エピローグⅠ
語り継がれる歴史と、語り継がれぬ人々の物語がある。
次の時代へとつながっていく細い縦糸を、同じ時代に生きた多くの横糸が支えるかのように。
歴史に刻まれることになった人物、ガレンが、ベルナールから自分のことを書いた伝記を読み聞かされていた。
「おいおいおい! なんだよ、そりゃ! でたらめだらけじゃねぇか! 街に住んでたら、魔獣退治に応募した連中がたくさんいたことは誰でも知ってる。それに、俺がやったのは石を一つ取ってくるだけだ。他は知らねぇよ!」
「いいんだ。君のおかげで魔獣を退治できたことに、違いはない」
「違うだろ! あんた、自分もそんなにボロボロになって魔獣退治をしたっていうのに、魔獣にやられて頭がおかしくなっちまったのか?」
「君が実際に成し遂げたことが、ここに書かれていることの一部だけだということは、わかっている」
「だったら、なんでこんなでたらめを書かせたんだよ!」
「本来、領主になるためには王家の任命が必要なのだよ。だが、辺境では現状の追認になることも多い。その口実づくりのためさ」
「は? 王家? いきなり何をわけのわからないことを言ってるんだ。こんなでたらめ、街の人ならすぐわかるって言ってるんだよ!」
「つまり、これは街の人に向けたものではなく、外の人に向けた建前ということだ」
「全然わからねぇ」
「君が領主になるために必要な手続きの一つのようなものだ、と言えばわかるか?」
「また、いかれた貴族社会の慣習ってやつか? まあいい。街の人には絶対にこんなの見せるなよ!」
一方で、両方の糸を紡いだ少年、ラクトは、元の世界に帰る準備をしていた。
「魔獣を退治した今、ラクト様をいつまでもここに引き止めるわけにはいきません」
アリシアが突然そう言い出し、その理屈が正しいだけに、誰も反対することができず、ラクト自身も受け入れるしかなくなっていたのだ。
魔術を使うために暗くした部屋に、ラクト、アリシア、フィア、フィルの四人が集まっていた。
いざ魔術を使って別れの時が近づき、最終確認をしていた時、フィアが何かに気づいたように言った。
「アリシア。そういえば、召喚は百年ためた魔力が必要とかなんとか言ってたけど、帰す時はいらないの?」
「あ」
それを聞いて、アリシアが固まる。
「おい! 魔力が足りてなかったのかよ! そのままやったらどうなってたんだ、これ」
そのラクトの疑問に、アリシアは口だけを動かすようにして答える。
「魔力のない状態で術式を発動すると、成功する保証はありません……失敗すると、時空の狭間に永遠に取り残されることになります」
「そんなの絶対にやめろ!!」
アリシアは急いで、準備していた道具を片付け始めた。
「まったく、アリシアって、慌ててると大事なところで意外と抜けてるのよね」
「ごめんなさい……」
アリシアが肩を落としてうつむいた。
「いいって。俺、もう少しこの世界にいることにするよ。まだまだ救世主が必要だろ?」
ラクトがアリシアに笑って言った。
「よろしいのですか?」
「ああ。百年はさすがに待てないけどな。この世界の問題が片づいて、必要な魔力をためる方法を見つけてからでいいさ」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、もうしばらくお願いします」
アリシアが頭を下げた。
「あーあ。せっかくこいつがいなくなって、せいせいすると思ったのになぁ」
「姉さん。昨日、ラクトさんがいなくなって寂しくなるって、あんなに――」
「うるさい!」
フィアの拳骨が飛び、フィルの言葉を遮った。
ラクトを帰す魔術は発動できず、帰還は失敗に終わったはずなのに、なぜだか四人とも嬉しそうだった。




