第六話 騎士の実力
つ……辛すぎる。
苗植えを始めて少しすると、農作業なんて体験学習でしかしたことのない俺は、早くも音を上げていた。
元々農地を放棄した場所らしく、辺りには麦のような作物と雑草が混ざった畑が広がっている。点々と放棄された家や小屋も見えた。
ベノナ草は、そこまで密集して植える必要はないらしい。
それだけが救いだった。
俺は数メートルおきに、作物を抜いて苗を差し込み、道だった場所には穴を掘ってベノナ草を植えていった。
嗅いでみても、強い匂いは感じない。
だが、魔獣からすると相当嫌な臭いらしい。
これを持っていれば魔獣に襲われないのでは、と思って聞いてみたが、姿を見られると意味がないらしい。
農地を囲む作業中にも、多くの犠牲が出たと聞いた。
フィアとフィルは、さっきとは別人かと思うくらい真剣に、ずっと周囲を警戒している。
ひりひりした緊張感がある。
さっきから、二人とも一言も発しない。
「なぁ、フィア、ちょっと休憩を」
そんな二人に声をかけるのは気が引けたが、辛さに耐えきれず、近くにいるフィアに声をかけようとした。
だが、フィアにシッと制される。
「いる。フィル、分かる?」
「うん。あの小屋の向こう。僕が行く?」
「お願い」
二人が短く言葉を交わすと、フィルが軽やかに走り出した。
小屋の前まで来ると、フィルは地面から石を拾い、小屋に向けて投げる。
ガッ、という石が当たる音。
それに反応したのか、直後、大きな唸り声が聞こえた。
続いて、ズン、という重い音。
小屋の横から、二本足で歩く巨体が姿を見せた。
人の二倍はありそうな大きさで、茶色い毛皮に覆われている。獣のようでもあり、人のようでもあった。
きっと、トマがやられた魔獣だ。
あんな化け物に、トマは向かっていったのか?
無理だ。勝てるわけがない。
フィルは少し距離を取ったが、逃げようとはしない。
魔獣が小屋を回り込み、フィルの前に立つ。
「ダメだ! 逃げろ!」
俺はたまらず叫んだ。
「あの子を甘く見ないで。まあ、見てなさい」
フィアが少し自慢げに言う。
あれと戦えるっていうのか?
次の瞬間、魔獣がフィルに向かって飛びかかった。
巨体に似合わず素早い。
あっという間に、フィルとの距離が詰まる。
「フィル!!」
ここからでは到底間に合わない。
それでも、俺の足は勝手にフィルへ向かって動いていた。
だが、当のフィルは大きく動かなかった。
半歩だけ足を引き、長剣を後ろに流すように構える。
そのまま、魔獣を引きつける。
魔獣の拳が届く寸前。
フィルの体が、逆方向へ鋭く回転した。
ガキン!!
剣と魔獣の拳がぶつかる音が響く。
信じられないことに、のけぞったのは巨体の魔獣の方だった。
フィルは振り上げた剣を、そのまま振り下ろす。
刃が魔獣の足を深く切り裂き、血が噴き出した。
魔獣の絶叫が響き渡る。
痛みの元凶を振り払おうと、魔獣は前かがみになり、薙ぎ払うように腕を振った。
だが、フィルは地面を転がるようにして、それをかわす。
その直後。
フィルがいた場所を通り過ぎるように、何かが飛んだ。
それは、前かがみになっていた魔獣の顔に突き刺さる。
何が起きたのか分からなかった。
ただ、顔に何かが刺さったことで、魔獣がさらに苦しみ、顔を押さえたことだけは分かった。
その隙を、フィルは逃さなかった。
長剣を突くように構え、一気に踏み込む。
そして、魔獣の頭に剣を突き刺した。
巨体がぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れ込む。
もう、動かなかった。
フィルは魔獣から剣を抜き、さらに顔に刺さっていた何かも引き抜いた。
「はい、姉さん」
俺の近くに戻ってきたフィルは、それをフィアに手渡した。
よく見ると、細身の投げナイフだった。
いつの間にか、フィアが投げていたらしい。
「マジかよ……」
巨体の化け物が、何事もなかったかのように倒されるのを見て、俺はそうつぶやくしかなかった。
「だから、見てなさいって言ったでしょ。でも、フィルの前に魔獣が来たとき、足が前に動いたのは見直したわ」
さっき、とっさにフィルを助けに出ようとしたときのことか。
俺があんな魔獣に何かできるはずがないのは分かっている。
それでも、何も考えずに足が動いていた。
「お前ら、普通に魔獣退治できるんじゃ?」
「あれが一体くらいなら、あたしたちならこんなものよ。でも、南の森に行けば同時にうじゃうじゃ出てくるし、もっと強いのもいる。そう簡単にいくなら、とっくにやってるわ」
無理ゲーかよ。
二人の強さへの希望と、状況への絶望が一気に来た。
「それと、ここは見晴らしが悪いから休憩は無理ね。この農地一帯を抜けるまでは休憩なしよ」
さらなる絶望が、俺を襲った。




