第三十四話 大魔術
「後退しながら第二波!」
また声が飛び、木々の陰に見え隠れしていた騎士たちの背中が、再びはっきりと見えるようになった。
バシャバシャ! と水をかき分けるような音がする方向へ、炎の球や矢が次々と飛んでいく。
「ウガァァァァァ!」
再び巨大魔獣の唸り声が聞こえると、周囲から、ざわざわ、と音がした。
後ろから音がする!
とっさに後ろを振り向くと、
「こっちを向くな! 魔術に集中しろ!」
と、クロードの激しい声が飛んだ。
俺は途切れかかった大砲のイメージを何とかつなぎ止め、もう一度集中する。
後ろからは、ギン! と何かを受け止めるような音がし、その後、槍を突き刺したような音と、魔獣の悲鳴が聞こえた。
クロードが魔獣を仕留めたようだ。
バキバキバキ! と前から巨木が折れる音が聞こえてくる。
それと同時に、また周囲がざわめく。
だが、今度は俺は振り向かなかった。
「やぁ!」
と、今度はフィアの声がして、その後、何かを弾くような音が何度か聞こえ、最後に魔獣の倒れる音がした。
前を見ると、
「うおおおおおお!」
と、騎士が叫ぶ声が聞こえる。
巨大魔獣が、横二列に並ぶ騎士隊の第一陣と接触したようだ。
大魔術のイメージは、より長く、強く固めなくてはいけない。
そう聞いていたうえ、ここからでは当たるかどうかもわからない。
撃って外したら、この作戦は失敗だ。
俺は、さらに渦をどんどんと大砲へ集めていく。
俺が持っている四つの触媒が、弱い光を発し始めた。
「ヴァァァァァァァァ!」
それに呼応するように、巨大魔獣の叫び声が聞こえた。
バキバキ! と木々が折られ続け、ついにベルナールさんたちがいる第二陣の前まで来た。
ベルナールさんが思い切り飛び、魔獣の足に剣を突き立てた。
だが、巨大魔獣はそれに構うことなく、まっすぐ俺の方へ、木々を折りながら進んでくる。
「全員で止めるぞ!」
ベルナールさんが一度下がってから叫ぶと、大柄で盾を持つ騎士を先頭に、騎士たちが魔獣へ突撃した。
五人で武器を足に突き立てると、巨大魔獣が足を止め、騎士たちの方を向いた。
もう十分に近づいている!
俺はそう判断し、大砲からビームが飛び、魔獣の頭を撃ち抜くところを想像した。
だが、触媒の光は強くなったものの、ビームが飛んでいく様子はない。
まだ時間がかかるのか!
俺は焦りながらも、そのイメージを維持し続ける。
ベルナールさんの方を向いた魔獣が、ベルナールさんめがけて拳を振るった。
その拳がベルナールさんに当たる直前、盾を持った騎士がベルナールさんを押し飛ばし、盾で拳を受けようとする。
バン! と大きな音がして、拳が盾に当たると、盾ごと騎士が空高く吹き飛ばされ、ドサッと落ちる音がした。
それでも、他の四人はそちらに目もくれず、魔獣への攻撃を続けている。
魔獣の足からは血が流れているものの、あまり効いている様子はない。
魔獣の後ろからも、さっき抜かれた第一陣はやられたわけではなかったのか、騎士たちが攻撃に加わってきた。
何とか止めてくれている間に、発動しないと……!
俺はずっとビームを放つところを想像し続けているが、全然ビームは飛んでいかない。
いつもの魔術だったら、もうとっくに発動しているはずなのに。
魔獣は声を上げ、一人ずつ振り払うように、騎士たちを薙ぎ払っていく。
何とか避ける者もいるが、結局は巨体の速度についていけず、騎士たちは吹き飛ばされていき、一人、二人と減っていく。
「来い!!」
最後に残ったベルナールさんが、それでも剣を構え、魔獣に向けて声を放つ。
足にまとわりついていたベルナールさんを、魔獣が足を振って攻撃しようとするが、ベルナールさんは後ろへ飛んで、それを避けた。
避けたベルナールさんに対し、拳を下から上へすくい上げるような動作で、魔獣が攻撃を放つ。
ベルナールさんは攻撃を受けながらも拳に剣を突き立てたが、拳が振り上げられると同時に、体が宙へ打ち上げられ、木々の向こうへ消えた。
騎士たちを全員振り払った魔獣は、俺の方を向き直った。
再び、バキバキと木々を折りながら、まっすぐこちらへ近づいてくる。
「さっきクロードが言った通りよ」
フィアが声をかけてくる。
「何があっても動かないで、集中を途切れさせないで。絶対に大魔術を発動させなさい!」
そう言うと、俺の斜め後ろにいたフィアが、俺の前に立っていたフィルのところへ移動した。
同じように後ろにいたクロードも、俺の前へ出た。
三人とも、何をするつもりだよ。
一瞬、わからないふりをしたが、答えは明らかだ。
俺が大魔術を発動する時間を一瞬でも稼ぐため、あの魔獣の攻撃を受けるつもりだ。
大人の騎士たちが、ベルナールさんが、全員吹き飛ばされていった光景が頭をよぎる。
あの人たちは、無事なのか。
いくら騎士たちが強いとはいえ、あんなに吹き飛ばされて、ただで済むとは思えない。
あれと同じ攻撃が、フィアとフィルにも……。
「ラクトさん!」
騎士たちの安否に意識が向かいそうになった俺に、フィルの声がかかった。
「大丈夫。僕たちを信じて」
そう言って、剣を前へ向けた。
そうだ。あの騎士たちも、フィルたちも、大丈夫だ。
そう言い聞かせて、頭の中の大砲から、渦巻くビームを魔獣めがけて放ち続ける。
バキバキ! と音がして、三人の前に巨大魔獣が迫った。
ベルナールさんにしたのと同じように、拳を振るってきた。
三人で受けようとしていたところで、クロードがフィアとフィルを突き飛ばし、槍を横に構えた。
「クロード!」
フィアの叫び声がした後、ドッ! と鈍い音がして、クロードが吹き飛ばされていった。
「姉さん、行くよ!」
そうフィルが言うと、クロードの方はもう見ずに、二人は再び魔獣の方へ向き直る。
フィルが剣をフィアの方へ差し出し、フィアは自分の短剣をしまうと、フィルの剣を二人で握る形になった。
そのまま二人は魔獣に向けて走り出し、高く飛んだ。
紅葉色の二人の髪が、綺麗な弧を描くようにして、魔獣の胴体めがけて飛んでいく。
魔獣の胴体に二人の剣が届くかと思った瞬間。
横へ素早く振るわれた魔獣の拳が、二人を薙ぎ払った。
二人が描いた綺麗な弧が、一瞬で横向きの線を描き、消えていった。
そんな……。
フィアも、フィルも、やられてしまった……。
「ああああああああああああ!!!」
俺は絶叫しながら、魔獣の頭をレーザーがぶち抜くところを想像した。
怒りが高まるにつれ、魔獣を打ち抜くレーザーが、どんどん鮮明になっていく。
よくもフィアとフィルを……!
絶対に、ぶち殺してやる!!
怒りが絶頂に達した時、パキパキパキパキ、と四つの触媒が割れ、俺の手元の大砲から渦巻いたレーザーが噴出した。
直径一メートルはあろうかというレーザーが、魔獣の頭めがけて飛んでいく。
それを見て、一直線に俺へ向かってきていた魔獣は、とっさに逃げようとするが、もう遅い。
魔獣の頭にレーザーが当たり、首から上が消し飛んだ。
頭を失った魔獣は、しばらくそのまま立っていたが、やがて崩れるようにその場へ倒れた。
それを見た俺は、フィアとフィル、クロード、そしてベルナールさんや他の騎士たちを探そうとする。
だが、体に力が入らない。
何だかふらついて、視界が揺れるような、変な気分だ。
あれ、おかしいな。
そう思った時には、もう目の前に地面が迫っていた。




