第18話:堅物騎士団長バスティアンの陥落
白銀の花びらが、音もなく初秋の風に揺られ、中庭の敷石の上へと降り注いでいた。
天を衝くように枝を広げた「白銀の古代樹」の下、抜刀したまま立ち尽くす近衛騎士団長バスティアンの額から、ツーと冷たい汗が一筋、頬を伝い落ちた。
彼の背後には、同じく長剣を構えたまま目を見張り、石像のように硬直した精鋭の騎士たちが息を殺して控えている。
城壁を揺るがすほどの警報、天地を覆すような絶対浄化結界の展開――国家存亡の危機とばかりに駆けつけた彼らの眼前に広がっていたのは、神話の一幕のごとく清廉で、あまりにも静謐な奇跡の光景だった。
「あ、あの……ごめんなさい。小枝のお掃除をしていたら……なんだか、急にたくさん咲いてしまって……。散らかしてしまって、怒られますでしょうか……?」
申し訳なさそうに眉を下げ、ペールグリーンの上品なドレスの裾を小さな手で握りしめている少女――エリアーナ。
その声音には、他者を欺くような打算も、己の功績を誇る傲慢さも、欠片ほども混ざっていなかった。
ただ純粋に、自分が敷石の上に花びらを散らかしてしまったことに対する、子供のような気後れと申し訳なさだけが宿っていたのだ。
(お、怒られるか……だと……!?)
バスティアンの脳内で、理性の警鐘が激しく乱打されていた。
三百年もの間、誰一人として蘇生させることができず、今冬には完全に枯死すると宣告されていた帝国の象徴たる御神木。
それを一瞬にして満開に咲き誇らせ、大公城全域に神話級の結界を張り巡らせ、城下数万の農民を歓喜の涙で平伏させた張本人が、である。
敷石の上に散った花びらを指して「お掃除の邪魔をして怒られるか」と本気で心配しているのだ。
「だ、団長……。あのお方は、まさか……」
背後の副団長が、掠れた声で囁いた。
先日、クロード閣下が単身で国境を越え、氷竜に乗せて自ら連れ帰ってきたという「他国の令嬢」。
閣下が主寝室に閉じこもり、二日二晩つきっきりで看病し、帝都中の仕立屋を呼び出して数百着のドレスを買い占めたという、城中の噂を一身に集める謎の女性。
バスティアンは激しく動悸を打つ胸を強引に抑え込み、騎士団長としての威厳をかき集めた。
「……貴様ら、剣を収めろ」
低く、鋭い命令。
「は、しかし団長――」
「聞こえなかったのか! 敵襲ではない! これ以上の無礼は許さん、全員、門の外へ下がって周囲の警戒に当たれ! ここは私が一人で確認する!」
「は、ははっ!」
部下たちを怒鳴りつけ、アーチ門の外へと退去させる。
それは主君の賓客に対する礼儀であると同時に、バスティアン自身の「切実な都合」でもあった。
実のところ、近衛騎士団長バスティアン・フォン・ハイゼン(二十三歳)は、帝国軍部において「最も女性を苦手とする男」として知られていたのだ。
質実剛健を絵に描いたような堅物であり、物心ついた頃から剣の道一筋に生きてきた武骨者。
帝都の夜会に出席すれば、貴族の令嬢たちが放つ濃厚な香水の匂いに目眩を覚え、中身のない世辞や媚びた上目遣いに鳥肌を立て、逃げ出すように訓練場へ戻るのが常だった。
彼にとって、貴族の女性とは「理解不能で、近づくだけで神経をすり減らす恐ろしい生き物」以外の何物でもなかったのだ。
だが――部下たちを下がらせ、再び振り返ったバスティアンの視線は、満開の巨樹の下に佇むエリアーナに縫い止められた。
「…………っ」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように鳴った。
香水の饐えた匂いなど、微塵もしない。
風に乗って漂ってくるのは、清らかな雪解け水と、古代樹の白銀の花が放つ神聖な甘い香りだけだ。
ドレスを纏ったその佇まいは、飾り立てて己を誇示しようとする帝都の令嬢たちとは根本から異なっていた。白狐の毛皮に縁取られた華奢な首筋、陽光を浴びて艶やかに波打つ栗色の髪、そして何より――吸い込まれそうなほど澄み切った、琥珀色の大きな瞳。
バスティアンはゴクリと唾を飲み込み、カチャリと腰の長剣を鞘に納め直した。
そして、努めて冷徹に、軍人としての厳しい足取りで大股に歩み寄った。
――ザッ、ザッ。
鉄の甲冑が重々しく鳴る。
長身の影が、小柄なエリアーナの頭上を覆った。
身長百八十五センチを超える屈強な武将の威圧感。並の令嬢であれば、それだけで怯えて涙ぐむか、あるいは不快そうに顔を背けるはずだった。
「……失礼いたします、令嬢」
バスティアンは低く、硬い声で問い質した。
彫りの深い端正な顔立ちを鋼のように引き締め、眉間に深い皺を刻み込む。
「私は大公直属近衛騎士団長、バスティアンと申します。……単刀直入にお伺いいたします。この古代樹の異変、そして城全域に展開された結界の覚醒は……貴女が引き起こされたものですか?」
詰問に近い、無骨極まりない言葉遣い。
女性慣れしていないがゆえに、手加減を知らない不器用な態度。
だが、エリアーナはその厳しい声音に対しても、怯んで逃げ出すことはなかった。
彼女はペールグリーンのスカートの裾を正すと、優美で非の打ち所のないカーテシーを返した。
宮廷の礼法指南役すら息を呑むであろう、洗練された静かな一礼。
そして、顔を上げた彼女の瞳には、怒りも侮蔑もなく、ただ純粋な困惑と、相手を気遣うような温かな光だけが宿っていた。
「はじめまして、バスティアン様。私はエリアーナと申します。……その、引き起こした、と言われると大袈裟で困ってしまうのですが……。ただ、木の下の土が凍りついて固まっておりましたので、小枝を払って、土を少し柔らかく解して差し上げただけで……」
「土を解しただけ、だと……!?」
バスティアンは思わず声を荒らげそうになり、慌てて口元を手で押さえた。
「そ、そんな馬鹿なことがあってたまるか! この古代樹は、帝室の筆頭魔導士たちが何十人がかりで儀式を行っても、ピクリとも反応しなかったのだぞ!? それを、土を解した程度で満開に咲き誇り、大結界を張り直すなど……天地がひっくり返ってもあり得ん!」
「で、でも……本当にそれだけなのです」
エリアーナは困ったように小首を傾げた。
「幹に触れた時、この木がとても寒そうにしていて……『元気になってね』とお声をかけたら、急に温かくなって、お花が咲いてくださったのです。……あの、バスティアン様。やはり、勝手なことをしてご迷惑でしたでしょうか……?」
不安そうに揺れる琥珀色の瞳。
至近距離で見つめられ、バスティアンの心臓がドキンと大きく跳ね上がった。
(な、なんだ……この方は……!?)
毒気を、完全に抜かれていた。
これまで彼が接してきた高位貴族の女性であれば、「私の力に平伏しなさい」と高慢に微笑むか、あるいは無骨な騎士など虫けらのように無視するのが常だった。
だが、目の前の少女は、国宝を救うという前代未聞の奇跡を起こしておきながら、自分の功績を誇るどころか、相手の都合を心配して縮こまっているのだ。
そのあまりの邪気のなさ、聖母のような柔らかな佇まいに、バスティアンの頑なな警戒心が、春の雪解けのように急速に崩れ去っていく。
「め、迷惑など……あるはずが、ないだろう……!」
思わず、地声よりも少し上ずった声が出てしまい、バスティアンはカッと自らの頬が熱くなるのを自覚した。
慌てて咳払いをし、視線を逸らそうとする。
「古代樹様が花を咲かせたのは、実に数十年ぶりの吉兆だ。城壁の結界石の負荷も劇的に下がり、警備の兵たちも安堵している。……貴女を責める者など、この城のどこを探してもおらん!」
「まあ……! 本当ですか?」
エリアーナの顔が、パッと春の陽だまりのように輝いた。
胸の前で両手を合わせ、心底ほっとしたように息を吐き出す。
「よかった……! 怒られるかと思って、ずっとドキドキしていたのです。お役に立てたのなら、本当に嬉しいですわ」
ふわりと咲き誇った、曇りのない極上の笑顔。
その瞬間、バスティアンの頭の中で何かが音を立てて弾け飛んだ。
眩しすぎる。
純粋すぎて、直視できない。
女性恐怖症のはずの堅物騎士の胸の奥底を、かつて戦場でも味わったことのないような甘く激しい衝撃が貫いた。
「ぐ……っ」
思わず後退りしかけた、その時だった。
「――あの、バスティアン様」
エリアーナの視線が、ふと彼の腰元へと向けられた。
彼女の琥珀色の瞳が、先ほどの安堵の色から一転して、痛ましげな心配の色へと塗り替えられていく。
「……ん? 私の腰に、何かついているか?」
「いえ……その、お腰の長剣です」
エリアーナはおずおずと、しかし真剣な眼差しで、バスティアンが佩いていた一振りの剣を見つめていた。
それは、豪奢な装飾など一つとして施されていない、無骨極まりない黒革巻きの鞘に収まった片刃の長剣だった。
バスティアンが初陣の折、亡き恩師から授かり、北方の過酷な戦場を駆け抜け、幾千もの魔獣を屠ってきた愛剣。
日々の手入れは欠かさず、彼自身が魂の半身として大切に扱ってきたものだ。
だが――長年の激戦と、極寒の環境での酷使は、確実に鋼を蝕んでいた。
鞘の口からわずかに覗く鍔元には、幾重にも研ぎ直したことによる歪みが生じ、黒革の鞘には魔獣の爪による深い傷が無数に刻まれている。
そして何より――エリアーナの鋭敏な観察眼は、鞘の奥深くに眠る刀身の「悲鳴」を、正確に捉えていた。
「……刃こぼれが、酷いですね」
ポツリと、エリアーナの唇から零れ落ちた言葉。
その一言に、バスティアンはピクリと眉を跳ね上げた。
「……見て分かるのか? 鞘から抜いてもおらんのに」
「はい。……金属が、とても疲れていらっしゃるのが分かります。刃先に細かな欠けがたくさんあって……鋼の芯の部分に、目に見えない無数のひび割れが走っているように見えますわ」
「な……っ!?」
バスティアンは息を呑んだ。
それは、昨夜、自室で砥石を当てながら彼自身が痛感していた事実そのものだったからだ。
北方特有の凍てついた魔獣の骨は、ダイヤモンド並みに硬い。長年の戦いで、名匠の手による剛剣も、すでに限界を迎えつつあった。城の刀鍛冶からも「これ以上の研ぎ直しは危険だ。いつ折れてもおかしくない」と宣告されていたのだ。
しかし、恩師の形見であり、数々の死線を共にくぐり抜けてきたこの相棒を、簡単に手放すことなど彼にはできなかった。
「……仕方がないのだ」
バスティアンは苦々しく吐き捨て、自虐的に拳を握りしめた。
「所詮は道具だ。戦場を駆け抜ければ、刃もこぼれれば鋼も軋む。……折れるその時まで、この相棒と共に戦い抜くのが騎士の本懐というものだ」
諦めと覚悟の混ざった、武骨な男の独白。
だが、その言葉を聞いた瞬間、エリアーナの表情が、これまでにないほど強い否定の色を帯びた。
「そんなの……いけません!」
「……え?」
毅然とした強い声に、バスティアンは目を丸くした。
「道具だからこそ、大切にしてあげなければいけないのです! このお剣は、これまで何度もあなた様のお命を守ってきたのでしょう? それなのに、折れるまで使い潰すなんて……そんな悲しいことを仰らないでください」
エリアーナが一歩、バスティアンの前へと詰め寄った。
彼女の瞳には、涙さえ滲んでいた。
道具として使い潰され、すり減らされ、最後には捨て去られようとしていたかつての自分自身の姿が、この傷だらけの長剣に重なって見えたのだ。
「こんなに刃が痛んでいては、もし次の戦いで強い衝撃を受けたら、本当に真っ二つに折れてしまいます。……そうしたら、このお剣だけでなく、バスティアン様ご自身が、お怪我をなさってしまうではありませんか!」
「お、私が……怪我をする……?」
バスティアンの思考が、再び停止した。
怪我をする? 自分が?
これまで、貴族の令嬢たちが騎士にかける言葉といえば、「勝って手柄を立ててください」「栄光を持ち帰ってください」という都合のいい要求ばかりだった。
泥にまみれ、血を流す騎士の安全など、彼女たちにとっては関心の外だったのだ。
それなのに、目の前の少女は。
見ず知らずの無骨な男の怪我を恐れ、本気で心を痛め、涙を浮かべて訴えかけている。
「……あの、バスティアン様」
エリアーナはおずおずと、しかし真剣な眼差しで、彼を見上げた。
「もしよろしければ……少しだけ、手入れのお手伝いをさせていただけませんか? 私、昔から道具の油を差したり、汚れを落として整えたりするのが得意なのです。ほんの少しだけなら、このお剣を楽にしてあげられるかもしれません」
「て、手入れを手伝う……? 貴女のような高貴な令嬢が、血生臭い武具に触れるなど――」
「お願いです。この子を、放っておけません」
まっすぐな、どこまでも純粋な祈りの眼差し。
その視線に射抜かれ、バスティアンはもはや拒絶の言葉を見つけることができなかった。
彼は金縛りに遭ったかのように、自らの腰のベルトを緩めると、黒革の鞘に収まった愛剣を両手で捧げ持った。
「……頼む」
掠れた声で、それだけを告げる。
「はい!」
エリアーナは嬉しそうに頷くと、両手をそっと伸ばした。
そして――バスティアンが捧げ持った長剣の鞘と、黒革巻きの柄頭へと、自らの白く滑らかな素手を、慈しむようにそっと重ね合わせた。
――その瞬間。
キィィィィィィン……ッ!!
澄み渡る、天上の鈴のような共鳴音が、中庭の空気を震わせた。
エリアーナの両手から、純白の燐光が滝のように溢れ出し、漆黒の鞘を、柄を、そして内部の刀身のすべてを、一瞬にして包み込んだのだ。
――【万物最適化】。
対象の持つポテンシャルを強制的に極限まで引き出し、限界突破させる奇跡。
(痛かったでしょう……。もう大丈夫よ。刃を休めて、一番強くて美しい姿に戻ってね……!)
ドクンッ!!
バスティアンの掌を通じて、凄まじい衝撃波が駆け抜けた。
愛剣が、震えていた。
歓喜に身を震わせ、まるで新しく魂を吹き込まれたかのように、激しく鳴動を上げているのだ。
鞘を覆っていた黒革の傷が、光の粒子に洗われるように滑らかに修復されていく。
そして――鞘の内部で、劇的な分子構造の再編成が起きていた。
何千回もの戦いで生じていた目に見えない金属疲労、微細な亀裂、不純物の混入――そのすべてがエリアーナの魔力によって完全に分解・浄化され、極限の密度を誇る「完全結晶構造」へと限界突破していく。
ただの鉄と鋼の合金だった刀身が、神話の時代にしか存在しなかったという伝説の霊金属――「神代の白銀鋼」へと、強制的に昇華させられたのだ。
「な……な、何が起きている……!?」
バスティアンが息を呑んだ、その刹那。
光がふっと収まった。
エリアーナは満足げに息を吐き出すと、鞘からそっと手を離した。
「ふう……。よかった、少しだけ手入れが行き届いたみたいです。……どうぞ、抜いてみてくださいませ」
促されるまま、バスティアンは震える手で柄を握った。
握った瞬間、背筋に戦慄が走った。
手への吸い付きが、違った。まるで自らの肉体の一部になったかのように、重さを感じさせない完璧な重心の調和。
シャラアン――ッ!!
彼が柄を引いた瞬間、中庭中に目も眩むような白銀の閃光が迸った。
現れた刀身を目にした瞬間、バスティアンの呼吸が完全に止まった。
「…………っ!?」
そこにあったのは、昨日までの刃こぼれだらけの無骨な鉄剣ではなかった。
鏡のように磨き上げられた刀身は、青白い燐光を宿し、刃先は触れるものすべてを分子レベルで両断してしまいそうなほど鋭利に研ぎ澄まされている。
刀身の背には、神話の竜の鱗を思わせる美しい幾何学模様の刃文が浮かび上がり、大気と擦れ合うだけで澄んだ鈴のような共鳴音を奏でていた。
一国の王宝、いや、神話に語られる伝説の聖剣そのもの。
どんな厚い魔導甲冑も紙のように切り裂き、いかなる衝撃にも決して折れず、曲がらず、魔力を通せば無限に威力を増幅させるであろう――正真正銘の「国宝級の神剣」へと、変貌を遂げていたのだ。
「こ、これは……私の剣、なのか……? 嘘だろ……こんな……こんな名剣が、この世に存在するはずが……!」
バスティアンの腕が、激しく震えていた。
剣の道を極めんとしてきた彼だからこそ、理解できてしまった。
この剣は、大陸中のいかなる伝説の鍛冶師が全財産と寿命を捧げても、絶対に作り出すことのできない「奇跡の結晶」であるということを。
彼は震える手で剣を鞘へと収めた。
カチリ、と鍔が鳴る。
そして――。
近衛騎士団長バスティアン・フォン・ハイゼンは、迷うことなく、自らの膝を大地へと落とした。
――ドスンッ。
銀地金の甲冑が、敷石を激しく打ち鳴らす。
彼は両膝を泥と花びらの上に突くと、両手で神剣を胸の前に捧げ持ち、エリアーナの足元へ向けて、深々と頭を垂れたのだ。
騎士が、生涯にただ一人の主君に対してのみ捧げる――「絶対服従の誓い」。
「ひゃっ……!? ば、バスティアン様!?」
エリアーナが慌てて飛び退いた。
「な、何をなさっているのですか!? 騎士団長様が、私のような者に跪くなんて……早くお立ちになってください!」
「立ちませぬ」
バスティアンの声は、低く、太く、そして魂の底からの激情によって震えていた。
彼は顔を上げた。
その切れ長の瞳には、先ほどまでの堅物な険しさは微塵も残っていなかった。
そこに宿っていたのは――命を救われ、魂を救済された武人が抱く、狂おしいほどの忠誠心。
そして、己の心臓を鷲掴みにされた男の、不器用で、熱く、純粋な恋慕の色であった。
「エリアーナ様。……貴女は、私の剣を救ってくださった。私の命を案じ、誰よりも温かな奇跡を授けてくださった」
バスティアンは神剣を自らの胸元に強く抱きしめ、熱い誓いを紡ぎ出した。
「この命、この剣のすべてを、今日この時より貴女様に捧げます。……たとえ我が主君クロード閣下の命であろうとも、貴女様の御心に反することはいたしませぬ。貴女様を傷つけようとする者がいれば、世界の果てまで追い詰め、この神剣にて両断してみせましょう」
「え、えええええっ……!? か、閣下の命令より私を優先するだなんて、そんな反逆みたいなこと仰らないでください……!」
真っ赤になって両手をぶんぶんと振るエリアーナ。
だが、バスティアンは真剣そのものの眼差しで、彼女の足元を見つめ続けていた。
「反逆者と呼ばれようと構いませぬ。……貴女様こそが、私の唯一無二の光です」
女性恐怖症の堅物騎士団長、完全なる陥落。
エリアーナの無自覚な優しさとチートの前に、大公城の誇る最強の剣士が、完全に骨抜きにされた瞬間であった。
しかし――。
そんな二人の劇的なやり取りの背後から、中庭の空気を切り裂くような、けたたましい怒声が響き渡ったのは、まさにその時であった。
「――ちょっと待ったぁぁぁぁぁッ!! ぼくの結界術式をめちゃくちゃにいじくり回したのは、一体どこのどいつだぁぁぁッ!?」
ドタバタと石畳を蹴る足音と共に乱入してきたのは、豪華な魔導ローブを引きずった、一人の小柄な少年――宮廷筆頭魔導士ニコラ(十五歳)であった。




