ……」と情けない声を漏らして縮こまるしかなかった。


そして――。

その光景を後ろで見守っていたメイド長のミレイユが、フッと満足げに口元を吊り上げた。


ミレイユは音もなく歩み寄ると、熱狂するコンスタンスの隣へと並び立った。


「……素晴らしいご判断でございますわ、コンスタンス様」


「ミレイユ……! 貴女、最初からこうなることが分かっていて、私を煽りましたわね!?」


「ふふ、当然でございます。エリアーナ様のこの神聖なる尊さに触れて、陥落しない人間など、この世に存在いたしませんもの」


二人の帝国の頂点に立つ女性たちの視線が、空中でカチリと交錯した。

そこにあったのは、先ほどまでの険悪な牽制ではない。

「エリアーナ様を全力で推し、全力で守り、全力で甘やかす」という、狂気にも似た共通の崇拝の誓い。


「ミレイユ。城内の無骨な男ども――あの堅物騎士や生意気なショタ魔導士、それに我が道を行く諜報屋が、エリアーナ様に群がっていると聞きましたわ」


「ええ、その通りでございます。男どもの下心ある接近は、我が主君クロード閣下とて防ぎきれぬ隙がございます」


「許せませんわね」

コンスタンスが冷ややかに扇を開き、パチンと鳴らした。

「エリアーナの清らかな心に、男どもの泥臭い我欲など近づけさせはしませんわ。……私たち女性陣が、鉄壁の防壁となってエリアーナをお守りいたしますことよ!」


「御意にございます、コンスタンス様。……『大公妃殿下親衛隊・女子部』の結成でございますね」


「ええ! 徹底的に甘やかし、世界で一番幸せにして差し上げましょう!」


「「…………」」


ガッチリと熱い握手を交わす、メイド長と公爵令嬢。

城内の女性陣による、あまりにも強大で、あまりにも過激な「エリアーナ包囲網(味方陣営)」が、完全に完成した瞬間であった。


「あ、あの……お二人とも……? 私、ただ普通に暮らしたいだけなのですけれど……」


蚊の鳴くような声で呟くエリアーナの懇願など、もはや熱狂する二人の耳には届いていなかった。


堅物騎士団長、天才魔導士、敏腕諜報部隊長。

そして、冷酷無比なるスパダリ公爵に加え、社交界の女王と最強のメイド長までもが――。

大公城のすべての権力者たちが、たった一人の過労聖女を中心に、狂おしいまでの愛と忠誠の渦へと巻き込まれていく。


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