第3話 おじさんと魔女とカレー
大きな鍋が火にかけられ、投入された様々な材料がぐつぐつと煮られている。
鍋の中身をお玉でかき混ぜている雪野さんの顔は、いつものクールビューティーな面影はなく、不気味な笑みを浮かべていた。
まさに、童話に出てくる悪い魔女のようだった。
□ □ □
それは、ある晴れた日のことだった。
布団に寝転がり寝煙草を決めていたところ、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
まだ吸える煙草を勿体なく思った俺は、傍の灰皿に灰を落としてから、咥え煙草をしつつ頭をポリポリ掻きながら玄関ドアを開けた。
「はいはい。あ、雪野さん」
「煙草を咥えながら来客を迎えるな、佐藤」
お隣の202に住む女性、雪野さんだった。
さーせん、と謝りつつも、煙草が勿体ないのでそのまま吸い続ける。
まぁいい、と雪野さんは溜息を1つ吐く。
「実家からいろいろ荷物が届いたんだ。今日は私が料理を振る舞ってやるから、食べにくるといい」
「え、雪野さん料理できるの?」
「馬鹿にするな! 私だって料理の1つや2つは出来る!」
レパートリー少なそうだな。
「何だその顔は」
「何でもないです」
「ふん。まぁいい。今荷物の整理をしているから、12時になったら私の部屋に来てくれ」
ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
11時25分。あと35分か。
俺は、了解しやした、と返事をすると、雪野さんは、では後ほど、と言って部屋に戻っていった。
どんな料理を振る舞われるのか、不安である。
□ □ □
12時になり、俺は雪野さんの部屋を訪ねた。
「よく来た。さぁ、中に入るといい」
エプロン姿の雪野さんは、どこか新鮮だ。
ただ、片手に持ったお玉に付着した『何か』の色が紫色で、不安が増す。
俺は部屋に上がらせてもらうと、雪野さんの後を追い、キッチンスペースを覗き込む。
大きな鍋が火にかけられ、投入された様々な材料がぐつぐつと煮られている。
紫色の鍋の中身をお玉でかき混ぜている雪野さんの顔は、いつものクールビューティーな面影はなく、不気味な笑みを浮かべていた。
まさに、童話に出てくる悪い魔女のようだった。
「何作ってるんすか?」
「ふふふ。まぁ、もう少し待て。居間で待っているといい」
そう言って、雪野さんは不敵な笑みを浮かべる。
「あ、煙草は吸うなよ。私の部屋は禁煙だ」
ポケットから煙草を取り出そうとしたいたけれど、先に止められてしまった。
少しして、キッチンスペースの方から香辛料の香りが漂ってくる。
この匂いは、カレーだな。
さっき見た色は怪しかったけれど、まぁカレーなら大丈夫なはずだ。
……余程変な物を入れていなければ。
「待たせたな」
そう言って、雪野さんがテーブルにゴトリと皿を置く。
さっきまでの紫色は何処へやら。
俺が知っているカレーライスが登場した。
「……ほほう、美味しそうですな」
「何だその最初のタメは」
いえ、何でもありません。
2人でテーブルを囲み、いただきます、と手を合わせてから1口いただく。
「うん、美味い」
「だろう。ジワカレーと野菜と肉が良い感じに絡み合っているだろう」
ふふん、とちょっと誇らしげに言う雪野さん。
ジワカレー派か。俺の実家はハーモンドカレー派だったけど、ジワカレーも美味しいな。
それにしても、いくら掬ってもささみのような肉しか出てこない。
「雪野さん、野菜は?」
「野菜は消えた」
「消えた!?」
「そうだ、煮込んでいたら消えた」
あぁ、煮込んでたら溶けたってことか?
まぁ、旨みは出てるし、美味しいから良いけど。
「雪野さんはささみを入れるんだね」
「ささみ? そんな物入れてないぞ?」
「え、でもこれ」
俺が肉を掬って雪野さんに見せる。
すると、雪野さんは、ああそれか、と言うと、どこからともなく触媒の棒を取り出すと、くるくると振り出した。
キッチンスペースの方でガチャガチャと音がしだす。
嫌な予感がした。
キッチンスペースから何かがぴょんぴょん飛んでくる。
それはテーブルの上にぴょんと乗ると、俺の方を見て口を開けた。
「こ、これは?」
「どう見ても蛙だろう」
どう見ても、蛙だった。
しかも、骨のみ。
「実家から蛙の肉も送られてきてな。我が家ではカレーには蛙の肉を使うんだ。確かに鶏のささみと食感は似てるな」
雪野さんは実家の思い出話を始める。
しかし、俺の耳には全くもって届いておらず、俺は目と目が合っている蛙から視線を離せなかった。
いや、骨だけだから目はないんだけれど。
「まぁ、美味いからいいか」
俺はもう1口カレーライスを頬張る。
それと同時に、魔法が解けたのか、蛙の骨はその場に崩れ落ちた。
うまっ。
美味ければ何でもいいらしい。




