第五話 苗植え係
翌日。
俺はフィアに言われた場所へ向かっていた。
館の裏手にある、訓練場のような場所だ。昨日、俺が剣術の才能の無さを痛感した場所とは別らしく、こちらは馬小屋や倉庫に近い。外へ出るための準備をする場所なのだろう。
そこに、フィアはすでに立っていた。
袖口を紐で絞った厚手の服に、革の手甲と膝当て。腰には短剣、幅広のベルトには細身の投げナイフが何本も差し込まれている。
所々にのぞくえんじ色の布で軽やかにも見えるが、装備そのものは完全に実戦用だ。
「遅い」
フィアがこちらを見て、開口一番そう言った。
「いや、言われた時間には来たと思うんだけど」
「あんたが言い出した話なんだから、先に来なさいよ」
そんな無茶苦茶な。
「姉さん、何だか面白そうなことが始まったって張り切って――」
「うるさい!」
フィアの隣にいた少年が口を開いたが、最後まで言う前にフィアが即座に遮った。
少年の背丈は、フィアと同じくらいだろうか。
髪はフィアよりも少し短く、赤銅に近い紅葉色。瞳も姉とよく似た、赤みを帯びた琥珀色だった。
顔立ちはフィアによく似ていて、一瞬、女の子かと思ってしまうくらいだった。
声を聞いて男の子だと分かった。
フィアより少し柔らかい雰囲気があり、こちらと目が合うと、緊張しながらも小さく笑った。
その表情は荒事に向いているようには見えない。
服装もフィアと似ているが、襟元や腰帯に若草色の布が使われていて、印象は少し明るい。肩と腰回りには厚めの革が当てられ、腰には体格に対して少し大きすぎる長剣を下げていた。
「えっと、フィアの弟?」
「はい。フィルと言います」
フィアの態度とは違って礼儀正しい。
騎士の家なのだから、こっちの方が普通なのかもしれない。
「一人で魔獣退治に行くって勇んでたのに、もう一人連れてきたんだな」
「一人なら平気だったけど、足手まといがついてくるって言うからね」
軽口を叩くと、即座にカウンターを食らった。
それを聞いて、フィルがふふっと笑って口を開いた。
「姉さん、異世界から来たやつは思ったより良いやつだったって昨日話してたけど、なかよ――」
「余計なこと言うな!」
またフィアに途中で遮られた。
今度は、げんこつ付きだ。
手が出たから、軽口大会はフィルの勝利か。
この二人、今のところ普通の子供って感じだが、本当にあんな魔獣と戦えるのだろうか。
ちょっと不安になってくる。
「さて、行くよ。とりあえず街を出て、それから説明してもらおうか。じゃ、フィル、これ持って」
フィアが、地面に置いてあった籠を指さす。
中には、草の苗らしきものが大量に詰まっていた。
重そうに見えたが、フィルは嫌な顔一つせず、ひょいとそれを持ち上げる。
俺たちは、トマが向かった方向とは逆の北へ進み始めた。
南の森に近い側ほど魔獣の数が多いと聞き、まずは反対側で作戦を試すことにしたのだ。
俺がついて行っても、戦力になるわけではない。
だが、これは情報収集のためだ。
とにかく俺は、この世界の知識が無さすぎる。
館を離れ、騎士や有力者の家がある区画を抜けると、南北に通る街の目抜き通りに出た。
人通りは少なく、覇気もない。
トマが感じていた絶望に近いものが、街全体を覆っているように感じる。
たまに通りかかる人も、俺たちを見ると目を伏せるようにして、足早に通り過ぎていった。
「なんか、避けられてる?」
「あたしたちが騎士なのは知られてるからね」
「でも、いつも警護で街の人を守ってるんだろう。何で避けられる?」
「守れてないからさ」
フィアの口調は、さっきまでの軽口と同じだった。
けれど、その奥には悔しさがにじんでいる。
少ない人数で工夫して警備しているとは聞いたが、当然すべてを守れるわけではない。事故も珍しくないらしい。
魔獣に襲われる危険と隣り合わせで作業しろと言われて、騎士たちに好意的になれという方が無理なのかもしれない。
それでも、さらに危険な場所で、命懸けで必死に守っている側からすれば、この扱いはやりきれないだろう。
少し暗い気分になって、俺たちも足早に街を抜けた。
街を抜け、その先の農地を越えて、現状の耕作地の端まで来た。
もうここまで来たら、魔獣が出てもおかしくない。
「さて、それじゃ説明してよ。この草で狩場を作るってどういうこと?」
「ああ、簡単な話さ。まず、ここからある程度の広さの土地をベノナ草で囲む。そうすれば、そこから魔獣たちは出ようとしなくなるだろ」
「うん」
「その後、その中で強い魔獣を狩り尽くす。そうすれば、後は弱い魔獣だけが残る」
「な……あんた正気?」
フィアが、呆れたように俺を見た。
「あたし一人に、魔獣が出る土地でひたすら草を植え続けさせようとしたわけ? 植えてる最中、隙だらけじゃない!」
「あ」
「あ、じゃないわよ!」
完全に見落としていた。
言われてみれば当たり前だ。ゲームのように、アイテムを使用したら一瞬で草が植えられる、なんてことはない。
地面に向かって草を植える作業を、周囲を警戒しながらやり続けるのは、どう考えても無理がある。
「でも、魔獣がいる土地にベノナ草を植えるというのは、考えたこともありませんでした」
フィアには呆れられたが、フィルが助け舟を出してくれた。
「今までは、どうやって農地をできるだけ広く残すかだけを考えていたので」
「まあ、そうね」
フィアは腕を組み、渋々といった様子でうなずいた。
「次に送り出す人を、その作った狩場で弱い魔獣だけと戦わせて鍛えるってわけね」
「ああ、そうだ」
「結局その後、いきなり本格的な魔獣退治に行かせたら同じだと思うけど、そこは考えてあるわけ?」
「それを考えるために、一緒に来たんだ」
「はぁ、そう。前回と比べて、ずいぶん計画的で安心したわ」
かなり皮肉を込めて言われてしまった。
「でも、それならあんたも来て良かったわね。あんたが植える。あたしとフィルで周りを警戒。ちゃんと役割分担できるわ」
「おい、俺がずっと植えるのかよ!」
「当たり前でしょ。あんた、魔獣と戦えるわけ? 戦えるなら、あたしが植えながら見ててあげてもいいけど?」
「すみませんでした」
力がないというのは辛いものだ。
ありがたく苗植え係をやらせていただくことにした。
「ふふっ、やっぱり二人は仲良しで――」
「「うるさい!!」」
フィルの言葉をとっさに遮ったら、フィアと見事にハモった。
完全に、この姉弟のペースになってきてしまった。




