第5話 おじさんと魔女と出会い
それはある晴れた日のことだ。
アパートのお隣、202号室の雪野さんに呼ばれて訪問した俺は、とっ散らかった部屋の掃除を手伝っていた。
見た目はクールビューティーな雪野さんだが、お部屋は全然クールではない。
本人曰く、片付けるのが苦手なようで、使ったら使いっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなしとのことだ。
さらにはGが出た時などは魔法をぶっ放してしまう為、余計に散らかってしまうというのが悩みどころ。
魔女も殺虫剤等の文明の利器を使用した方がいいのではなかろうか。
スプレーは処分するのが面倒くさいとは、なかなかの面倒くさがりである。
……他人のことは言えないけれど。
「それにしても雪野さん、部屋の掃除に俺のようなおじさんを呼ぶのはどうなんだ?」
「ほう、何か問題でもあるのか?」
「いやほら、下着とか転がっていると、目のやり場に困るというか……」
「なんだ、佐藤は私のような小娘の下着を見て恥ずかしがってしまう程に初心なのか。ふふふ、可愛いやつめ」
小娘って、あなた23歳でしょう。
もう少し自覚を持ちなさい。
「それに、私が佐藤の部屋に行った時は佐藤のパンツが干されているが、私は何とも思わないぞ」
うぐぐ、今度からちゃんと片付けておこう。
そんな感じのやりとりをしながら掃除をしていると、俺は1着の服に目が留まった。
それは、日曜朝に放送されている魔法少女アニメの、大人が着れるサイズの衣装だった。
俗に言う、コスプレ衣装というやつか。
「どうした?」
「いや、このコスプレ衣装懐かしいなって」
「あ〜、それか。たしかに懐かしい」
俺はコスプレ衣装を見ながら、ある日を思い出す。
それは、今日みたいに晴れた日のことだった。
□ □ □
当時、急な燃え尽き症候群で、俺は仕事を辞めた。
大学新卒で入社した会社で、15年間勤めた。
仕事の内容は嫌いじゃなかったし、人間関係も良好だった。
ただ、突然無気力になってしまった。
頑張っていた仕事に身が入らず、休日もただただボーッと過ごすだけ。
気付くと上司に退職届を提出していた。
都会に居るのがなんだかとても疲れてしまい、俺はこの田舎のアパートに引越してきた。
収入は無くなってしまったが、大した無駄遣いもせずにひたすら貯めてきた貯金を切り崩していけば、当分は働かなくても生きていけそうだった。
「フ〜〜……」
ベランダで、折り畳みの椅子に座りながら煙草の煙を吐く。
仕事を辞めてから始めた煙草は、日に日に本数が増えていく。
何にも追われず、のんびりとした生活。
燃え尽きてしまった俺には、なんだかとても心地良かった。
基本的に自炊をする。
けれども大した物は作らない。簡単な物ばかりだ。
でもふとした時に、コンビニ弁当のようなジャンクな物が食べたくなり、その日、俺はコンビニへと足を向けた。
「あしゃーしたー」
店員さんの言葉もやる気も省略した声を背中で聞きながら、コンビニを出る。
よく買うのはおにぎり、カップ麺、そして煙草だ。
空を見上げる。
都会で見上げた空は狭く息苦しかったけれども、田舎の空はどこまでも広く気持ちがいい。
ただしかし、日差しがとても暑かった。
38歳のおじさんには、この日差しはキツイ。
気持ち足早でアパートに戻った俺だったが、ふと暗くなった気がして空を見上げた。
「わっぷ」
何かが落ちてきて、俺の顔を包み込む。
なんだか少し、良いにおいがした。
一体何だと顔から剥がしてみると、それは衣類だった。
どこかで見たことがあると脳内フル回転してみると、日曜の朝に放送している魔法少女のアニメの衣装だった。
ただ、何だかサイズがでかい。
「すまない、干そうとしたら落としてしまった。今とりに行くから少し待っててくれ」
頭上から女性の声。
見上げてみると、アパート2階のベランダから、女性が1人顔を覗かせていた。
俺の部屋の隣は、この女性が住んでいるようだった。
俺は「わかりました〜」と返事をする。
すると、女性はベランダから体を乗り出し、
「──え?」
そのままこっちに飛び降りた。
え、えぇえええええ!? と慌てふためく俺。
女性は片手に持った棒をくるくる回すと、落下スピードが緩やかになり、俺の目の前にふわりと降り立った。
え、何、どんな原理!?
「え、あ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫とは? あ、もしや23歳にして女児向け魔法少女アニメのコスプレ衣装を持っていることか!? いや、ちょっとほんの出来心で買ってしまって、1回着ただけなんだが──」
「いやいや、違くて! ベランダから飛び降りたと思ったらふわって着地して!」
「あ、ああそっちか!」
女性はちょっと照れながら、手に持った棒を俺に見せる。
「私は魔女だからな」
「ま、魔女?」
「そうだ。まぁ、魔法を使える女で魔女だな」
いや、そこは分かるけど。
「魔法使いなんて創作上の人物で、本当にいるわけ──」
「ふふふ、いるのさ」
そう言って、女性は手に持った棒の先端に火を灯す。
何の変哲の無い棒だった。
先端がライターみたいになっている感じでもなかった。
「この世界には、皆が知らないだけで魔法使いは存在している。ただ目立たず、今の時代に溶け込んでいるだけだ」
そう言いながら、女性は俺の手からコスプレ衣装を取り上げると、「拾ってくれて感謝する」と言ってアパートに戻っていく。
俺はしばし脳で理解できず呆然としていたが、とりあえず思考を諦め、女性の後に続いて歩き出す。
2人でアパートの階段を上がっていく。
「拾ってくれたことに感謝はするが、後をついて来られるのは困るのだが……」
「あ、いえ、俺ここの201なんで」
「へ?」
「201の佐藤由利って言います」
「なんと、そうだったのか。私は202の雪野椿だ。宜しく頼む」
そう言って、女性──雪野さんは笑みを浮かべた。
□ □ □
部屋の掃除を完了した俺は、居間のテーブルで向き合って座りながら、今回の報酬のカップアイスを食べていた。
掃除で酷使して熱を持った体に、冷たいアイスが心地良い。
俺はアイスを食べながら、ハンガーに掛けられている魔法少女のコスプレ衣装を見る。
「何をそんなじっと見て。まさか、私が着ているところ想像しているんじゃないか?」
「違う違う」
「じゃあ、着てみたいとか?」
「誰が着るか!」
このコスプレ衣装をきっかけに、俺は隣の部屋に住む魔女と知り合ったのだった。
一緒に過ごしていると驚かされることも多いが、雪野さんとのわちゃわちゃした関係は、案外心地良い。
「煙草吸っていい?」
「私の部屋は禁煙だ!」
魔女にも羞恥心はあるらしい。




