さようなら、そして、おかえり、キュ
ついに感動のフィナーレ!!
◆ 帰還 ◆
小屋に帰るとそこには眩い光を放つゲートがあった。
【帰還ゲート起動――】
無機質なアナウンスと共に、眩い光が聡美を包み込んだ。それは、いつかの「ピ」の光よりもずっと優しく、温かいものだった。
「……神様……本当に、本当にありがとうキュ……」
『……ああ。お前、よく頑張ったよ。天界の予算を食いつぶしただけのニート勇者だと思ってたが……お前がいたおかげで、この世界は少しだけ豊かになった』
転生神の声が、まるで古いラジオのチューニングがずれるように遠ざかっていく。
「……また、会えるキュ? ……あの小屋で、まんじゅう食べながら……」
『……分からない。だが、ゲートの向こう側でお前の「ピ」の音が聞こえたら、また声をかけるかもしれないな。お前のことは……絶対に忘れないよ』
「……私もキュ……。神様も、ちゃんと経理部と仲良くするんだよ……」
光が、一層強くなる。異世界の景色が、小屋が、積み上げられた段ボールの山が、そして「こしあんまんじゅう通り」の匂いが、すべて夢の彼方へと遠ざかっていく。
「……さようならキュ……」
* * *
◆ 目覚め ◆
チュンチュン……。
窓の外から、どこか懐かしい鳥の鳴き声が聞こえる。
聡美は、ゆっくりと重たい瞼を開けた。
「……ん……」
視界に映るのは、見覚えのある天井。湿気を含んだ壁紙。カーテンの隙間から差し込む、少しだけ頼りない朝の光。遠くでトラックが通り過ぎる、あの日常の音。
「……ここ……」
聡美は、ガバッと起き上がった。
「……私の部屋キュ!!」
いつものアパート。生活感溢れるユニットバス。使い古した小さなキッチン。ニトリで買った、首に馴染む安物の枕。すべてが「現世」のままだった。
「……帰ってきたキュ~!! 帰ってきたキュ~!!」
聡美はベッドから飛び降り、窓を開け放った。外には、見慣れた電柱。コンビニ。ドラッグストア。ファミレス。
「……日本キュ……。本物の、日本キュ……!!」
こみ上げる熱いものを抑えきれず、涙が頬を伝った。
けれど、胸の奥で、何かが空っぽになったような、不思議な喪失感があった。
* * *
◆ 夢か本当か? ◆
聡美は、自分の手を見た。リストバンドは、ない。mPADも、神刀もない。
「……あれ、夢だったキュ? 私、ずっとここで寝てて……長くて濃い夢を見てただけキュ……?」
スマホを手に取る。圏内。Wi-Fiも繋がっている。
LINEを開くと、なおちゃんからの通知が残っていた。
なおちゃん:「明日、大学で会おうね!」(送信時刻:昨日の夜)
「……昨日……?」
聡美は頭を抱えた。あの異世界で過ごした日々は、数ヶ月? それとも数年? なのに、現世では「たった一晩」しか経っていないのか。
「……時間が経ってないキュ……。あれは夢、だったキュ?……」
* * *
翌日。聡美はいつものように大学へ向かった。
キャンパスを歩き、講義棟へ向かう。そこには、いつもの場所で待つなおちゃんの姿があった。
「なおちゃん!!」
聡美は駆け寄った。万感の思いを込めて、力いっぱい叫ぶ。
「なおちゃん、久しぶりキュ~!!!」
なおちゃんは、きょとんとした顔で首をかしげた。
「……え、聡美? 昨日ファミレスで一緒にパフェ食べたじゃん。もうボケたの?」
「……えっ」
「昨日だよ、昨日。……聡美、顔色悪いよ? ちゃんと寝てる?」
聡美は立ち尽くした。昨日の記憶がない。あるのは、小屋で過ごした日々。ピッという音。こしあんまんじゅうの甘さ。転生神との口喧嘩。
「……私、昨日は……異世界に転生してたキュ……」
「……は?」
「本当キュ! 小屋で神様に守られながら、ネット通販して、まんじゅう食べて、魔王城に面接に行って……」
「……」
「最後はGUのジーンズを伝説の防具として売って、帰還費用を稼いで帰ってきたんだキュ……!」
熱弁を振るう聡美に対し、なおちゃんは一瞬呆れたような顔を見せた後、母親のような微笑を浮かべた。
「……うん、そっか。面白い夢見たんだね。ほら、授業始まるよ。行こ」
なおちゃんに手を引かれて歩きながら、聡美は思った。
「夢」という言葉で片付けられてしまうには、あの小屋での日々は、あまりにも鮮烈だった。
講義中、教授の声は頭を素通りしていった。ウェルシアでのバイト中も、レジの「ピッ」という音が響くたびに、リストバンドをかざしたあの瞬間を思い出して胸が締め付けられる。
「……本当に、全部夢だったのかなキュ……」
* * *
その日の夜。聡美は、狭いアパートの自室で洗濯物を片付けていた。
「……あれ?」
クローゼットのボトムスハンガーを指でなぞる。一箇所、不自然な隙間があった。
「……GUのスキニージーンズ……お気に入りだったやつ、どこ行ったキュ?」
部屋中を探しても、洗濯カゴの底をひっくり返しても、現世から履いて行ったはずのジーンズは見つからない。
嫌な予感がして、洗面台の鏡裏の棚を勢いよく開けた。
「……ロリエも……一袋、丸ごと消えてるキュ……」
聡美はその場に膝をついた。背筋に冷たいものが走る。
異世界の買取専門店「中吉」で、自らの現世への帰還費用30,000Gと引き換えに差し出した、あの二つの私物。
「……消えてるキュ。ここからも……」
心臓の鼓動が、部屋中に響くほど大きく鳴った。
夢なんかじゃない。妄想でもない。
あの世界は、確かに存在した。
――いや。
聡美は首を横に振った。
違う。
存在した、じゃない。
今も、どこかにあるキュ。
* * *
◆ 転生ポイントカード ◆
翌日。聡美が財布を開くと、そこに見覚えのないカードが滑り込んできた。
青と黄色のロゴ。しかし、よく見ると――
『T(転生)ポイントカード』
累積ポイント:30,000pt
「……これ……」
聡美はカードを震える手で握りしめた。
異世界での日々。小屋での待機。ピッという音。全部、全部本物だった。
「……神様……また、行けるのかなキュ……」
聡美は空を見上げた。青い空。雲が、ゆっくりと流れている。
返事はない。でも、胸の奥から温かい声が聞こえた気がした。
「……ありがとうキュ……!!」
* * *
◆ エピローグ ◆
その夜。聡美はヨークベニマルで「こしあんパン」を買った。
「……美味しいキュ……」
でも、異世界のまんじゅうとは、少しだけ味が違う。あっちのまんじゅうは、店主の情熱と、聡美の「ピ」が生んだ奇跡の味だった。
「……また、食べたいキュ……」
聡美は、Tポイントカードを見つめた。
もしかしたら、またあの小屋に行けるかもしれない。
まんじゅうを食べながら。ピッという音と共に。
「……いつか、また……キュ……」
* * *
一方、異世界。
こしあんまんじゅう通りは、今日も活気に溢れていた。
店主が、新作のまんじゅうをせっせと焼いている。
「グルシャッパー……マタ、キテクレルカナ……」
そして空には、二つの月が優しく輝いていた。
彼女の戦いは終わった。けれど、彼女が世界に与えた「経済」という名の魔法は、今も静かに脈動し続けている。
【完】
本当に、最後までお付き合いありがとうございましたキュ!
聡美の物語はここで幕を閉じますが、Tポイントカードを持っているということは……いつかまた、彼女が「ピ」する日は来るのかもしれませんね。




